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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
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新しいハンター

 異獣ハンターになる為の試験は年に二回行われる。ネツクは勿論、支部がある都市は試験日が始める数日前から沢山の人が訪れるのだ。

 「こんなに沢山の人がハンターになるんだ」

 協会内は試験の受付に来た人達でごった返している。その数は優に五十人は超えるだろう。

 「これだけいても、受かるのは大体十数人。少ない時は一桁だな」

 物見遊山気分で眺めながらケンは当時の自分達を思い出し懐かしさに浸っていた。

 あれから二日、どうにか普通に会話できるまでにはなった。それでも妹のリンダであると言う思いが離れる事は無い。余り顔を見すぎるとまた取り乱してしまいそうになる。だからケンは極力顔を見ないように心掛けていた。

 自分でもこれはいけないと気づいてはいるが、簡単に降り切れたら苦労はない。

 「試験があるのは、やっぱり異獣が危険だから?」

 「異獣ハンターは増えてほしい。けど、何も出来ない足手纏いをハンターにしてもいたずらに死ぬ人が増えるだけだ。ハンターとしての知識と戦闘時における技術と戦い方、それが求められるんだ」

 「どうして異獣ハンターになるの?死んだら終わりなのに」

 「これだよ」

 ケンはある物を指さした。壁に掛けられた絵には異石が描かれている。

 「異獣ハンターは危険な仕事だけど、報酬以上に異石が高く売れるんだ。異獣は死ぬと異石を残して消える。異石には凄いエネルギーが込められていて異石を使って世界の文明は凄く発展したんだ。

 異石は世界のエネルギーで文明の維持に必要な物だけど、異石だけだとハンターにとってはプラスマイナスゼロなんだ。銃弾を買ったり損傷した防具を直したりしたら金は吹っ飛ぶ。数があればそれなりに利益になるけどな」

 「じゃあ、他の異石が理由なんだ」

 壁には後四つの絵が掛けられている。

 「ああ。これが大異石。普通の異石は手の平に収まるくらいだけど、これは人の頭ぐらいの大きさがあるんだ。価値は大体十倍かな」

 異石。つるりとした滑らかな石だ。しかし汚泥が詰まったような黒色はずっと見ていると鬱になりそうだ。陰鬱な気分になって気が滅入ってくる。

 「これが異結晶。単純に異石が結晶になった物だけど、大異石を超えるエネルギーに満ちてるんだ。大体のハンターはこれを手にする事を望んでいるよ。もし手に入れば一生遊んで暮らせるぐらいの大金が入るからね」

 「でも簡単に取れないんでしょ?」

 「異結晶は長い年月を生きた異獣から取れるって言われてるけど、凄く強い力を持った異獣からも取れるらしいよ。ちなみにベンは後者の方だ」

 ケンは誇らしげに師匠の自慢をする。ベンならばそれぐらい出来ていても不思議ではない。尊敬の念を抱いても大袈裟に驚いたりはしない。

 「これは異玉。どう言う理由なのか判明してないけど、その土地に長く住み続けた異獣の異石は土地の色合いに染まるんだ。森なら緑、砂漠なら肌色で海なら青だ」

 「これもエネルギーが凄いの?」

 「大きさは異石と変わらないけど大異石並みのエネルギーがあるんだ。けど、これは装飾品としての価値もあるんだ。けど、こんなの身に付けるとか悪趣味だよな」

 土地の色に染まるとは言え元の黒色と交じり合いかなり濁っている。ぶっちゃけ不気味だ。だが、見る人が見れば価値はあるのだろう。

 「異石でも数が揃えばかなりの値になるし、大異石までしか手に入らなくても財産は充分築ける。簡単に稼げるからって理由で異獣ハンターになる奴もいるんだよな」

 ケンは不愉快なのを隠そうともせず床を蹴った。

 「それって、命を懸けてまでする事なの?」

 人助けなら理解できる。しかし己の欲望の為に命を懸ける事は理解できない。

 「自己顕示欲とか、欲とか野心とか、人間って人が思う程綺麗じゃない。汚れてるんだよ。それでも異獣ハンターだから人助けにはなるんだよな」

 歴史に名を残す。使っても使いきれない金が欲しい。誰でも一度は夢見る甘美な幻想。もしそれが万分の一でも手に出来る可能性があるのなら、多くの人がその世界に足を踏み入れるだろう。

