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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
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約束

 畑仕事を終えて、茶色くなったケンは疲れて木の根元で寝転がっていた。温かい風が吹いている。地面に寝ているはずなのにまるで空に浮かんでいるみたいでとても心地よい気持ちだ。

 隣に誰かが座る音がしてうっすらと目を開けた。

 『お兄ちゃん。相変わらずここで寝るんだね』

 『働いたんだから休んでも良いだろ』

 『もっと頑張らないと。皆まだ働いてるよ』

 『自分のペースが一番だよ。無理したら駄目だって先生が言ってただろ』

 草が揺れ、枝が揺れる音が静かに響く。自然の音楽は心に安らぎをもたらしてくれる。

 『お兄ちゃん、異獣ハンターになるの?』

 『なる。なって先生が言うような英雄になる!』

 力強く宣言して拳を掲げた。

 『お兄ちゃん。約束してくれる?異獣ハンターになったら、困っている人を助けるって』

 『なに当たり前な事を言ってるんだよ?そこは異獣を滅ぼしてじゃないのか?』

 『そんな無理は言わないよ。あたしね、英雄ってとんでもなく凄い事をした人じゃなくて沢山の人から感謝される人だと思うの。人を助けて、その人の未来を拓く、それって凄く良い事でしょ?

 だからお兄ちゃんにはそんな英雄になって欲しいの』

 偉業を達成する。歴史に名を残す程の発見をする。そんな奇跡を果たせる者は極僅かだ。無理を狙えば自らの可能性と未来を閉ざす事になる。

 英雄とは人の為にある者の事言うのだ。

 『ああ。約束する。僕はそんな英雄になる!』

 『うん!』

 陽光が眩しい。全てを白く染め上げる程の光に包まれていく。

 ケンはこれが夢だと気づいた。もっと浸っていたい。そう願っても無慈悲に夢の光景は消えていく。

 (嫌だ・・・消えるな・・・消えないでくれ・・・)

 「消えるな!」

 無意識に叫んだと同時にケンは目を覚ました。

 荒く息を吐いている。身体から汗が噴き出してびっしょりに濡れている。痛くなる程腕を伸ばしている。

 「僕は・・・」

 ゆっくりと身体を起こす。思考に靄が掛かっていて何も思い出せない。

 扉が開くとベンとヒュームが入ってきた。

 「起きたか。随分とデカい声を上げたな」

 「ケン、身体、大丈夫?」

 「身体・・・?」

 身体を擦り、急速に思考が明瞭になっていく。

 「僕は・・・死んだんじゃ・・・」

 喜びよりも、驚きよりも、不安が大きかった。死んでいたのに生きていた。奇跡に理由を求めなければ安心できない。

 「ケン、水」

 桶と一緒に渡された。半分で口を濯いで半分は飲んだ。

 少しばかり気が落ち着いた。

 「まず説明する事はあの異獣についてだ。あれから一日が経った。協会は奴にテンレイドと名付け、全支部に通達した。程なく世界中で奴の事が知れ渡るだろう。

 それに伴い、テンレイドをレアスクの異獣に認定された」

 「レアスク!?」

 ケンは吃驚して目を回した。目覚めたばかりなのに夢を見ている気分だ。

 レアスク。それは世界全土で甚大な被害をもたらした異獣に認定されるものであり、強大な力を有しているとはいえ突然現れた異獣がレアスクに認定されるなど前代未聞だ。

 「驚くのも無理はない。俺も、少しやりすぎだとは思う。だが今までの常識が当てはまらない異獣だ。死の擬態など例が無い」

 「けど、そんな事をしたら命知らずが無謀な事をするんじゃ」

 「まあな。レアスクの異獣、討伐すればそれだけで歴史に名を残す英雄になれる。何より奴らは長い年月を生きた強大な異獣でその身に異水晶を宿している。異水晶は討伐証明にして、それだけで都市の経済を三十年は回す事が出来る代物だ。

 欲の皮が突っ張った馬鹿が挑むとも限らん。だが状況が状況でな。赤い星が落ちた場所に新たな人型の移住が現れ、恐るべき力を有していた。それだけの理由があればレアスクに認定はされる」

 否定できない。もし自分が協会の関係者なら、そうしただろう。何しろ天変地異の異常事態なのだ。

 「とは言えこれで世界中にテンレイドに対する情報が行き渡る。これが重要なんだ。誰かが奴に対して対抗策を編み出してくれるかもしれない。重要なのは名誉でも栄誉でもなく平和だ。そうだろう?」

