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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
19/35

漂流船

 トイレは共用。風呂は五日に一度。食事は大食堂。二等船室までの乗船客は一纏めに扱われている。

 一方、一等船室は部屋に全てが備え付けられている。個室に区切られたトイレと浴槽、部屋に運ばれてくる高級料理、そして柔らかく快適なベッドなど、まさに選ばれたものだけが味わえる最上のもてなしだ。

 「一等船室って毎日お風呂に入れるのね」

 「良いな~」

 「そうは言っても一日一回のみだ。わしは大浴場や食堂の方が賑やかで好きだからこっちにしとるがの」

 「あんたぐらいなもんだよそんな人は」

 高い金を払ったのなら贅沢をしたいのが人の性だ。

 「わしはどちらかと言えば交流を深め合えるタコ部屋が好きなのだが、今回は仕方ないの」

 「・・・じゃあ私とリンダと部屋を変えれば良かったんじゃ」

 「お主一等船室を買うだけの金を捻出するのか?そこまで面倒は見れんぞ」

 一等船室は値段を知らない人が見たら卒倒する程に高い。稼ぎの良い異獣ハンターであっても躊躇う程だ。船旅で一流宿と同等の暮らしをさせるのには金が掛かるのだ。

 「節約ね節約。分かってるわよ」

 話しの横でケンとヒュームは黙々とご飯を食べている。

 「足りない・・・」

 「我慢しろヒューム。お代わりは無しなんだ」

 「・・・うん」

 こんな感じで特筆する事が特にない航海船の日々を送っていた。異獣は最初の襲撃から四日後にもう一度起きたがそれも問題なく討伐され、予定通りなら後四日でガンコウに到着するだろう。

 食後甲板に出ると潮風に身を委ねつつ食休みを取った。

 「ヒューム、身体痛いの我慢しても甲板によく来るよな」

 「海の匂い、好き」

 「僕も。なんか、深いって感じがするよな」

 海の底も、地平線の彼方も、何処までも深い。自分がちっぽけな小さな存在に思えてくる。どんな悩みも取るに足らないものに思えてくる。自分のような小さな存在があれこれ悩んでも、大海に小さな波紋しか広がらないのだ。

 「良いわよね、海。私も好きになった」

 「あたしもです。何時か泳いでみたいですね」

 「ガンコウなら泳げるぞ。暑い砂漠町だからな。それに海は綺麗で果物も肉も美味い。最高のリゾート地だ」

 リンダは目を輝かせる。ルージュも惹かれるも「遊んでる余裕は無いのよ」とシビアに返す。遊ぶなら全てが終わってからだ。

 「いや、ガンコウでも商いをするから三日は留まるぞ。お主達はわしの護衛なのだからな」

 「三日も!?もうちょっと早く済ませられないの?」

 心を鬼にして本心と逆らう。

 「ホドが酷い有様だからのう。出来るだけどのような状態なのか情報を仕入れておきたいのだ」

 完全に遊び心だった自分を恥じる。

 ホド。ケセドとは違う意味で人間の醜悪に汚染された都市。

 (いけないわね。たるんでる)

