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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
2/35

 二人の異獣ハンター

 薄暗い森の中で全身を分厚い鎧で覆った二人が息を潜めて隠れていた。一人は隠れている木に匹敵する程大きく、身体がはみ出していた。それでも気配を極限まで殺している為相手には気付かれなかった。

 隙間なく全身を覆った鎧は僅かな動きでも物音が立つ事は無く、優れた隠密性と柔軟性を有していた。

 「あいつだ。何時も通りやるぞ」

 「分かった」

 二人が狙っている獲物は獣ではない。

 闇よりも濃く、見ているだけで気が滅入る程黒い肌をしている。異様に長い手足に反して胴体は小さくまるで蜘蛛のようだ。ぼさぼさに伸びた髪の毛には泥や糞尿がこびり付いていて見ているだけで吐きそうになる。

 そいつの顔には鼻が無く穴が二つ空いている。目には瞼が無く眼玉が飛び出るぐらい見開かれている。不揃いの歯は口を閉ざさず黒く濁った涎を垂らしている。

 そして、それが地面を歩くと踏まれた草が見る間に朽ちていく。

 大男は隠れていた木から飛び出すと化け物に不意打ちで襲い掛かった。巨大な戦鎚で獲物を叩き潰そうとするが寸前で気付かれ横っ飛びにかわされた。

 化け物は醜悪な声で叫ぶと口から白い吐息を吐いた。白い吐息は大男に纏わりつくもガスマスクになっている兜と隙間の無い鎧に阻まれて無意味に終わった。化け物は歯をゴリゴリと鳴らすと大男に飛び掛かるも直後に全身を撃ち抜かれ「キイ」と声を漏らして勢いそのままに木にぶつかって崩れ落ちた。

