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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
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樹氷の妨害

 「俺はゴメス。階級は軍曹だ。中佐率いる小隊の副官を務めている」

 運転している軍人はそう名乗った。浅黒い肌に鍛え抜かれた肉体は筋力トレーニングのような不自然さではない実用的な筋肉が備わっている。深く刻まれた皴に黒く蓄えた髭、相貌からは歴戦の猛者としての風格が漂っている

 「私はパンチョ。一等兵だ」

 助手席に座っている軍人はかなりの瘦せ型体形でとても軍人には見えない。しかし鷹のような鋭い目付きには一切の油断を感じられない。

 「俺はロドリゲス。同じく一等兵だ」

 ヒュームの隣に座っている軍人は何処か初々しさがあった。顔付きもあどけなさがある。見た目よりも若いのかもしれない。

 五人も一応自己紹介をした。三人は既に知っているが、礼儀として自己紹介を受けた。

 「しかし、肉が人に力を与えるか。それはどんな感覚なんだ?」

 「身体の中に肉があって、それを自分の意思で動かせるって感じだな。異物感や違和感は特に感じねえな」

 「僕も」

 「俺も」

 「それは、誰にでも与えられ、特に制限は無いのか?」

 「・・・そう思います」

 試した事が無いので確証がない。しかし今に至るまでに特に問題は無かった。

 「力を与えるだけなのか?」

 「あたしは、傷を治す為に肉を使ってます。これが力になるなんて最初は知らなかったんです。けど、これが人に大きな力を与える事になるのなら、使わない方が良いのかな」

 「正しい事に力を使っても、力の残滓を与えられた者が正しく力を扱えるとは限らん。

 リンダよ。お主は目の前で死にかけている者がいたらどうする?」

 「助けます!」

 即答したリンダは自分に驚いた。

 「それがお主の心だ。力の使い方、慣れねばならんぞ」

 今まで自分の力をただ思うがままに扱ってきた。それは力の表層を行使していたに過ぎない。自分自身にもまだ自分の底が見えていない。

 「はい!」

 「意気込みは良し。とは言え気負い過ぎてはならんぞ。ある程度力を抜く事も肝要だからの」

 「中々難しいですね・・・」

 と言いつつも感覚は掴んでいる。今までずっと力を扱ってきたのだから。

 (今の内の、自分の底を掴んでおかないと)

 何時までも寝ている訳にはいかない。休みながらも鍛えられる事があるのなら行うべきだ。

 一日中車を走らせる。残念ながらこの世界にはまだ冷暖房機能なんて便利な物は出来ていない。その為昼の車内は蒸し風呂よりも暑い灼熱地獄と化し、夜は指先から凍える極寒地獄を味わう事になった。 

 「後ろの三人、大丈夫か?」

 「暑いのはきついし、身体が痛くなってきた・・・」

 「この程度、軍人なら耐えて当然だ」

 それが強がりなのは言うまでもない。ロドリゲスは虚ろな目をしている。

 「少し車を止めて休もう。強行軍ではケセドに着いた時に動けなくなる。それに、ここを逃せばまともに休めなくなるからな」

 「なんと。もうそこまで来たのか」

 「薄っすら前が白くなっているな」

 フロントガラスの先で砂漠の景色が消えて白い雪が吹雪いている。外に出れば微かに気温が下がっている。

 「こんな自然・・・あるんだ」

 砂漠と雪原。相反する自然が隣接している。まるで異なる世界と繋がってしまっているようだ。

 「確か大異変の影響だってルージュさんが言ってたよな」

 「それも、そうなのか?」

 「おそらくは、そうだろう」

 (大異変。神と侵略者の戦いでモントはこんな異常な気候になったのか)

 夕刻までの休息中、アレプが襲ってきた。

 甲殻類の殻に身を包んだ蜘蛛で背面には牙を生やした巨大な口がある。この口、何の意味もないと思ったら大間違いだ。身体を起こすと口から大量の墨を吐いてきた。墨は粘性が強く更に空気に触れると瞬く間に硬化していく厄介なものだ。当然蜘蛛なので尻から糸を出しこちらを拘束しようとしてくる。