 航海船の何も無い日々で少し気が緩んでいる。気を張り直す為にも大きく深呼吸をする。

 「・・・何、この臭い?」

 潮風独特の生臭く、清涼感のある心地良い香りではない。肉が腐ったような腐敗臭が風に乗って流れてくる。

 「なんだこれ?こんなの、今まで一回も嗅いだ事の無い臭いだぞ?」

 「どっかで鯨の死体が浮かんでるんだろ?」

 近くにいた船乗りが笑い飛ばす。

 海は生命の揺り籠だ。陸では信じられない巨大な生物も存在する。グレッグも何度か鯨を目の当たりにして、感動で涙を流したものだ。

 「そう、なのか?」

 「違う、違います!」

 リンダは甲板の端まで走り身を大きく乗り出す。

 「なんだ!?どうしたんだ!?」

 グレッグは戸惑うが説明は出来ない。ルージュは場に合わせて「どうしたのリンダ!?」と演技で返した。

 甲板から見通せる海は地平線まで続いている。時折無人島の傍を通ったりもする程度で海に浮かぶものなど航海船以外に何も無い。漁業にしてもこんな沖まで来る船はいない。

 「嘘だろ?」

 そんな常識を破って、沖合に一隻の船が浮かんでいる。しかもその船はどんどん近づいてきている。

 「港に泊めてあった船が流されたのか?・・・いや、そんなはずが無い」

 パンハイムは双眼鏡を覗く。

 「あれは・・・ナメルの船だ。ケセドの名前が彫られておる」

 「なんだって!?いや、そうだとしても・・・くそっ!とにかくこっちに近づいてきているんだな!?」

 「間違いない。あの速さなら後一時間といったところだの」

 グレッグは大慌てで船長室へと駆け込んでいった。

 「僕達も準備をしよう」

 「見過ごせない」

 今まで航海船を襲ってくる異獣はグレッグ達の仕事として手助けはしないでいた。だが、これは話しが違う。

 四人は装備の準備の為船内に戻った。

 「流石にこれを人任せには出来ないわ」 

 「それにしてもリンダ、あんなに離れてるのによく気づけたな」

 「異獣の気配は遠くだと小さくなるんだけど、あれは物凄く大きいから」

 「待って。それって、あの船にはとんでもなく大きな異獣がいるって事?」

 「だと思います」

 「・・・まさか」

 漂流船はどんどん近づいてくる。やがて視認できる程に航海船の傍に流れてくる。

 異獣と命のやり取りをしているハンター達も、荒波と戦い続けた歴戦の船乗りも慄いている。

 こんなのはあり得ない。航海船はスクリューで動いているのだ。漂流船が偶々こちらに流れてきたとしても、追いつける速度で、まるで狙うかのように航海船に向かってくるはずが無い。

 「ゆ、幽霊船?」

 船長は青ざめて声は震えていた。

 「阿保か!あれは正真正銘ナメルの船だ!あんたがそんなんでどうするんだ!?」

 グレッグの激に船長は気を持ち直すと機関室に連絡を入れる。

 「全速力であの船が離れるんだ!急げ!」

 航海船のスピードが増し漂流船から少しずつ離れていく。

 突然航海船を激しい衝撃が襲った。

 「どうした!?何があった!?」

 『大変です船長!スクリューが動きません!どんなに動かそうとしてもビクともしません!』

 「なんだと?そんな馬鹿な?」

 航海船は動かない。やがて漂流船は目の前へと流れくる。

 穴だらけの船体に対して錆は少ない。真新しく手入れをされた船は日の光を受けて鈍く光っている。所々にある傷と破壊の痕と矛盾している。

船体に無数に付いた手の痕が不気味で恐怖を煽る。

 「これは・・・まさか・・・」

 「巨大異獣と戦ってた、船なのか?」

 それは誰がどう見ても明白であろう。

 幸いなのは航海船に窓が付いていない事だ。異獣の侵入口になり得る脆い窓を取り付けるなど自殺行為だ。少々閉塞感に包まれて息が詰まり気が滅入るだろうが、命には代えられない。

