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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
16/35

地の底に蠢く虫達

「ケン。リンダ。良かったね」

討伐の準備中、ヒュームが嬉しそうにそう言ってきた。

二人は揃って「何が?」と返した。

「良かった事は、良かった」

確かに良い事はあった。二人は顔を見合わせて小さく笑った。その様子を見てルージュは和んだ。どうしてもぎくしゃくしていた関係が大きく緩和しているからだ。

四人が討伐の準備を終えた頃、パンハイムが帰って来た。

「どうだった?」

「それがの、都市長は今回の襲撃でヒメラトゥムを目の当たりにして気が触れてしもうた。とても話しが出来る状態では無かった」

「じゃあどうなるんだ?」

「代わりの代理人曰く「倒してくれるのなら倒してほしい」との事だ。礼は弾むそうだぞ」

礼などいらない。討伐に赴けるだけで充分だ。

「しかしこんな事になるとはのう。わしの方からも頼む。ヒメラトゥム共を倒してくれ。依頼量は割り増しするぞ」

「それはあなたの善意と誠意ね」

はっきり言えば、金銭に関しては困っていない。ここに来るまでに倒した異獣の異石で充分元が取れている。

異獣ハンターは金だけで動く訳ではないのだ。

「しかし、本当に良いのか?確かにティファレトは人材不足だ。ヒメラトゥムの襲撃に際してハンターが全員に残っていなければならんだろう。

だとしてもだ、ネツクに応援を要請すれば済む話しだろう?一週間程度なら待つ事も出来るぞ」

「ネツクは今、テンレイドの襲撃で防備を固めている。応援は無理よ」

「あのレアルトの異獣か」

「それにのう、一週間も放置して何度もヒメラトゥムに襲撃されたら暴動が起きるぞ」

市民達は今はパンハイムの紅茶の効能で落ち着いているが、その前は外に漏れる程の大声で騒ぎ続け、止めに入ったハンターを袋叩きにしていた。

(襲われる訳が無い、美しい自分達は守られているか・・・。ウェヌス、現実逃避の度が過ぎるぞ。自分の楽園を作っても、何も変わらんのだ)

パンハイムは憂いた。

「そうか・・・。ならばせめてこの二人を連れて行ってくれ」

支部長の両脇を固めるのは傍仕えをしていたハンターだ。

「この二人は本物のハイハンターだ。わしが現役時代の頃から鍛え上げた手練れでな。

必ず役に立つぞ」

その申し出を、断る理由は普通ならない。だが、今は断らざるを得ない理由がある。

「支部長。ここのハンター達の実力は水準より低いわ。大物を倒していたのはあなた達二人で、他のハンターはフォローをしていたのね。

あなた達二人がティファレトの要よ。申し出はありがたいけど、守るべきものを守って」

「守るだけでは、いずれ滅びる」

「攻めなければ守れません」

本当なら喜んで手を取り合うのだが、そうもいかない事情がある。表情には決して出さずどうにか言葉を紡いでていると「信じてみようではないか」とパンハイムが告げた。

「ルージュの言う事は最もだ。ヒメラトゥム達はあの襲撃で充分な餌を確保する事が出来なかった。ならばもう一度攻めてくる恐れがある。それに予想通りなら、巣の中にいるヒメラトゥムは少ないと言う事だ。

四人が後ろを気にせず戦えるように、わしらは守りを固めようではないか」

「うむう・・・だが、奴らの巣は広大だぞ?わしもかつて一度だけ討伐した事があるが、その時は百人以上のハンターが集まって事に望んだ。

如何に数が少なくとも迷うのでは・・・・・・」

支部長はそれ以上言葉が出なかった。大勢で挑むのは巣の中を総当たりで調べつくす為だ。それが出来ない今、例えハイハンターであっても二人増えただけでは意味は無いだろう。

