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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
8/35

行動の始まり

 切り崩された城壁は修復が終わるまでハンター達が昼夜交代で防衛に当たる事になった。市民には不安と恐れが広まっている。城壁を破壊できる程の異獣が今もネツクの傍にいるのだ。落ち着けるはずもなく、全体的に静まり返り活気は無くなっている。

 ハンター協会はテンレイドの対策を考案するまで一時活動を停止する事となった。それに嘘はない。またハンターをネツクに留まらせる事で少しでも市民の不安を払拭する為でもある。

 表にあげていない理由は、エターナ軍と七つの鐘についてだ。

 協会長室にはベンとその場に居合わせたルージュ、そして狙われたリンダとケンとヒュームがいた。この二人に関してもリンダがどうしても一緒が良いと願ったから同席が許されたのだ。

 「ここでの事は他言無用だ」

 鋭い視線でそう告げられ、ケンとヒュームは「はい」と重く返事を返した。

 「それで」

 ルージュは机を強く叩いた。

 「私は見たわよ。あの女の背中が深く切り裂かれていたのを。絶対に助からない傷が、数分も経たない内に治っていた。・・・リンダが何かをしてね。

 狙われた事と言い、あなた達がわざとらしく視界を遮った事と言い、何を隠しているの?」

 じろりと睨まれて二人は気まずそうに視線を逸らした。あの場で人の目から隠すにはそうするしかなかった。そのお陰で誰にも気づかれなかったが、優秀なハンターの目はごまかせなかった。

 「ルージュ、さっき言った事はお前にも当てはまるぞ」

 「私が考え無しに歌うような人だと思っているのなら心外よ?」

 「念押しだ。・・・そこまで気付かれては、教えない訳にはいかないからな」

 ベンはリンダに関する事を全てルージュに話した。

 気付かれたから話しただけではない。今後の事を踏まえれば、信頼のおける人間をもっと味方に付けておきたい。

 話しを聞き終えたルージュは難しい顔で眉間に皴寄せた。

 「常識を遥かに超えたとんでもない事が起きているって認識で良いわよね?」

 「大体それで合っている」

 ルージュはリンダに視線を落とす。不安そうにしているリンダの姿に表情が柔らかくなり、その手にそっと触れた。

 信じている気持ちが伝わってくる。リンダは胸の内が僅かに軽くなった。

 「説明が済んだところでまずはテンレイドだ。奴は、君を狙ったのだね?」

 「はい」

 リンダの声は震えていた。あの日以来、テンレイドの声が頭に張り付いて離れないのだ。

 「君の事はベンから聞いたよ。今、辛いのは分かる。けれど、我々は奴に対して対抗策を編み出さないといけない。城壁も切り裂く程の攻撃力、身体を切り裂かれても死なない耐久力、我々は奴に対して無力だ。何でもいい。何か知っている事があったら教えてほしい」

 酷な事を尋ねている事は承知している。それでも知らなければならないのだ。

 心を鬼にして問うた事に、リンダは首を横に振った。

 「そうか。すまなかったね」

 「・・・あいつ、自分とは違うって言った」

 ズボンを握り締めリンダは言った。

 「欲望じゃない、存在してはならない、自分にとっての異物だから消すって・・・」

 息が乱れて、怯えるリンダの手をケンは握り締めた。

 「大丈夫だ。僕達は何時でも傍にいる」

 「俺達、リンダを見捨てない」

 「けど」

 「仲間だ。それに・・・僕と一緒にいたいんだろ?」

 「リンダ、守る。友達、守る。これ、当然」

 自分にとって全部が理解できなかった。ただ一つ分かるのは、テンレイドと自分は何か関係があり、テンレイドは自分を狙ってネツクを襲ってきた事実だけだ。

 自分は狙われている。あんな凶悪で恐ろしい異獣に狙われていて、皆に迷惑を掛けてしまう。危険に晒してしまう。一緒にいたらいけない。ずっとその考えが纏わりついて離れなかった。

 嬉しい。嬉しいが、本当に良いのだろうか?

