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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
34/35

森の遺跡

 ビナーの最奥にある都市長の屋敷。屋敷にはビナーの裏へと抜ける為の裏口が存在する。

 「その時が来たんだな」

 「うむ」

 「わしらは甘えていた訳ではない。自分達の力で生きてゆくさ」

 裏門は複雑に絡み合った木の根で出来ていた。どう見ても人の手によって作られた物じゃない。都市長が手で触れると根は解けていく。

 「自分を信じろ」

 都市長は全員にその言葉を残し、屋敷へと戻っていった。

 「どう言う意味だ?」

 ケンは首を傾げた。

 「俺達、自分、信じてる」

 「まあ言葉通りの単純な意味じゃないだろうな」

 外に出ると樹上から気配を感じた。森人達が七人を見下ろしている。容姿に差はあれどやはり中性的で美しく、可愛らしく、妖しげだ。

 「あれが、森人・・・」

 「とっても、綺麗・・・」

 「けど、何か・・・怖い・・・」

 楽しそうに、愉快そうに笑っている。緑色の瞳が心の奥底まで見透かしているようで怖気が走った。

 「あれが森人か。話しに聞いた事はあったが、成程な。こいつは一筋縄じゃいかなそうだ」

 一人の森人が木から降りてくる。どんな力か、木の表面を走ってきた。

 短髪の、悪戯好きの子供だ。

 「パンハイム。お父さんが呼んでいるよ」

 「案内してくれるな」

 「いいよ」

 その笑みは、これから起きる事を予想して楽しんでいる。

 「パンハイムさん・・・」

 「危険は無い。森人は聖域に入る資格があるかどうか確かめるのだ」

 表の森とはまるで違う。地表に露わになった根っこが複雑に絡み合っていて人が歩ける道が存在しない。樹木は傾き湾曲していて、同じような景色が延々と続いている。等間隔に木々が生えた森林とは比べ物にならない。これは方向感覚があっという間に狂ってしまう。

 薄っすらと白い靄が掛かっている。遠方まで見通すのは無理だろう。空気はひんやりと冷たいが寒くはない。ただ、少し重い気がする。

 苔が生えた地面は大変滑りやすい。不安定な足場に慣れているパンハイムとグレッグはともかく、五人は何度も転んでいた。

 「未熟・・・!」

 スミレは唇を噛んだ。

 「無理ないわよ。こんな場所を想定した訓練なんてしないでしょ?」

 「海上戦闘訓練・・・もっとこなしておくべきだった」

 「お前の戦い方的に海上戦は向いてないだろ」

 移動に四苦八苦しているのが可笑しいのかあちこちから笑い声が聞こえてくる。

 「なあ。この人って男なのか?」

 ケンは小声でパンハイムに尋ねる。

 「森人には性別は無いぞ。森から生まれ、森と共に生きる。森人は人の姿をした自然なのだ。自然もまた生きておる。人の姿を取ればこうして動き、心を持ち、感情を持つのは当然であろう」

