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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
35/35

森の王

 森人の手を取ったリンダが風と共に大量に吹いてきた葉に包まれて消えた時は狼狽えた。

 「今、リンダは試されておる。何があろうと戻ってくる」

 そうして待っていると木々の間からリンダがゆっくりと落ちてきて驚いた。ケンは自然と腕を伸ばして受け止めた。

 「ん・・・」

 「リンダ。大丈夫か?」

 「ケン?」

 ケンはリンダを降ろした。

 「何をしてきたんだ?」

 「色々と、確かめられた」

 「どうやら、認められたようだの」

 森人達が周りに集まってきた。何時の間にか、気が付いたらそこにいる。

 「本当に妖精みたいね」

 「この森の中なら自由に移動できるからの」

 森人達は七人を囲む。

 「お父さんの所へ連れていくよ」

 「急いだ方が良いよ。欠片が森に入り込んだ」

 「欠片だと?」

 グレッグは嫌な予感がした。

 「テンレイドか?」

 パンハイムの問いに森人は首を横に振る。

 「ううん。神の力。確かにこっちに向かってきてる」

 「匂いを辿って来てる。欠片が異獣を混ぜて作ったの。犬の鼻がお父さんの匂いを辿ってきてる。森は迷わせる。けど、同じ力には反応しない」

 「人には薬、異獣には毒。だから欠片は力を与えた」

 「さあ、早く行くよ」

 視界が回り浮遊感が襲う。

 「何だこりゃ!?」

 「身体が、浮く」

 

                     *

 

 木々が絡み合いトンネルを作っている。樹皮に生えた苔は淡く発光してトンネルを青く照らしている。

 「何時の間に移動したの?」

 「森人の力じゃ。この先に、会わねばならん者がおる」

 とても幻想的で神秘的だ。絵本の中に迷い込んでしまったかのようだ。今にも妖精が飛び交い、いたずら者の小人が足元を駆け抜けていきそうだ。

 「良いなあ・・・」

 ルージュはうっとりとしたようすで呟いた。

 「何処が良いんだ?ただの森だ」

 「夢みたいな場所だからよ」

 「お前は何を言っているんだ?これは現実だ」

 スミレはばっさりと両断する。ルージュは心底残念そうな顔をした。

 「今度、一緒に語り合いましょう」

 「・・・そうだな」

 知らないから。興味ないからで終わっては駄目だ。例え自分が興味無くとも相手を理解するには好きを学ばなければいけない。

 「ルージュさん。ビナーが好きそうですよね」

 「もし出来るのなら、将来はビナーで暮らすのも良いかもね」

 「俺はガンコウが良いんだけどな」

 「なんでグレッグさんが気にするんですか?」

 グレッグは頭を掻き、ルージュは咳払いをした。

 「船で十日。行き来すれば良いのではないか?」

 「船旅も、悪くないか」

 笑いかけるグレッグにルージュは肘打ちをかました。

 「そう言えばケンとヒュームは?」

 ルージュは話しを変えようと何時の間にか姿を見えなくなっている二人の事を尋ねた。

 「後ろですよ」

 狭いトンネル。ヒュームは腰をかがめて移動に四苦八苦している。ケンは身体を支えて腰を擦ってあげている。

 「あの身体と能力は戦力としては素晴らしいが、日常生活では不便が多いな」

 「きっとあれでも精一杯の速さなのね」

 牛歩な歩みでトンネルを抜けるのに数十分かかった。

 「皆、ごめん」ほふく

 ヒュームは申し訳なさそうに頭を下げる。

 「仕方ないよ。ヒューム、身体は平気?」

 「ちょっと、腰が痛い」

 「匍匐前進のやり方を今度教えよう」

 「使いどころが限られ過ぎんかそれは?」

 周囲を岩壁に囲まれた窪地だ。岩壁は苔に覆われ小さな花が咲いている。中央にはいくつもの木が絡み合って複雑怪奇な形へと成った大樹が生えている。数多の命が息づいていて、その命がまた大樹を成長させている。