「大丈夫よ。考えが正しければ奴らはそれ程数はいないわ」

「六年目でまだ羽化はしていないか・・・」

 支部長は頭をがりがりと掻いた。

 「必ず生きて帰って来るんだぞ」

 「支部長!」

 「パンハイムの言う事が最もだ。わしらはティファレトを守るぞ」

 「・・・分かりました」

 支部長にそう言われれば、彼らも引き下がるしかない。

 「それじゃあそろそろ行くわよ。準備は良い?」

 「はい!」

 「うん!」

 ケンは返事を返さず胸に手を当てて小さく頷いた。

静かな怒りだ。激せず落ち着いている。だが、これに油を投下すれば瞬く間に全てを燃やし尽くす業火となるだろう。

(リンダ。ヒューム。もし僕が我を失った時は、頼んだぞ)

仇と相対して冷静でいられる程、人間が出来ていない。

「ルージュさん!」

協会を出ようとするとフォールミドに呼び止められた。

「何?」

「今度、ハンターとしての戦い方を教えてください。最高のお茶を用意しますよ」

お貴族ハンター達も見送りに来た。

「どうかご無事に」

「ご武運をお祈りしておりますわ」

「盛大な祝いを準備して待ってます」

彼らは変わった。もう名ばかりハンターではない。そこにいるのは異獣ハンターだ。

「ええ。たっぷりとしごいてあげるわ」

生きて帰ってきてくれると信じている。なら、絶対に成し遂げなければならない。

頼んでおいた輸送車に乗り込んでティファレトを出た。

「ルージュさん、運転できるんだな」

「護衛依頼の時に何度かね。慣れれば難しいものじゃないわよ。

それよりリンダ、案内頼むわね」

「・・・ここから南西の方角から、気配を感じます」

ティファレトのハンター達を護衛の為に残したのは嘘偽りないが、本当の理由はリンダの能力を使う為だ。

「けど、あの時初めて異獣の気配を感じたんだよな。どうしてなんだ?」

「・・・気が付いたらそうなってた」

リンダ自身も何故突然感知できるようになったのか分からないのだ。

(そんな都合の良い事があるとは思えない。リンダは元々赤い星だった。もしかして、それが関係しているの?)

可能性としてはそれが一番高いだろう。ただ今は、自分達にとって最も必要な能力が発現してくれたのを幸運と思う事にしよう。

「他の異獣とヒメラトゥムとどう区別してるんだ?」

「気配が違うの。離れていても一度会った異獣は何処にいるのか分かるの」

勘違いで余計な戦闘をせずに済むのなら、ルージュはありがたい能力と思う事にした。

「ルージュ。ヒメラトゥム、どうして、討伐されなかったの?」

「奴らは地面の下に巣を造るの。地下の広大な迷宮に対して入り口は小さく隠されているのよ。それこそ鼻や聴覚が鋭い動物ぐらいしか見つけられないわね。

六年前、私達はこの辺り一帯を探し尽くしたけど結局見つからなかった。見つけていれば、今回の犠牲者は出なかった。それからも定期的に捜索してたのだけどね・・・」

贖罪の思いもあった。もし見つけられていたのなら、今回の悲劇は未然に防げたのだ。決して怠慢に行っていた訳ではない。だからこそ償わなければならない。悲劇をもたらした異獣を倒す事によって。