 「そう、なんだな」

 今一つピンとこないが、感覚で理解できた。

 「あの」

 「何?」

 リンダの呼びかけに森人は面白そうに振り返る。

 「お名前はなんて言うんですか?」

 「どうして気にするの?」

 森人はリンダの顔を覗き込む。

 「森人さんの事をもっと知りたいからです」

 「僕の事?それとも皆の事?」

 「それは」

 一瞬言葉に窮するも「知りたいんです」とはっきり言葉に出せた。

 「へえ。何で?」

 「知らないままだとよく分からないから、漠然としたままだと打ち解けないから」

 「仲良くなりたいの?」

 「うん」

 「あなたは人?それとも異獣?」

 「あたしは人」

 迷う事無く告げた言葉に森人は愉快そうな笑みを浮かべる。

 「どんなにそう信じても、身体も力も変えられない」

 森人はリンダの額に指を当てる。指先は冷水のようで頭がじんわりと冷えていく。

 「名前は無いよ。僕達は森人、森と共に生きる自然の一部。

 人は何でもかんでも名前を付けて判別しようとするね。全ては等しく同等なのにおかしな事をするんだね。

 本当に仲良くなりたいの?それとも自分より下だと思って愛でたいの?」

 「それは違う!」

 リンダは指で森人の額を弾いた。森人は少々呆気に取られた。

 「驚いた。想像よりも、ずっと人だね」

 森人はジャンプすると枝に飛び乗った。

 「パンハイム。僕達はずっと見ていたよ。そうだね、人の人達はお父さんの所に連れて行ってあげても良いよ」

 「リンダか?」

 「人か、異獣か。納得できないと連れていけないよ」

 「リンダは人だ!異獣じゃない!」

 「リンダ、人!」

 森人は微小を浮かべる。

 「仲良き事は素晴らしいね。けど、それじゃあ他人を納得させられないよ。

 知ってるよ。生まれたばかりの赤ん坊。知識も言葉も人格も君が与えたものだ。傾けばどうなるか予測なんてつきはしない」 

 別の森人が木の後ろから現れリンダに手を差し出す。

 「行きましょう可愛い赤子。あなたは人?それとも異獣?それを教えてくれる?」

 「分かったわ」

 「ちょっと待って。パンハイム、本当に大丈夫なの?」

 「危険は無い。確かめるだけじゃ。リンダにとっても良き経験となろう」

 「失敗した場合はどうなる?」

 「リンダを置いて、わしらだけで会いに行く事になる」

 無論それは望ましい結末ではない。だけれども不安も何も無い。信じているから。

 「リンダなら大丈夫だ。失敗なんてしない」

 「何故そう言い切れる?」

 「信じているし、分かっているからだよ」

 ヒュームもまた力強く頷いた。

 スミレはケンとリンダの関係が、コウと自身の姿に重なって見えた。

 「そこまで言うのなら、私も信じよう」

 「あなたの言葉を信じるからねパンハイム」

 「リンダ。俺達に構わず時間かけて向き合ってこい」

 「はい」

 森人の手を掴むと視界がぐるりと回転した。突風が吹き全身を葉が包んでいく。


                      *


 気が付けば倒れていた。柔らかい草木は羽毛のように心地が良い。

 「ここは・・・」

 荘厳な遺跡だ。教会のような作りで朽ち果てた椅子は自然に還りその形の名残を僅かに残すのみとなっている。半ば以上浸食された植物に埋まっている。伸びた蔦がヒビから入り込み所々崩れている。奇跡的に残ったステンドガラスから差し込む光は七色に輝いている。

 「なんだろう?」

 ステンドガラスは何かを模しているが、人ではない。海であり自然であり大地であり動物である。

 「おはよう。目が覚めたね」

 何時の間にか先程の森人が目の前に立っていた。

 「ここは、遺跡なの?」

 「大昔の残骸。神を祀った人の名残。あなたはこれから試される」

 教会の奥へと続く道を示される。

 「あなたは人?それとも異獣?行動で示して教えて」

 「分かった。ありがとうシルワ」

 「シルワ?」

 森人は不思議そうに訊き返す。

 「あなたの名前。パンハイムさんから前に教えてもらったの。森って意味よ。

 ・・・嫌かな?」

 森人は心ここにあらずな様子で立ち尽くしている。

 「シルワ・・・」

 名前を復唱している。止まらず何度も。

 やがて、元の悪戯好きな笑みへと戻る。

 「優しいんだね。でもね、私達は森人。そこに差も無ければ区別も無い。全てが同じ。

 私達には名前が無いんじゃないの。必要ないの」

 「そうなんだ。ごめんね、余計なお世話だったね」

 「けどあなたは優しい。その優しさ、忘れないでね」

 この時だけ、柔らかく慈愛のある微笑を向けられた。

 「忘れないよ。あたしはあたしだから」

 森人に見送られリンダは遺跡の奥へと入って行った。

 通路は崩れ道が塞がっている。崩れた天井から差し込む陽光を浴び樹木が育ち青々と茂っている。壁や柱には幾何学模様が書かれているが何を意味しているのがさっぱりだ。

 何処から流れてくるのか小さな小川出来ている。触れると身体に響く冷たさで、口に含むととても美味しい。

 「浄化って、こういう事なのかな」

 木々は根を伸ばし植物は蔦を張り、石壁を倒壊させている。外を覗くと草木が鬱蒼と生い茂っていた。

 道の先に現れたのは大きな鏡だ。リンダの身長と丁度ピッタリのサイズで自分の姿を綺麗に映している。

 「これに何かあるの?」

 その時、不意に鏡が眩い光を発した。光は視界を消失させリンダを包み込んでしまう。

 やがて光が収まると視界が徐々に戻っていく。

 「今の光は?」

 人の話し声が聞こえてくる。見た事も無い乗り物に乗った人達を二足歩行の大きな鳥が運んでいる。露店からは威勢の良い客寄せの声が響き、人のざわめきがそこかしこから聞こえてくる。

