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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
20/35

肉の花

 海から這い上がってくる異獣は少しずつ数が減っていった。だが、今まで経験した事の無い大軍を相手に心身共に疲弊し擦り切れていく。

 特に厄介なのは海から勢いよく飛び出して弾丸の如く突っ込んでくるマンディナーバだ。一言で言えば人面魚のそれはヒレを羽の如くばたつかせて空を飛び、鉄をも食い千切る強靭な顎と鉄に易々と食い込む鋭い牙も脅威だが、最大の恐ろしさは喰らいついて少しすると破裂して強酸の液体を撒き散らす自爆能力だ。ハンターの鎧を腐食させるので非常に面倒な異獣なのだ。

 何人ものハンターが鎧を脆くさせられそこから手傷を負ってしまっている。それでも戦える限り戦う。致命傷でもない限り、自らの役目を全うする覚悟だ。

 護衛のハンター達の叫び声以外はルージュの擦り切れた声の指示しか言葉は無い。

 ヒュームは戦鎚で甲板ごと異獣を叩き潰す。穴が空いてしまうが止むを得ない。時にはハンターを身を挺して庇い攻撃に転じさせる。

 最後と思われる異獣をルージュが撃ち抜くとハンター達は急いで甲板から海を覗き込んだ。異獣の体液で黒く穢れてしまっているが、新たに異獣が這い上がってく様子はない。

 「終わった・・・」

 「まだよ!漂流船の警戒に当たって!傷を負った人は船内に退避!動ける人は残って!」

 披露していても一切それを感じさせない力強く毅然とした指示にハンター達は緩みかけていた気を締め直しきびきびと動き出す。

 「ヒューム、あなたは?」

 「俺、平気。ルージュ、平気?」

 二人共鎧は傷だらけだが、手傷は負っていない。

 「これだけの大軍を相手にしたのは流石に初めてよ。はっきり言って、死んでいてもおかしくなかった。

 経験豊富な彼らがいてくれて、本当に助かったわ。

 けれど、これ程の異獣が現れるなんて異常よ。考えられるのは漂流船に引き寄せられていた可能性ね」

 「ケン。リンダ。グレッグ」

 ヒュームは顔を青くする。

 「それは無いわ。同じ数の異獣が漂流船の中にいるなんて考えられない。もしそうならリンダが言ってるわ」

 「そう、だね」

 (時間にして二十三分と言ったところかしら。漂流船は航海船よりも小型だから、もう中心部に辿り着けているのかしら)

 ルージュが漂流船を見下ろした、その時だった。漂流船が激しく震えだした。金属が悲鳴を上げて引き裂かれる音がする。激しい揺れは波を起こし航海船を僅かに揺らす。

 「何が起きたの!?」

 「ルージュ!あれ!」

 甲板の中央にヒビが入る。次の瞬間、肉が津波の如く吹き出し海に広がり、航海船にもへばりつく。

 中央から肉が大きく盛り上がると縦に長い楕円形の形になる。

 「・・・花?」

 広がった肉は花弁を連想させる。中央の肉はさながら蕾だ。

 「あれ、リンダだ!」

 指さす先には漂流船を突き破ったと同時に外に吹き飛ばされた肉球が転がっていた。肉が吸い込まれると三人が姿を見せた。

 「良かった!無事だったのね!」

 「ここまではな!これからがやばいぞ!」

 ハンター達も体勢を立て直し駆け寄って来た。幸いリンダの能力は見られなかった。

 「なんだあれ!?」

 「まさか、あれがケセド近海に出た巨大異獣なのか!?」

 蕾に亀裂が走るとゆっくりと開いていく。

 蕾の中には無数の人間の手が生えていた。中央には巨大な口があり岩がぶつかるような音を立てて打ち鳴らしている。花柱の代わりなのか、巨大な目玉が二つ付いていて気味悪く揺れている。