 「凄いな・・・」

 一体どれだけの長い年月をかければこれ程までの大樹へと成長するのだろうか?数多の樹木が絡み合い土台となり、より大きな命となっている。

 根元には小さな空洞が空いている。

 大樹の上に沢山の森人が集まっていた。笑っていない。怯えている。恐怖している。

 「来たね。パンハイム」

 七人の森人が出迎えてくれた。肌が樹皮と化している。

 「恐怖しておるな」

 「死ぬのは怖くない」

 「死は命の糧となり苗床になる」

 「恐ろしいのは何も与えられず死ぬ事」

 「異獣は命の循環すら断ち切って無にする」

 「異獣が穢した大地に命は芽生えない」

 「恐怖するのはそれと、お父さんが役目を果たせず死んでしまう恐れ」

 「助けてくれる?」

 「当然でしょ」

 慈愛に満ちた微笑みを向けられて、森人達は一様に悪戯な笑みを取り戻す。

 「異獣は何時来る?」

 スミレは誰よりも早く戦闘準備を整えた。

 「物凄い速さで向かってきてる。もう来るよ」

 「わしは空洞に隠れておる。気を付けるのだぞ」

 「あなた達も隠れなさい」

 「僕達も手伝うよ」

 「ええ!?」

 「私達はもうすぐ自然に還る。還る為の場所を守る為なら喜んで死ねる」

 「それじゃ駄目だ」

 ケンは真摯な面持ちで厳しく告げる。

 「死ぬ為に戦うんじゃない。生きる為に戦うんだ。命は一つしかない。お前達が自然に還らずに死んだら皆が悲しむだろ」

 振り返れば仲間達が、笑みの中自分の達の身を案じている。瞳からそれが伝わってくる。

 「命は一つしかないから。大切にするものなのよ」

 リンダもまた真摯に訴える。

 「・・・大切。確かにそうだね」

 「そして命を使う場面で命を燃やす」

 「生きるのは常に命懸け。僕達は命を燃やして自然に還る」

 リンダは一抹の不安を抱いた。言葉から重い覚悟が伝わってくる。

 「価値観と死生観が違うのよ」

 「・・・皆、生きないと駄目だからね」

 それしか掛ける言葉が見つからなかった。

 木々が薙ぎ倒される音が聞こえてきた。どんどんこちらに迫ってくる。

 「お前達は戦えるのか?」

 森人は手を取り合う。

 「僕達はお父さんの子供」

 「自然はありのままであるべき。それを歪めたらいけない」

 「けど全てを守る為なら、摂理に反するしかない」

 森人達の足元から樹木が生えてくる。

 「あいつの思い通りには絶対にさせない!」

 「俺達、勝つ!」

 「おお。やってやろうぜ!」

 木々を薙ぎ倒し異獣が飛び出して来た。眼前に飛び降りたのは巨大な犬だ。輸送車よりも遥かに巨大な双頭の犬で蜘蛛を連想させる八ツの瞳が存在している。六本の多脚でナイフの如く鋭い爪が地面を抉っている。体毛は存在せず蛆虫が皮膚の中で蠢いている。