「もう少し西です」

 やがて輸送車は何も無い原っぱへと辿り着いた。大きく伸びた草に覆われていて足元がほとんど見えない。

 「ここから、もう少しです」

 「ならここからは歩いて行きましょう」

 伸びきった草は身体を半分も隠してしまっている。ほんの僅かな隙間もない程に密集して伸びておりリンダは何度か躓いて転びそうになった。

 「ここ・・・近い」

 「僕達の暮らしていた村から少し離れた場所にあった原っぱだ。まさかここに奴らの巣があったなんて」

 「ここは調べてけど見つからなかったわ。見落としてたのね」

 密集した草は足元を隠し、視界から怪しいものを包み隠してしまっている。奥に行けば行く程延々と続く原っぱに方向感覚がおかしくなりそうになる。

 しかし今は案内人がいる。リンダは何処に隠されている入り口も見つける事が出来る。

 原っぱを歩む事しばらく、リンダは足を止めて不安そうに辺りを見渡した。

 「このはずなんだけど・・・」

 地面には穴など開いていない。

 「ヒメラトゥムはね、偽装の為に巣の入り口に蓋を閉めるのよ。特にここのは周りと同じ原っぱだからまず気付かれないわね」

 「それに人もこないしな」

 こんな何も無い場所にわざわざ好んで来る人などいない。

 ルージュは草に覆われた地面を手で触れつつ微細な変化が無いか注視する。そして遂に蓋を見つけた。

 「微妙に草の色合いが違うわ。ここね」

 こんなの、言われなければ絶対に気付かないレベルの差でしかない。

 ルージュは三人に向かい直った。

 「ヒメラトゥムの女王を倒せば兵隊のヒメラトゥムは全て消滅するわ。

 巣の中は複雑な迷路になっているから、本来なら迷うのは必定なんだけど」

 視線を向けられたリンダは確固たる自信のある強い表情を浮かべる。

 「感じる。強くて大きい気配が、一番奥にある」

 「入り口付近にヒメラトゥムはいる?」

 「いえ。巣の中にも、そんなにいないみたいです」

 「やっぱり、羽化しきれていない状態で活動を再開したのね。あれは全世代のヒメラトゥムの生き残りね」

 ヒメラトゥムは活動期に動物と人間を襲い、巣に持ち帰り幼虫の餌にする。そして全ての幼虫が蛹になった時点で活動を休止し蛹が羽化する十年間休眠するのだ。その間に前世代のヒメラトゥムは死に絶え新たなヒメラトゥムへと代替わりをするのだ。

 「こんな事あり得ないわ。誰かが刺激でもしない限り、生態が変わったりは絶対にしない」

 異獣の行動原理は常に決定していてそれに沿って動いている。グールやグーラーは人しか襲わないし、グルパウンドは水辺から離れたりしない。

 「そんなの後回しでいいだろう」

 「そうね。

ヒュームを先頭にして、中を進むわよ」

 「任せて」

 その手に握るハルバードに力が籠る。

 怨敵を相手にして殺意と憎しみを抱くのはヒュームも同じだ。

 「そしてリンダ。あなたはヒュームの背中に付いて、その力で援護してあげて」

 「はい」

 リンダは鎧を着ていない。力を使うのに、鎧は邪魔になるからだ。

 アブゾーラーの時に使ったと言うのに、まだ不安で上手くいくか緊張する。

 「大丈夫だ。一人じゃないから、気負うな」

 強張った顔だが、その声には人を安心させる労りが籠っていた。

 「ありがとう、ケン」

 どんな時でも人の緊張をほぐしてくれる、ベンの姿が重なって見えた。

 土蓋を破壊すると大きな穴が露わになった。数人は余裕で入れる程の穴だ。ギリギリだがヒュームの頭がぶつからないぐらいの高さがある。

 巣穴の壁は滑らかな質感に覆われていた。石とも鉄とも違うてらてらとして鈍い光を放つも、足にしっかりと吸い付いて足場の悪い洞窟でもしっかりと歩いて行ける。

 「こんなに大きな巣穴を掘るんだ。これ、なんだろう?」

 「確か、ヒメラトゥムの体液よ。洞窟が崩れたりしないように固めてあるのよ」

 (うわあ・・・)

 一見すると綺麗に見えるが、虫嫌いにとっては最悪な真実だろう。

 そんな事で一々鳥肌を立てている場合ではない。頬を叩いて気を張り直す。

 「そこを右」

 「わかった」

 巣穴は別れ道が異常に多く、複雑に曲がりくねっており同じような道が続くので方向感覚があっという間に無くなってしまう。頭の中に地図を作製できるような人でなければ迷うのは必定だ。

 「これは確かに百人近く人が必要ね。これ、都市が丸ごと入るぐらい広いわよ」

 「その割にはヒメラトゥムがいないな」

 「あたし達が中に入ると奥に引き込んでいったよ」

 「新しい兵隊が羽化していないから、女王の護衛に周ったんでしょうね」

 巣穴は通路ばかりで部屋に当たる場所が一つも無かった。異獣は異獣を襲わず、動物は異獣を襲わない。天敵がいない以上わざわざ入り組んだ迷路の先に育房を作る必要が無いのだろう。