 「なんで?あたし、遺跡にいたはずなのに」

 不安そうに辺りを見回す。夢かと思ったが拳を握り締めた時の感触、感覚は間違いなく現実だ。

 どの都市でもない。それどころか城壁が無い。全体的に古めかしい感じがする。

 (そう言えば、航海船に飾られていた絵画にこれに似た町があった。確か、異獣が現れる前の国を描いた希少な物だったそうだけど)

 振り返れば立派な城が建っている。

 (ここは、昔の国?けど、なんで?)

 「こっちに来い!」

 呆然としていると男の怒号が響いた。声のする方を向くと一人の男の子が髪の毛を掴まれて引きずられている。

 「何してるんですか!?」

 反射的に駆け寄り男の前に立ちはだかった。

 「邪魔しないでくれるか?こっちも困ってるんだ」

 「子供に酷い事をするよりも困る事があるんですか?」

 「金だよ」

 その言葉にリンダは信じられないと言った顔をする。

 「こいつの両親が借金だけ残してとんずらしやがった。お陰でこっちは大損だ。何が何でもこいつに金を返してもらわないと俺が飢えちまう」

 「自分で育てたり、狩ったりはしないんですか?」

 「お前は馬鹿か?世の中は金で回っているんだよ。こいつの両親だって俺から多額の金を借りた挙句自分達のがきに背負わせて消えちまった。

 金があれば何でもできる。金が無かったら何も出来ないし生きてもいけねえ。

 お前がこいつの借金を肩代わりしてくれるのなら話しは別だがな」

 そんな金は自分にはないし、この時代の金銭など持ち合わせてはいない。

 (力づくで助ければ良い。それが一番簡単だ)