 低く野太い雄叫びが響いた。空気を揺らし、空にまで届く程の咆哮だ。発したのは犬ではない犬の背から生えている巨人が吠えた。

 四本の腕を有する単眼の巨人。腕の関節は六本もありまるで別の生物の如く小刻みに動いている。犬と異なり鎧をまとうように全身を太く細い体毛で覆っている。

 「オレハ・・・ゲリュオン」

 「こいつ、喋るぞ!?」

 「神の力が知恵を与えた」

 「厄介だな」

 知恵は武器であり脅威である。ただ力と能力を振るうだけの異獣とは雲泥の差が生じるのは今まで嫌と言う程味わってきた。

 「アーリマンノ・・・イシ・・・ハタス」

 「アーリマンだって?」

 双頭の犬がどす黒いガスを吐き出す。ガスは一直線に大樹へと走っていく。

 「いけない!」

 不意をつかれリンダは防御が間に合わない。

 次の瞬間地面から樹木が壁となって生えガスを防いだ。

 「守るよ」

 「だから戦って」

 「すぐに倒すから、無理しないでね!」

 ゲリュオンは身体を縮ませるとあり得ない程高く飛んだ。岩壁も樹壁も軽々と超えている。

 「蛙かあいつは!?」

 ルージュのゴーツ・ライフルが胴体を撃ち抜きゲリュオンの頭まで貫通する。穴の空いた箇所にゴーツ・グレネードが直撃し犬の胴体が大きく弾け空中を乱回転する。

 「狙い良し!」

 「まぐれだな」

 ゴーツ・ジャマダハルが高速回転しつつ突きを放つ。螺旋の衝撃がゲリュオンの胴体に命中し身体を大きく抉りつつ更に高高度へと打ち上げる。

 「上手くいって良かった」

 「俺なら絶対に出来ねえな」

 回転する犬の身体にスミレはゴーツ・クロウを突き刺ししがみ付いている。先に力を脚に集中させ大きく飛び、突きの衝撃波を利用しゲリュオンへと突撃したのだ。一歩間違えば自分も切り刻まれる危険な行いだが鍛え抜かれた身体能力、戦いで研ぎ澄まされた感覚と経験、そして肉の力を信じ成功させた。

 ゲリュオンは腕を伸ばしスミレを掴み掛かる。多関節を利用した腕の動きは複雑怪奇で予測できない。おまけにこちらは空中でろくな身動きが出来ない。

 スミレは犬の身体を蹴って宙に逃げると身体から肉の一部切り離し土台を作り力強く蹴った。僅かな腕の隙間を縫ってゲリュオンの頭部にゴーツ・クロウを突き立てる。

 「あんな体勢でどうやって動きを読めるのよ?天才って妬けるわね!」

 ゴーツ・ライフルで犬の頭、脚を撃ち抜いていく。スミレが張り付いている以上大袈裟な援護は出来ない。

 頭を単眼ごと何度も突き刺す。伸びてくる腕に対して背面へと回り背中を蹴って逃れた。

 スミレが地上に着地して数舜後ゲリュオンが轟音を立てて墜落する。

 「リンダ!蛆虫を除去しろ!」

 蛆虫が肉を食い破り身体の中に入り込もうとしている。リンダは言われるより先に肉を伸ばし蛆虫を抜き取り握り潰した。

 「リンダは大樹の防衛をしろ!蛆虫共が今向こうにいった!」

 「はい!」

 リンダは脇の隙間から裏手に周る。

 「今飛んだ時にばら撒いたのか」

 ヒュームは攻撃せずに様子を窺っている。蛆虫の特性を見れば不用意に近接攻撃など出来ない。

 「あいつの目的は大樹と俺達が合わなきゃならない奴の抹殺か。俺達の相手なんてする必要も無いって事だな」

 「ヒューム。リンダの援護に周りなさい」

 「どうして?」

 「最悪を考えて動くのよ」

 その言葉でヒュームは察しが付き急いで大樹側に向かう。

 「私も行こう。ここはもうお前達だけで充分だろう」

 「すぐに終わらせるからね」

 ゲリュオンは足元をふらつかせながら立ち上がる。三人は一気に畳みかける。

 

                      *

 