 航海船と謙遜ない目を疑う程の巨大さだ。

 「これが、こいつの正体なのか?」

 「違う。初めから隠れてなんかいない。今までは胃袋で、口になっただけ」

 「消化を良くする為には良く噛まないとな!」

 有無を言わさず単発銃を撃った。身体に穴が空くも如何せん相手が巨大すぎるうえに再生能力も健在で瞬時に傷が治ってしまう。

 『腹が減った・・・食い物を・・・水をくれ・・・』

 粘ついた声で恐ろしく低い声が漏れ出してくる。

 『死にたくない・・・食いたい・・・見えない・・・誰か・・・』

 「な、なんなんだ?」

 「何言ってるんだ?」

 上ずった声でハンター達は後退った。

 異獣が喋る。あり得ない事態に困惑している。何よりも巨大な姿、戦意はほとんど刈り取られていた。

 『食いたい・・・食いたい・・・腹減った・・・』

 腹の底から絞り出すかの如く重く震える咆哮を上げると内側についている無数の腕が航海船に伸びていく。

 「迎撃しなさい!」

 悪夢のような光景に心ここにあらずのハンター達は動けなかった。

 歴戦の強者であっても、こんなものと直面としては現実を認識できなくなってしまう。

 ヒュームは咄嗟にハルバードを振るいハンター達を吹き飛ばすと伸びてくる手から逃し、ルージュの前に立って襲い来る手から庇い守った。

 鎧が嫌な音を立てて煙を上げる。手が少しずつ鎧に沈んでいく。

 ルージュは雄叫びを上げて銃を乱射した。手そのものは脆く一撃で粉砕できるが如何せん数が多すぎる。ヒュームは身体を捻ってハルバードで纏めて薙ぎ払った。

 「・・・!・・・俺達も戦うんだ!」

 吹き飛ばされた衝撃でようやく我に返ったハンター達も迎撃を行う。

 「ちんたらしてられないな!」

 「ぶった切る!」

 ケンは両武器を交差させて渾身の力で薙ぎ払った。凄まじい斬撃破が飛び肉の花を根元から切断する。しかし切られた瞬間に身体が伸びすぐに元に戻ってしまった。

 「冗談みたいな能力だな」

 「ふざけていないであんたも攻撃してくれ!」

 「それはお前に任せる!俺は探る!リンダも来い!」

 「はい!」

 身体をどれだけ切られても即座に再生して元に戻ってしまい、大きく切断しても身体を伸ばして繋がってしまう。

 再生能力が高い異獣は再生できなくなる程に攻撃して倒すのがセオリーだ。

 漂流船から咲いた肉の花。漂流船を鉢植えにして不快極まりなく嫌悪感しか振り撒かない醜悪な花が咲いている。

 「リンダ。弱点があると考えるのは間抜けか?」

 「・・・そんな事は無いです」

 グレッグは海の下を覗き込んだ。漂流船は半ば以上沈んでいるが、肉の花が支えとなり浮かんでいる。まるで大切な物を支えているように漂流船をがっしりと掴んでいる。

 (・・・成程な。俺でも気付かねえよ。漂流船を掴んでなきゃ、俺だって上辺だけを削れるだけ削って餌にされてた)

 悲しみと怒り、感謝、そして覚悟。激しい戦闘が間近で繰り広げられているのに、戦闘音が遠くに離れていく。

 「さっきのあれはこいつの一部に過ぎなった。上辺をいくら削っても意味がねえ。

 本体は、あの口の中か?」

 「・・・はい」

 リンダはこわごわと頷いた。

 グレッグは「心配するな」と微かに笑みを向ける。

 獲物が沢山いるのなら当然獣はそちらを狙う。だが、目の前にいる兎を見逃す獣などいるはずが無い。

 グレッグは銃を乱れ撃つ。リンダの正確な射撃とは異なり、数を撃てば当たるやり方だ。

 「全く。こんな奴が相手じゃなかったら、もう少し先輩としての示しが付くんだがな」

 「充分示しが付いていますよ」

 「そうだ!」

 ケンは眼球を斬撃破で両断した。一瞬だけ動きが止まるも、すぐに再生して動き出す。

 「僕が漂流船ごとこいつを叩き切る!それならすぐに」

 「そんな事をしたらお前の正体が知れ渡るぞ」

 肉の花を本体ごと両断するには全力で振るわなければいけない。そんな事をすれば海に巨大な裂け目が出来るのは明白、隠し通せるものではなくなってしまう。

 「俺やルージュみたいに理解がある奴ばかりじゃない。おまけに航海船には商人どもがごまんと乗っている。噂なんて世界中にあっという間に広まるぞ。

 ベンとルージュの弟子が異形だった。それはお前達だけの問題じゃ済まないからな」

 ベンとルージュの評判が落ちるだけではない。二人は間違いなく異獣ハンターを追われるだろう。更にはベンがいなくなればエターナ軍以上に七つの鐘が暴走を始めるだろう。ベンの存在と言葉にはそれだけで人を動かす力がある。

