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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
31/35

肥大する欲望

 ゴメスに連れられてリンダはルージュの元へときた。

 「・・・!」 

 言葉が出ない。悲鳴?無言の叫びがそれだ。

 「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 傷を治す間、リンダは謝り続けた。ルージュがこんな目に遭ったのは自分のせいだから。自分のせいでこんな惨たらしい目に遭ったから。

 「あなたは悪くないわ」

 言葉は止まった。けれど涙は止まらなかった。

 傷が治し終わった。頭髪も元通りになった。

 「良かったわ。あのままだったらと思うとゾッとしてたから」

 「あんな目に遭って、気にするところがそこか」

 パンハイムは呆れてしまった。

 「気にするわよ。私、この赤髪気に入ってるから」

 錠も外されルージュは手首と脚を軽く動かす。

 「終わったのよね」

 「はい。ルージュさんも、皆を呼ぶように言われて」

 「ヘブンズ・・・」

 「急ごう。死なれては元も子もない」

 その道中、倒れて動かなくなっている信徒達が目に入った。

 「彼らはどうなるの?」

 「見てください」

 目から、口から、鼻から赤い肉が漏れ出している。

 「身体の中に入っていた肉が出ているんです。あの人達は入れられただけで身体の一部になっていた訳じゃなかったんです」

 「じゃあ、助かるのね」

 ホッとした。彼らは被害者だ。ヘブンズに巻き込まれて死ぬ事がなくて良かった。

 本堂前に来ると凄まじい破壊の跡にルージュは圧倒されてしまった。

 「こんなになるまで・・・。どれだけの戦いがあったのよ」

 血の気が引いた。異様に喉が渇いてくる。

 「来たか。生きていて良かった」

 グレッグは力を込めて両肩に手を置いた。

 「生きてたわよ。それと、信じてたから。まあ、こんなに早く来てくれるとは思わなかったけど」

 「ゴメス達のお陰だな」

 「後で改めてお礼を言うわ」

 そして、ヘブンズへと向かい合った。

 頭だけとなり、苦し気に息をしている。僅かずつ頭部が溶け始めている。

 「申し訳ない・・・」

 血の涙を流しつつ贖罪と悔恨の謝罪の言葉を口にした。

 「ヘブンズ。お主は、己が間違っていると気づいていたのだな」

 「こんな事は・・・私が望んだ事じゃない」

 「やはりそうか」

 「どう言う事だよ?」

 「変わりすぎていたのだ。以前会った時とはまるで別人。そう、赤い星が落ちてからじゃ」

 「そうです・・・」

 ヘブンズは頭を起こそうとするがそんな力はもう残っていない。パンハイムが頭を抱えて上げた。首から液状化した肉が滴り落ちる。

 「すみません・・・」

 「構うな。話す事を話すのだ」

 「まず、謝らせてください・・・。本当に、申し訳ありませんでした・・・」

 身体があったら額を地面に擦り付けていただろう。

 「あなたは身体に核を宿していた。星があなたに宿ったんですか?」

 「ええ・・・そうです」

 ヘブンズはとつとつと語り出す。

 「赤い星がケセドの傍に落ちた時、ハンター達が調査に赴くはずでした・・・。ですが、

信徒達がそれを認めなかった・・・。彼らは神の思し召しだとして・・・まず私に行かせようとしたんです・・・。教祖として・・・信徒達の心を裏切る訳にはいきません・・・。

 数人の信徒達と共に・・・赤い星の落ちた場所まで赴くと・・・赤い星は突然弾け私の中に入り込んできたんです・・・。

 すると、心の中にあった罪悪感と嘘に対する後ろめたさ消えて・・・自分の行い全てが正しく・・・絶対だと意識したんです・・・。それは・・・一切の疑問すら生まれませんでした」

 「赤い星が、七つの鐘の在り方が全てだって思わせたのか?」

 「ええ・・・。それからの記憶は・・・水の向こうを覗くように濁っています・・・。けれど、私が決して許されない罪を重ねた事は・・・覚えています・・・」

 「前に、ベンが都市の人達に襲われたって言っていたけど」

 「七つの鐘は、人の心の柱です・・・。ですがそれ故に・・・それしか信じられない故に暴走してしまったのです・・・。信徒達は時に、私の言葉すら届かなくなります・・・」

 「七つの鐘が絶対になっていたのね」

 極寒の地。救いも無く、寒さと飢えに苦しんでいた。何よりも異獣が恐ろしかった。七つの鐘は全ての不安を取り除いてくれた。それがもたらす信仰心は強烈な依存心と洗脳効果をもたらした。