 蛆虫達は餌となる腐肉に焦がれるように地面を跳ねつつ大樹へと飛んでいく。

 「させない!」

 リンダが限界まで広げた肉膜は大樹を覆い蛆虫達を絡め捕った。肉の表面で蛆虫は握り潰されていく。

 「何とかしないと・・・!」

 蛆虫は樹壁を生やした森人に食らいつき穴を空けていく。

 それから十秒も経たない内に穴を突き破って蠅が飛び出して来た。黒く巨大な蠅は卒倒しそうな程に醜悪な姿だ。

 蛆虫の波は止まらない。リンダが防衛に周る事は予測が付いていた。だから足止めをしている。

 蠅は肉膜に張り付くと身体を破裂させる。強烈な異臭と共に肉が泡を立てて溶けていく。

 「リンダ!」

 「ヒューム!?」

 ヒュームはゴーツ・ハルバードで地面を薙ぎ払う。蛆虫達は岩壁に叩き潰されていく。蠅共はヒュームに襲い掛かるもゴーツ・ウォーハンマーを振るった風圧で吹き飛ばされる。

 蠅はすぐさま体制を立て直し襲い掛かるもリンダの肉膜に呑み込まれ中で破裂した。空いた穴から膿のような液が漏れ出る。

 「気持ち悪い!」

 リンダは肉を切り離した。肉は溶け地面に大穴を空けていく。

 口を押えて蹲った。生まれて初めて吐き気を抱いた。嘔吐が出来ない分より辛い。

 「リンダ、平気?」

 「・・・ありがとう、助かったわヒューム」

 青白い顔。想像すればヒュームも吐きそうになる。

 「それより、向こうは良いの?」

 「こっちの援護、するように言われた」

 「援護?・・・もしかして、何か来るの?」

 「きっとそう」

 岩壁の左側から白い煙が噴き出してきた。離れていても伝わる冷気。これは凍結玉だ。

 「ヒューム!ここをお願い!」

 「分かった!」

 リンダは腕を伸ばし岩壁の上に上がるとゲリュオンが半ば凍り付いた姿でいた。

 「もう一体いたの!?」

 「リンダ!こいつを下に落とせ!」

 犬の両首を掴み背負い投げの要領でぶん投げた。ゲリュオンは宙を舞い強烈な勢いで地面に叩きつけられる。

 ヒュームはゴーツ・ハルバードを振り下ろし犬の頭を一つ叩き落とした。

 ゲリュオンは四つの腕で身体を起こすと唸り声を上げガスを吐き出そうとする。寸前でヒュームがもう一方の犬にしがみ付き口を閉ざした。

 「ぐっ!」

 蛆虫が身体に群がり肉の鎧を食い破っていく。並みの異獣では歯すら立たないこの鎧を容易く食い破れる力はテンレイドの力だけではない。神の力だ。

 「こんな事に、使うな!」

 犬の首をへし折りねじ切った。

 ゲリュオンの二本の腕がヒュームの頭を掴み締め上げていく。

 直後、ゲリュオンはバランスを崩して横に倒れた。凍り付いていた脚が砕けている。リンダが伸ばした肉の棍棒が砕いたのだ。

 「よくやった」

 スミレはゲリュオンの身体を駆け上がるとゴーツ・クロウで頭部を貫く。腕を伸ばしてスミレを剥ぎ取ろうとするが二本の腕はヒュームががっしりと掴み、残りの二本もリンダが肉を絡めて抑えている。

 蛆など気にしない。何度もゴーツ・クロウを首に突き刺す。頑強な身体は千切れず、それどころか傷口から膿が噴き出した。 

 「あれは蠅の!」

 身体を纏う肉の鎧を溶かし、皮膚を、肉を溶かし骨が露わになる。それでもスミレは攻撃を止めない。けっして身体から離れない。

 怪物の悲鳴が上がる。飛び散る膿が地面に零れ嫌な音を立てて穴を空けていく。

 肉の裂ける音がして、遂にゲリュオンの首が千切れた。それと同時にスミレも力尽き地面に落ちる。

 「スミレさん!」

 内臓まで露出しそれも溶けかかっている。蛆虫が程よく溶けた身体を貪っている。即座に肉を送り込み治療を行う。

 「ヒューム!ゲリュオンに止めを刺して!」

 既に身体をゴーツ・クレイモアで幾度も突き刺している。

 「手ごたえが、無い!」

 ゲリュオンの身体が起き上がる。身体を激しく振動させると縦に亀裂が走り何かが飛び出した。

 口から棘の付いた無数の触手を蠢かせ、尻から絶え間なく蛆虫を零し続けている。ゲリュオンの腕を六本生やし、複眼一つ一つに怨嗟の面持ちを浮かべた小さな人面がびっしりと張り付いている。

 巨大な蠅だ。ゲリュオンの身体から蠅が生まれた。

 「くそ。攻撃が、届かない」

 蠅は旋回し蛆を産み落とし続けている。蛆虫は先程とは違い襲ってこず地面で蠢いている。無論放置など出来ない。さっきと同じようにヒュームは岩壁に叩きつけようとゴーツ・ハルバードを構える。