 「異獣ハンターの多くは死ぬよりも重傷を負う事の引退だ。そんな人達がネツクにも沢山いる。戦えなくても働ける人は良いよ。充分財産があるのなら生きていける。悲惨なのはどっちも無い人だよ」

 「その人達はどうなるの?」

 ケンは口を噤んだ。苦虫を嚙み潰したような表情で末路がどれだけ悲惨なのか想像できない程悲惨なのだと思い知らされた。

 「ほら、あれを見てみろよ」

 雰囲気を変える為にケンは最後の絵を指さして見上げた。

 四つの絵は小さな額縁に収まっている。最後の絵は一際大きな絵で、額縁にも美麗な装飾が彫られてある。

 「水晶の中に黒が凝縮してる・・・」

 「あれが異水晶だよ。歴史上四つしか手に入れられていない伝説の異石だよ。

 あれ一つで都市の三十年分のエネルギーが賄えられるんだ。価値なんて高すぎて見当もつかないよ。

 異水晶は災害とまで言われた異獣が宿していた物なんだ。その異獣をレアルトと呼ぶのはもう知ってるよね」

 「うん。あのテンレイドもレアルトに認定されたんでしょ」

 「それは倒した人の称号にもなるんだ。レアルトはまさに伝説のハンターの証で、歴史に名を残す英雄になれるんだよ」

 「ケンも英雄になりたいんでしょ?」

 「なりたいけど、僕の目指す英雄とは少し違うかな。けど、レアルトの異獣が多くの人の未来を奪うのなら戦うさ」

 躊躇ないなど微塵も無い。強い意志がこもった言葉だ。

 「あたしも、ケンの手伝いが出来るようになるね」

 「その時は頼むな。じゃ、そろそろ受付に行った方がいいぞ」

 「頑張ってくるね!」

 リンダは手を振って駆け出した。

 「良い子だな。健気じゃないか」

 何時の間にか隣にベンが立っていた。

 「試験大丈夫かな?」

 「平気だろ。この二日で基本を叩き込むつもりだったんだが、あっさりとこなされて拍子抜けだったからな」

 「本当かよ?・・・何で出来たんだ?」

 「さあな。お前と同じレベルだったのは、やっぱりお前と関係があるからじゃないのか?」

 そう言われてもピンとこなかった。

 「さあ外で待ってるか。ヒュームも待ちぼうけてるからな」

 「試験が終わるのは十七時か。少し身体を動かしたいな」

 身体に関しては何も異常が無かった。念の為医者に掛かったが異常は無いと診断された。健康体なのに診察を受けたので怪訝な対応をされたぐらいだ。

 「軽くしごいてやろう。その前に飯だ」

 

                        *

 

 試験は筆記によるテストと武器の扱いと身体能力を測る実技の二つだ。試験の傾向としては筆記よりも実技が重要視されておりテストが駄目でも実技で類まれな成績を収めれば将来性を見込まれて合格する場合もある。

 無論、一番なのはどちらでも優れた成績を収める事だ。

 試験が終わり出てきたリンダと合流しレストランで食事となった。

 「どうだった?」

 「意外と簡単だった」

 拍子抜けだったのかリンダは達成感を感じられず薄い表情を浮かべていた。

 「お前の実力なら間違いなく合格だろう。明日にはハンターになれる」

 「明日なんだ。早いね」

 「合格者は即座に張り出されるからな。遅ければ遅い程見込みは薄いって事になる。人手不足だからな。すぐにハンターになってもらわないと協会も困るんだ」

 (異獣の被害は世界中あらゆる場所で、毎日起きている。ハンターは総数で千二百人はいるらしいけど、足りないよね。毎年多くの人が死んで、戦えなくなる人が出るから数も増えない。だから合格者は一日でも早くハンターとして活動してほしいんだ)

 被害とは目に見えない所で常に起きている。自分の知らない所で人が死んでいる。もっと多くのハンターがいればそれに対応できるかもしれない。もしもを現実にする為に協会は人手を欲しているのだ。

 「成人は十八歳なのに十五歳から受けられる理由はそれなんだね」

 「まあな。下積みならどの職業も子供の頃から出来るが、その前に実践として駆り出されるのが許されるのは異獣ハンターぐらいだ。それぐらい世界に必要とされているんだよ」

 人は安心を求める。不安も恐怖も無い安心を。人は弱い。死を賭して自ら戦える者は偉大であろう。だからこそ戦える者は希少なのだ。善意であれ欲望であれ、死を賭して脅威と戦える者がいるのなら人はそれを拒まない。例え成人する前の子供であってもだ。