 「ハンター達と協力して・・・食料を運んで・・・作物を育てて・・・人として暮らせるようにして・・・。こんな事になるなんて・・・」

 瞳からは赤い涙が流れる。

 「教えてくれる?地下通路の事」

 「地下通路じゃと?」

 「私達はホドから地下のトロッコでケセドまで連行された」

 「そうなのですか?いや、しかし、ここからホドまでは相当の距離が」

 「掘りましたからね・・・」

 苦労を思い出したのかヘブンズは小さく笑った。

 「ホドで苦しんでいる人達がいる・・・その話しは以前から耳にしていました・・・。助けたかった・・・けれど都市長は聞く耳を持ちませんでした・・・。だから、多額の金を収める代わり・・・下層での布教活動を認めてもらい・・・その裏で掘っていたんです・・・」

 「もしかして、ここにあった沢山の部屋は」

 「彼らの・・・部屋ですよ・・・」

 自分を責めている。本当なら解放されて救われていた。それを台無しにして全てを壊してしまった。

 「ケセドには・・・人が必要でした・・・。都市をもっと大きくして・・・農作物を育てられるようにしなければなりません・・・。

 そうすれば・・・誤った教えから脱却が・・・」

 言葉が途切れた。皮膚の大部分が溶け頭蓋骨が露わになっている。

 「異獣は脅威です・・・。けれど心を救う為に・・・あんな嘘を付きました・・・。間違った行いでも・・・人の為にそれを貫くしかありませんでした・・・」

 「世界の遺跡を巡ったとか、異獣が何もしなかったのも嘘ね」

 「ええ・・・」

 ヘブンズは最後の力を振り絞り声を張り上げる。

 「あれは・・・心の欲望を肥大化させます・・・。それも、悪い方向に・・・。私は崇拝と敬われる快感を・・・肥大化させられました・・・。結局全部・・・嘘なんです・・・」

 「欲望の肥大化・・・」

 リンダは胸に手を当てた。

 「望んではいけない事・・・。周囲に災いを振り撒く欲望です・・・」

 「海のあいつも道連れを望んでた。それも望んだらいけない欲望だな」

 「エターナの将軍も・・・同じです・・・」

 「何だと!?どう言う事だ!?」

 詰め寄ろうとするゴメスをスミレは腕を上げて制した。

 「レオナルドを初め・・・ケセド出身の軍人は何人かいます・・・。彼らを介して・・・その事実を掴みました・・・」

 「将軍の変容。そうだったのか」

 「あなたを攫ったのは・・・ビカース及びコウに対する・・・手札にする為です・・・」

 「納得した」

 今の将軍はともかくコウは自分を助ける為にあらゆる手を尽くすだろう。情報を得ているのならそれだけ隙が生じると言う事だ。

 「そしてビカースは・・・その為にあなたをホドに送り込んだのでしょう・・・」

 「私をお前達に捕らえさせる為だと?」

 「彼は・・・あなた達の行動も把握しています・・・。私とあなた達を戦わせて、消耗したところを狙ったのです・・・」

 「・・・やはりか」

 認めたくはない。だが、ならば自分がホドの偵察を任された意味の辻褄が合う。嫌な予想とは往々にして当たってしまうものだ。

 「リンダ・・・」

 ヘブンズは柔らかい笑みを浮かべる。

 「私を取り込みなさい・・・」

 「なんで?」

 突然の事に狼狽えてしまう。

 「核から離れど、私も赤い星の一部・・・力になるでしょう・・・」

 「だけど」

 「やってくれリンダ。それが、ヘブンズに出来る唯一の贖罪なんじゃ」

 世界に災いをもたらそうとしている存在がいる。それに対抗する為の力の一助となる。それがヘブンズの償いだ。

 「最後に・・・私に何か言う事はありますか・・・?」

 スミレは無言だった。

 「本当は顔を引っぱたいてやりたいところだけど、あなたも被害者なのよね。

 ・・・もう少しだけ待てる?」

 「なんですか・・・?」

 本堂の扉の向こうから、他の信徒達とアントニオ達が姿を現した。頭を押さえふらついている。眩暈を感じているのか、それとも体調が不調なのかほとんど歩く事が出来ていない。壁を支えにどうにかここまで来れたのだ。