 「ヒューム!駄目!」

 寸前でヒュームは動きを止めた。

 「なんで!?」

 「それは爆弾よ!」

 蛆虫を喰らったリンダには理解できた。

 蛹のように硬くなるが異獣ではあり得ない黄色に染まっていく。

 「衝撃を与えたら膿を撒き散らす!」

 「そんな!」

 辺り一面蛆爆弾で覆われ身動きが取れなくなる。充分動きを封じると異蠅は大樹へと飛んでいく。

 スミレが起き上がりリンダの腕を掴む。

 「リンダ!私を奴に向けて投げろ!」

 「無茶ですよ!まだ身体が治り切っていません!」

 「さっさとしろ!」

 他に手は無い。リンダは歯を食い縛る。

 「ヒューム!!」

 肉を伸ばしヒュームを掴み大きく振りかぶって二人を投げ飛ばした。

 「おおおおぉぉぉぉぉ!!?」

 「落ち着け!奴にしがみ付く事だけを考えろ!」

 スミレは口から血を吐いた。身体はほぼ治ったが膿が僅かに残留している。腹部に焼けるような痛みが走る。

 異蠅が大樹に喰らい付こうとした寸前でヒュームが先に背面にしがみ付いた。

 「落ちろ!」

 ゴーツ・クレイモアで羽を叩き切るも異蠅はバランス乱しただけで落ちない。頭にゴーツ・クレイモアを突き刺し強引に向きを変えても尚異蠅は飛び続ける。

 「幸運だな」

 スミレはゴーツ・クロウを腹部に突き立て一気に引き裂いた。腹部から蛆と膿が噴き出してくる。臓物を撒き散らしながら異蠅は遂に地面に落ちる。

 それでも異蠅は死なない。口から伸ばした触手で二人を串刺しにする。そして切り裂かれた腹部から大量の蛆を撒き散らす。飛び散った蛆の何匹は大樹に張り付き破裂した。表面が溶けて深く抉れていく。

 「この!」

 ヒュームはゴーツ・クレイモアを引き背中を切り裂いた。泡立つような悲鳴が上がる。

 「二人共離れて!」

 伸びた肉の腕が異蠅を掴み上げる。ヒュームはスミレを掴んで後方に飛んで離れた。

 「スミレ」

 「気にしないで」

 異獣との戦いは常に命懸け。手傷を恐れていては生き残れない。何より人を守れない。この身がどうなろうとも己の役目を果たすのだ。

 異蠅は自らが産んだ蛆爆弾の中に叩きつけられその衝撃で膿の爆発をもろに受けた。半身が溶け脚も半分が取れる。それでも異蠅は起き上がる。

 「まだ死なないの?」

 異蠅は口から触手を伸ばす。全方位に広がった触手は三人と大樹に的確な狙いを定めている。リンダが迎え撃とうとしたその時、地面から木が勢いよく生えて異蠅を貫いた。

 「これは・・・皆が」

 壁となった森人達が力を貸してくれた。

 異蠅は激しくもがいている。貫かれた衝撃で触手は制御を失い空中でのたうっている。

 「ここまでしても死なないなんて。神の力・・・僅かでも凄まじいのね」

 リンダは右腕を刃へと変えていく。それは、テンレイドの初めの姿で見せたのと似ている。違いは凹凸が無く滑らかである事だ。

 「今更真似ても嫌悪感なんてない。良い戦い方、教えてもらった」

 背中から細い触手を幾本も伸ばし異蠅の身体を拘束する。完全に身動きを封じた。大きく飛び上がり振り下ろした刃の一撃は異蠅の身体を両断する。完全に真っ二つになった異蠅は脚を激しく動かした後、次第に動きがゆっくりになり遂に動かなくなり溶けて消えた。