 そのお陰で船内の客が異常に気付いた様子はない。不安になって騒ぎ出したりでもしたら収集がつかなくなる。ケセド近海に現れた巨大異獣の話しは全員耳にしているのだ。

 「どうだ?」

 船乗り達は船長の指示で双眼鏡で漂流船を観察している。

 「・・・こちらが見える限りでは、人はいません」

 「ナメルから出た討伐船は三隻。内二隻しか寄港しなかったそうだ。これはその内の一つなのか」

 「そんな事は分かっている!問題なのはただの漂流船がどうして航海船を止められるのかだ!こんな事はあり得ん!」

 「落ち着けよ船長。現実を受け入れろ」

 自分が取り乱していては船員達はどうすればいいのか判断が出来なくなる。航海船のトップは自分だ。しっかりしないと駄目だ。船長は額を小突いた。

 「漂流船に原因があるのは間違いない。あれを調べるほかないな」

 「その通りよ船長」

 鎧を着こんだルージュ達が甲板に上がって来た。完全武装の姿にグレッグは口笛を吹いた。

 「良いねぇ。頼りになりそうだ」

 「ネツクのルージュだな。グレッグから何度か話しを聞かされるぞ。凄腕のハイハンターなんだな。それに、他の者も腕が立ちそうだ。

 ・・・乗客にこんな事を頼むのは船乗りとして不本意だが、我々では手が回らん。乗客の命を守る為にも手を貸してくれ」

 「ええ」

 「当然だろ」

 護衛のハンター達も異論はない。この事態、どう見ても自分達の手に余る。 

 「よし。なら漂流船には行く一人目は俺だ。俺は護衛として世界中の船を乗ってきたからな。構造は完璧に把握している。

 他は・・・ケンとリンダ。お前らが来い。ルージュとヒュームはこっちに残って航海船を守ってくれ」

 「ま、待ってくださいよグレッグさん!どうしてその二人なんですか!?」

 抗議の声は当然だ。二人は海の異獣と戦い慣れていないし、特別経験豊富でもない。二人がベンとルージュの弟子である事を差し引いても自分達の方が戦力としては上のはずだ。

 「確かにお前達の方が頼りになる。けどな、航海船を守るのも俺達の役目だ。船には沢山の人がいる。そんな時、船の事を何よりも知り尽くしたお前らがいないと助けられないだろ?」

 「けどよ」

 「安心しろよ。この二人はあのベンの弟子だぜ?女の子の方はルージュの弟子でもあるんだ。俺は経験や若さで実力を見誤らないんでな」

 ハンター達はそれでも納得しかねず抗議の声を上げかけたが、船乗りの悲鳴じみた叫び声にかき消された。

 「異獣だ!凄い数が上がってくるぞ!」

 数え切れない異獣の群れが船をよじ登ってくる。

 リンダは真っ先に気づいたが声を上げれず苦し気に押し黙った。

 「何処から現れたんだ!?」

 「漂流船からに決まってるだろう!船長!クレーンで俺らを早く漂流船に運んでくれ!時間が無い!」

 「分かった!」

 こうなってはハンター達も抗議している場合じゃない。よじ登ってくる異獣達の迎撃を始める。

 「ケン!」

 ヒュームはクレイモアを手渡した。

 「海の異獣、銃、効き難い。これ、使って」

 「悪いな。助かるよ相棒」

 ずっしりとした重量のあるクレイモアはそれだけで頼りになる力強さを感じる。

 「ここは、任せろ!」

 「グレッグ!二人の事は任せたわよ!」

 「おお!お前らも頼りにしてるぞ!」

 「任せてくれ!」

 「絶対に航海船を助けます!」

 クレーンが掴んだ鉄骨の上に乗り、三人は漂流船へと運ばれる。

 甲板へと上がった異獣をルージュの機関銃が撃ち抜き、ヒュームのハルバードが貫く。船乗り達の避難はギリギリのところで間に合い、船長も二人に守られつつどうにか避難できた。

 (どうにか耐えてくれよ)

 仲間の無事を祈りつつ、三人は漂流船へと降り立った。

 

                       *

 

 荒れ果てた甲板は破壊の痕が凄まじかった。銃撃で無数の弾痕が空いている。何か巨大なものが暴れたのか甲板の至る所に穴が空いている。そして、凄惨な血の痕だ。おびただしく、赤黒く、鉄の臭いが漂っている。