 また背面の口からは小型の蜘蛛を吐いてくるのだが、それは蜘蛛の脚を付けた硬い甲殻に覆われた蛸で墨を吐いて親の援護を行う。

 甲殻は頑強で本来は背面の背中か比較的柔らかい腹部を狙わなければいけないのだが、今更硬く搦め手を扱う異獣など敵ではない。

 「俺もやってみるかな」

 グレッグの腕から肉が伸び単発銃を覆っていく。そこから発せられた弾丸はアレプの甲殻を一撃で粉砕し身体をバラバラに粉砕した。

 「凄い威力だ」

 「銃の、力。初めて」

 「アレプに使ってもヒビが入る程度だ。それがここまでになるとはな」

 グレッグの単発銃は威力重視の銃だ。それが肉の力で大砲を遥かに上回る威力を発揮した。

 「ここまでとはな」

 ゴメス達は改めてリンダがもたらした力の大きさに驚き恐れを抱いた。

 「リンダだから良かったですね。これがもしナメル近海に現れた巨大異獣と同質のものだったらと思うとゾッとしますよ」

 「そうは言うけど、ケセド周辺にも赤い星は落ちたんだ。七つの鐘が赤い星を手にしていたら」

 パンチョは顔から血の気が引いて青ざめていく。

 「初めから考えの内だ。中佐だってそれは分かっている。無論彼らもな」

 「軍曹。援軍は何時到着しますか?」

 「・・・三日掛かるそうだ。我々がケセドに着く方が早い。奴らが中佐をただの捕虜として扱うのならば、待っても良いのかもしれないが」

 「連中。中佐達を丁寧に扱うとは思えませんね」

 何をしでかすか全く予想も出来ない。危険な目に遭うのは必然。最悪、赤い星が七つの鐘の手中にあったとしたらスミレほど使い勝手の良い人質はいないだろう。

 「何より、彼らは止まらないだろう。あの力があるのなら、我々だけでも成し遂げられるかもしれん。

 我々は対人戦の補佐をする。異獣ハンターと軍の共同戦だ」

 「は!」

 「最善を尽くします」

 ロドリゲスは毅然に、パンチョは少し気が無い感じに答えた。

 

                        *

 

 砂漠を抜け、遂に雪原へと入った。

 砂の大地は雪に埋もれ、白銀に覆われた極寒の大地が広がっている。

 「綺麗・・・」

 夜間だが輸送車のライトに照らされて雪は煌めいている。

 「そうか。リンダは雪を見るのは初めてだよな」

 「とっても綺麗なんだね」

 「こうして見る分にはな」

 「雪は恐ろしいからね」

 パンチョは身体を抱いてわざとらしく震えあがった。

 「そうなんですか?」

 「港町のナメルなんかは海と隣接してるしまだ少しは温かいが、奥地に少しでもは入れば一面雪に覆われた世界だからな。

 ホドもそうだが、ケセドのあるこっちも町や村は無いんだ。雪に覆われたこの環境、生きて行くには過酷過ぎる。人も動物も、簡単に凍え死ぬからな」

 白銀の大地は命を奪う凍てつく世界。身を裂き芯まで凍てつく冷寒は並みの生物の存在を許さない。不用意に足を踏み込めば瞬く間に命を奪われる。

 「そうなんだ・・・」

 「窓を開けてみれば分かる」

 少し開けただけで猛烈な風圧と共に身体の芯まで冷える冷気が吹き込んでくる。

 「寒い!もう閉めてくれ!」

 パンチョは悲鳴じみた声を上げる。

 「は、はい!」

 男達は寒風に身震いした。

 「相変わらず寒くてかなわんのう。わしは寒いのだけはどうにも身体に応えるわい」

 「寒さは、人も動物も、苦手」

 (大変なんだ)

 リンダは今の寒さも余り感じなかった。

 自分は環境に強く出来ている。それは明確な人との相違点だ。

 (なら、あたしが頑張れば良い)