 身体が溶けていく。ぐずぐすに崩れていき、最後には塵も残らず消えてしまった。残ったのは小さな黒い石だけだ。

 「グーラー退治達成!やったなヒューム!」

 「ケンの指示が的確だった」

 「謙遜するなよ。お前がいたから倒せたんだって」

 ケンは鎧越しにヒュームの背中をバンバン叩いた。

 「しっかし小さな異石だなぁ。こんなんじゃ弾代で無くなるな」

 「しょうがない。グーラー、弱かった」

 「そんなグーラーでも何人も人を殺してたんだ」

 異石を握り締め歯を噛み締めた。

 「なあヒューム。これ、村の人達にあげてもいいかな?」

 遠慮がちに尋ねるとヒュームは身体を曲げる勢いで大きく頷いた。

 「良いよ。ケン、そう言うと思った」

 「ありがとな」

 依頼を達成した高揚感はもう消えていた。自分達がもっと早く依頼を受けていれば被害を抑えられた、もしくは食い止められていた。

 それが心に暗澹とした闇を降ろしていた。

 村に戻ると二人の姿に村民は喜び声を上げた。

 脅威が無くなった事が只々嬉しかった。

 「村長さん。異獣は倒しました。調べてみたけどグーラー一体だけです」

 村長宅で報告をした。キチンと兜を外し素顔で対面するのが礼儀だ。

 「そうですか。本当にありがとうございます」

 村長は二人に何度も頭を下げて深く感謝してくれた。

 ちなみにヒュームは大きすぎて家に入れないので玄関の扉を開けてその前に座っている。

 「お二人方が依頼を受けてくれなかったら村は滅んでいたかもしれません。本当にありがとうございます」

 その言葉にケンは胸が痛んだ。

 「あの、これは村長に差し上げます。村の為に使ってください」

 差し出された異石に村長は怪訝そうな面持ちを浮かべる。

 「それは、異獣ハンターの収入源になる物ですよね?それを何故私達に?」

 「せめて、亡くなられたご家族の為に使ってほしいんです」

 その想いを断るなと出来ない。何より、小さな村では金銭は常に不足しているのだ。

 村長は異石と共にケンの手を鎧越しに握り締めた。

 「ありがとうございます。けれど、こちらからの誠意は受け取ってください」

 村長は金銭の入った袋を差し出してきた。

 「報酬は協会に渡しているんですよね。だったらそれは受け取れませんよ。村の為に使ってください」

 「ですが、本当にあなた方だけだったんです。依頼を出して二ヶ月、誰も引き受けてくれなかったんです」

 息が詰まる。まるで自分の罪であるかのように暗く重いものが圧し掛かってくる。

 「だったら尚更、村の為に使うべきです。僕達にとっての本当の報酬はこの村が明るくなる事ですから」

 そこまでの事を言われるとは思ってもみなかった。村長は観念したように身体の力を抜いて小さく息を吐いた。

 「分かりました。そこまでおっしゃるのなら、村の為に使います」

 「じゃあ、僕達はネツクに帰ります」

 「本当にありがとうございました」

 二人が外に出ると、卵を投げつけられた。卵はケンの顔に当たり黄身と白身が掛かる。

 涙を流し、怒りの形相を浮かべた少女が立っていた。

 「どうしてもっと早くに来てくれなかったの!?そうしたらお父さんは、お父さんは!」

村が救われた事に安堵する周囲が理不尽に見えてしまった。何人も身近な人が死んでしまった。それなのに何事もなく平穏な日々をまた送ろうとしている。あっさりと父の事が忘れ去られるのが耐えられなかった。

 それは悲しみであり怒りでもあった。村人ではなく、二人に対しての。

 「なんて事をするんだ!」

 すぐに村長が飛び出そうとするがヒュームは腕を出して遮った。

 「あたし達の村は貧乏だから!お金が無いから来なかったんでしょ!今更助けに来て何よ!あたし達はあんた達に頼るしかないのに!あんた達はあたし達の事なんてどうでも良いと思っているんでしょ!」

 怒りは、ケンが流した涙を目の当たりにして薄れていった。

 「ごめん・・・本当にごめん・・・」

 震える声でケンは謝った。

 「僕達がもっと早く着ていたら君のお父さんは死なずに済んだ。助かった人もいた。

 君の言う通りだ。僕達は人を守らないといけないのに、人を守っていない!

 異獣ハンターを変えるだけの力は僕にはまだない。けど!何時か必ず今の在り方を変えて見せる!もう二度とこの村のような悲劇を繰り返さない為に!もう二度と君のように悲しむ人を生み出さない為に!」

 迷い無く、躊躇い無く、高らかに自らの決意を宣言した。

 自分と近い年代の男の子なのに、自分が今まで見た大人達よりも大きく頼りになる大人に見えた。

 少女はヒュームに視線に向ける。

 「ケン。嘘つかない。ケン。必ず変える。だから信じる」

 一片の疑いもない。

 「・・・ごめんなさい」

 少女は項垂れると小声で謝った。

 「君が謝る事は一個も無い。ただ、何か拭く物は無いかな?」

 屈託ない笑顔を向けられて、自分のしでかした事なのに少女はどうしてか笑みが零れた。

 「持ってくるよ」

 少女は走っていく。

 「申し訳ありません。後できつく叱っておきますので」

 村長はぺこぺこと何度も頭を下げる。

 「大丈夫ですよ。あの子には優しくしてあげてください。こんな時こそ誰かが寄り添ってあげないと駄目ですから」

 達観したその面持ちには自分などでは余地を挟む事が出来ない差を痛感した。

 「そうですね。こんな時だからこそ、村一丸となって立て直さないと駄目ですね」

 

                      *


 ネツク。その名は勝利を意味する。異獣ハンター総本部がある都市にして世界一安全な都市である。それは勿論保有している異獣ハンターの総数だ。どんな異獣が攻めてきても容易く対処する事が出来てしまう。