 「この船は異獣迎撃船だ。各港は定期的に海に出て異獣退治をする為の専用の船があるのさ。専用の装備もばっちりだ」

 「それなのに、やられた」

 「巨大異獣・・・半端じゃないな。

 それより、そこから船内に入るぞ。のんびりしていられない」

 航海船を上って行く異獣の数は少なくなっているが、そもそもの数が異常な上に船上と言う狭い空間での戦いだ。海の異獣は倒しづらく、数が増えればそれだけ不利になる。

 船内に入るとケンとリンダは慄き呻いた。数々の修羅場を潜り抜けてきたグレッグも眼前の光景が信じられず口を開けて馬鹿みたいに立ち尽くしてしまう。

 生物の体内。それしか言いようがない。赤く固いスポンジを踏んだ時のような音を立てて沈む床。至る所に張り巡らされた細い管には赤い血が巡り、通路自体が微かに脈動している。

 「・・・夢か?」

 自分が口にした言葉が信じられず鎧を殴りつけた。激しい音が耳に響き気を張り直してくれる。

 「リンダ。お前、何か分かるんだな?」

 「えっ?」

 「お前は一番最初に気づいた。臭いなら俺にも届いた。けどそれが漂流船とは思わない。あの時は遠方に豆粒みたいに小さくあったんだ。

 何かあるなら言ってくれ。これをどうにかするには、お前の力が必要なんじゃないのか!?」

 長く培われた経験が告げている。リンダには何か能力があると。あの時真っ先に気づけたのはただの偶然ではない。間違いなくこの船の異常性に気づいていた。

 リンダが言うよりも先にケンが前に出た。

 「隠してる場合じゃない。グレッグさん、あなたは信用できる人だと信じて教える。中に入ったのは秘密を少しでも聞かれないように気遣ってくれたんだろう?

 だから、一つだけ約束してくれ」

 「誰にも言わねえよ。俺の口が軽かったら今頃ルージュにぶっ殺されてる」

 「分かった。じゃあ、移動しながら話そう」

 (考え無しに喋っちゃうのはいけないよね。もう少し慎重にならないと)

 自分と言う存在と立場は気安く語ってはいけないのだ。

 「時間が無いから必要な事だけ話すけど、リンダは異獣の気配を感じ取る事が出来るんだ」「異獣の種類によって気配は違います。大きさとかも分かりますよ」

 「凄い能力だな。だが・・・」

 「人間じゃないみたい、そう言いたいんだろ?」

 グレッグは足を止めた。

「リンダちゃん。君とはそんなに話してなかったな。俺の事が嫌いじゃなかったら、俺の

目を見てくれ」

 リンダは逸らす事無くグレッグと視線合わせる。

 ややあってグレッグは穏やかな面持ちを浮かべる。

 「良い子だな。ケン、大切にしろよ」

 「大切にするに決まっているだろう」

 それにそれ以上の深い意味は無い。リンダも純粋に嬉しかった。

 「お前は後で説教だな」

 「何でだよ!?」

 「それはともかく、人間じゃないのなら、本当にそれだけなのか?」

 「それは今からお見せします」

 ルージュは鎧の腕部分の外し構えた。

 「数は三、ポルサメキです」

 通路を曲がって現れたポルサメキは三人の姿を捉えると一斉に襲い掛かってくる。

 グレッグは反射的に銃を構えるも、リンダの左腕が伸びたのを目の当たりにして自然と腕が下がった。

 腕が開きポルサメキを捕え、右腕が鈍器となって頭を殴りつける。が、甲殻が硬くてヒビが入っただけだった。

 「あ、あれ?」

 「リンダ。俺にやらせてくれ」

 ケンも鎧を外しジャマダハルを構える。身体から肉が伸びてきて、あの時と同じようにジャマダハルを変化させる。

 「おいおいお前もか!?」

 もう理解なんて追いついていない。

 (これは、特別な力だ。肉のジャマダハル・・・ゴーツ・ジャマダハルってとこか)