 違いがあるなら違いを生かせばいい。それに暑さや寒さに強い人もよくいる。

 「パンチョ。もう少し我慢強くなれよ」

 「良いじゃないか口でいくらでも言っても。軽口はやる気の証だよ」

 「面白い奴だな。つかみどころがないのも味がある」

 「褒めてんのそれ?」

 「褒めてるぞ」

 輸送車は雪原を走り続ける。雪が降り積もった森の脇を通ると一軒の小屋があった。

 「あれは何ですか?」

 「避難小屋だ。商人や護衛が万が一はぐれた時の為に建てられておるんだ。この雪原のあちこちにあるのじゃ」

 「助け合っているんですね」

 「ケセドの連中も商人が往来しないと困るそうだからの」

 「掴まれ!」

 突然のゴメスの切羽詰まった声に呆然とすると輸送車は激しい音を立ててスリップした。輸送車は何度も回転し車内は大波に呑まれたかのように荒れ狂う。

 やっと停車した時には何度も回転した後でケンもヒュームも顔を青くしていた。

 「なんだよ急に・・・」

 「地面が凍っているんだ」

 窓から覗けば地面は凹凸の無い氷で覆われていた。氷の地面は遥か彼方まで続いている。

 「妙だな。雪が太陽の熱で溶けた後に地面が氷に覆われるって聞いた事があるが、今は夜で吹雪いてるぞ」

 「間違いない。これは異獣の仕業だの」

 パンハイムを輸送車に残し全員外に出た。

 「雪中訓練を思い出すなぁ」

 「情けない声を出すな」

 ロドリゲスはパンチョの頭を小突いた。

 「ヒュームとケンは輸送車を守れ。ここは俺達に任せろ」

 「グレッグ・・・もっと試したいんだろ?」

 「その通り」

 何とも良い笑顔で親指を立てた。

 「皆さん、寒さは平気ですか?」

 今更だが衣服は防寒用の厚着に着替えている。厚いコートに身を包み耳まで覆う帽子を被っている。手袋は保温性に優れつつも指にフィットして銃を扱える特別性だ。

 ゴメス達三人は極地用の鎧を装着した。熱さにも寒さにも対応できる優れものだ。

 「この程度の寒さに弱音は吐かん」

 「俺も意外と平気だな。お前のお陰かな?」

 笑いかけられてリンダもつい笑ってしまう。

 「余裕だな。力のお陰か?」

 「まさか。強いだけで油断する馬鹿でやっていける程甘い世界じゃねえよ。何時なんどきも余裕を忘れない。大切な心構えだぞ」

 「大した男だ」

 氷の地面を突き破り黒く凍てついた樹木が生えてきた。怨嗟の声を上げる人の顔が張り付いた葉に目玉の実が生っている。

 「こいつは確か、ザックームだったな。辺り一面を凍り付かせる異獣だな」

 氷の地面から次々とザックームが生えてくる。その数は優に五十を超える。

 「こいつらこんなに現れるものなのか?」

 「異獣は同族で群れを成すが、ここまでの群れは見た事がないな。

 状況から考えられるのは、操ってるって事だな」

 「テンレイドがいるのか?」

 「あるいは、操れる奴が向こうにいるのか」

 グレッグは銛に肉を纏わせる。

 「さっさと確かめないとな!」

 銛を放つと凄まじい長さの肉の縄が伸びる。際限などないぐらいに伸びていく。銛はまるで意思を持つかのように動きザックーム達は次々と貫いていく。

 「こいつはすげえや」

 銛は回転しつつ次々とザックーム達を粉砕していく。破壊力も格段に上がっている。

 「まるで生きてるみたいだ」

 「銛、凄い。けど、異獣、多い」

 ザックームは次から次へと生えてくる。それは氷の上に生えた樹氷の森のようだ。

 「これは確実にケセドの仕業か」

 ゴメスは淡々と銃でザックームを処分する。

 「だろうな。こんなに統率的な動き、そうとしか考えられねえ。そうなると、どうやって操っているのか気になる所だな」

 ザックームの瞳から涙が零れる。涙は地面に広がると氷となって広がっていく。

 「気を付けろ。あれに触れたら等身大の氷像になるからな」

 「勘弁してくれ。まだ称えられる事は何もしてないって」

 「パンチョ、お前が称えらえるのか?冗談きついぞ」

 「私はやるよ?やり遂げるさ」

 ただの軽口ではない強い意志が表情に込められていた。

 「リンダ!そろそろ頼むぞ!」

 「もうしてます!」

 リンダの肉が鎧を着ていない三人の耳を覆った。パンハイムは輸送車の中で耳を塞いで蹲った。

 ザックームの葉が一斉に泣き出した。泣き声は脳を揺さぶり心を激しくかき乱す。泣き声が頭の中にがんがん響いて止む気配をみせない。視界が揺れて霞みがかる。

 鎧に身を包み、リンダに耳を塞いでもらっていてこれだ。直接耳に受けていたら頭を破壊されている。

 「強烈ですね・・・」

 リンダは立っていられずに膝から崩れた。

 「この泣き声を受けた奴は発狂する。誰かれ構わず殺そうとするんだ。そうなったら助からない。

 そう言う訳で有害な雑草を駆除するか」

 しかしザックーム達は際限なく湧き続け、結局一晩中戦い続ける事となった。


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