 それ故に多くの人がネツクを訪れる。異獣ハンターになる為に足を踏み込む人もいる。日々命懸けの異獣ハンターの為に様々な施設があり、それらの施設で働く為に訪れる人も多い。

 最も多いのは商人だ。食料、生活雑貨、鉄材に木材、そして武器。商人にとってもここは最大の商い場所なのだ。しかしそれだけではない。今、世界で最も価値があり最も使用されている物を仕入れる為に商人達はネツクに訪れるのだ。

 「は?異石が無い?」

 受付嬢は何を言われたのか分からないと言った様子で目をしばたいた。

 「村に渡したんだ。依頼はちゃんと果たしたから問題ないよ」

 受付嬢は呆れ顔で溜め息を吐いた。

 「良いですか?異獣ハンターの役目は異獣を討伐し、異石を手に入れる事にあります。世界の発展、そして維持の為には異石が不可欠なんですよ」

 「知ってるよ。心配しなくても、近い内に換金に来るさ」

 「・・・分かりました。確かに依頼達成のサインはされていますし、こちらで処理はしておきます。ですが、このような事は余りしないでください」

 「分かったよ」

 手渡された報酬を受け取ると周囲から小馬鹿にした笑い声が聞こえだした。

 「何時もながら精が出るな。草抜き」

 「そんなんじゃ弾代も賄えないだろ?恵んでやろうか?」

 ケンが何かを言うよりも先にヒュームが今のセリフを吐いた二人を掴み上げた。

 「おい離せ!」

 「この木偶の坊が!」

 「お前、ケンの事、馬鹿にした!お前、ケンの事、嗤った!お前ら、ケンの事、嗤った!!」

 そのまま二人をぶん投げようとした時に「よせヒューム!」とケンが止めた。

 「異獣ハンターは人を守る為に必要なんだ。怪我なんてさせるな」

 「でも、ケン」

 「気にする事無いさ。言いたい奴には言わせておけばいい。僕達は僕達の信念を貫くんだ」

 「うん!」

 ヒュームは二人を降ろした。二人は舌打ちすると悪態をつきつつ去って行った。

 「気に入らねえ。あんな奴らが人に感謝されるなんてよ」

 「だよな。俺達の方が命懸けで戦ってるのに、なんで楽してるあいつらが好かれてんだよ」

 腹立ちまぎれに協会を出ようとすると人にぶつかった。

 「おい!何処見て歩いてん・・・」

 ぶつかった人を見て二人は開いた口が塞がらず尻餅をついた。

 「おお、悪いな。少し急いでたんだ」

 壮年の男性だ。穏和な顔付きに似合わない鋭い目つきをしている。顔の右側、口より上が深く抉れて凹んでいる。

 「す、すみません!失礼しました!」

 二人は慌てて立ち上がるとそそくさと出て行った。

 「ベンさん!」

 「ベンさんが来たぞ!」

 ハンター達がざわつきベンと呼ばれた男の前に集まり出した。

 憧れと羨望の眼差しを向けられ「お会いできて光栄です!」、「今度一緒に狩りに行かせてください!」、「ベンさん。上手く異獣を罠に嵌める方法ってありますか?」など質問と要望が飛び交っている。