 自分達がお世話になって来た人達に迷惑を掛けれない。それでも力があるのにそれを振るえないのは歯痒い思いだ。

 「力って言うのは大きければ大きい程扱いに困るもんだ。けど、その力のお陰で俺も、仲間達もまだ生きている。

 俺は感謝するぜ。お前達がいてくれるのなら、絶対に死人なんて出ない」

 「グレッグさん・・・」

 リンダは肉膜で伸びてきた手を防いだ。

 「感動していないで動いてよケン!」

 「悪い!」

 肉の花を切り刻み、伸びてくる手を撃ち落す。雨の如く降り注ぐ手を完全に捌くのは不可能だが、それでもケンとリンダが半分以上の手を始末し続けているので甲板上の仲間達もどうにか応戦出来ている。

 「良いかケン。力って言うのはただ振るうだけじゃ駄目だ。どんなものにも技術ってものがある。子供のチャンバラで英雄になれるのなら誰も苦労なんてしないんだよ」

 「使い方は特訓したぞ!」

 「分かっているさ!けどな、すぐに使い方をマスターできる程甘くはないだろう!?」

 確かに、今までジャマダハルを剣と同じ感覚で扱ってきた。これは突く武器だが、突いて相手を倒すのではなくそのまま切り裂いていた。

 グレッグは銛で肉の花の目玉を貫いた。突き刺さった銛は再生しても抜けず肉の花は『痛い・・・!助けて・・・!どうしてこんな目に・・・!』と痛みで手がのた打ち回る。

 「ケン。武器には武器の扱い方がある。正しく使って初めて武器の真価を発揮できるんだ。銃を鈍器として扱う奴はいないだろう?思い出せ、ジャマダハルはどんな武器だ?」

 ケンの脳裏にベンから教わった時の言葉が流れる。

 『良いか。こいつは普通の剣と同じように扱えるが、最大の特徴は殴る突きだ。柄を握って殴り動作で貫く。それがジャマダハルだ。

 腕を引いて殴り込む。それだけだ。腕を振り、殴る、シンプルでいて非常に強力な武器だ。ただ、初めは慣れないだろうからまずは好きに使ってみろ。動かし方や使い方はまず身体の感覚で掴むんだ』

 ベンは近接武器の扱いに長けている訳ではない。だから細かく的確な指導は出来ない。だから身体で武器の動かし方を覚えさせようとした。

 これまでずっと振るってきた。力を抜いて意識を集中させると自然と身体が殴り込む姿勢を取る。

 「やばい、リンダ離れろ!」

 「ええっ!?」

 ゴーツ・ジャマダハルを殴り込んだ。

 空気がたわんだ。海面には小さな波紋が広がっただけだが、突きの衝撃は海中の漂流船を一点に貫く。ケンの腕と同じ大きさの穴が、海の深くまで続いている。

 漂流船の中に隠されていた核を破壊された肉の花は甲高い悲鳴を上げた。悲鳴は徐々に男性の野太い声へと変わり、蕾が力なく垂れ下がる。漂流船を支えてられなくなり肉が剥がれると一気に崩れ三人は海に投げ出された。

 『死に・・・たくない・・・腹・・・減った・・・助けて・・・助けて・・・』

 血の涙を流し、必死に助けを求めている。それに悪意など微塵も無い。ただひたすらに、助けを求めている。

 「・・・飢えているのか。昔、海難事故が起きた時、船と一緒に沈んだ人が助けも無く餓死したって話しがある。

 それと何か関係あるのか?」

 「その通りです」

 リンダはまた、雰囲気が変わっていた。

 「食い合い、食らい合う。あなたはあたしの糧となる」

 肉の花はリンダへと流れ込んでいく。収まり切れない量の肉、溢れ出し破裂してしまいそうな量の肉が、全てリンダの中に吸収されてしまった。

 その瞬間リンダは糸が切れたように意識を失ってしまった。

 「お、おい!大丈夫か!?」

 「リンダ!?」

 苦悶の表情を浮かべている。

 ケンにリンダの感情が流れ込んでくる。

 「ああ!・・・これ、は・・・飢えている・・・苦しんでいる記憶・・・?」

 全く知らない誰かの記憶が自分の中に入り込んでくる。記憶が実体験であるかのように苦痛をもたらす。

 痛みで沈みかけたケンを咄嗟に支えた。

 「おいケン!しっかりしろ!

