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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
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これからの脅威

 この世界、自らの足で旅が出来るのは余程腕の立つハンターか護衛の為にハンターを十二分に雇える金持ちぐらいなもので、ほとんどの人は移動の為に輸送車を利用する。一回乗るごとにそれなりの金が掛かるが、安全で素早く、そしてハンターの護衛を受けられる移動手段として多くの人から重宝されている。

まだ朝靄がネツクを包む中、一番車に乗る為に四人は集まった。

「ルージュさん、大丈夫ですか?」

一晩中お勉強をしていたルージュは心身共に疲れ果てていた。

「物覚えは良い方だけど、流石に量が多すぎるのよ・・・」

同情しつつもケンとヒュームは感謝していた。もしかしたら自分達がお勉強をされていたかもしれないのだ。

「ご苦労様です」

「お疲れ様」

二人共に深々と頭を下げた。

「これぐらいで泣き言漏らす程軟じゃないわよ」

さっきのは泣き言ではないのだろうか?流石にそれは言葉を飲み込んだ。

「ちゃんと集合できたな」

手に巻かれた紙を持ってベンがやって来た。

「これを渡して置く。世界を渡り歩いて俺が作った世界地図だ。完成してはいないが、七割がたは出来ている。有効に使ってくれ」

「そんな大事な物を、良いのか?」

「物は使われてこそ意味があるんだ。それに、模写すれば良いだけだしな」

「私に教えていた間に作っていた物はそれだったのね」

地図を開くと事細かく町や村の場所と詳細、都市の特徴が記されていた。地理も分かりやすく記載されていて、何が大変なのか必要だったかの体験談も記載されている。

これはベンの人生の一部だ。人生を掛けて制作された地図には重みがある。

「ありがとう、大切に使うよ」

「だからって仕舞い込んで埃塗れにするなよ。

ネツクが落ち着いたら俺も後を追う。お前達はとりあえずケセドを目指せ」

「どうして?」

ヒュームは首を捻った。

「エターナ軍はマルクトを収める軍事国家だ。いきなり足を踏み込んでも中に入れないし、武力で捕えられるのがオチだ。七つの鐘なら付け入れる隙はいくらでもある。だが危険である事には変わりない。気を付けろよ」

その恐ろしさは昨日聞かされたベンの実体験で充分伝わっている。

「リンダ。お前の力は人には異獣と同じに映るだろう。人の目がある場所では使うなよ」

「うん」

「気を付けろよ。外に出れば、敵は奴らだけじゃないからな」

「そっちもな」

「一人で無理しないでよ?あなたが倒れたら暴動が起きかねないんだから」

「それは流石に言い過ぎだろ」

だが、間違いなくそれに近い事態は起きるだろう。ベンも自分の立場を自覚している。

「これ以上立ち話しをすると目立つからな。さあ早く行け」

「ベン。僕達は必ずやり遂げる。そうだろう?」

「ああ」

やる気と熱意を秘めた若者。だが、それは世界を知らない子供の夢と目標に過ぎない。世界と現実と向き合った上で目指せるかどうか?それでその者の覚悟と真価が問われるのだ。

大型の輸送車には人はそれ程乗っていない。朝一番の車には取り引きを急ぐ商人か、テンレイドの襲撃で不安に駆られ逃げる市民しか乗っていない。

嫌でも目立つヒュームが乗り込むと同情者達はギョッとした。何しろこの輸送車は一般人の移動用でハンターが乗る物ではないからだ。

(これは嫌な噂が立ちそうね)

念の為四人はフードで顔を隠しているが、ハンターが逃げ出したと噂が立つのは明白だ。

輸送車が走り出してしばらく、会話は無かった。

「あの、一つ聞いても良いですか?」

会話も無くじっとしている事に耐え兼ねたリンダはルージュに問いかけた。

「何?」

「あの、信念が同じなんですよね。どうしてなんですか?」

人を助け人に尽くす。そんな信念は一朝一夕に持つなど出来るとは考えられない。

「私はね、両親がハンターだったのよ。二人共名うての異獣ハンターで、その活躍は何時もネツクを賑わかせていたわ。両親は私に何時も言い聞かせていた。ハンターは人を守り未来を守るのが役目だって。私にとって両親は英雄で、ハンターは英雄だった。