 ベンは腕を上げて軽く振るった。群衆はそれを見て静かになる。

 「悪いな。少し人と会うんだ。通してもらえるか?」

 「あ、ああ。すみません」

 ハンター達はそそくさと傍を離れ元の席に着いた。

 ベンは迷いなく歩くとケンとヒュームの前に立った。

 「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

 「ベンも元気そうだな」

 「ヒューム。お前もまたデカくなったんじゃないか?」

 「俺、人を守れるぐらい強くなる。だから、もっと大きくなる」

 「不便にならない程度に抑えろよ」

 二人は親し気に、まるで旧友と再会したような雰囲気でベンと和やかに会話する。

 「なんだあいつら?ベンと仲良くしやがって」

 「知らないのか?あの二人ベンの弟子なんだよ」

 「何!?あの草抜きが歴戦の強者の弟子だと!?」

 「俺だって信じられねえよ。けど、本当らしいぞ」

 周囲から妬みの視線を向けられるが三人共どこ吹く風で流している。

 「それよりベン。ネツクに何の用で来たんだ?」

 「たまたま近くに寄ってな。愛弟子の顔を見たくなったんだ」

 「俺達、成長した?」

 「ああ。独立してからまたデカくなった。身体も心も。けどな、もっと経験を積まないと上には上がれないぞ」

 「俺は成り上がりたいんじゃない。人を助けたいんだ」

 毅然とした面持ちでケンは答えた。

 「報酬が少ないから、そんな理由で困っている人が見捨てられるなんて見過ごせない。だから俺達がその人達を助けてるんだ。誰もやらないなら、誰かがやるしかないだろ?」

 「そうだな。それは立派だ。・・・折角再会したんだ。今日は飯を奢ってやる」

 途端に年相応の少年の顔付きになる。

 「本当!?やったぞヒューム!今日は腹一杯食えるぞ!」

 「満腹、久しぶり」

 ヒュームはにやけた顔で涎を垂らしている。

 「俺はここでやり取りがあるから先に外に出て待ってろ」

 「ああ!早く来てくれよ!」

 二人は意気揚々と外に出て行った。

 「私はあの子達の信念に好感を持てますよ」

 受付嬢がぽつりと零した。

 「ああやって、実りの少ない依頼をこなしてくれる。それで助かる人がいる。それで新しく異獣ハンターになってくれる人がいる。

 人助けのはずなのに、何だが変わっちゃいましたよね」

 ベンはパイプに火を点けて一息吸った。俯瞰した眼差しは高い所から協会の異獣ハンター達を見下ろしている。

 「異獣ハンターも人間だ。生きる為、戦う為には金が要る。人間なら欲も野心もある。成り上がり、大金持ち、名声と名誉、この仕事なら生き残りさえすれば簡単に得られる。

 異獣ハンターが増えるのは歓迎だ。だが、人間の質を蔑ろにしてるから誰もやらない依頼が生まれる。体制の問題もあるが、そう簡単に変えられたら苦労はない」

 人助け、人の為、人を守る為。その信念の元異獣ハンターになった人間がこの場に何人いるだろうか?

 「草抜き。あの人達は縁の下の力持ちがいてくれる事がどれだけありがたい事が分かっているんですかね?」

 「分かっていたら何も言う訳ないだろ」

 「あの子達の信念はベンさんが仕込んだんですか?」

 「あいつらのものだよ」

 「立派ですね」

 「まだこれからが本番だよ」

 まだ二人は若い。信念を貫き通せるかはこれからなのだ。

 「それより、ここの依頼と異獣について教えてくれ」

 「すぐにお調べしますね」

 