 ヒメラトゥムの数が少ないのは予想通りだが一回も戦闘無く最深部まで辿り着けてしまったのには流石に拍子抜けしてしまった。

 目の前の細い通路を前にして四人は足を止めた。

 「数は分かる?」

 「気配が重なっているので今いち分かり難くて・・・十以上はいますけど、そんなに多くない気がします」

 ルージュは耳を澄ませる。穴の奥からヒメラトゥム達が蠢いている音が聴こえてくる。音が交じり合っているが、ルージュの耳は一体ずつの動きを捉えていた。

 「四十体前後と言ったところね。少し数はいるけど、このぐらいならどうにかなるわ。

 特に、リンダがいてくれるのならほとんど敵じゃないわね」

 「そうなんですか?自信は・・・ありますけど」

 「ヒメラトゥムは兵隊の強さはそれ程じゃないわ。数の暴力で襲う異獣だからね。

 強いのは大本の女王よ。最低でも大異石クラスの強さで、最高で異結晶クラスよ。女王は繁殖に専念していて滅多に外に出ないけど、討伐の編成体をほとんど皆殺しにした記録が残っているの。ケン、ヒューム。覚悟は出来てる?」

 二人は武器を構える事で応えた。

 女王には二人を戦わせると決めていた。無謀ではあるが、二人の為にも戦わせないといけない。過去の鎖を断ち切り前に歩む為には、挑まなければならない。

 勝てなくて良い。その時は自分達が助ける。立ち向かう事が大切だ。

 「二人共、あたし達には何時でも頼ってね。仲間なんだから」

 「うん」

 「止まらなかったら、力ずくでも止めてくれ」

 

                       *

 

 鎧を身に付けている三人は気付かないが、リンダは女王のいる部屋に入った途端強烈な瘴気に咽てしまった。

 糖蜜と尿を混ぜ合わせて発酵させたような悪臭に包まれている。鮫と果物を一緒に発酵させて混ぜ合わせたかのようだ。リンダだから咽るだけで留まったが、これが普通の人だったら意識を刈り取られている。

 広い部屋の中央にヒメラトゥムの女王が鎮座していた。膨らんだ卵嚢は山の如く巨大だ。規則的に脈動しその中に透けて見える程卵がびっしりと入っている。

 キメラ昆虫とも言うべきヒメラトゥムに対して、女王は人間に近い姿をしている。卵嚢を除けば体躯はヒュームよりも更に大きく、六本の腕を持ちその内二本が鋭利な鎌となっている。その瞳は複眼でありながらガラスのように滑らかに光っていた。鼻も耳も無いが人と同じ口を持ち、細い身体にはくびれもある。四人の姿を見て離れていても聴こえる程歯軋りをする。