だから私の信念も二人と同じなの。ただ、ハイになると協会から直接依頼される事が多くてね。引き受けられずに溜まっていく依頼に手を差し伸べる事が出来なかった。だからね、二人には本当に感謝してるし、尊敬してるわよ」

今日に褒められてケンとヒュームは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。ケンは恥ずかし気に頬を掻いて、ヒュームはにっこりと笑顔を浮かべた。

「とても立派な人なんですね。今はどうなされているんですか?」

「リンダ!」

ケンは注意するもルージュは「気にしないで」と視線と伝えた。

「両親は死んだわ。異獣との戦いで、身体の一部しか残らなかった」

「ご、ごめんなさい!あたし」

ルージュはリンダの口に指を当て、強い意志のこもった笑みを向けた。

「残された者には悲しみだけ、そんなのはあり得ない。父さんも母さんも自分の信じる道に命を懸けて、人の為に命懸けた。二人が死んでしまった時も、二人が命を懸けたお陰で沢山の人達が助かったの。なら残された者は、どんなに辛くても悲しくても、責めては駄目、悲劇だけを広めては駄目。私は、信念の元自分の道に命を懸けた両親を心から尊敬してる。

私が異獣ハンターになったのは両親の意思を受け継ぐ為だけど、きっと私がハンターになる事を望んではいないでしょうね」

「どうしてですか?」

「子供には、生きていてほしいもの」

大人になって、親の気持ちが理解できた。ハンターになって、親がどんな思いで戦っていたのか理解できた。

「あなたは私の子供みたいなものだからね」

「ルージュさん・・・」

ギョッとして周囲の人達が視線を向ける。

「ごめんなさい」

「良いわよ。どの道もうバレてるようなものだもの」

居心地が悪いまま輸送車に揺られ続ける事一時間、休憩の為一時車は停車した。

道は整備されておらずとにかく車は揺れる。座る椅子にはクッションこそあるが荒波の中小舟で揺さぶられるような状況では気休めにしかならない。輸送車から降りた人々は身体を伸ばし地面の上に寝転んでいた。

「きっつ・・・」

「痛い・・・」

二人共身体が硬い。それに加えて身体の大きなヒュームにとって輸送車の移動は拷問を受けているに等しいだろう。

「だらしないわよ二人共。この後一時間は掛かるんだからしっかりしなさい」

「逆によく平気だよな・・・」

「輸送車には乗ってるでしょ?」

確かに依頼を受けた際に乗ってはいるが、実はハンター用と一般人用とでは作りは異なってる。依頼場所に着いた時にハンターが動けないのでは話しにならないのでハンター用の輸送車は柔らかいクッションで包まれておりどんなに揺れても身体が痛くならないようになっている。

まあ、体質でどうしても酔ってしまう人はいるのだが。

「名うてのハンタールージュも逃げ出したか。いよいよネツクも終わりか?」

陰湿な笑みを浮かべながら一人の男が話しかけてきた。昼間から豪快に酒瓶を呷っており傍にいると気分が悪くなる程に酒臭い。

「終わらないわよ。私達は怖いから逃げた訳じゃない。戦う為にネツクを出たのだから」

「どうだか?俺は聞いちまったんだよ。あの日、七つの鐘の連中が遂に救われる時が来たって言ってるのをな」

「なんですって?」

ルージュは男に詰め寄る。

「何を言っていたか教えてくれる?」

三人には見えないようにその手に金を握らせた。

「・・・へへ。赤髪の美女にそう言われたら断れねえな。

あの日、俺は大工仕事を終えて家に帰ったんだ。あの辺りに暮らしてたんでな。空き家だらけで連中も気を抜いたんだろうな。

奴ら言ってたぜ「教祖様には神が御宿りになった。世界の人々を肉の檻から解放し、救済するのだ」ってな」

「神?」

「ああそれと「赤き星は神の啓示。教祖様にこそ相応しきもの、必ず手に入れるのだ」とも言ってたな。

その後は知らねえよ。奴らが人を殺してからは怖くて隅で震えていたからな」

男は怯えた表情で酒を呷るももう空だ。忌々し気に舌打ちすると酒瓶を叩き割った。

「ハンターは異獣から俺達を守ってくれる。そりゃあありがたいさ。感謝してもしきれねえよ。けどよ、人間が襲ってきたらどうなんだ?見てくれで悪人かどうか分かるのか?外面眺めたらそいつが腹に何を抱えているのか読めるのか?