                      *


 「よく食うな。少しは遠慮したらどうだ?」

 テーブルに置かれた山盛りの料理が瞬く間に消えていく。大柄なヒュームはそれだけ食べてもおかしくないが、ケンまでもヒュームに引けを取らない勢いで食べている。

 「師匠なんだからけち臭い事言うなよ」

 「お代わり!」

 定員は大慌てで店の奥に駆け込んだ。厨房は大忙しだ。お客はテーブルの半分も埋まっていないのに夕食時の混雑時と変わらない。

 「お前ら十八だろ。育ち盛りなんだからしっかり食わないと駄目だぞ」

 ベンはまるで手のかかる息子達に手を焼いている父親のようだ。

 「だから食べてるんじゃないか」

 「もう少し自分達で賄えるようになれよ。信念も大切だが、自立しない事には意味が無いからな」

 ケンは酒を一気に呷ってテーブルに叩き付けた。

 「僕達は変わらない。人を助ける。ただ、それだけだ」

 「やれやれ頑固な奴だ」

 「それに、自立ならしてるだろ?ベンに頼って生きてる訳じゃないんだ」

 「この野郎。散々飲み食いしてるくせによ」

 そう言いつつもベンは嬉しそうに笑っていた。

 「ベンのお陰で助かってる。俺達、ベンのお陰で生きてる。だから感謝、忘れない」

 「僕だって同じだよ」

 人は一人で生きていない。誰かの助け、誰かの恩寵に与って生きているのだ。

 故に感謝、恩義を忘れてはいけない。

 「お前らみたいな奴がいるなら、世界もまだまだ捨てたもんじゃないな」

 「なんだよそれ?」

 「・・・何でもない」

 眉間に皴を寄せ目に怒りが宿る。

 「なあ、何かあったら遠慮なく言ってくれよ。僕達も手を貸すからさ」

 「気持ちだけ受け取る。今は経験を積むんだな」

 「ベンと同じぐらいならないと、駄目」

 「まあそれは目標の一つだよな!」

 異獣ハンターにはランクがある。ランクごとに受けれらる依頼がより増えて行くのだ。

 最下級のコモンは異獣ハンターになったばかりの駆け出し。コモンはコモンのみで依頼を受ける事は出来ず、上位ランクのハンターと共に行動し実戦のノウハウと異獣との戦い方、知識を学んでいくのだ。

 最低でも一年上位ハンターと行動を共にしてノーマルへと上がる事が出来る。ここでようやく依頼を受けれるようになるのだが異獣の危険性、不測の事態に対する対応力、そして生存率の向上の為にノーマルも最低でも二人で行動しなければならない。

 ノーマルから十年。実績を積み生き延びられればハイに上がる事が出来る。ハイに上がれば遂に単騎で行動する事が出来る。また発言力に力を持ち協会内でも権力を持つようになる。異獣ハンターにとっての到達点であり名声も富も得る事が出来る。しかし、ハイに辿り着けるハンターは全体の半数にも満たないのだ。

 それは異獣との戦いで前線で戦えなくなってしまうのもあるが、その多くが命を落としてしまうからだ。

 「お前らが独立して二年か。早いもんだな。

 異獣ハンターには十五からなれるが、大抵はなっても耐え切れずにすぐに逃げ出す。お前達がこうして異獣ハンターでいて、今も無事でいられるとは大したもんだ」

 「ベンの教えが僕達を生かしているんだよ」

 「それだけでやっていける程甘い世界じゃない。お前達の力だ。それは誇って良い」

 「俺達の、力」

 ヒュームが全身に力を込めると筋肉が盛り上がって身体が一回り大きくなった。

 「まさにお前は力だ。異獣ハンターとして頼もしい限りだよ」

 「僕はどうなんだよ?」

 「ケンあってのヒュームだ。お前達は二人で一人前だな」

 褒められている気がしなくてケンは拗ねてしまった。

 「そうむくれるな。お前もヒュームも、きっと俺より凄いハンターになれるさ」

 「俺、頑張る!」

 ヒュームは息まき食事を一気に掻き込んでいく。

 ケンも肉にフォークを刺して食べようとした。その時、微かな痺れが走った。

 (・・・呼んでる?)