 「ヒューム!スミレさん!」

 ホッとするのはまだ早い。二人の傷を治さなくては。

 「いくら治るからって、あんまり痛い事はしないでください」

 「お前の力があるから出来るんだ。普通なら出来はしない」

 「リンダのお陰。無茶は、したくない。けど、しないといけない時もある」

 それでも心苦しい。親しい人が、友達が目の前で酷い目に遭うのだから。

 「死んでいたんだ。もう何度も死んでいる。リンダのお陰でこうして生きているんだ。ありがとう」

 顔を向けずにそっぽを向いた状態でお礼を告げる。リンダは数舜ぽかんとして、笑みを浮かべた。

 「そっちも片付いたみたいだな」

 向こうの三人も合流した。息も絶え絶えでかなりの傷を負っている。

 「こっちにもゲリュオンが現れました。倒すと背中から巨大な蠅が現れて」

 「僕達と同じだったのか。ごめん、駆け付けるのが遅れて」

 「ううん。そっちも大変だったでしょ」

 「優秀な狙撃手のお陰で何とかなったな」

 「あなたの銛で動きを封じたからでしょう。それに、あの子達の援護もね」

 「二人と森人のお陰で僕が止めをさせた」

 ルージュはスミレの前にしゃがみ込む。

 「無茶したようね」

 「まあ・・・これからは自重できるのならする」

 グレッグはゲリュオンの溶けた後から異石を拾い口笛を吹いた。

 「見ろよこれ。初めて見るだろ」

 「それ、異結晶じゃないか!」

 ケンもヒュームも目を輝かせる。

 「歴史に名を刻む異獣だった。それ程の異獣を相手にして私達は生き残った」

 「改めて思えば凄く強くなったわよね」

 「これ程強くなっても、まだ力及ばない」

 異結晶。それを有する異獣の力は災害と同等だ。あのヒメラトゥムの女王ですら大異石だったのだ。本来であればハイもコモンも全てのハンターが総力を上げて挑んでも全滅する恐れのある強さの証だ。

 「何も気にする事なんてねえだろ。俺達は力に惑わされるような弱虫じゃねえだろ?」

 「そうだよ。それに、もっと強くならないといけないんだ。怖がってなんかいられない」

 グレッグは異結晶をしまい、一つをルージュに投げ渡した。

 「こいつは俺達が持っておこう。この後を考えればパンハイムに渡すよりその方が良いだろう」

 「そうね」

 エターナ軍。あの時目にした軍人は明らかに人ではない。異石は膨大な力を秘めている。いざと言う時に使えるだろう。

 「残念だが致し方ないの」

 根っこの空洞からパンハイムが出てきた。

 「本当に、感謝する。言葉などでは足りん。森を、聖域を守ってくれてかたじけない」

 その場で土下座し泣きながら謝辞を述べる。これには呆気に取られてしまった。

 森人達も大樹から降りてきて「ありがとう」と口々にお礼の言葉を述べる。

 「あたし達だけじゃなくて、一緒に戦ってくれたあの子達にもお礼を言ってくださいね」

 パンハイムは無言で身体を起こす。泣いている。それは悲しみの顔だ。

 森人達も表情を暗くする。

 「森人は死ねば自然に還り、樹木となり新たな命の糧となる」

 パンハイムは手を合わせて静かに目を閉じる。

 「森人は神の力で自然より生み出された人ならざる者。自然に干渉する程の神の力には耐えられんのだ」

 樹壁が崩れて塵となっていく。

 「そんな!」

 森人達は自分達が最も恐れる末路を辿ろうとも父を、仲間を守れるのなら躊躇わなかった。なんと悲壮な覚悟だろうか。

 「リンダ、俺達、もう平気」

 「行ってやりなさい」

 リンダは樹壁へと駆け寄り手で触れるが砂のように崩れ指の間から零れていく。正面に周ると七人の森人達がやり遂げた表情で瞳を閉じていた。

 「守ったから満足できた」

 森人がリンダの後ろに現れる。

 「私達はこれが一番恐ろしい」

 「忘れない。七人の事。忘れない。あなた達の事」

 「ありがとう」

 ゲリュオンは強かった。あの時この樹壁が無かったらガスが大樹まで届いていた。あの時地面から木が生えて動きを止めていなかったら未だに戦い続けていたかもしれない。それはケン達も同様だ。