 「どうして、そんなに優しくしてくれるの?」

 「僕の信念を忘れたのか?」

 相手が誰であれ、誰に狙われていても、そんなものは関係ない。信念とは窮地にこそ貫けるかどうかで価値が決まるのだ。

 リンダは三人に視線を巡らせる。

 「他人を見捨てるのはただの下種だ。俺達の選択肢には初めから存在しない」

 「弟子なんだから。見捨てたりする訳ないでしょ」

 「幸い死者は出なかった。レアルトクラスの異獣が攻めてきたのなら都市が滅んでもおかしくなかった。城壁の一部損壊で済んだのは歴史上類を見ない軽い被害だ。

 君が罪の意識を抱くのは間違っているよ。悪いのはテンレイドだ。君は人の為に頑張ってきた、それに何も知らないのだろう?だったら責めるのは間違っているよ」

 悩んでいたのが、苦しんでいたのが馬鹿らしくなってきた。人はこんなにも温かく優しく受け入れてくれる。

 リンダは涙ながらに小さく「ありがとう」とお礼の言葉を述べた。その言葉に皆は微笑で返した。

 その穏やかな表情はすぐに消えた。

 「テンレイドはやはりリンダと関係があったのか」

 「自分とは違う。存在してはならない・・・」

 ルージュはある仮説に辿り着いたが、それをここで語るのは憚られ口を閉ざした。

 「消すと言っていたな。つまり、彼女を狙いまた現れると言う事か」

 協会長はベンに視線を向ける。

 「テンレイドは攻撃するだけならどうにでもなる。攻めてくる事が分かっていれば罠も張れる。奴の恐ろしさは耐久の高さだ。ルージュの機関銃で貫通せず、仕込みナイフが胴体を半ばまで貫いても死なず、異石ナイフで顔から胸まで切り裂いても致命傷に至らなかった」

 「耐久力か。それだけならばいくらでも手の打ちようはあるのだが」

 触手と刃の攻撃力の高さを聞けば、半端な罠では足止めにもならないだろう。そもそもこちら側の最高火力を投入して仕留められなかった以上、奴を倒す明確なビジョンは思い浮かばなかった。

 「あのさ、一つ聞いても良い?」

 真剣な話し合いの中、割って入るのは悪いと思ったがどうしても気になる事があったのでケンは挙手をして質問した。

 「なんだ?」

 「異石ナイフってなんだ?あの盾も、異石なのか?あんなの初めて知ったぞ」

 「俺も」

 「そう言えばお前達はまだ知らなかったな」

 ベンは協会長室に戻された異石の盾を指さした。穴こそ開いているがテンレイドの刃を防いだのだ。その頑強さは計り知れない。

 「俺達が扱う武器や鎧には異石が混ぜてある事は知ってるな」

 「ああ。鉄に異石を混ぜて性能を上げているんだろ?」

 「異石は人間の技術では破壊不可能な程に固い。代わりに熱に弱いから溶かしてから混ぜ合わせる事で性能を飛躍的に向上させる事が出来る。

 言い換えれば、異石だけで出来た武器や鎧は地上最高の代物になるって訳だ」

 「・・・だから、道楽品って言ったのか」

 異石の大きさと価値を考慮すれば、あの盾は人が一生働いた金で買えるかどうかの価値があるだろう。

 「レアルトに対抗するにはこれを使うしかないと判断してな。間に合って本当に良かった」

 「でも、どうしてテンレイド、いる事分かったの?」

 「運よくあの辺りに暮らしている人がいて、連絡をしてくれたんだ。有事の際に協会に繋がる電話はネツクの各所に設置してあるからな」

 騒動の中で全く気が付かなかった。連絡してくれた人がいなかったら間違いなく死んでいただろう。

 「全く、後先考えずに飛び出すなんてハンターとしてあるまじき行為よ。今後は自重するように」

 「すいません」

 「ごめんなさい・・・」

 気持ちは共感出来るが、それでもし死んでいたらそれこそ取り返しのつかない最悪の事態だ。結果論で良かったから万々歳では済まされない。

 「その説教は後でするとしてだ。テンレイドの襲撃と同時期起きたリンダの誘拐、これは偶然の重なりだろうが、問題はそれを行った連中だ」

 ルージュは机の上に煙幕を噴き出した道具を置いた。

 「これはエターナ軍が作った煙幕弾だ。相手の視界を封じる対人兵器、これを使えるのはエターナ軍だけだ」

 「なんで対人兵器なんて必要なんだよ?敵は異獣だけだろ?」

 「抑止力だ。もし何か世界を乱すような事をしても、それを容易く抑え込める力を持つ必要がある」

 ベンは淡々と語るも、納得が出来たものではない。ベン自身も苦々しい表情で身体を震わせている。

 「世界が異獣で乱されてるのに、人が乱すのかよ?」

 「人間がいて、組織があれば理想や野望を抱くのは当然の流れなんだろうな。抑止力を持つ事自体、否定はしない。暴動や混乱を抑える枷になる。現に危険な組織も存在するからな。