 ゴーツ・ジャマダハルを軽く振るうと軽々とポルサメキの頭が飛んだ。甲殻など初めから無いもののように容易く切り飛ばしてしまった。

 「凄い切れ味だね」

 「俺も驚いてる・・・。

 考えて使わないと危ないな」

 あの時の破壊力を考慮して物凄く軽く扱ったのだが、それでもポルサメキと一緒に肉壁も深く切り裂いてしまっている。

 「・・・色々と聞きたい事が山とあるが、今はお前達が味方で良かったと思おう」

 「リンダの正体を探る為に俺達を選んだんだろ?」

 「何言ってるんだ。実力も信頼してたぞ。俺には見る目があるからな」

 何処まで本当なのかは不明だが、確かに見る目はあった。

 船内は異獣の巣窟となっていた。リンダがいない方、少ない方を選んで進んでいるが、当然その道だけを進める訳ではない。

 「残念だがそっちは行き止まりだ」

 「この先から異獣の気配がしますから注意してください」

 通路を曲がると二枚貝が三匹並んでいた。人一人程度なら丸呑みに出来そうな大きさだ。

 「アルセルか。浜辺付近や漁港によく出る異獣だ」

 アルセルの口が開くと眼球の付いた人間の脳が露わになり眼球から不気味な光を放つ。しかし三人共光を遮っていたので何の影響もなくケンの銃撃で纏めて始末された。

 「勉強はちゃんと身についてるな」

 「幻覚で迷路の中を歩くのはごめんだよ」

 アルセルは瞳から放つ光で生物に幻覚を見せる。出口の無い無限迷宮の幻覚に閉じ込め衰弱死か、現実で危険な場所に足を踏み入れてしまい命を落としてしまうのだ。

 「向こうの部屋から異獣が出てきます!数が多いです!」

 部屋の中から漂よってきたのは半透明のクラゲの頭に赤ん坊の身体が付いた異獣だ。クラゲの頭には脳が透けて見えている。

 「今度はウシェノウか。触手には絶対に捕まるなよ。吸いつかれたら骨しか残らないからな」

 「分かってるよそんな事は」 

 だからと言って銃は撃てない。ゴム毬のように弾力のある身体は銃撃も包み込んで跳ね返してしまう。知識不足で銃弾のお返しを受けた仲間をグレッグは何人も見てきた。

 ではどうやって倒すのか?答えは火だ。グレッグは小型火炎放射器でウシェノウを焼いた。するとウシェノウはあっという間に燃え尽きて消えてしまった。

 「海の異獣はほとんどが火を苦手としてる。俺達は小型の火炎放射器を常に携帯しているのさ」

 「それ、どのぐらい使えるんだ?」

 「連続使用で五分だな」

 「それが無くなる前に早く黒幕に辿り着かないとな」

 漂流船の中にある巨大な異獣の気配。それを目指して三人は進んでいた。

 「しかし、そいつの正体が何であれとんでもない異獣なのは間違いないな。

 異獣迎撃船はマルクトの技術者とポルトの造船技師が協力して作り上げた対異獣用兵器だ。この船は都市を守る城壁と同じ強度で出来てるんだ。それなのにチーズみたいに穴だらけにしちまうなんて・・・」