俺は死にたくねえんだよ。ネツクには、怖くていられねえんだよ」

あの騒動を間近で見聞きして、激しい銃撃戦と叫び声が耳に張り付いて離れない。戦いとは無縁の一市民には、死を間近に意識すれば恐ろしくて堪らないのだ。

「・・・ごめんなさい」

「あんたが謝る事は何も無いだろ?異獣ハンターなんだろ?人間のする事だ。どうしょうもねえさ」

ルージュもケンも、悔しさで震えた。何も言い返せない。何も言葉を掛けてあげる事が出来ない。

男性は「邪魔したな」と手を力なく降って離れていった。丸みを帯びた背中は恐怖に怯えていた。

「昨日、ベンから歴史を教えられたわ。異獣が現れる前の世界では、国々の戦争があって、盗賊に夜盗、今では信じられない犯罪も横行していた。

今も小さな犯罪はあっても都市を揺るがす程の事件はない。世界の脅威は異獣だから。異獣と戦う為には人同士で手を取り合い協力しなければならないから。

けど、今はもう違う。異獣と戦える力を持ったハンターが世界中にいると言う事は、その気になれば誰でも異獣と戦えると言う事」

ルージュは銃を手に持ちクルリと回した。

「私達が扱う武器も防具もマルクトが製造している。私達ハンターはこれを人に向けて使用する事は禁じられているし、ハンター以外の人に売り渡す事も禁止されている。

けど、もしこれが一般人の手に渡っていたら?人間よりも遥かに強靭な異獣を殺す為の銃で人を撃ったら、何処に当たっても一撃で致命傷よ」

人は目に見えない暗殺者だ。人の身体は武器を隠す事が出来る隠し箱だ。すれ違った人、飲み屋で隣に座った人、仕事場の同僚、誰が危険人物か判別するのは不可能だ。

「俺達、必要ない?」

不安げにそう零したヒュームの頭を引っぱたいた。

「情けない事を言わない!異獣と戦った事も無い、異獣を見た事も無い素人が武器を持ったところで太刀打ちできる訳ないでしょう!

異獣ハンターの今の在り方は、ハンターを育てる為、人の死を少しでも減らす為に築き上げられた先人の血と涙の結晶。私達は世界に必要なのよ」

「そうだ、ヒューム。僕達はこの世界に必要なんだ。武器を手にしただけですぐに戦えるようになるのなら、異獣にこんなに苦しめられる事は無いんだ」

「・・・そう、だね。俺、間違ってた」

ヒュームはぽりぽりと頭を掻いた。

「けど、ルージュさん。その話しが本当なら、これから先、人と戦う事にもなるんでしょうか?」

「・・・どうなるかはまだ分からないけど、その可能性は高いわね」

ケンは自分の手を見つめた。

この手で殺すのは異獣だけだ。異獣は世界の異物で、存在してはならない。だから殺す。けど、この先人と戦う事になったら?

両手が真っ赤に染まる姿を幻視してケンは竦み上がった。

「ケン。人を殺す必要はないのよ」

「けど、戦うって」

「戦う事にはなっても、殺す必要はないでしょ?」

そう言われればそうだ。今まで異獣を相手に戦ってきたから殺すと言う認識しか持っていなかった。

 気が抜けた風船みたいな顔をして三人に笑われた。

 「は、はは・・・」

 ケンもまた可笑しくて笑ってしまった。

 (この子達はまだ子供、どんなに優れていても人を見抜く観察力や洞察力はまだ培われていない。私が目を光らせてこの子達を守らないと)


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