 「ところで二人は何してたの?」

 「久しぶりにベンに鍛えてもらったんだ。楽しかったよ」

 「ベン、出来ない所見抜く天才」

 「分かるよ。ベンって人の事をよく見てくれるよね」

 「おだてても何も出ないぞ」

 そうして夕食を食べ終わると宿に移動して雑談を交わした。

 「二人はベンとどうして出会ったの?」

 「・・・村が襲われた時、駆け付けたベンが僕とヒュームを助けてくれたんだ」

 「ベン、来てくれなかったら死んでいた」

 「ごめんなさい」

 悪い事を聞いたとリンダは沈痛な面持ちを浮かべた。

 「謝る事は無いよ。僕達はその場でベンに異獣ハンターになる為に弟子にしてくれって頼んだ。断られたけど、ネツクで保護されてからも毎日頼み込んだよ」

 「ベン、引き受けてくれた」

 「俺としては、普通の人生を歩んでほしかったんだがな。こいつらは俺が弟子にしなくても自力で異獣ハンターになる道を選んだだろう。そうなった時、俺が教えていれば死なずに済んだって事にはなりたくなかった。助けた者としての責任もあるしな」

 「ベンは優しいのね」

 こそばゆそうな顔になりそっぽを向いた。

 「まあ特訓は容赦なかったけど、辛くはなかったよ。全部僕達の為だからな」

 「ベンのお陰で、今がある」

 「そう思うなら何時か恩を返してくれよな」

 「ああ。何時か必ず返すさ」

 そんな雑談を終えて四人は就寝した。ちなみにヒュームはデカすぎてベッドに寝れないので床で寝ている。

 翌日、協会には合格者の名前が張り出された。張り出された名前は三名でその内の一人はリンダだ。

 「まあ妥当だな」

 簡単だったが本当に受かったかどうか不安だったのでリンダは一安心だ。

 「これであたしもハンターだね」

 「ああ。登録を済ませたらな」

 受付に赴くと営業スマイルを浮かべた受付嬢が「おめでとうございます」とウグイス声で告げた。見た目は良いのだが機械的で少々感じが悪い。

 「では、本日よりリンダ様はコモンハンターとして登録されます」

 「えっと、上級のハンターと一緒じゃないと狩りにいけないんですよね」 

 「ハイハンターなら一人、ノーマルハンターならば三人となります。ですが、リンダ様は既にベン様と組むおつもりのようですね」

 「ああ。こいつは俺が面倒みる」

 「リンダ様。ベン様の指示を受け、その技術を吸収して一日でも早く優れたハンターになってくださいね。異獣ハンターは世界の希望なんですから」

 最後だけは感情が籠っていた。リンダは「はい」と強く答えた。

 その他、装備の準備はベンが揃えると告げ、異石換金の説明を受けて登録は終わった。最後に手渡された黒いタグにはリンダの名前が彫られていた。

 「それがハンターの証だ。異石を加工して作られた物だから見た目は悪いが、だからって手から離したりするなよ。それが無いとハンターの証明にならないからな」

 「分かった」

 「ベンさ~ん。たまには俺達にも新人教育させてくれよ~」

 入り口で待っている二人の元に向かうとしたら三人のノーマルハンターに絡まれた。

 「俺らもノーマルハンターやってもう五年のベテランよ。だから後々弟子を持った時の練習がしたくってさ」

 にやにやといやらしい笑みを浮かべている。

 男所帯なので女っ気が欲しいのだろう。下心剥き出してリンダは怯えた様子でベンの後ろに隠れた。

 ベンは僅かに呆れ顔を浮かべると「お前らは凄いよ」と言った。

 「この業界、五年も現役でいられるだけで大したもんだ。コモンの時も含めればそれ以上だろう。お前らは何時か俺と並び立つハンターになれる」

 「俺達が、ベンさんに並び立てる?」

 思いがけないお褒めの言葉と期待に三人は戸惑うも、まんざらでもない笑みを浮かべた。

 「新人の教育はお前達が想像しているよりも過酷だぞ。異獣との戦いは命懸けだ。ハンターになったばかりの奴は尻すぼみと二の足でほとんどまともに動けない。そのフォローをしないといけないんだ。新人に気を回しすぎれば普段の戦い方も出来ずに全滅、そんな奴らを俺は何人も見てきた。