 「あなたの力が弱まったからね。肉が身体から抜け出して元に戻ったのよ」

 「外の人達とは違います。あくまで入れられただけでしたから」

 「ああ・・・」

 生きていてくれた事がただ嬉しかった。自分のせいで、人が死ななくて良かった。

 「ヘブンズさん。あなたは、間違いの正しさで人を救ってたんですよね。いずれは、真実を話すつもりだったんですか?」

 「あのままであれば・・・いずれ語るつもりでした・・・」

 「あの異塊は、何の為に生み出したんですか?」

 「声が・・・聴こえたんです・・・。力を得る為の・・・種を作れと・・・。あれは、人間の醜悪の塊・・・存在してはいけない・・・」

 「そこにあるだけで災いを撒き散らす・・・。人の負の塊・・・」

 まるで独り言のようにリンダは呟く。

 「あたし達が、あなたを狂わせた奴を倒します。そして、本当の平和を手に入れます」

 「ええ・・・祈っています・・・」

 リンダはヘブンズに両手を付けた。ヘブンズがゆっくりと吸収されていく。

 (これは)

 脳内に映るのはヘブンズの記憶。それは見せられた幻影とほとんど一致していた。

 そして、誰にも明かせない苦悩の日々。

 『何時までこの嘘を付きとおせるのか。異獣は異獣だ。犠牲者が出れば何もかもが終わってしまう・・・』

 頭を抱え未来に恐怖して震えている。

 『都市長はとっくに逃げてしまった。ケセドの為に頼れるのは私だけ。それでもここまで信頼して崇拝するなんて。

 ああ、私は罪人だ。眼差しが、敬われる高揚感が心地良くて堪らない。

 ・・・異獣が恐ろしいのもある。けれど、本当はずっと傍に寄り添ってくれる頼れる存在を欲していたんだ。自分達の事を何よりも一番に考えてくれる理解者が』

 真実には気づいていなかった。後から気づいた時にはもう手遅れだった。

 『申し訳ない。信徒達があなた方に嫌がらせなどと』

 『あんたがケセドの事を何よりも大事に想っているのは知っている。しかし、このままでは俺達が危険だ。ハンターが人に手を出す訳にもいかない』

 『どうにか抑制します。ケセドにはあなた方が必要なんです』

 『それで信徒達、都市民を納得させる為の上納金か』

 ヘブンズは協会長に頭を何度も下げ続けている。

 『なんて事をしたんだ!』

 『奴らは聖獣を殺す許し難い存在です』

 『だから、殺したと言うのですか!?何をするにも私に伝えろと言ったはずです!』

 『七つの鐘の信徒として、正しい行いをしたまでです』

 『!・・・地下牢で頭を冷やしなさい』

 自分の想像を遥かに上回る狂信者。最早自分にではなく七つの鐘に陶酔し絶対となってしまっている。

 『こんな事を・・・私達がハンターを手に掛けた事が知られたら・・・。

 隠すしかない・・・』

 血が出る程唇を噛む。人として、決して許されない隠蔽。それでもケセドの為には秘密裏に処理するしかなかった。

 罪の十字架は日に日に重みを増していく。ストレスから過食となり、あっという間に太ってしまった。

 『私は罪を背負って奈落へ堕ちる。けれどそれで良い。今は無理でもその先で、ケセドが栄えるのなら』

 全ての罪と責任を一身に背負う覚悟は初めから決めていた。全ては生まれ故郷であるケセドの為だった。

 「リンダ?」

 「何?」

 「いや、泣いてるから」

 知らない間に涙を流していた。それは無色透明な涙だ。

 「正しさだけじゃ、人は救えない。本当に求めているものは、すぐには気付けない」

 「ヘブンズ・・・」

 「七つの鐘。それは神が祝福と救いの鐘を鳴らす回数から取られた名前だと、コウ様が仰っていた」

 祝福と救い。その想いは侵略者の手によって踏みにじられた。

 「お墓、建てよう。皆の、お墓を」

 「そうしよう」

 誰も、スミレ達も反対などしなかった。アントニオ達も加わって、皆で墓を作った。木材で作った簡素な墓だ。


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