 中に潜んでいる異獣がケセド近海の巨大異獣と判明した訳ではない。船の内部を肉で覆ってしまうのだ、恐るべき相手なのは間違いない。

 「しかし、何で赤いんだ?異獣は黒だろ?こんなの、まるで生物の体内だ」

 赤い。目が冴える程に赤い。眩暈がする程に血の臭いが充満している。これと同じものをケンは見た事がある。

 「赤い星と関係あるのは間違いねえな。最後の一つ、まだ行方知れずだ。可能性は充分にある。違うか?」

 リンダは目を伏せた。

 「異獣と同じなんです・・・けど、何か違うんです・・・」

 姿形は同じなのに中身が違う、リンダが抱く感覚はそれだ。

 「そうか。いずれにせよ、奴に会えば良いか」

 三人は船の底へと向かって歩を進める。そこに一際大きな異獣の気配がある。

 「最下層の武器保管庫か。異獣討伐船の中じゃあそこが一番広い」

 近づけば近づく程、肉が分厚くなっている。自分達が呑み込まれた哀れな獲物で流されるまま胃に向かっているようだ。

 武器保管庫の扉は分厚い扉で覆われていた。鉄とは違う材質で、異石特有の滑らかな手触りを感じた。

 「鍵が開いてやがる」

 「なんでこんな場所に武器保管庫があるんだ?取り出しにくいじゃないか」

 「ここには飛び切りの兵器が仕舞われてるのさ。普通の武器はちゃんと近場に仕舞われてあるよ」

 グレッグがゆっくりと扉を開き、何も飛び出してこない事を確認して部屋に飛び込んだ。

 「・・・心臓?」

 武器保管庫の中央で脈動している巨大な心臓。壁に張り巡らされた太い樹木のような血管から血が巡り船内の肉を駆け巡っている。

 心臓の中に山と積まれているのは人骨だ。衣服も、武器も、そのままだ。

 「てめえが、巨大異獣って訳か」

 疑いの余地もない。確定的な証拠がそこに存在している。

 心臓は大きく震えると巨大な人の顔が浮かび上がった。大きな目、大きな鼻、大きな口、無駄に良い歯並び。そして底知れぬ恨みと憎しみを抱いた瞳。

 「不細工な面だなおい?辛かったろう?今から整形してやるから感謝しな」

 激情を身に宿しても、浅慮な行動はしない。迂闊な攻撃は危険だ。

 (リンダとは全然似ていない。けど、この色合い、血の感触、そっくりだ)

 認めたくはない。これがリンダと同じ赤い星だなどと。

 『痛い・・・苦しい・・・』

 心臓は怨嗟のこもった嘆き声。血の涙を流し見えない空を見上げる。

 『死にたくない・・・助けて・・・苦しい・・・波が来る・・・沈む・・・嫌だ・・・』

 「何言ってるんだ、こいつ?」

 「海で死んだ人達の声よ」

 リンダの口調が変わった。雰囲気が、面持ちが、まるで別人だ。

 「嵐で、津波で、抗えない自然の力に吞み込まれて死んでしまった人達と一つになった。不条理を嘆いて、不幸を恨んで、生きている人達を憎む。亡霊と化してしまった」

 「リンダ?」

 ケンの声にリンダはハッとした様子で戸惑う。

 「あ、あれ?あたし、今何か言ってた?」

 「覚えてないのか?」

 「それは後だ。

 亡霊ね。自然って奴は何時も人を苦しめて、救ってきた。俺達じゃどうしょうも出来ねえ存在だ。それで死んだら無念も残る。人って奴はどんなに生きても人生に悔いが残るもんだ。

 けどよ、恨みつらみを人に当たるのは筋違いだ。八つ当たりなんてのは最低だ。

 亡霊だって言うんなら、迷わず逝けるように解放してやるよ」

 亡者の心臓は吠えた。哀しみと怒りの込められた慟哭に空気が震える。

 壁から肉の触手が伸びてくる。触手は槍の勢いで三人を貫こうとするが寸前でリンダが覆った肉の壁に阻まれた。それでも触手は半ば以上突き刺さり、更にリンダの肉を触手が浸食していく。