 お前達はまだ自分を鍛える事に集中しろ。後進の育成はハイになってからでも遅くはないぞ。期待してるからな」

 「そ、そうだよな」

 「ベンさんがそう言うのなら、俺達も頑張らないとな」

 「よし!一丁依頼受けるか!」

 やる気になった三人は早速受付に集まった。

 「ベンは口が上手いよな。僕だったら喧嘩になってたな」

 今の様子を眺めていたケンは心底感心していた。

 「相手を伸ばす。やる気にさせる。それ、ベンの才能」

 「僕も、ベンみたいになれるようにならないとな」

 「俺も」

 ああやって大人の対応で相手を流せるのは流石の貫禄だ。ベンは二人にとって目標であり指針にもなっている。

 四人は集まると歩きつつ今後の方針について話し始めた。

 「これでリンダもハンターになった訳だが、狩りに出るのは三日後だな」

 「どうして?」

 「この二人の鎧と武器がまだ出来ていないんだ。それに、お前の鎧もだ。ハンターの規定でもあるからな」

 「あっ」

 リンダは感謝を込めて頭を下げ、二人は少々申し訳なさそうにした。

 「と言ってもその間だらけている訳にもいかん。昨日のしごきでお前らの問題点も新たに見えたからな」

 「何処が悪かったんだ?」

 自分達は決して優れていると慢心していない。どんなに異獣を狩っても短所はあってしかるべきだ。それを指摘してくれるのは自分がより成長できると捉えれば不快感を抱いたりする事は無い。

 「ケン。お前はヒュームがいるから後方で援護に徹しているな。二人で戦っている時はそれで良いだろう。だが後衛に徹し過ぎだ。近接での反応が鈍い。異獣ハンターは銃での遠距離戦が基本だが、だからと言って近接戦をしない訳じゃない。弾を撃ち尽くして戦力外では話しにならん」

 「そっか。・・・そうだよな」

 その事は自分でも薄々気づいていた。しかし改善するにも二人だけで他人のフォローが無いので出来なかったのだ。

 「ヒューム。お前は動きが鈍いな。素早く動くのは無理にしても前線で攻撃を受け止める事を意識しすぎている。かわせる攻撃は回避しろ。攻撃を受け続けたら鎧の修理代も馬鹿にならんし、何よりお前が倒れたら仲間が危機に陥るからな」

 「分かった。周り、もっと視る」

 前線で戦ってくれる仲間がいてくれるのは非常に心強いだけでなく精神的な余裕と安心感にも繋がる。逆に言えば自分が倒れれば仲間達が受ける危機的状況は前衛がいなくなった事以上に精神に追い詰められる事にある。

 仲間の為にも前衛は倒れてはならないのだ。それは勿論の自分自身の為でもある。

 「あたしは?」

 「リンダはまだだ。実践を見ない事には何とも言えん。憶測で物事は語れないからな」

 「そうなんだ」

 自分も強くなりたかったのでちょっとがっかりした。

 「と言う訳でケン。近接戦用の武器を用意してやったぞ」

 「ええ!?良いのベン!?」

 「今後の備えだ。俺の予想じゃ、また近い内にテンレイドと戦う事になるだろう」

 その時の為に強くならなければならない。改めて危機感を意識してケンも二人も気を引き締めた。

 宿に着くと配達人が既に着いていた。ベンが金を支払い武器を受け取った。

 テーブルの上に置かれた武器は見た事も無い形をしていた。

 「異獣用の近接武器もちゃんとあるんだ。こいつはジャマダハル。取っ手を掴む事で突く事に特化した武器だ」

 「大きいな」

 取っ手よりも刃の部分が大きく、腕の半関節分はある。刃の形は二等辺三角形で普通の剣とは形も扱いも大きく異なっている。

 「こいつは貫通力に長けてる。突き刺して引き裂くのが基本の使い方だ。難しくないからすぐに慣れるだろう」

 持ってみると刀身が大きく重心が前に寄っている為かなりの重量がある。扱いは難しくないが慣れない内は剣に振り回されてしまうだろう。

 「それと、特注で一際頑強に作ってある。いざと言う時は防御に使えるからな」

 「ありがとうベン。これ、使いこなしてみせるよ」

 「この三日でお前達をもっと鍛えてやるからな。金を掛けてやったんだ。期待に応えろよ」

 それには力強い返事で返した。

 

                      *

 