 やるせない。自分達がもっと強かったら、もっと上手く戦える経験があったら犠牲にならずに済んだかもしれない。

 「悔やんだらいけないよ」

 「どうあっても一緒に戦っていた」

 「僕達の場所を守る為。それ以外の理由もそれ以上の理由もない」

 「守る為に戦うのは当然」

 「守れたから満足できた。後悔は無い」

 「だから自分を責めないで。笑って見送って」

 「・・・うん」

 樹壁は崩れ塵となって流れていった。風に紛れて笑い声が聞こえたような気がした。

 全員しばらくの間、森人達の冥福を祈った。

 

                        *

 

 「大樹・・・何箇所か溶けたけど大丈夫かな?」

 「あの程度なら問題は無いぞ。ゲリュオンが穢した自然は近い内に元に戻る」

 空洞の中は地下なのに明るかった。種類の違う苔が暖色系の温かな淡い光を発している。見た目よりもずっと広い。空洞の中心に老人が樹木の中に埋まっていた。

 いや、埋まっているのではない。半ば以上身体が樹木と一体化している。

 「お前達が・・・そうか・・・」

 苦し気な息遣いと共に老人は顔を上げた。眼は窪み頬がこけている。よくよく見れば腕も身体も異様に痩せている。

 「礼を言うぞ・・・。森を、子供達を守ってくれて感謝する・・・」

 老人は激しく咳き込んだ。

 「死にかけているな」

 「毒が・・・入り込んだ・・・」

 「毒!?まさか、あの蛆が」

 「いいや、違う・・・。あの異獣が吐いた毒を・・・吸収してしまった・・・。植物も呼吸をするからな・・・」

 植物の特性だ。息を止める事も、逃れる事も出来ない。

 「お主、森人とわしを守る為に一身に吸収したな」

 「当然だ・・・」

 老人は息を荒くし口から血を流しだす。

 「あの毒、人間ならば即死していたんじゃないの?」

 「数多の異獣を混ぜ合わせ生み出された・・・。強さはお主達の知る通りだ・・・」

 「港からここまでレオパードしか現れなかったのはそれが理由か」

 グレッグは歯軋りをした。時間が無いとは言え、それを異変と理解して警戒に当たればゲリュオンを先に討伐できたかもしれない。

 「最後に・・・世界を助ける踏み台になりたかった・・・。未来の為に犠牲になるなら本望だ・・・。

 わしの名はジェルグ・・・。森人の生みの親にして聖域を作った者だ・・・。

 もうわしは死ぬ・・・。だから、短く大切な事を伝える・・・。

 この世界に・・・異獣をもたらしたのはアーリマンだ・・・」

 「アーリマン・・・」

 ゲリュオンも口にしていた。だがリンダはその名前に聞き覚えは無かった。

 「一体、どんな存在なのですか?」

 「神であって・・・神でない・・・。あれは負の精神の塊・・・。

ノルンに会うのだ・・・。あ奴に全ての話しを・・・!」

 「ジェルグ!」

 激しく咳き込み口から血を吐いた。

 「リンダよ。お主は人だ・・・。赤い星を全て得た時・・・お前の人としての心が試されるだろう・・・。

 己を強く持て・・・。心を強く持つのだ・・・」

 「はい」

 リンダはジェルグの手を握り締める。

 「さあ・・・わしの力をお主達に与えよう・・・。力は収めるもの・・・。意味もなく振るうものではない・・・忘れるな・・・」

 ジェルグの身体が光ると光球が抜け出し六人の身体に宿る。

 「力を感じる」

 ケンは今までになく強い生命力を感じた。

 「体力が、湧き上がる」

 「これが神の力か」

 力と共に責任を授かった。浮かれなどしない。

 力を授けたジェルグは最後に笑みを浮かべると崩れ去り塵となった。

 「ジェルグさん・・・必ずアーリマンを倒します」

 誓いを立て、冥福を祈った。

 「ノルン。それって、本当の神なのか?」

 「古代の遺跡にその名が刻まれておった。全ての運命を司り命を紡ぐ絶対神。それがノルンであると」