 何やってんだ!!早く上げてくれ!」

 

                        *


 激しい戦闘が繰り広げられたのは乗客達も分かっている。詳細など誰も知らない。甲板で戦っていたハンター達はケン達に意識を向ける余裕もなかった。だから誰にも二人の秘密に見られていない。

 航海船は肉の花の手によって溶けた手の痕が無数の付いていた。一部には穴も空いていたが、幸い嵐にでも巻き込まれなければ航海に支障は無い。

 肉の花はグレッグが異獣迎撃船の兵器を駆使して倒したと言う話しになった。それ以外に納得のいく説明など出来はしない。

 「異石は海に沈んじまった。悪りな」

 助かった感謝の声、尊敬と畏敬の眼差しは一瞬で失意と落胆に変わり「えーっ!!?」と船内まで声が木霊した。

 「絶対異結晶クラスなのに」

 「いや、もしかしたら異水晶かも」

 とまあ残念がって愚痴る者はいるが誰もグレッグを責めたりはしない。仲間のハンター達の仇討が出来、これ以上巨大異獣による被害も出る事が無い。

 それに金に関しては、甲板で倒した異獣の異石が山程ある。文字通りの宝の山にハンター達は実は笑いが止まらなかったりする。

 それでも心から笑えなかった。リンダが意識を失い、一日経ってもまだ目を覚まさないのだ。

 リンダは一等船室のベッドで眠っていた。命の恩人と言う事で泊まっていた商人が譲ってくれたのだ。本来は禁止されているのだが、流石に船長も船員も見逃してくれた。

 ケンはリンダの手を握り締め、傍に寄り添い離れる事は無かった。

 「大切なんだな」

 「そりゃあ、ね」

 「ケン。リンダの事、大切」

 「なんにせよ、全員無事で良かったわい」

 四人は部屋の隅で二人を見守っていた。

 「赤い異獣・・・。あれが空から降って来た赤い星の四つ目かの」

 「けど、なんであんな姿に」

 「海で死んだ奴と一つになって、飢えて死んだ苦しみからあの姿になった。リンダも肯定してくれた」

 「死んだ人と、一つになる?」

 「そう言ってた。そうとしか俺は言えねえな」

 「一つになる・・・死人だったから?」

 ルージュはリンダに眼差しを向ける。今は落ち着いていて表情も穏やかだ。

 (そんなのは無い。リンダがあんな化け物になる訳がない)

 自分の苦しみのまま周囲に害悪を振り撒く化け物とリンダは違う。リンダには人としての心がちゃんと備わっている。

 誰しも、そう信じている。

 「ケンの奴、ずっと手を握ったままだな。大した奴だよ」

 「リンダ、大切。これ、当然」

 「ま、大切ならそうだよな」

 グレッグは優し気な笑みを浮かべた。

 「おお。そろそろリンダが目覚めるぞ」

 「えっ?なんで分かるの?」

 「様子を見ておれば一目瞭然じゃよ」

 その言葉通り、リンダは薄っすらと目を開けた。

 ぼんやりと天井を見つめ、自分の手が握られている事に気づき横を向くとケンが自分の手をがっしりと握り締めていた。

 「ケン・・・」

 温もりを感じる。体温が伝わってくる。

 「良かった、目を覚まして」

 「リンダ、二日も、眠ったままだった」

 ヒュームは今にも泣きそうな顔をしている。

 「馬鹿野郎。こういう時は笑うんだよ。お涙頂戴の場面じゃないだろ」

 「嬉しい時は泣いたって構わんだろうよ。

 なんにせよ、目を覚ましてくれて本当に良かったわい」

 「皆・・・」

 ケンは何も言わなかった。

 リンダは怪訝そうに顔を覗き込むと、疲れた顔で眠っていた。

 「ケン、ずっとリンダの手、握ってた。ケン、ずっとリンダの傍にいた。ずっとリンダの事、守ってた」

 「・・・うん」

 嬉しかった。ただ、嬉しかった。

 (ありがとう、ケン)