 心の奥底から醜い自分が甘言を囁いてくる。

 リンダは首を横に振ると男の手を握った。

 「この子の代わりに、あたしを連れて行ってください!」

 男は驚き目を丸くする。

 「お前、正気か?見ず知らずのがきの為に自分を犠牲にするのか?」

 「この子は何も悪くないですから。あなたも大変なんですよね?皆が良くなるにはこうするしかありませんよ」

 「自分が何を言っているのか分かっているのか?奴隷がどんな扱い受けるか、女なら尚更どうなるのか分かってるのか?」

 女。そう女だ。教えてもらった事は無い。見た事も無い。ただ、ガンコウで一人でいた時に中年の男性から声を掛けられた。

 『お嬢ちゃん。いくらなら良いかな?』

 『・・・?なんですか?』

 『あれ?もしかして他所の人かな?それじゃあ悪かったね』

 あの後、それとなくパンハイムに尋ねたが少々怒った顔をして『リンダは知らなくて良い事だ』としか言われなかった。

 ただ一つ理解した。自分が女だから声を掛けられた。女を求められたのはつまりそう言う事だ。漠然としながらもそれを理解した。

 「怖くないと言えば嘘になります。それでも、この子を助けられるのなら安いですよ」

 景色にヒビが入ると音を立てて崩れ去った。

 暗闇に包まれたのは一瞬、海が引くように闇が引いていき元の遺跡へと戻った。目の前にあったはずの鏡は無くなっている。

 「たった一人の為に、自分を犠牲にするんだ」

 また別の森人が目の前に立っていた。

 「世界には沢山苦しんでいる人がいるよ。その心があれば、もっと沢山の人を助けられる。たった一人の為に自分を犠牲にするのは間違ってると思わない?」

 「一人を見捨てるような人に沢山の人は救えないと思う」

 森人は微小を浮かべる。

 「人を助けるにはお金がいる。パンハイムは人を助ける為に世界中を巡ってる。自分を犠牲にしてお金を稼いでいる。

 人はお金を得る為に生きている。だってお金がないと生きられないから。人にとってはお金が全て。お金の為なら何でも出来る」

 悪魔のように微笑んでいる。

 「お金は大切だけど、それだけじゃないよ。お金だけに囚われたら、とても寂しいよ」

 「どうしてそう言えるの?」

 「何となくだけど・・・」

 頼りない言葉。それでも、旅の中で得た自分の言葉だ。

 「自分がどうなるか分かってた?」

 「うん」

 知識はある。知識だけはある。

 「あなたは人?あなたは異獣?もっとあなたの事を教えて」

 森人は後ろ向きに飛んで何処かへ行ってしまう。そして奥には道が続いている。

 園庭の通路は湿気を含んだ苔が生い茂っている。柔らかい苔は足音を吸収する。まるで自分がいないみたいだ。かつては花々が咲き誇っていた園庭は今は高く伸びた草に覆われ、主とでも言いたげの太い樹木が生えている。池にはその名残で水連が咲き、美麗な鳥が佇んでいた。

 広い場所へと抜けると噴水があった。彫刻は崩れ、その残骸が水の中に沈んでいる。水の循環が止まっているからだろう。安らぎの遺跡には似合わず噴水に溜まっていた水は濁っていた。

 「嫌な臭いがする」

 腐っているのだろう。覗き込むと自分の姿が映り込んだ。

 『本当は人間の事なんか嫌いなくせして』

 「!?」

 濁った水に映った自分が喋り、嘲笑った。

 水の中から手が出ると自分が水の中から起き上がってきた。

 「あなたは・・・?」

 『見たら分かるでしょう?あたしはあなたよ』

 何もかもが瓜二つ。自分自身をこうやって直視するのは何だが変な気持ちだ。

 『ねえ、ルージュのあの姿を見た時、あなたはこう思ったでしょ。

 皆殺しにしてやりたい。一人残らず、ぐちゃぐちゃに潰してやりたいって』

 リンダは一歩、後退った。

 自分は勝ち誇ったような笑みを浮かべて歩み寄ってくる。

 『ガンコウであたしに声を掛けたあの男の嫌らしい目付きときたら、気色悪くて最悪だったでしょ?

 ティファレトの連中は今まで散々人を差別しておいて仲良くなろうなんて虫が良すぎると思わない?ホドの奴らは謝ったって許されないわ。

 許せないわよね?殺したいわよね?』

 自分がしなだれかかり耳元で甘く囁く。

 『食べたいわよね』

 リンダは目を閉じて深く深呼吸すると自分を抱き締めた。

 「人には心があるの。心が人を作る。良いものもあるし、悪いものもある。それを全部纏めて人なのよ。

 許せないし、許容しがたい事もある。けど、人は歪んで生きるものだから。

 どんなに正しくあろうとしてもそれは自分の世界だけで、人から見ればやっぱり歪んでる。歪みが悪くなればケセドみたいに、ティファレトやホドと同じような場所もまた生まれるかもしれない。

 けど、それが間違っているって指摘出来る人がいたら直せるから。

 それに、生まれついての悪い人なんていないから」

 ティファレトの都市長も、フレイマも、ヘブンズも、そしてエターナの将軍も元は決して悪人ではない。

 『謝れば許してもらえると思っているの?それで罪を帳消しに出来るの?

 馬鹿言わないでよ。付けた傷は無くならない。死んだ人は帰ってこない。

 胸の内に抱いた憎しみ、恨み、殺意は相手を殺さないと晴れないのよ』

 「分かるよ。だって、心の奥底でそう思っていたから。ルージュさんのあの姿を見て、その気持ちがとても強くなったから。

 けど、あなたもあたしなら、あたしの気持ちが分かるよね?」

 リンダはより強く自分を抱き締める。

 「あたしは許せる人になりたい。人は道を間違うから、悪い事をしてしまうから、許してあげたい。

 まだまだあたしは未熟みたいだから、気が緩みそうになったら説教してね」

 自分は安らかな面持ちになると水となって地面に流れた。身体は全く濡れていない。噴水の水は透明で清らかになっている。

 「許せるの?」

 瓦礫の上にまた別の森人が座って脚を揺らしている。

 「人はあなたが思う程高潔じゃないよ。心と感情に振り回されて罪を犯して人を傷つける。あなたは元が悪人じゃない人ばかりに会ってきた。けど本当に救えない悪人も存在するよ」