 その力を人攫いの為に使ったのは許容できないがな」

 怒りに耐え兼ねたのか机を殴りつけた。全員が驚き目を丸くした。

 ベンは滅多に声を荒らげない。怒る事はあっても手を上げたりはしない。怒りを抱いても物に当たったりしない。それだけベンは、今回の仕打ちに激怒している。

 話しが途切れてしまったからか、ベンは一度深呼吸をして自ら言葉を流した。

 「女に殺された奴らは七つの鐘の信者だった。空き家の中にはエターナ軍の軍人が死んでいた事からも、奴らもリンダを狙っていた事は明白だ。

 つまり、あの二つの組織は赤い星の何かを知り、それを我が物にする為にリンダを狙ったと言う事だろう」

 「もしかして、他の赤い星もリンダみたいに人になったのか?」

 「それは何とも言えん」

 リンダは無言だ。分かっていれば口を開くだろう。

 「エターナ軍と七つの鐘。私も異獣ハンターを十年以上は続けているから少しは知っているけど、詳しくは知らないのよね。この煙幕弾も噂で聞いた程度よ。

 確か、エターナ軍は異獣から世界を救う軍隊じゃなかった?」

 「エターナ軍はマルクトが設立した世界最高の軍隊だ。かつて、異獣が発生した時多くの国々が襲撃されて滅んでいった。マルクトは古より続く世界最大国家で当時唯一異獣と戦う事が出来た国だ。今は他の都市に合わせて国と呼ぶ事は無くなっているが、マルクトは正確には世界に唯一残った国だ。最も、異獣との戦いが続く世界で軍の力が増した事でマルクトの支配権はエターナ軍に取られているけどな。

異獣を滅ぼし世界に再び人々の繁栄を永久にもたらす、その理念の元エターナ軍は作られた。異石の特性を早期に発見し対抗する武器や防具を作り上げたのもエターナ軍だ。俺達が普段使っている武器と防具も全部エターナ軍が作った物だ。勿論、輸送車や城壁なんかもエターナ軍製だ。

俺達異獣ハンターは当時の人達が異獣と戦う為に結成した自警団が始まりだ。マルクトは世界中にある自警団に目を付けて装備を供給し効率的に世界を守れる組織へと変えていった。それが異獣ハンターの始まりだ」

「異獣ハンターの始まりは軍によるものだったのか」

歴史は深く、自分の思いもよらない軌跡を辿っている。

「俺もエターナ軍が赤い星に関して何か行動を起こすとは思っていた。それがこんな強硬手段を取るとは思ってもみなかった。それにやり方からして、リンダの危険性よりもリンダの内に秘めた力を求めているように思える。

マルクト近辺に落ちた赤い星が消えていた事も踏まえると、やはり俺達も、リンダも知らない何かがあるのだと考えざるを得ないな」

あの時、自分はどうにかしようとして自分の肉を使った。自然に、出来て当たり前な感覚だった。驚きなんて全くなかった。

もっと自分を知りたい。リンダは強くそう思った。

「エターナ軍は仮にも人の為に、世界の為に存在している組織だ。今回は強硬だが、奴らの手段からして犠牲は出したりはしないだろう。

問題は七つの鐘だ」

ベンは首を振り、協会長は頭が痛そうに両手で覆った。

「噂でしか聞いた事がないんだけど、七つの鐘ってどんな宗教なのよ?」

「異獣とは神がこの世界に降臨させた聖なる獣。この世界は欺瞞、憎しみ、不実、淫蕩、堕落など邪なもので満たされている。異獣を受け入れ、異獣と共に高みに達する。さすれば来世では楽園で心の苦しみも身体の苦しみも無く過ごす事が出来るだろう」