 「こいつが女王。絵で見るよりも、実物は悍ましいわね」

 女王の後ろには蛹が規則正しく感覚を開けて並べられている。育房などは無く無造作に地面の上に並べられている。その数は百や二百では効かない。千は軽く超えている。

 「お前が、村を・・・!」

 暗い炎が宿った瞳で睨みつけると、女王は視線に気づき醜悪な笑みを浮かべた。

 『お兄ちゃん・・・ヒューム・・・』

 それはリンダの声だ。三人は振り返るもリンダも戸惑っている。リンダは喋っていない。

 『お兄ちゃん・・・ヒューム・・・あたしは・・・ここにいるよ・・・』

 声は、女王の口から発せられていた。

 『助けて・・・お兄ちゃん・・・ヒューム・・・苦しいよ・・・』

 女王の顔が変化し、リンダの顔が浮かび上がる。苦しみに喘ぎ、泣きながら手を伸ばし助けを乞うてくる。

 「違う・・・違う!」

 ケンは鎧の内側に頭を叩きつけた。

 ヒュームは歯茎から血が流れる程強く噛み締めている。鎧が震えているのは、膨れ上がった筋肉が内側から鎧を押しているからだ。

 「妹は、リンダは死んだんだ!今更、惑わされるか!」

 強い心と、燃え上がる怒りと憎しみが惑わしを吹き飛ばした。同時に感情のほとんどを吹き飛ばした。

 「死んだ人間の顔と声を真似るなんて、異獣じゃないわ。異獣はそんな事をしない。帰ったら入れ知恵が誰の仕業か話し合わないとね!」

 機関銃で天井に張り付いているヒメラトゥムを撃ち抜いた。次の瞬間炎が燃え上がり更に数体のヒメラトゥムが燃え上がり落ちてくる。

 ヒメラトゥム達は一斉に飛び立ち約半数が女王の護衛に周り、残りが一斉に攻めてくる。

 攻めると言っても愚直に特攻してくるわけではない。毒針から毒液を飛ばし四人に浴びせかけてくる。

 「ふん!」

 リンダが肉を傘のように広げて毒液を受け止める。耳を塞ぎたくなる音が聴こえてくる。肉の正面が泡立って溶け出しぐずぐずに崩れていく。

 「大丈夫!?」

 「はい。このぐらいなら、何とかなります」

 毒液を浴びた肉は切り離した。瞬く間に肉の大部分が溶けてしまい地面穴を開けた。

 ルージュは銃でヒメラトゥム達を的確に狙い撃ち次々と撃ち落していく。ヒメラトゥムも高い空中機動性を駆使して何体かは銃撃を回避した。

 数体が毒液を噴射し残りが一気に突っ込んでくる。また防御の為に肉を展開すれば攻撃に移るまでに隙が生じる。それを狙ったのだ。

 しかし今度は肉を展開しない。左腕を扇状へと変形させて毒液を吹き飛ばすと逆にヒメラトゥム達に浴びせかけた。攻撃の為に突っ込んでいたヒメラトゥム達はもろに毒液を浴びて金属を引っ掻いたような悲鳴を上げて地面に落ちぐずぐずに溶けていく。

 「自分の毒に耐性が無いなんて、まるで普通の動物ね!」

 リンダの攻撃の合間にルージュは残りのヒメラトゥム達を片付けた。動かなければただの的だ。守ってくれる人がいると本当に心強い。

 『お兄ちゃん・・・ヒューム・・・助けて・・・』

 わざとらしく手を伸ばしてくる。その周囲にはヒメラトゥム達が獲物が飛び込んでくるのを心待ちにしている。

 「ルージュ。やってくれ」

 「粉々にして良いのなら」

 「全力で、やって」

 「あたしからもお願いします」

 機関銃を、人生で最大の怒りを込めて構えた。

 これ程までに、異獣を殺したいと思ったのは初めてだ。

 「いい加減、他人の顔を弄ぶな!」

 空気が震え、強烈な発射音に鼓膜が揺れる。

 女王は何の反応もせずに銃弾を頭に受けた。頭がスイカのように弾け飛び、弾丸はその背後の壁に深々と埋まる。

 女王の腕が力なく垂れ下がる。

 「あっ!」

 弾け飛んだ頭が一瞬の内に元に戻る。驚異的な再生能力だ。その顔はもうリンダの顔をしていなかった。

 「二人共、分かっているだろうけど本体は卵嚢よ。あの身体は作り物に過ぎないわ」

 「本体を倒すには身体を倒せばいい」

 「俺が、潰す!」

 卵嚢から身体がずるりと抜け落ちる。繋がっていた下半身はカマキリと同じ形をしている。女王の鳴き声と共にヒメラトゥム達が女王を守るように周囲に集まる。

 「二人は攻めなさい!リンダはフォローを!私は周りの雑魚を片付ける!」

 指示を出しながらルージュは次々とヒメラトゥムを撃ち落していく。

 ルージュの機関銃は弾速が速く威力も跳ね上がり遠方の敵まで狙う事が出来るが連射は出来ず反動も強い。波のハンターなら一発撃っただけで反動で腕が大きく上を向いているだろう。