 「もし、そんな人と出会ったらあたしは悲しむかな」

 「どうして?」

 「だって、そんな風になるなんて悲しすぎるから・・・」

 生きるとは綺麗事では済まされない。大なり小なり人に害を与えてしまう。

 その分人の手助けを、人の為になる事をしている。

 それが出来ずに害しか振り撒かないのは、そうなってしまう切っ掛けがあるからだ。それは悲劇と言えるだろう。

 「僕達は人とほとんど同じ時を生きる。死んだら樹木となって森に還る。即ち大地の一部となる。死は悲しくない。だって命の糧になるから。

 僕達に言わせれば害となる存在は殺せばいい。それで秩序が保たれるのならそうすれば良いよ。死んでも身体は糧となる。命の循環があるから問題なんて無い。

 それでも殺さず許すのが正しいの?」

 「あたしはまだ生まれて学ぶ事ばっかりだから。初めの知識も人格もケンから貰ったものだから。私の言葉は本音だけど、正直に言うと何が正しいのかまだ分からないの」

 リンダは申し訳なさそうにする。

 「正しいって、あるの?」

 吸い込まれそうな瞳で見つめられ意識が吸い込まれそうになる。

 「何時か、それが分かる時がくる」

 森人は微小を浮かべた。

 「大体分かったよ。あなたの事。次で最後」

 噴水の水が引くと床が抜けて階段が現れる。

 「あなたは人?それとも異獣?さあ、それを証明して」

 階段から下は一切の光が入り込まない暗闇に包まれていた。水が流れ落ちる音だけが地下に木霊する。

 そこまで降りきると、完全に闇に包まれた。僅かに注がれていた日の明かりも消え失せ、階段は音を立てて崩れ去った。

 何処に行けば良いのかと周囲を見渡していると小さな明かりを見つけ、そちらに向かって歩き出した。

 蛍のように小さな明かりが地面で光っている。自然と手を伸ばして掴むと暗闇から伸びてきた腕に掴まれて闇へと引きずり込まれた。

 「うわっぷ!」

 水の中に引き摺り込まれる感覚だった。だが水中ではなく宙を漂っているみたいだ。

 「なんだろう・・・落ち着く」

 一寸先も見えない闇だが、薄暗がりに何かが潜んでいる恐ろしい闇ではない。人を包み安息をもたらしてくれる闇だ。

 温かい。心地が良い。次第に意識が薄れていく。身体の感覚が麻痺していく。

 このまま闇に溶けてしまいそうだ。

 (いけない・・・手放したら・・・駄目・・・)

 意思とは反してどんどん身体の感覚が無くなっていく。

 どうすればいい?蕩けた思考では何も思いつかない。

 (どうにもならない・・・身を委ねるしか・・・ない・・・)