 「うっ!」

 リンダは浸食された部分を切り離して肉を引っ込めた。

 「どうしたリンダ!?」

 「あたしを取り込もうとした・・・。こいつは、飢えている!」

 「冗談じゃねえ。俺らはてめえの餌じゃねえんだよ!」

 グレッグの単発銃が火を噴いた。防御の為に前を遮った触手ごと吹き飛ばし亡霊の心臓にぶち当たるも大してダメージは入っていない。

 「・・・柔らかいな。お前の武器で壁を裂いた時もそうだ。こいつは硬い訳でも弾力で攻撃を跳ね返す訳でもない」

 「再生能力だって言いたいのか?ヒメラトゥムの女王みたいに」

 「あれの数倍、いや数十倍だと思った方が良いな。

 ここは奴の腹の中だ。リンダ、お前は全力で俺達を守れ。ケン、俺達で奴を潰すぞ」

 ケンはゴーツ・ジャマダハルを展開する。

 「何か策があるんだな」

 「俺を信じるなら、奴を壁から切り離すのを手伝ってくれるか?」

 「やってやるよ!」

 ヒュームから借りたクレイモアにも肉が覆い、悍ましく、そして力強い形状へと変化する。

 重さをまるで感じない。力を使っている時は、自分の能力が数段上がっている感じがする。

 床の肉が盛り上がると人の姿となり対異獣用の銃を手にする。顔に微かに輪郭が浮かび上がる。

 「この野郎・・・。俺達はお前の餌で、奴隷かよ」

 怒りが限界を超えてむしろ冷静になっていた。

 銃撃をリンダの肉膜が防ぐもそれを狙って触手はリンダを襲う。捕まれば吸収されて一巻の終わりだ。

 『リンダ。能力だけに頼っては駄目よ。才能だけで切り抜けられる程異獣との戦いは甘くないわ。培った技術も、武器も、余す事無く使いなさい。

 これは私が昔使っていた銃よ。威力と貫通力は私の物より低いけど連射性があるわ。あなたならきっと上手く使いこなせる』

 ルージュから譲り受けた銃を新たに生やした腕で構える。

 「ルージュさん。あたしは貪欲に戦います!」

 迫りくる触手に銃を乱れ撃つ。しかし狙いは素晴らしく正確でほぼ全弾命中した。燃炎弾が火を噴いて触手が燃え上がる。肉が焼ける音とこんな時なのに香ばしく臭いを嗅いでしまう。