 声は聴こえない。しかしそんな気がした。

 空を見上げた。夜空には星空が光ってる。

 「どうしたケン?」

 呼びかけに反応しない。ベンは異常を感じて空を見上げる。

 夜空に瞬く星々は宝石の如く輝いている。色とりどりの星々は見ている者を感動させ心に喜びと充実感をもたらしてくれる。

 何時の世も星々は人の心を満たしてくれる。

 それなのに、夜空を見上げたベンは不吉な胸騒ぎを抱いた。音を立てて立ち上がり食い入るように夜空を睨む。

 「ベン、どうした?」

 「あれは・・・あの赤い四つの星はなんだ?」

 「赤い星?」

 夜空に煌めく星々の中に、見た事も無い赤い星が四つ瞬いていた。

 不吉だ。ベンは胸騒ぎがした。冷や汗が流れ、胃がすぼまるのを感じた。こんな恐怖を抱いたのは本当に久しぶりだった。

 赤い星は僅かに、少しずつ大きくなっていく。

 「まさか、落ちてくるのか?」

 自分で言った事が信じられなかった。

 星が落ちる。そんなのは荒唐無稽な笑い話し。演劇や物語の中だけにある想像だ。

 だが、目に見えて大きくなってきている赤い星は人々の目にも止まった。

 「ねえ、何あの星?」

 「大きくなってない?」

 「流れ星じゃないのか?」

 「なんか・・・落ちるの?」

 不安と恐れが広がっていく。その声にベンはハッと我に返った。

 「全員ハンター協会に避難しろ!荷物なんて準備するな!急げ!」

 途端に恐怖に慄く人達。それでも混迷に陥る事無くベンの声に従って協会に逃げ出していく。

 「ベン、不安にさせるような事をしていいの?」

 「何か、とてもつも無く悪い事が起きる予感がする。お前らも手伝え!ハンター協会に避難させるんだ!」

 ベンは壁に掛けられている電話機を手に取りハンター協会に避難要請を出した。

 どの都市も異獣による襲撃は発生する。そのような事態を食い止めるのがハンターの役目だが、必ずしも都市に異獣が入り込まないとも限らない。そのような事態に備えて避難場所となる施設が建設されているのだ。

 「ケン。避難、伝えないと」

 「・・・あ?・・・ああ」

 揺さぶられて我に返った。

 周囲の騒ぎも聴こえない程にケンは呆けていた。

 ベンの一声には力があった。普段は素行が悪いハンターも、欲に塗れたハンターも懸命に働き都市の人達を協会へと避難させた。

 協会の地下には避難場所がある。ネツクで暮らす人達に加え商人、旅人、旅行者も含め充分に暮らしていけるだけの広さと部屋がある。しかし食料は三日しか持たない。水は直接湧水を引いているので問題ないが、何分保存食の仕入れが難しいのだ。

 「ベン!星が落ちるとは本当なのか!?」

 「協会長。俺も信じ難いが、確かに星はこちらに向かって落ちてきている。間違いなくだ」

 「そうか・・・」

 確かに見た。赤い星が四つ。間違いなくこの大地に向かって迫ってきている光景を。

 星が落ちたら一体どうなる?どれ程の災害が起きる?ネツクは無事でいられるのか?地下の避難場所諸共消し飛ばされないか?

 考えても意味の無い不安ばかりが脳裏を過る。それはベンも同様だ。

 こんな事、前例が無い。これ程の天変地異、予測などつきはしない。

 「ケン」

 ヒュームは出入り口の前に座っていた。異獣襲来には慣れていても天変地異には慣れない。恐慌状態に陥った人々が誤って外に飛び出さないように塞いでいるのだ。

 「空、一番最初に見てた。どうして?」

 「・・・何か、呼ばれた気がしたんだ?」

 「星に?」

 ケンは居心地が非常に悪かった。

 自分の心境は他の人達と同じだ。不安だし恐ろしい。それなのに何故か、自分でも分からない安心感を抱いている。

 折り合わない二つの感情が同時に存在する矛盾。それがケンを苛立たせていた。

 「ケン。今は、皆の為にする事をしよう。俺達、皆を安心させる」

 「そうだな。けど・・・」

 何が出来る?何を言えば安心させて落ち着かせる事が出来る?ベンも協会長もどうすれば良いのか分からないのだ。

 (僕には、どうすれば良いのか分からない。助けたい、ただそれだけしか分からない)

 頭を抱えそうになった時、ヒュームは「ごめん」と謝った。

 「出来ない事、ある。俺、無理な事言った」

 情けない。けど、気が楽になった。

 そして、その時がきた。


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