 だが、長年使い込み共に視線を潜り抜けてきた機関銃はルージュの手に完璧に馴染んでいた。強烈な反動に身体は微動だにせず、精密機械の如く完璧な狙いで粉砕していく。 

 女王の口から糸が吐き出される。複雑に絡み合った糸は投網のように一気に広がり三人を捕らえようとする。リンダが肉の腕を伸ばして払う事でかわしたが腕にへばりついた糸はベッタリと肌に張り付いてどうやっても取れそうにない。腕を投げつけると同時に切り離し、女王の身体を逆に絡めとろうとする。

 数体のヒメラトゥムが身代わりとなり糸に捕えられ地面に転がった。ヒメラトゥム達は女王の後ろに付く。

 「女王が指示ね。統率の取れた動きは厄介ね」

 ルージュの銃撃も避けられてしまった。一度狙いを定めたら咄嗟に動きを変えられない。狙いを読めれば先に動けば良いだけだ。

 二人が女王の間合いに入り込むと先制でヒュームが戦鎚を振るった。女王は避けようともせず脳天から戦鎚を受け頭が潰れる。

 「うっ!」

 女王の体液が鎧に付着すると見る間に鎧が溶けていく。咄嗟にリンダが肉で体液を拭い地面に捨てる。

 その隙を逃さずヒメラトゥム達が毒液を浴びせかけてくる。ケンの銃撃で毒液を吹き飛ばし、動きが止まった隙にルージュがまた二体撃ち落した。

 「戦鎚は平気?」

 体液をもろに浴びた戦鎚は半ば以上溶けてしまっている。

 「叩きつければ良い!」

 しかし振り下ろされる鎌に柄を両断されてしまう。こうなっては使いようが無い。

 また頭が再生する。ヒメラトゥムは残り三体だが、この再生能力を前にしてはジリ貧だ。

 「どうするの?」

 「リンダ、本体は卵嚢だって言ったよな?」

 「う、うん」

 「どうして卵嚢じゃなくて身体と戦っていると思う?」

 リンダはハンターになる為に学んだヒメラトゥムの知識を思い出した。

 「身体がいる時に卵嚢を攻撃すると、傷口から幼虫が溢れ出るから」

 「そうだ!」

 振り下ろされる鎌をジャマダハルで受け、ヒュームがクレイモアを胴体に突き刺した。女王は数歩後退するもやはりダメージを受けた様子はない。

 「本当なら卵嚢があんなに大きくある事なんてないんだ。卵嚢は輸送車程度の大きさで、ヒメラトゥムが守るっていうのが奴らのやり方だ。

 あいつらは卵からすぐに幼虫が孵化する。けど、生まれるには身体が無いと駄目なんだ。身体が無かったら幼虫は外に出た瞬間に死ぬ。

 不死身なんてない!攻め続ければ必ず倒せる!」

 異獣は驚異的な生命力を有しているが、歴史上全ての異獣に不死は存在しない。どれ程身体が頑強であっても、再生能力を有していても最後には死ぬ。

 異獣とはいえ、死を逸脱はしていないのだ。

 体液に溶かされたクレイモアが地面に落ち、傷口が塞がる。

 「ヒューム、お前はハルバードで残りのヒメラトゥムの相手を頼む。ルージュさん!援護してくれ!」

 「分かった!」

 「了解!」

 ヒュームは雄叫びを上げてヒメラトゥム達を薙ぎ払う。大振りな一撃を易々と空に飛んで回避するが、それが狙いだ。動きを予測していたルージュが瞬く間に二体のヒメラトゥムを粉砕する。

 残り一体になったヒメラトゥムは銃撃から身を守るように卵嚢の上に張り付いた。卵嚢は巨大なので銃でも攻撃が出来ない。

 「嫌な予感がするわ!早く女王を倒すわよ!」

 「おお!」

 女王は大きく飛び跳ね部屋の中央に陣取った。遠慮なく掛かって来いとでも言いたげに二本の腕の刃を擦り合わせる。

 武器が溶けてしまうので銃で攻めるも、外殻は兵隊のヒメラトゥムとは比べ物にならず身体にめり込むも貫通しなかった。

 「弾けるぞ」

 再生しきる前に銃弾が燃え上がり女王の身体は火に包まれる。撃ち込んだ弾は全て燃炎弾だ。焼ける身体は再生されるが業火に包まれ続け次第に再生速度が落ち込んできた。

 「ふん!」

 ヒュームは溶けた戦鎚の反対側を女王の身体に打ち込んだ。反対側は杭のようになっており相手の身体に穴を空ける武器として扱える。炎で焼かれているからか、体液が余り流れず杭は溶けずに突き刺さっている。