 三日後、ケンとヒュームの鎧も直りクレイモアも新調した。ケンもジャマダハルの使い方に慣れ、遂にリンダの初仕事の日がやって来た。

 「緊張してるか?」

 「少し」

 「緊張、直に慣れる。初め、俺達も緊張した」

 誰でも初めては緊張するものだ。リンダは少しだけ気が楽になった。

 「今日はリンダの初依頼で、個々の動きの調整も兼ねてるから楽なグール討伐だ。リンダ、よくノウハウを学ぶんだぞ」

 「はい!」 

 緊張するなと軽く肩を叩いてやった。

 目的地までは途中まで輸送車で運んでもらう。余程近場でもない限り、ハンターは輸送車で移動するのだ。

 「これも異石で動いているんだ」

 「凄いよな。異石の力が何なのか解明されていないけど、やっぱり神様とかの力なのかな」

 「神か。こんな恩恵はクソッたれだ」

 どれだけ文明が発展する力を秘めていようが、多くの人間を不幸にする存在と一緒に与えられては災いでしかない。災いを超えた先に栄光があるなどとぬかすのならそれは神とは絶対に呼べない。呼んでたまるか。

 「グールは人型の異獣なんだよね。男がグールで、女がグーラー。特殊なガスを吐いて人に幻覚を見せる。グールは女性に美男を、グーラーは男性に美女を、個人を思う理想の相手を映し出し寄ってきた人間を殺す、だよね」

 「ああ。だからガスマスクでガスを防げれば大した相手じゃない。爪と牙は鋭いけど、鎧を貫ける程じゃないな。

 けど、普通の人には危険な奴なんだ。奴らのガスは一瞬で広範囲に散らばるから大勢の人が幻覚に惑わされる。グール一匹に村が滅ぼされた事だってあるんだ」

 ハンターにとっては取るに足らない相手でも一般人にとっては危険極まりない。それが異獣だ。

 車を降りて一行は枯れ木が続く荒涼とした道を進んだ。

 「ここは元々緑生い茂った豊かな森だった。だが異獣が住み着いて死んだんだ」

 「異獣は自然を穢す。死ぬは一瞬でも、再生するには長い時間が必要なんだ」

 寒い。そして、寂しい。動物はおろか虫すらいない。

 全てが死に絶えている。異獣がこの世界にとって異物であると強く痛感した。

 「倒そう。倒して、元の自然に戻そう」

 三人共頷き返した。

 グールは五体。固まって獲物を求めて彷徨い歩いていた。棒のように細く長い手足に小さすぎる胴体、白濁した瞳に歯並びの悪い歯、人型ではあるが絶対に人間と呼べるものではない。

 「奴らは人間の臭いに敏感だ。見ろ」

 グール達はしきりに鼻をクンクンとして臭いを嗅いでいる。

 「鎧で俺達の体臭は漏れていないが、鎧に付いた微量の臭いを嗅ぎ取っている。俺達の事にはもう気付くな。

 ケン、リンダ。今日はお前達二人でやれ。初戦闘と武器の実践練習だ」

 「よし。早く試してみたかったんだ。リンダ、援護頼むな」

 「任せて」

 「俺は?」

 「もう少し待て」

 グールの群れが四人に気づき奇声を上げてガスを吐いた。風に乗ってガスは四人に向かって流れてくるが鎧を着こんだ四人にはなんの効果も無い。

 リンダはグールの足を狙い撃ちにした。カイワレのように細い足で的が小さく普通に撃ってもほとんど外れる。しかしリンダは少ない無駄内で収め的確に足を撃ち抜いた。足が千切れグール達は地面に倒れる。

 グール達は長い腕を凄まじい速さで動かして迫ってくる。誰もが忌み嫌う節足動物がより悍ましくなった動きに鳥肌が立った。

 「気持ち悪いんだよ!」

 ケンは眼前に迫って来ていたグールの頭を突き刺し、勢いで振り回し二体のグールを吹き飛ばした。もがいている二体のグールは銃で始末した。

 「良い使い方だ。近接武器だが近接で戦う事だけを意識せず、バランス良く扱うんだ」

 残りのグールはリンダが始末した。近距離なら一撃も外す事が無い、冷静に的確に仕留めた。

 「リンダ、凄い」

 「ああ。ハンターになったばかりの奴であんなに的確な行動がとれる奴はまずいない。実に手慣れた動きだな」

 ヒュームは素直に感心していたが、ベンはますます疑問を募らせた。

 「凄いじゃんか!僕でも初めてでこんなに動けなかったぞ!」

 「そ、そうかな?」

 リンダは気恥ずかしそうにしている。

 「気を抜くなよ。本番はこれからだ」

 「分かってるよ」

 ヒュームはハルバードを構えた。

 「これで終わりじゃないの?」

 「ここは一ヶ月前までは普通の森だった。五匹のグールが入り込んだ程度で朽ちるはずが無い。それに、ここにいた動物達は何処に消えた?動物が移動したのなら必ず報告が入る。異獣の影響で環境が変わった事を示してるからな。つまり、どう言う事か分かるな?」

