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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
13/35

美しき都市

 子供達を連れて各町や村を周った。パンハイムの商いが主な理由だが、更に子供達を受け入れてくれる場所を探す為でもある。

 その道中、幾度も異獣に襲われた。外に出ていれば襲われるのは当然だが、余りにも高い頻度で襲われすぎる。一度や二度ならまだしも、これで八回目だ。

 「何よこれ?いくらなんでも異獣が多すぎるわよ」

 ピヤーチャを仕留めてルージュはぼやいた。こいつは一言で言えば人間ヒルだ。水ぶくれのようにたるんだ皮膚に顔から胴体まで裂けた口にはホッチキスのように尖った歯がびっしりと生えている。人間が食いつかれれば瞬く間に血を吸い尽くされて干からびてしまう。

 「変だな?異獣ハンターが討伐していればこう何度も襲われるなんて事は無いんだけどな」

 襲ってくる異獣は輸送車の移動音に反応した奴らだ。大体三体から五体程の数で襲撃してくる。過去に戦ってきた異獣ばかりなので倒す事は出来るが、流石に疲労が堪る。

 「やはり、変わっておらんか」

 パンハイムは至極残念そうに項垂れた。

 「何が変わっていないんですか?」

 「いや、今は良い。それより早く行くとしよう」

 これ以上異獣と戦っていたら日が暮れてしまう。こんな異獣が沢山いる場所で野宿など絶対に出来ない。歯痒さはあったがそれ以降は逃げに徹して移動した。

 「パンハイムさんには世話になっているけど、村には人を受け入れる余裕は無いんだ。ティファレトのハンターがあんまり仕事してくれないから異獣がのさばって金も食料もギリギリなんだ。悪いねえ」

 「惨いねえ。この子達だけでも生き残ってくれていて良かったよ。何とかしてあげたいけど、この町じゃ働き口は無いんだよ。ハンター共、あたし達の依頼を蔑ろにして如何にもな大物しか狩らないから異獣が増えて商人が余り来ないんだ。

 せめて、このお金だけでも持って行っておくれ」

 「働き手が増えるなら歓迎だ。だけど子供では手間が増えるだけだ。異獣のせいでどこもかしこも生きるので精一杯で余裕が無い。悪いが他を当たってくれ。

 それと、ティファレトに行くなら俺達が滅びる前に依頼を受けてくれって伝えてくれ。見回りの輸送車に伝えているんだがな・・・」

 誰も彼も申し訳なさそうにお断りされた。それでもせめてもの援助でお金や衣服を譲ってもらった。

 「異獣は村や町を滅多に襲わないけど、外に出れば襲われる。輸送車が襲撃されて全員殺された事例もある。

 外に出にくいって言うのはそれだけで暮らしに影響が及ぶのよね」

 「だからわしのような商人が必要なんじゃ。

 皆々も理解はしてやってほしい。誰も彼も受け入れるのが嫌な訳ではないのだ」

 最年長のネルケはこうなる事を承知していたが、子供達はとてもショックを受けていた。

 「大きな街なら良いのだが、こうなっては致し方ない。ティファレトでの暮らしは平気か?」

 「分かりませんけど、都市ですよね?村暮らしのあたし達を受け入れてくれるんですか?」

 「それ問題ない。問題ないが、嫌な事が多い。馬鹿にされ貶められ嘲笑されても、暮らしてゆけるか?」

 「他に、選択肢は無いんですよね?」

 「この辺りでは後は港町だけだが、ポルトとは違う。海に出る異獣のせいで綱渡りの生活を送っていて余裕は無い。おそらく受け入れは断られるだろう。

 助けた以上世話はする。海を越えればお主達を受け入れてくれる所もあるやもしれん。どうする?」

 突然問われても即断など出来ない。子供達はネルケに縋るような眼差しを向ける。だがネルケも自分ではどうしょうもなく誰かに縋りたかった。

 「海を越えたら、何もかも俺達の知らない世界になるんだろう?」

 そんな中でロナルドが訊いてきた。

 「そうだな」

 「知らない場所で暮らすより、近い場所で暮らしたい。それに、村から遠く離れたくない」

 滅んでしまっても故郷である事には変わりない。思い出が詰まっている。何時か、墓を作ると心に決めていた。

 「皆は?」

 「あたしも、同じ」

 子供達も声を揃えて同意した。

 「分かった。ではティファレトに向かってくれ」

 「はいよ」

 運転手も気乗りしていないようだ。

 「ティファレトか。確か、世界で一番美しい都市だって話しに聞いた事があるな」

 「綺麗なの?」

 「美容、衣服、宝石から装飾品、そして暮らす人も何もかも美しい都市だってベンは教えてくれたわ。

 芸術品も沢山あって、歴史の貯蔵庫として沢山の学者も暮らしているそうよ」

 「そうなんですか。楽しみ」

 リンダは期待に胸を膨らませる。身体は肉でも心は女の子だ。美しい都市、何と心惹かれる魅力的な通称であろうか。

 (教えてくれたベンは「俺は嫌いだ」って雰囲気を隠そうともしてなかったわ。教えてくれた通りなら、嫌うのも無理ないわ。

 この子達の反応も見てみたいし、ここは黙っておきましょうか)