 女王は身体を震わせると口から細い糸状の生物を吐き出した。それは地面を泳ぐように蛇行して動き四人に迫る。

 「寄生虫よ!リンダ!」

 「はい!」

 肉の膜を広げ寄生虫を纏めて掬い上げる。肉の中で寄生虫は気持ち悪く蠢き肉に穴を空けて内側に入り込もうとする。

 「気持ち悪い!」

 今すぐにでも殺して切り離したいが、リンダは一つ試したい事があった。心を殺して寄生虫を押し潰すと自分の中へと吸収した。

 (・・・あ)

 すぅーっと吸収されていく。嫌なはずなのに、気持ち悪いはずなのに、まるで水を飲むように違和感なく身体は受け入れた。

 肉を失い、身体が肉を求めていた。肉を得て弛緩してしまい上を仰ぐとリンダは視界にとんでもないものが映った。

 「危ない!上!」

 叫ぶのが精一杯だ。身体は動かなかった。

それは一瞬の出来事だった。ヒュームが身体を捻りハルバードの刃の無い部分で二人を弾き飛ばした。

天上から寄生虫が降ってくる。寄生虫はヒュームの周囲に降り注いだ。

先程飛び上がった時に女王は天井に吐いていたのだ。正面から襲わせてもリンダが対処してしまう。ならば不意を突けばいい。

「ヒューム!」

「くそ!」

ルージュは機関銃の一撃で女王の胴体に風穴を開け下半身も貫いた。若干下向きに撃つ事で卵嚢に当たらないように調整した。

先程までとは違い炎に焼かれたダメージで再生が遅い。畳みかけるなら今しかない。

「悪いけど私が止めを刺させてもらうわよ。早くヒュームを見て上げなさい!」

言われるまでも無く二人はヒュームの助けに掛かっていた。

地面を這い鎧の表面を蠢く寄生虫はリンダが処理したが、鎧には小さな穴がいくつか空いていた。

急いで鎧を剥ぐと既に皮膚を食い破り身体の中で寄生虫が蠢いていた。

女王の吐く寄生虫は鎧の装甲を食い破れない。しかし、脆くなっていれば話しは別だ。ヒメラトゥムの毒液で一か所でも腐食している箇所があれば、その臭いを的確に嗅ぎ取りそこに群がり穴を空け、身体に入り込む。

 入り込まれた最後、助ける術はない。身体の内側から寄生虫によって作り変えられ、生きながら異獣と化しヒメラトゥムの奴隷となる。・・・普通は。

 「身体に切り込みを入れて!」

 言われるとすぐにジャマダハルを振るい腹部を浅く切った。

 リンダは切り口から肉を入れる。身体の中で寄生虫とリンダの肉が蠢き合う筆舌しがたい感覚にヒュームは身を大きく跳ねて獣の如く悲鳴を上げた。

 「耐えろヒューム!」

 目が血走り歯が砕ける程食い縛る。

 「・・・やった。寄生虫は全て始末した。けど、身体の中が食い荒らされてる」

 「なら助かるんだな」

 「うん」

 「まずい!」

 ルージュの悲鳴が上がった。

 女王は再生能力が削がれても非常にタフだった。機関銃で頭部を炸裂させられ下半身が千切れ、右半身を失っても死ななかった。

 真っ先に頭を潰したので糸は吐けず、漏れ出してくる寄生虫は地面に撃ち込んだ燃炎弾で始末した。素早く動けない女王が倒されるのは時間の問題、のはずだった。

 突如卵嚢が裂けたと思った瞬間、幼虫達が津波の如く流れ込んでくる。

 「ヒメラトゥム!しまった、最後の手段がこれか!」

 卵嚢の上に留まっていた最後の一匹は身体が追い詰められた時に本体から幼虫を解き放つ役目を請け負っていた。兵隊が羽化していない今幼虫を解放すれば餌が得られず餓死してしまう。そして残りの時間で新たに幼虫を創る時間もない。つまり、次の世代が続かず間が空いてしまう。