 「ああ。それについては僕も同じだよ」

 平和は一人で成すものではない。多くと手を取り合い成すものだ。

 ふと、ケンはある疑問が脳裏に過った。

 「なあ、それじゃあ僕達はどうして無事だったんだ?あの、テンレイドからどうやって逃げたんだ?それに僕は、身体が貫かれたんじゃなかったのか?」

 傷は完治している。それでも思い出すとずきりと腹部が痛む。

 「その事で、会わせたい奴がいる。ヒューム、連れてきてくれ」

 「うん」

 ヒュームはほとんどしゃがみ歩きの姿勢で部屋から出て行った。今までもずっと座っていた。

 「あいつ、これ以上大きくなったら宿に泊まれなくなるな」

 「歩く時も腰を曲げていて辛いからな。けど、あいつが楽に歩ける宿は高くて泊まれないんだ」

 大きすぎる身体は一般生活には不便が多い。どうにかしてやりたいが、どうにも出来ない自分が歯痒い。

 「ケン。これから来る人を見ても、大声を上げるなよ」

 「誰が来るんだよ?」

 「すぐに分かる」

 程なくして扉が開きヒュームが入ってきた。

 「入って」

 ヒュームの後ろから一人の少女が入って来る。

 少女を見て、ケンは開いた口が塞がらなかった。目が零れる程大きく見開き、ベッドから降りるとゆっくり少女に歩み寄った。

 「リン・・・ダ・・・?」

 脳裏に蘇る幼き頃の記憶。妹のリンダと一緒に遊んでいた思い出が流れていき気が付けばとめどなく涙が溢れていた。

 「リンダ!」

 ケンは少女を抱き締めた。だがベンとヒュームは心苦しそうな表情を浮かべ、少女は困惑していた。

 「ケン、その子、リンダ違う」

 「何言ってるんだよ?どう見てもリンダだろ!

 俺と同じ栗色の髪に昔と同じ長髪で、そばかすだってあるじゃないか!それに、僕が妹を見間違える訳ないだろ!」

 「俺も、同じ。けど、違う」

 「ヒューム!お前何言って」

 「よせ!」

 ベンはケンの肩を掴んで少女から引き離した。

 「まずは話を聞け。聞けるな?」

 有無を言わさない圧にケンは委縮して無言で頷きベッドに腰を下ろした。

 「この子はあの赤い星なんだ」

 何を言われたのか理解できず間の抜けた顔になる。

 「順を追って話すぞ。

 テンレイドに追い詰められた俺達は死を覚悟した。その時、赤い星が音を上げて震えるとこの子へと形を変えたんだ。テンレイドはそれを見て何かに動揺して逃げていった。

 そしてお前の腹の傷だが、この子が治したんだ」

 「治した?」

 「そろそろ、話してくれるか」

 少女は躊躇いがちに、ゆっくりと口を開いた。

 「えっと・・・あたしが傷を治したの」

 その声は忘れない。忘れようもないリンダの声だ。

 少女は腕を掲げると皮膚が内側に消えていき肉が露わとなる。肉の腕は形を変えて太い触手となる。

 「あたしは、身体が肉なの。あたしの肉で、あなたの傷を塞いだの。細胞単位で結合させたからもう問題ないよ」

 言っている事の半分も耳に入ってこない。ただ、腕が変形した触手に目を奪われていた。

 壊れていく。思い出が、リンダの姿が。

 ケンは吐いた。違いに耐え切れずに吐いた。

 「嘘だ・・・」

 「ケン」

 「嘘だ!」

 ケンは窓を開けると二階から飛び降りて走り去ってしまった。突然の出来事に通行人達が驚いている。

 「あの野郎、二階から飛び降りたか」

 「それだけ、動揺した。混乱した」

 「・・・無理も無いか」

 ケンが耐え切れずに逃げ出すであろう事は予測していた。だから、あえて逃がした。

 耐えるには受け入れるしかない。現実と向き合うしかない。

 「ごめんなさい。やっぱりあたし」

 「気にしないで。ケン、絶対、話し聞いてくれる」

 ヒュームはそう言って微笑んでくれた。少女は少しだけ気が楽になった。

 「ベン。俺、ケンと話してくる。ケン、あそこにいると思う」

 「ああ、頼む。俺達はここで待ってるからな」

 こんな時一番頼りになるのは誰よりも互いの事を知っている親友なのだ。


                        *


 ネツクの北東には小さな丘があり、そこに集合墓地がある。異獣との戦いで死んでしまったハンターを含め、異獣により殺された人達が眠る場所だ。日当たりがよく、とても温かく明るい場所だ。