冗談にしても笑えない。それは何の世迷い事だ?馬鹿馬鹿しすぎて、何より湧き上がる怒りに言葉が出なかった。

「異獣でどれだけの人が苦しんでいると思っているんだ?異獣がどれだけの人を殺して、悲しんでいる人がいると思っているんだ・・・!?」

血が噴き出そうな程の怒りを抱いたのは生まれて初めてだ。普段ならケンを宥めるヒュームも、怒りで唸り声を上げている。筋肉が盛り上がり衣服がみちみちと音を立てて破れていく。

「同感だ。だがな、人間って言うのは心の安心を求める為ならなんにでも縋るんだ。例えそれが間違っていたとしても、自分が平穏になれるのなら信じるんだよ。

実際七つの鐘の本部があるケセドでは住民のほぼ全員が信者になっている。その上奴らはケセドのハンター支部を取り込んで掌握している。流石にエターナ軍と正面から対立したくは無いのか活動そのものは過激じゃないが、ハンターの大半も信者と化している。その上最近だとケセド以外の都市でも信者が出てき始めてる。

・・・だが、奴らはエターナの軍人を殺した。それはエターナ軍と対立してでも手に入れる価値を赤い星に見出したと言う事だ。これは、相当に厄介な事になるぞ」

「何がどう厄介になるんだ?」

「俺は都市の見回りで何度か七つの鐘と接触した事がある。どいつもこいつも教祖に忠実な部下・・・いや奴隷だな。教祖の言葉には絶対服従なんだ。例えそれが死を伴うものであってもな。

体面のあるエターナよりも遥かに質が悪い。奴らは何でもしてくる。特攻だろうが、馬鹿みたいな誘拐行為もな」

「それは、実体験があるみたいね」

「俺がケセドに行った時、三回程誘拐されそうになったからな。大方異獣ハンターの中で名の知れた俺を取り込んで他の支部と本部に渡りを付ける気だったんだろう。二回は返り討ちにして最後は逃げた。何しろ最後はケセドの人間が全員で襲ってきたからな。正直、あの時は本気でビビったぞ」

引きつった顔は恐怖の証だ。ベンが表情に出る程恐怖を露わにするのを初めて見た。

だが、それは当然と言えるだろう。都市の人間全員から襲われれば誰だって恐怖に慄く。

「軍に関しては私の方で対応しよう。だが七つの鐘は私の力は及ばない。一市民に紛れ込んでいたら見分けるのは不可能だ」

「それに、今回のような襲撃がまたあるとも限らない。テンレイドの対応策だってまだ出来ていないのに」

リンダは胸が締め付けられる思いだった。自分のせいで迷惑を掛けている。自分のせいで沢山の人達が危ない思いをした。

「このままここにいても、何も解決しないよな?」

ケンが毅然とした面持ちで訊いてきた。

「そうだな」

「じっとしてもいても奴らに良いようにされるだけだよな?」

「そうだな」

「だったら、僕達の方から確かめに行くべきじゃないか?どうしてリンダを攫うのか?そして、あいつらは赤い星の何を知っているのか、僕達もそれを知らないといけないんだ。リンダの為にも」

最後、リンダの名前を強く強調した。

「それはそうだが、危険だぞ。それに旅をするとなるとお前達が戦った事の無い異獣と遭遇する事にもなる。

お前は本当に、命を懸ける覚悟があるのか?」

「僕の信念、そして異獣ハンター協会を改善する!今のままじゃ駄目なんだ。今も沢山の人達が異獣に苦しめられている。異獣ハンターは人を助けないといけないのに、自分の事だけしか考えないで依頼を受けている。実りの無い依頼は誰も手を付けていない。それじゃ駄目なんだ。

僕は常に、信念と夢に命を懸けてるんだ。それはベンが一番よく知っているだろう?」

ベンは僅かに目を伏せるとヒュームを見やる。

「今の俺あるの、ケンのお陰。ケン、俺の恩人。俺の、大切な友達。ケンとハンターになってから、俺、ケンの信念、夢、手伝うって決めてた。支えるって、決めてた。

俺の信念、夢、ケンと同じ。俺も、命懸ける」

友情とはかくも美しいものだ。命まで尽くせる絆をベンは勿論、ルージュも協会長も初めて見た。

ここまで言われては自分達が反対する事は出来ない。それにケンの主張も最もだ。ネツクにいたところで現状は何も好転しない。

「一人前な事を言いやがって。外の事を何も知らないお前らが旅なんて出来ると思ってるのかよ?」

「待ちなさい」

話しの途中でルージュは鋭い声で遮った。

「ケンの言い分は確かに正しいわ。危険はあるけど、危険を冒さなければ何も得られない。そしてベン。世話役と案内役としてあなたが付いて行くと言い出すのも理解できる。あなた程旅に慣れた人なんていないもの。