 「流石弟子。師匠から良い物受け継いだな」

 「僕だってベンから色んな事を受け継いだ!」

 両武器を同時に振るい亡者達を纏めて切り倒すとグレッグの自由を確保する。

 「仲間の為に考えて動く!そして見捨てない!」

 「確かにベンにそっくりだ!」

 単発銃が撃たれ、触手はケンに切り落とされた。

 銃撃をまともに受けた亡霊の心臓に大穴が空くが次の瞬間には塞がってしまった。再生まで一秒も掛かっていない。

 「やっぱりか。こりゃあ大火力を一撃で叩き込むしかないな。

 お前のそれでいけないか?」

 「全力でやったら漂流船まで切りそうなんだ」

 「こんな棺桶はごめんだな」

 最悪、衝撃で航海船まで巻き込んでしまう恐れがある。

 「ケン。俺とリンダで奴の気を引くからお前は隙をついて奴を壁から引き剝がせ。そうしたら後は俺がやる」

 「一人でやるな。援護はするぞ」

 「ベンと同じ事を言うなよ。

 リンダ!聞こえたな!?」

 「はい!」

 グレッグは連射できる銃に持ち替えやたらめったら乱射する。銃弾が柔らかい肉壁を穿ち穴から粘ついた血が噴き出す。

 亡霊の心臓は苦悶の声を上げる。『痛い!やめろ!助けて!』と訴えてくる。

 「身体に穴が空くのは痛いだろう!?」

 船の内部に肉が覆われているのなら、全てがこいつの身体と言う事だ。再生するとしても何処を狙っても痛みを与える事が出来る。

 リンダは少しだけ心苦しかった。どうにもならないが、どうにかして助けたい思いがあった。

 「助けられるなら助けたい、そう思ってるのか?」

 「どうして分かったんですか?」

 「顔に出てるぞ。もう少しポーカーフェイスの練習をした方が良いぞ。相手を騙す事が出来るからな」

 肉がせり上がり二人を部屋ごと三人を飲み込もうと迫ってくる。逃げ場など何処にも無い。普通なら走馬灯が過るだろう。

 ケンは肉を切り裂いて逃げ道を作る。リンダは腕を伸ばし壁の取っ手を掴むとグレッグを抱き締め、腕を収縮する事で逃げ道まで飛んで逃げた。

 「頼りになるな」

 「・・・助けたい。けど、それが我儘なら、誰も死なせたくはありません」

 死んだら終わりだ。誰しもが納得して喜ぶような死などあるはずが無い。

 だから自分の出来る事は人を助けて、脅威を取り除く事だけだ。

 「それで良い。俺も同じだ!」 

 左腕で銃を乱れ打ち、右腕で単発銃を撃った。肉を波に使い過ぎて触手を生み出す事が出来ず全弾命中し上段が粉砕される。当然瞬時に再生するがほんの一瞬動きは止まった。

 リンダはケンを持ち上げて亡霊の心臓が張り付いている壁へと放り投げた。

 貝柱を包丁で切るように、張り付いている箇所を切り裂く。血が噴き出しケンは粘ついた血に呑み込まれた。暗い穴の底から響く悲鳴が木霊する。

 張り付いていた壁にはタンクが取り付けらえている大型の銃が取り付けられていた。

 「あれだ!リンダ!」

 遠心力で飛び近くに下りるとグレッグは鍵を銃で粉砕した。

 「これは?」

 「近づくと凍傷になるぞ。ケンを引っ張り出して離れてろ!」

 粘性の強い血に沈んでいたケンを引き摺り出して隅へと退避する。

 「少し飲んだ・・・!」

 激しくえづいているケンの喉に指を伸ばして入れ、入り込んだ血を全て取り除いた。言い表しようの感覚に涙を流し指が抜かれると同時に吐いてしまった。

 「ご、ごめん。大丈夫?」

 ケンは親指を立てる事しか出来なかった。

 グレッグはタンクを背負い銃を亡霊の心臓に向けて構える。

 「成仏しろよ。死んでまで他人に迷惑なんて掛けたくないだろ」

 銃口から凄まじい勢いで冷気が噴き出した。まるで吹雪だ。離れていても冷気で身体が震え上がった。亡霊の心臓は瞬く間に凍り付きグレッグに伸び掛かっていた触手も動きを止め、部屋のほぼ全てが凍り付いてしまった。

 「凄い・・・」

 「こんな武器があったのか」

 ベンが扱う凍結玉とは桁が違う。こんなもの、恐ろしすぎて自分達だったら絶対に作れない。

 グレッグは単発銃で亡霊の心臓を粉々に砕いた。再生する事はなさそうだ。

 「寒いかお前ら?俺も小便が漏れそうなぐらい寒いぞ」

 「グレッグさん、一々軽口を挟まないと喋れないのか?」

 「これが俺だよ」

 どうすればこんな面白い人になるのだろうか?とても興味を惹かれる。

 「それにしても、凄い武器でしたね」

 「使い捨てだけどな。エターナの試作品だよ。一度使うと終わるまで出っ放しだから危なくて奥に仕舞い込まれてたんだ」

 話しをするグレッグは口調は軽いが警戒を解いていない。

 「こいつは違うな。この程度の奴に、討伐隊が全滅させられるはずがない」

 「はい。まだ、気配を感じます。

 けど、この部屋から。それに大きいのも変わらない」

 漂流船が大きく揺れた。大地震が襲ったのかと思う程の揺れに立っている事が出来ない。

 「なんだ!?」

 「うおお!肉が移動してるぞ!」

 「危ない!」

 リンダは咄嗟に二人を自身の肉で覆って守る。

 肉は集まると共に漂流船を突き破る程に巨大になっていき、遂に甲板へと露わになった。


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