 ケンは集合墓地の前で呆然と立ち尽くしていた。綺麗に磨かれた墓石が陽光に照らされ、鏡となり自分の姿を映し出す。

 子供だった自分はもういない。子供の頃は真っ直ぐ上を向いていた髪は兜を被るようになりすっかり下を向いてしまっている。日々異獣と戦っているからか、知らない間に随分と険しい顔つきになっている。

 「僕って、何時の間にか怖くなってたんだな・・・」

 「怖くない。ケン、今は混乱してるだけ」

 何時の間にかヒュームが後ろに立っていた。

 「お前、何時からそこにいたんだ?」

 「少し前。ケン、喋るまで待ってた」

 「・・・そうか」

 乾いた、壊れたような笑い声が漏れる。

 「なあ、ヒューム・・・これって、悪い夢なのか?」

 「夢じゃない」

 「リンダだ。リンダが生きていたんだ・・・」

 墓石にしなだれかかる。墓石に映る顔には涙が流れていた。

 「リンダ・・・リンダは・・・どうなったんだ?リンダは・・・人だ。あんな、あんな風になったりしない・・・」

 「ケン。リンダは、もういない」

 振り返ったケンは怒りの形相を浮かべ叫びながらヒュームの腹を殴りつけた。強靭な筋肉に覆われたヒュームは痛くなかった。ただ、心が痛かった。

 親友の苦しむ姿を見るのが、只々辛かった。

 「生きていた!生きていたじゃないか!なあ!どうしてそんな事を言うんだよ!?」

 何度も殴りつけてくる。それはヒュームを殴っているが、自分を殴ってもいるのだ。

 「ケン、俺も、同じだ。

 俺も、あの子と話して、同じ思いになった。

 辛かった。本当に、辛かった。リンダ、生きていてほしかった。俺、あの時の事、ずっと後悔してた。村、異獣に襲われた時、ケン、助けるのが精一杯。リンダ、助けられなかった。俺、ずっと自分の事責めた。許せなかった。俺が、もっと頑張れば、リンダ、助けられたかもしれない。

 俺、あの子に言った。どうして、リンダじゃないんだって。あの子、そしたら、謝った。

 俺、馬鹿だった。あの子、リンダ、違う。リンダはもういない。あの子は別。あの子も不安。俺達が、リンダだって言うから、不安になってる。

 リンダ、言ってた。人を助けて、未来を拓く。ケン、俺も同じだ。だから、俺達の苦しみ、あの子にぶつけたら駄目。

 ケン。起きたばっかで、色々あって、混乱するの分かる。気持ちの整理、無理。

 だから、俺に、好きなだけ当たって良い。俺、ずっと、付き合う」

 現実が理解できない。悪夢か、それとも幻か。

 冷静でいられない。ただ、泣いて崩れ落ちた。

 ヒュームは隣に座ってずっと寄り添ってくれた。

 感情は吐き出せ。溜め込むと自分を殺し狂わす毒となる。苦しいのなら、思いっきり吐き出せ。感情は爆発させるものではない。しかし時には爆発させないと澱となって心に積もり自分を蝕むのだ。

 地面を殴りつけた。何度も殴りつけた。痛みはない。

 一人だったら、何も変わらないだろう。心境に変化など訪れないだろう。冷静になれず心が壊れたままだっただろう。

 自分を理解してくれる親友がいてくれる。傍に寄り添ってくれる親友がいる。同じ苦しみを抱いている親友がいる。一人じゃない。それがケンの心をゆっくりと直していく。

 どれ程経っただろうか?ケンが顔を上げた時には目は赤く腫れ上がっていた。

 「・・・話しを聞かないと、駄目なんだよな」

 散々感情を爆発させて落ち着いた。疲れ果てたとも言える。

 「うん」

 「もし、僕がまた耐えられなくなったら、抑えてくれるか?」

 「うん」

 「ありがとう、ヒューム」

 