けど、ベンは今ネツクを離れるべきじゃないわ。テンレイドの襲撃で市民は不安がっているしハンター達の士気も下がってる。今ネツクの人達の精神を支えているのはあなたなのよ。もしこの状況下であなたがネツクを離れれば、自殺者や自暴自棄になる者も出るし、ネツクから出て行く人も出る。それはいけないわよ」

城壁を破壊されて侵入された。それはいつ何時死ぬかもしれないと言う恐怖に晒されると言う事だ。もしそうなったらネツクは逃げ場のない檻と化す。市民達の心は想像以上に追い詰められている。

それでもギリギリの所で安定を保っているのは世界でもトップクラスの異獣ハンターがいてくれるからだ。テンレイドを撃退した功績も広まり「ベンがいるのなら大丈夫」と心の支えにされている。

「それは・・・そうだが。リンダはコモンだ。ハンターとしてはハイが一人かノーマルが三人でなければならないんだぞ」

「私が行くわ。それなら問題ないでしょ?」

「あるに決まっているだろう」

怒っているのではなく、呆れた突っ込みだ。

「旅をした事の無いお前が付いて行っても護衛以上の事が出来ないだろが」

「なら他に任せられる人がいるの?」

ベンは頭が痛くなった。

ハイハンターならば外に出た事がある人もいる。実力に関しても申し分ない。だが、信頼できる相手となると話しは別だ。赤い星に関しては異獣の一種として認識している者もいる。手を貸してくれるどころかリンダを殺そうとしかねない。何より現状、エターナと七つの鐘との繋がりを考慮すれば下手に話しを人に広める訳にもいかない。

「任せるしかないだろう。彼女は優秀なハンターだ。心配ならお前が外の知識を教えてやれば良い」

「・・・仕方ない。なら、今日中に教えられる事は全部叩き込むからな」

「えっ?明日出るの!?」

流石にそれは予想外だった。

「物事は早い方が良い。だよなベン?」

「ああ」

「私の準備もある事を忘れないでよね?」

「それはお前の出来次第だな」

良い笑顔で割と酷い事を言ってくる。ルージュは理解した。この人は教育には優しいスパルタなのだ。

「あ、あの」

リンダはやっと口を開けた。信じられない怒涛の展開の連発で思考が追いつかず頭が真っ白になっていたのだ。

「あたしなんかの為に、どうしてそんな。それも信念と、役目だから?」

命は一つしかない。代えが効かないからこそ人は命を守り、大切にして、生きている。生きる為でもなく自分から命を危険に晒す動物はいない。

「あなたが、大切だからよ」

ルージュは仁愛のこもった微笑でリンダの頭を撫ぜた。

「関わった時間なんて関係ない。あなたは本当に優しくて、他人を気遣える良い子よ。今だって、私達の為を想って言ってくれたんでしょう?