 文字通り、最後の手段に打って出たのだ。

 (・・・そうか。今まで、こんな事は一度も無かった。討伐されたヒメラトゥムの女王は産卵をほとんど終えた個体だった。

 鎧を着てても、意味が無いわね)

 幼虫は左右に大きく裂けた大口を開いて四人に向かって流れてくる。齧られ続ければ食い破られるだろう。

 時間の流れが遅く感じられた。しかし終わりが来るのに十秒程度だろう。それまでに女王に止めを刺す事も、逃げる事も叶わない。

 それでもケンは諦めていなかった。再生しかかった口に浮かぶ醜悪な笑みを、叩き切ってやりたかった。走れば、止めを刺さずとも顔を潰す事は出来る。

 「ケン!全力で振り下ろして!」

 リンダの叫びに呼応して、全身に力を込める。生涯で、初めて限界を超えた力を発揮した。

 身体の中で、何かが鼓動を発した。鼓動と共にジャマダハルを握る右腕に何かが流れ込んでくる。鎧を粉砕してジャマダハルに巻き付いていくのは、まごう事無きリンダの肉だ。

 ジャマダハルと肉が同化していく。長大で、脈動する生きた刀剣。

 「おおおおおおぉぉぉぉぉー!!!」

 雄叫びを上げて渾身の力と共に振り下ろす。

 地を揺るがす程の衝撃が走る。余りの衝撃にルージュは吹き飛ばされ、リンダは肉膜でどうにかヒュームの身を守った。

 砂埃が舞う。二人が視界を開いた時、眼前に広がっている光景に言葉を失った。

 地面に大きく切り裂かれ、女王の身体も卵嚢も、幼虫達も纏めて粉砕してしまった。衝撃波に巻き込まれた蛹はそのほとんどが潰れている。

 「何よ・・・これ・・・」

 ようやくルージュは言葉を発した。

 ケンも同じ心境であった。腕から伸びた肉と同化したジャマダハルは未だにそのままだ。まるで生き物のように脈動している。

 「・・・倒したんだ」

 今はそれで良い。それだけで良い。仇を取った。自分達だけじゃない。多くの人達を苦しめ、悲しませ、命を奪い続けてきた元凶を倒した。もうこれ以上犠牲になる人は生まれない。今の間は。

 「う・・・」

 「二人共!ヒュームは大丈夫だよ!」

 二人は一気に現実に引き戻された。

 「ヒューム!平気か!?」

 「・・・なんとか」

 どうにか身体を起こすも顔は青白い。

 安心して気が抜けたからだろうか、肉が身体に戻っていきジャマダハルは元の形に戻った。

 「リンダ・・・これ、どう言う事?」

 「どうって言われても・・・咄嗟だったから上手く言えません。ただ、ケンの助けになりたい、力になりたい、皆を助けたいって強く願ったら、ケン通じて、そうなったんです」

 「ケンがあなたにとって特別な存在だから?」

 「それは・・・きっとそうだと思います」

 「あの力は?」

 「それは・・・」

 「そんなの、どうだっていい」

 ケンは握り拳を作り笑いかけた。

 「僕達は成し遂げたんだ。こうして皆も生きてる。ならそれで良いんだよ」

 「うん。俺達、やった。仇・・・取れた・・・」

 ヒュームは涙ぐんだ。

 「・・・そうね。ごめんなさい、疲れてるのに問い詰めちゃって」

 「仕方ないですよ。あたしだって、びっくりしましたもん」

 「さあ帰ろう。疲れたから早く休みたいよ」

 「その前に異石の回収でしょう?」

 「あ、忘れてた」


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