                         *

 

 少女は辛そうに腕を握り締めた。

 「お前が気にする事は無い」

 「でも、あたし」

 「こんな事に納得のいく説明が出来る方が間違ってる。冷静に受け止められる方が異常だ。逃げて良いんだ。時期に頭が冷えて戻ってくるさ」

 ベンは初めからこうなる事を見通していた。自分も話しを聞いた時、ヒュームが取り乱さなければ声を荒らげていた。

 信じられない事とは往々にして否定して冷静ではいられないのだ。

 「一つ、聞いても良いですか?」

 「なんだ?」

 「どうして、あたしの事を気にしてくれるんですか?」

 「それはお前がケンの命の恩人でもあるが、理由は他にもある。それは二人が戻ってきたら教えるさ」

 そう言われれば、これ以上の追及は出来ない。

 傷ついた顔は怖いけれど、優しい雰囲気の人だ。安心できる。

 二人が戻ってきてきた時ケンの目は真っ赤に腫れていた。散々泣きはらした証拠だ。少女は胸が苦しくなった。

 「落ち着いたか?」

 「・・・一応」

 少女を見ても取り乱さないだけ冷静にはなった。

 ケンは少女と向かい合うようにベッドに座る。

 「どうして、リンダと瓜二つなんだ?」

 それが最大の疑問だ。これを晴らさないと蟠りが解けない。

 少女は申し訳なさそうに首を横に振った。

 「分からない」

 「何で?」

 「どうしてあたしがあたしなのか?どうしてあなたが言うリンダって人とそっくりなのか、分からないの。あたしは気が付いた時にはあたしだった。そうとしか言えないの」

 不安そうな面持ちで少女は語る。

 (この子、怖がってる)

 自分が一体何者なのか分からない。どうして自分は自分なのか?どうして自分の身体は肉なのか?それは周囲を断崖絶壁に囲まれ小さな地面の上に立つ怖さと不安定さに似る。

 何時壊れてもおかしくない不安定な状態なのだ。

 (それなのに、僕は自分の事ばかり・・・)

 突然だったから?異形だったから?死んだ人が現れて、全く違う存在だと言ったから?言い訳などするつもりもない。自分は他人の気持ちを無視して逃げた。

 「けど、あなたがあたしの大切な人なのは分かる」

 突然の発言。ケンは僅かに驚くが、むしろすっと受け入れられた。何よりもその言葉が嬉しかった。

 「ケン。あなたはあたしの大切な人。だから、あたしはあなたの傍にいたいの。そうしたら、あたしの事も分かるかもしれない」

 突然そんな事を言われてもどう返したら良いというのだ?

 ベンは「お前が言え」と目線で告げてくる。

 ヒュームは小さく頷いた。

 言葉は喉まで出かかっている。性格も、喋り方も、妹のリンダとは違う。しかしその姿はケンの知るリンダがそのまま成長した姿のようだ。

 眩暈がする程の緊張感に襲われつつも、大きく息を吸い込んで言葉を吐き出した。

 「リンダと僕は約束した。人を助け、未来を拓く英雄になるって。だから」

 ケンは立ち上がり少女に手を差し出した。

 「君を助けるよ。僕達と一緒に行こう。それで、君の事が分かるなら」

 少女は途端に笑顔になり「ありがとう!」とその手を両手で握り締めた。

 感触も、体温も、人そのものだ。異形な肉の感触ではない。

 少女は嬉しかった。傍にいてくれる事を許してくれた事が。ケンとは離れたくない。その想いだけが強く宿っている。

 「そう言ってくれると思っていたよ」

 ベンは満足そうに頷いた。

 「こうなるって分かっていたのかよ?」

 「お前の事は信頼している。信念もだ。何であれどうであれ、困っている人を見捨てられないだろう?」

 「ああ、見捨てたりはしない」

 「ケン、人を見捨てない」

 他人から馬鹿にされようとも、周囲から苦言を呈されても、信念は貫き通す。そうすれば理解してくれる人が出てきてくれる。手助けしてくれる人が出てきてくれる。

 「ケン。嬢ちゃんなんだが、異獣ハンターにしようと思う」

 「どうしてだ?」

 「赤い星が嬢ちゃんの姿に変わった。そしてあのテンレイド、異獣と無関係とはとても思えん。異獣ハンターとして異獣と戦っていけば嬢ちゃんの正体に繋がる何かが分かるかもしれない」