 足掻けば足掻く程に深く沈むなら、逆に何もせず心を落ち着かせる。この感覚に慣れる。

 浸り過ぎず、かと言ってもがきすぎない。想像以上に神経を使う。

 どれ程そうしていただろうか?気が付けば草の上に仰向けに倒れていた。

 「終わり?」

 まだ酔っている頭を支えながら起き上がるとそこは遺跡ではなく何処までも果てなく続く草原だった。

 温かい風が吹いている。解放的で縛るものは何も無い。

 「こんな景色、初めて・・・」

 幻だと思っても心が躍る。

 「ここでは一体、何を確かめるの?」

 突然風が吹き、巨大な影が頭上を横切った。

 「ピュータル!?」

 背中からテンレイドが飛び降りてくる。ホドで戦った時と同じ、背中から無数の蛇を生やした女性の姿だ。

 武器を構えようとした。だが武器は無かった。どう言う訳か服以外の物が無くなっている。

 「お前は僕だ」

 テンレイドは一歩歩み寄る。

 「何故拒む?何を恐れる?元は一つだろう?」

 「世界を滅茶苦茶にしようとするあなたと、手を取る訳ないでしょう」

 リンダは恐れず前に出る。

 「それで私と争ってもか。お前は茨の道を、修羅の道を歩もうとしている」

 何時の間にか後ろは崖となり、奈落の底では業火が燃え盛っている。

 「そこまでする価値がこの世界にあるのか?無意味な行為だ。自ら身を危険に晒すのは愚行と言うほかない。

 お前は私の一部だ。その事実は変えられない」

 テンレイドの背後に人の姿が映し出される。誰も彼もが恐れている。テンレイドを、そして自分を。

 「お前は自分自身を隠している。恐れている。人から蔑まれ、恐れられるのを。自分のせいで仲間に迷惑を掛けるのを恐れている」

 協会を追われる仲間達とベン。信用を失ったパンハイムが路上に蹲っている。

 「受け入れられると思っているのか?人間は異質を嫌い、蔑み、恐れる。

 お前はたった一人で都市を滅ぼせる力を秘めている。それを人間達が知ったらどうなる?お前を殺そうと襲ってくる。

 人間は弱い。死を恐れ、脅威を取り除こうとする。そこに和解の余地は無く、言葉を交わす理性も働かない」

 沢山の人達が武器を手に襲ってくる。

 『異獣の女だ!』

 『あいつは災いの赤い星だ!』

 『殺せ!奴は俺達の敵だ!』

 咄嗟に身を守るように腕を組んでしまう。当然幻影なのですり抜けるだけだ。

 「お前の未来は暗黒に覆われている。絶望しか存在しない。

 迷うな。何を躊躇う。お前がいなくなればそれで済む。苦しみと絶望から解放される。それの何処が不満だ。

 お前はいてはならないのだ。己の為、仲間の為、一つになるべきだ」

 リンダは固まっていた身体をゆっくりと戻すと大声で笑った。

 「あなたは未来を見えるの?どうしてそうだって決めつけられるの?

 未来は誰にも見えないし分からない。怖いけど、怖さを乗り越えて幸せを望んで皆必死に生きている。後ろ向きな事ばかり考えていたらそれこそ最悪な未来へと辿ってしまうわ。

 ふざけないで。あなたにそんな事を言われる筋合いは無いわ」

 「そんな楽観的な思考では、地獄を味わうぞ」

 「あたしは、絶望なんてしない。何時かきっとあたし自身を受け入れてもらえると信じてる。それにね、あなたの誘いには絶対に乗らない。

 あなたの事が大っ嫌いだから」

 リンダは崖へと背中から落ちていった。業火に包まれたのは一瞬、気が付けば草の上に倒れていた。

 起き上がればそこは元の遺跡。森人が身体を揺らしながら自分を見つめている。

 「動物は生きるから自らの身を危険に晒すの。生きられるのなら、危険には晒さない。

 楽は良いよ。平穏に生きられるのならそれが一番幸せ。誰も不幸にしないで安心が得られるのなら、それが一番じゃないの?」

 「そうやって生きられないから、人も動物も危険に身を晒すと思うの。

 何もしないで平穏だけを享受していたら平穏を奪われた時に抵抗が何も出来ないでしょ?人も動物も、今じゃなくてその先を生きる為に頑張っているから」

 「あなたは普通じゃないよ。良いの?仲間が不幸になっても?」

 リンダは僅かに沈痛な面持ちを浮かべるも、首を横に振った。

 「皆、いずれそうなるって分かってるよ。それを考えないで一緒にいたりはしない。

 心苦しいよ。あたしのせいで皆を苦しませて辛い思いをさせるのは。だけど、だからこそあたしが逃げたら駄目だから。

 それに、未来が不幸だなんて決めつけられないよね」

 何も行動しなければ未来はきっとあの光景になるのかもしれない。しかし行動すれば、変えられるかもしれない。道行く先は無限に別れている。

 「そう。それがあなた。あなたの事、よく分かったよ」

 遺跡の上から森人達が降りてくる。

 「あなたは異獣だった。けど人として成長した」

 「迷いも悩みもある。だから人になる」

 「苦しみを抱えても、人に頼れる強さがある」

 「大きな赤ん坊。きっとこれからもっと辛い目に遭う」

 「それでもあなたは人でいられる。だってあなたは人だから」

 「だってあなたには人がいるから」

 視界が回り始めた。

 「さあおいで。お父さんが待ってるよ」

 身体が浮いたと思ったら、力無く落ちていく。


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