 リンダは何かに気づき下を、地面を向いた。

 地面が揺れる。振動は徐々に激しさを増していく。

 「来る!」

 「飛べ!」

 ケンはリンダの腕を掴んで後ろに引っ張った。ベンもヒュームも飛びずさる。四人が立っていた地面を食い破って巨大な芋虫が姿を現した。

 身体の大きさに反して異様に大きな口がある。返しの付いた牙が生え渡りしきりに口をすぼめている。だが何よりも気持ち悪いのは身体から生えた無数の腕だ。人間の腕が出鱈目な場所から生えている。

 「あ、あれがアルムワーム!?気持ち悪い!」

 リンダは鳥肌が立ち背筋が凍り付いた。ケンの背後に隠れて鎧の中で震えている。

 「気を付けろ、あの腕は伸びるぞ」

 アルムワームは身体中の腕を伸ばして一番食いごたえがあるヒュームに掴み掛る。ヒュームは伸びてくる腕をハルバードを軽々と振るい切り落とし、一部は弾き返した。切断面からタールのような血が噴き出し金属を引っ掻いたような悲鳴を上げた。

 「昔なら、攻撃受けてた。けど、今は違う!」

 アルムワームはヒュームを頭から飲み込もうと迫るが、それよりも先に動いていたヒュームには避けられ胴体にハルバードを突き刺された。身体が地面に沈んでいく勢いのまま身体を切り裂かれる。

 最後には地面に半ば以上入った状態で動かなくなり溶けて消えた。

 「俺、素早く動くの、無理。けど、行動を考えて動ける」

 「近接で戦い続けた成果だな。素早く動ければ良いって訳じゃない。相手の行動を先読みする事も大切だ」

 「ベン!」

 リンダは大層憤り詰め寄った。

 「どうしてこの事先に言わなかったの!?」

 「悪かったな。予想外の事態でどう反応するのか確かめたかったんだ」

 「あんな気持ち悪いの驚くしかないでしょ!」

 「そう怒るなよ。悪気は無いんだし」

 「俺達も、同じ事された」

 予想外の事態に直面した際に人は本質の反応が出る。命が掛かる戦いだ。それを把握しておくのは重要である。

 「アルムワームも俺達にとっては大した相手じゃない。仮に飲み込まれても、この鎧があるから消化されたりはしない。内側から銃で撃ち抜けばいいだけだ。

 だが自然に及ぼす被害は甚大だ。奴は地面の中を移動する。植物の命である土壌から死んでいく、それは全ての終わりだ」

 母なる大地は全ての命を支えている。大地が死ねば植物が死に、虫が死に、鳥が死に、草食動物が死に、肉食動物が死ぬ。そして全てが死に絶える。

 「幸いなのはこいつの出現頻度が低い事だ。目撃例はほとんどが一年に一度だ。早期に始末出来れば問題ないが、放置すればあらゆる場所で甚大な被害を招く事になる。

 動物がいないのは、こいつが食ったからだよ。異獣はあらゆるものを自らの勝手で破壊し消費する。俺達とは共存できない異物だ」

 生物は喰らい、喰らわれる。全ての命は糧となり生命を循環する。一方的な自然の在り方は存在しない。それは文明を持つ人間も同じだ。

 その枠組みから外れ害を及ぼすだけの存在はまさに異物、異獣と呼ぶべきものだろう。

 「覚えておけリンダ。俺達は自然を、人を、世界を守っているんだ。その責任と役目は想像するよりも遥かに重い。

 潰れずに付いてこれるか?」

 「覚悟は決まってる」

 自分が何者なのかは分からない。記憶も曖昧で、考え込むと混乱しそうだ。

 はっきりと分かっているのはケンと共にいたいと言う事。そして異獣を決して許してはいけないと言う事。

 その想いだけが自分の柱となり支えてくれているのだ。

 「なら、脊髄反射で気持ち悪いのを見ても気色悪がるな。逃げても死ぬだけだと思え。戦いは常に予想を超えてあり得ない事が起きるからな」

 「これから慣れていくから・・・」

 こればかりは経験を積んで慣れていくしかない。


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