 リンダは目に涙を浮かべ、ケンの手を握り返した。

 「さて、わしはリンダが目を覚ました事を船長に伝えてくる。リンダが目覚めるまでの間船長は心配で気が気じゃなかったからのう」

 「やれやれ、経験豊富な船長がそんなんじゃ駄目なのによ」

 そんな軽口を叩きつつも、リンダを心配してくれていた事には感謝していた。

 パンハイムが部屋を出ると、ルージュは僅かばかりに空気を張り詰める。

 「リンダ。起きたばかりで悪いけど、聞かせてもらうわ。あれは、赤い星なの?」

 リンダは重々しく頷いた。

 「リンダ、あれを吸収したの?身体、大丈夫?」

 リンダは胸に手を当てた。

 「人の記憶が、流れてきた」

 「ケンが言っていたな。飢えていた記憶だと」

 「呑み込まれそうになった。絶望的で、真っ暗闇で、ただ苦しみしか無くて、何もかも手放しそうなった。けど、暖かい手が繋ぎとめてくれた」

 リンダは眠っているケンを抱き締めた。自分為にずっと傍にいてくれた、感謝の気持ちを込めて。

 ルージュは、恥ずかしくなって視線を逸らした。

 「ケンがしてあげた思いやりに、お前も応えてやるんだぞ」

 「はい」

 言われるまでもない。この事は、一生忘れたりはしない。

 「あたし、少し前から自分の能力が出始めたんです。異獣の気配を感じ取れたりするのも、何時の間にか能力が目覚めていたんです」

 「何時の間にか?」

 「うん。なんて言えば良いのかな・・・こう、忘れていたけど思い出したみたいな」

 「奴も大量の異獣を引き連れてた。異獣を感知できる能力・・・何か関係があるのか?」

 「あたしは異獣とは話せませんから、それは違うと思います」

 「リンダと奴の違い・・・ありすぎて見当もつかないわね」

 言い出したら黒板が埋まる程の相違点を上げられる。

 「ただ、身体の中に入ってきた時、声が聞こえたんです。『他の星を食らえ』って」

 「食らって、どうなるんだ?」

 「力を、感じます。あたしの中に今までにない強い力が宿ったのを感じるんです」

 「確かにそうだろうけど・・・」

 ルージュは拭いきれない違和感を感じた。

 (吸収して糧として力を得る。なら、どうして四つに別れて落ちてきたのかしら?初めから一つの方が強力な力を扱えたのに。

 四つに別けて落とす必要があった?落としてどうするの?リンダは人に、あれは巨大な異獣と化した。この差は一体何で生まれたの?ケンと、死んだ人・・・後は何?)

 考えれば考える程、答えの無い深く入り組んだ樹海の中に迷い込んでしまう。どの答えも考察も正しいようで間違っている気がして、思考の迷宮から抜け出せない。

 「まあ今は何でもいいさ。あんな化け物を相手にして生き抜いたんだ。生きてる事を喜ばないとな。

 後二日でガンコウに着くし、それまで良く休んで、自分の能力を把握しておけよ。間違っても航海船を壊したりするなよ」 

 「そんな事しませんよ」

 リンダはふくれっ面を浮かべる。

 「もう大丈夫だな。

 ルージュ、いい加減にしないと小皺が増えるぞ」

 「グレッグ~・・・?今私に殺してくださいって言った~・・・?」

 空気が凍てついた。何故人は本気で怒った時、笑顔になるのだろうか?

 「おお、おっかねえ~。酒を飲ませてやるって言ったんだよ」

 「とびっきりの酒じゃないと許さないわよ」

 「世界中の都市が誇る名酒を飲ませてやるよ。

 じゃあ俺達は仕事終わりの酒を飲んでくるぞ」

 「もう二日経ってるのに何が仕事終わりよ」

 痴話喧嘩みたいに言い合いつつ二人は部屋を出た。

 「良い人。明るくなる」

 「怒るって、案外気持ちが前向きになるんだね」

 「感情、湧き上がる。

 それと、そろそろ、離したら?」

 「あっ!?」

 意識すると自分がとんでもなく恥ずかしい行為をしていたのに気づき、半ば突き飛ばすようにケンを離した。それでも手は離れなかった。

 「リンダ、ケンの事、好き?」

 「好きだよ?」

 純粋に好きだ。人として好きだ。

 「良かった。俺、少し甲板で、風に当たってくる」

 今はそれで良い。今は。

 部屋に二人っきりになったリンダは、今の時間が永遠に続けば良いと心の奥底で願った。

 どうして?自分でも分からない。

 それが自分の願いであり本心である事のみが、真実だ


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