 確証も無いただの推測だ。しかしそれが現状を解明する最も確実な手段だ。

 「そうかもしれないけど・・・戦えるのか?」

 異獣ハンターが装備する鎧はそれなりの重量がある。日々技術は進歩し軽量化、防御性能が向上しているがそれでも相当の力と体力がいる。単純な話し、一時間はぶっ通しで戦えるぐらいでないと話しにならない。

 「実はな、お前が眠っている間に俺の鎧を着させて試してみたんだ。問題は全く無い」

 「そんな事、してたんだ」

 「ヒュームにも黙ってやったのかよ」

 「悪いな。こう言う事は先にやっておかないと面倒くさいからな。あの時はヒュームも動揺してたから黙ってやるしかなかったんだ」

 「まあそれは良いけどさ。けど、この子は赤い星なんだろ?それは、大丈夫なのか?」

 人じゃないから嫌だではない。正体が他人に知られたら絶対に面倒な事になる。ケンはそれを危惧しているのだ。

 「あの時、あの場にいたのは俺達だけだ。嬢ちゃんはテンレイドに襲われた旅人の生き残りで、ショックで記憶を失っている事にしてある。

 赤い星は俺達が焼き尽くした事にした。あの場所にはデカい焦げ跡を作ったし、状況が状況だ。疑う奴はいないだろう。

 その身体を隠していれば問題ない」

 「あたしの身体はこれが基本で、さっきのは意識しないとならないからきっと大丈夫だと思う」

 まだ自分がよく分からないから曖昧だが、それでも頑張って隠すと意気込み感じる。

 「幸い二日後に異獣ハンターになる為の試験がある。それまでに俺が基本を叩きこんでおく。ケンはリハビリに勤めろ。治ったとしても、正直不安はある」

 「大丈夫だと思うけど」

 「初めてだろ?この後また同じ事があった時の為に問題が無い事を把握しておかないといけないんだ」

 人知を超えた力で傷を治したのだ。大丈夫だと言われても安心は出来ない。

 「それに、お前らの鎧は修理に出したからな。ヒュームもクレイモアを奴に持ってかれたから新調しないといけないだろ」

 「もしかして、ベンが払ってくれたのか?」

 「こんな事にならなかったら肩代わりなんてしないからな」

 と言うのは冗談だ。自分達の道を歩む弟子の手助けをするのが師の役目だ。

 「それと、一つ重大な問題がある」

 ベンは息を呑む程真剣な表情を浮かべる。

 「なんだ?」

 「嬢ちゃんの名前だ」

 「名前・・・」

 「あたし、名前は無いの。きっと、その赤い星から生まれたばかりだから」

 少女は俯いて言った。

 名前とは両親が子供に授ける一番最初の愛情にして贈り物だ。掛けがいの無い大切な宝だ。名前が無いのは自分が無いのと同じ。胸に大きな穴が空いていて冷たい気持ちになるのだ。

 「ケン。お前が名付けてやれ」

 「僕が?」

 「お前にしか出来ない事だ」

 少女はケンを大切な存在、ずっと一緒にいたいと言った。それだけ深い繋がりがあるのなら、名付けられるのはケンだけだ。

 (名前って言われても、一つしか思いつかないよ)

 その姿、顔、瓜二つだ。ケンにとって少女を呼ぶ名は一つしかない。

 「リンダ」

 その名前を少女はすうっと受け入れられた。とても自然に、まるで初めからそうであったかのように自分の名前だと意識できた。

 「ケン。良いの?」

 「良いんだ。妹と同じ姿で、別の名前で呼べないよ」

 「・・・そうだね」

 「この名前で良いか?」

 「うん、ありがとう。あたしはリンダ。改めてよろしくね」

 その笑顔は、妹の笑顔と全く同じだ。

 だが、妹ではない別人だ。

 嬉しさと複雑な気持ちで眩暈がしそうだ。

 「お前らは休んでろ。リンダ、特訓に行くぞ」

 「分かった。えっと、またね」

 「うん」

 ケンはぎこちない笑みを浮かべて頷くので精一杯だった。

 「慣れるまで、時間かかる?」

 「慣れるさ。雰囲気とか、話し方は大分違うからな」

 見た目が同じでも中身が異なるのなら次第に別人として受け入れられるだろう。


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