 「どうやって会うんだ?そもそも会えるのか?」

 「この異変だ。いずれ、向こうから会おうとするかもしれんな」

 「そんなんで大丈夫なのか?会う方法とか無かったのか?」

 「大丈夫だ」

 自分に言い聞かせる為なのか、または何か確信があるのかパンハイムは言い切る。世界の遺跡を調べたパンハイムにこう言われてはそれを信じるしかない。世界中の遺跡を調べている余裕など無いのだ。

 「パンハイムさん。聖域はどうなるんですか?」

 「聖域は消えぬよ。森人はジェルグの子。欠片とは言えその身に神の力を宿しておる」

 「良かった」

 こうなる定めであったとしても、自分達の為に苦しい思いをさせなくて安心した。

 スミレは軽く拳を振るい身体の調子を確かめる。

 「劇的に力、身体能力が向上した訳ではなさそうだ。生命力が大きく向上したと判断するべきだろう」

 「どれ」

 グレッグは地面に落ちている石を拾い素の状態のまま握り締めた。それ程力を込めていないのに石は粉砕される。

 「人として見れば充分力も増してるな」

 「肉の恩恵を踏まえれば、ヒュームが最も力を増しただろう」

 「皆、強くなった。俺も、頑張る。皆で、頑張る」

 「そうだな」

 ケンとヒュームは拳を合わせた。

 外に出ると森人達が待っていた。笑みは無く、物静かな面持ちを浮かべている。

 「お父さんは役目を果たした」

 「お父さんは願いを果たした」

 「お父さんは希望を胸にして生き続けた」

 「あなた達は希望」

 「この世界は人の心に喰われようとしている」

 「負を覗いて正気でいられる存在はいない」

 「けれど負の力を宿したあなた達なら抗える。耐えられる」

 「森を守ってくれてありがとう」

 「僕達を守ってくれてありがとう」

 「リンダ。あなたは人」

 「宿した心と記憶を忘れないで」

 信じている。世界の為に戦おうとしている人達を。父から力を授かった人達を。

 ただ、その顔が抱く気持ちはそれだけじゃない。

 「もっと自分の気持ちに素直になれば良いんだよ」

 「素直?」

 「あなた達も人なんだから」

 「・・・優しい子。けど、私達は泣けないの」

 「残酷だとは思わないで。僕達は心で泣いている」

 「塵になった皆は樹木を植えて墓標にする」

 「大樹がお父さんの墓標。長い時を経ても私達は忘れない」

 「そして僕達はお父さんから生まれてくる」 

 今まさに大樹の実が地面に落ちた。割れた身の中に森人が眠っていた。

 「私達は聖域を守り、森と共に生きていく」

 「僕達はそれ以外を望まない」

 「だから、世界を守って」

 「必ず守る!」

 ケンの強い言葉に、森人達は笑みを浮かべた。

 「また皆と会いにくるからね」

 スミレだけ僅かに反応が遅れた。皆、それに自分が含まれていると意識すると恥ずかしいと言うかおこがましいと言うか、どうにも素直になれない。そして慣れない。

 「森に住むなら歓迎するよ」

 「誰でも歓迎するからね」

 「それは、他の人に対してしてやってくれ」

 気持ちを張り直してスミレは厳しい眼差しを向ける。

 「全ての人間が悪ではない。人を無暗に迷わせて殺すな。例えそれが大切な人を守る為であっても、人もまた同様だ」

 「あの時の軍人だね」

 「あの人達は力を持ち帰る役目を受けていた」

 「死ねば自然に還る。死は終わりじゃない」

 「けど、そうする。僕達は今日初めて終わりを学んだ」

 「そうか。ならばいい」

 罪を糾弾しても、彼らに人の理も法も通用しない。暮らす世界も価値観も精神性も異なる。今後もう人を無暗に迷わせないのなら、それで良い。

 「さあ、そろそろお帰り」

 「世界を救ったらまた会いましょう」


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