弟子の世話は師匠の役目。遠慮なく頼って良いのよ」

「俺達は人を助ける為に異獣ハンターになったんだ。信念と役目、それはお前の言う通りだ。付け加えるのなら、リンダを娘のように思っているからだな」

ケンは無言で手を握ってくれた。熱い熱が伝わってきて「大丈夫」だと安心感が満ちてくる。

「ケン。しっかりする」

何故かヒュームが注意する。ケンは唇を痛い程噛んでリンダの方を向き、その眼を見た。

「僕達は、何があっても離れない。ずっと一緒にいる」

「・・・うん!」

初めてしっかりとリンダと目を合わせた。脳裏に浮かぶ妹の姿と重なってしまう。

精神が動揺する。胃から吐瀉物が込み上げてくる。あの日あの時の光景が目の前に映し出される。

「ありがとう。ケン」

リンダの瞳には感謝が込められていた。

リンダは気付いていた。ケンが自分と目を合わせない理由を。それでも、自分の為に必死に堪えて目を合わせてくれた。安心させてくれる為に。

なら、自分もケンを安心させないと駄目だ。一方的に受けるだけじゃ駄目だ。

だから、感謝する。精一杯のお礼と感謝を込めて。

ケンは、何かが軽くなった気がした。先程までの動揺も吐き気も和らいでいた。

「さあ、あたし達の準備をしないと」

「・・・そうだな」


                       *


ネツクから離れた場所に異石自動車が止まっていた。テントの前で軍人達が直立不動の姿勢で見張りをしていた。

「七つの鐘に配備していた兵はやられ、テンレイドの襲撃を受け連れ去りには失敗したか」

報告を受けた上官は重苦しい表情を浮かべた。

金髪の精悍な男性だ。狼のような野性味溢れる容貌は一見すると威圧的だが、その面持ちからは思慮深さを感じられる。一際豪華で着飾った軍服を着ているがその上からでも鍛え抜かれた肉体が見え隠れしている。

「はい」

上官は立ち上がると手を伸ばした。それは叱責の殴打ではなく、肩に置かれ「すまなかった」と深く謝罪された。

「七つの鐘がこれ程早く動いている事を予測できなかった私の失態だ。スミレ、君にも危ない思いをさせてしまった」

スミレ。それが彼女の名だ。黒髪を短く切り揃え、左目には眼帯をしている。容姿は整っているがその瞳は鋭く、細く引き締まった身体付きからも豹のような印象を抱かせる。

「コウ様が謝られるような事はありません。全ては現場にいた我々の失態です」

「命令を下したのは上官の私だ。情報を集めきれず部下を死なせ、スミレを危険な目に遭わせたのは私の責だ」

部下に責任を押し付けない理想の上司だ。だがスミレは、何処か心苦しそうに目を伏せた。

「リンダと言ったな。容姿は覚えているな?」

「はい」

「すぐに似顔絵師に描かせよう。情報を軍内で共有する」

「コウ様。将軍にはなんとお話しするおつもりですか?」

コウは僅かに表情を曇らせた。

「ありのままにお伝えするしかあるまい」

「将軍はお変わりになられました。赤い星の調査に出向かれてから、まるで人が変わったように」

「スミレ。それ以上はエターナの軍人として相応しくない言葉だ」

厳しい口調で咎められ「申し訳ありません」と頭を下げた。

「我々エターナは人々の為、世界の為に存在する。その理念を誰よりも心に刻まれているのは将軍だ。無論、私達もだ」

「私は、コウ様が信じる理念を信じます」

コウは憐憫の情を滲ませた。

「スミレ。君は人だ。私の部下ではあるが人形ではなく、奴隷でもない。己の考えに基づき判断しなければならないんだ」

「今の私があるのはコウ様のお陰です。私の全ては、コウ様と共にあります」

スミレにその言葉は届かなかった。これ以上は今は無駄だと判断しコウは一人の人から上官へと態度を変える。

「マルクトに帰還する。今回の一件を将軍にお伝えしなければならない」

「赤い星、リンダいかがいたします?このまま放置していてよろしいのですか?」

「ネツクは今回の件で防衛を固めるだろう。近日中に協会長から確認の連絡も入るだろう。我々は七つの鐘のような無法者ではない。今回の命令は将軍の厳命だったので受けざるを得なかったが、死者が出た以上彼らを弔わなければいけない。

彼らには監視を付ける。どう動こうとも、我々からは逃れない」

「了解いたしました。コウ大佐」

二人がテントを出ると兵士達は機敏な動きでテントを片付け始めた。

(スミレの言う通りだ。将軍はあの日以来人が変わられたようだ。赤い星が危険だとして、何故赤い星が人になる事を知っている?

それに今回の命令だ。赤い星が危険ならば、何故ネツクに知らせない?結果として我々はネツクと事実上の対立関係になってしまった。協会本部は体面上とは言え、ネツクの協会長は最高位ハンターベンと親しい。このような行いをすれば後々エターナは人々の信頼を失いかねない。それとも、そうしなければならない程赤い星は危険だと言うのか?

いずれにしても将軍の真意を把握しなければならない。そうでなければ、兵士達は何の為に死んだというのだ?漠然としたまま与えられた命令で死ぬなど、私には許容できない)

部下を死なせた責任は、将軍の命令を正しきれなかった自分に責任がある。はっきりとした意図や意味が伝わっていたのなら、兵士達の士気が上がり立ち回りにも良くなっていたはずだ。

二人は停車している三つの異石自動車の内の一つに乗り込み走り去って行った。


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