 

                        *

 

 入り口の警備をしていたハンターは子供達の一件を聞いて渋面を浮かべた。

 「パンハイムさん。あんたの行いにケチをつける気は無いが、面倒になるぞ」

 「そんな事は百も承知よ」

 「俺達も護衛が出来れば良いんだが、どうしても金が掛かる仕事だ。・・・悪かったな」

 謝られても、どんな顔をすれば良いのだろうか?複雑な面持ちを浮かべるしかない。

 「それじゃあ俺はここまでだ。戻る時になったら声を掛けてくれ」

 「色々助かったわ。毎度済まんのう」

 パンハイムは金が詰まった袋を運転手に手渡した。

 さて、ティファレトに足を踏み入れた御一行は思わず溜め息が出て見惚れてしまった。

 道が白く清らかな石畳で出来ている。くすみも汚れも一切無い。道に植えられた街路樹や花壇の花々が白だけの単純な美にならないように少々強めに自己主張している。近くでは掃除人が丁寧に念入りに道を拭いて磨いていた。

 建物は落ち着いた寒色系の色合いで白い道と上手く調和している。主張し過ぎない造形美は奥ゆかしい華麗さがある。

 「これは・・・美しい都市の名に恥じないわね」

 「凄いな。どうやって作ったんだ?」

 「ティファレトは古くから芸術、建築が盛んな国が礎となって生まれた都市とされておる。人々も着飾り自ら芸術作品として競い合ったと言う逸話もあるぐらいだからの」

 その言葉に違いなく、一目見ただけで高級品と分かる衣服を着こみ、異獣ハンターでも買うのを躊躇う程の値段をしそうな指輪にネックレスを身に付けている。まさに生きた芸術品だ。

 如何にも上流階級な雰囲気を纏っておりお上品な笑い声を上げて談笑している。何人かは一行に気づき顔を向けた。

 素晴らしい都市の造形美を忘れてしまう程に、婦人達が浮かべた笑みが強烈だった。嘲笑い、見下している。

 「なんだこいつら?」

 「気にするな。まず孤児院に行こうぞ。

 ここは孤児院の運営に否定的での。わしが都市に金を収めてどうにか存続できておるんじゃ」

 「子供達の為に必要な施設なのに」

 何時死ぬか分からないハンターは基本的に家族を持たないが、中には当然家族を持つ者もいる。長きに渡って苦楽を共にした間柄なら夫婦になるまで時間はほとんど掛からない。そんな子供で親が死んでしまった時の為に全ての都市で孤児院は作られたのだ。

 「否定的って、そうなったら子供達はどうなるんだ?」

 「それは、孤児院に着いてから説明しよう」

 事情を知っているルージュも同じ考えだ。

 都市の隅っこの端、日陰っていて陰気な雰囲気のある場所に孤児院は建てられていた。一般市民はまず間違いなく足を踏み入れる事の無い場所だ。

 「こんな場所に孤児院が・・・」

 驚きと怒りで絶句してしまった。

 ネツクの孤児院は日の光が差し込み広い庭があったのに、これではまるで収容所のような雰囲気だ。

 「これでも相当マシになったのだぞ。わしが初めて訪れた時は、小さなボロ小屋だったからの」

 孤児院の前で遊んでいた子供達はパンハイムに気づくと一斉に駆け寄り「おじいちゃんお帰り!」「お土産は何!?」「おじいちゃん一緒に遊ぼう!」とこんな場所であっても明るく元気な声を上げる。それが、湧き上がりつつあった怒りを鎮めてくれた。

 「よしよし、後で遊んでやろうな。お土産もあるぞ。でもその前に、ミゲールと話さないといかん事があるのだ。中におるのか?」

 「もうここにいるよ」

 ミゲールと呼ばれていた人は左腕を失っていた男性だ。かなり老け込んだ人でガタイは良いのにパンハイムよりも年寄りに見える。

 「子供達がこんなに騒ぐのはあんたが着た時ぐらいだからな」

 「そうか」

 パンハイムは眉間に皴を寄せた。

 「連れの人達も中に入ってくれ。俺の部屋に案内しよう」

 孤児院の中は掃除が行き届いている。しかし掃除をしているのは子供達だ。その中にはミゲールと同じように酷い怪我をした人達が働いている。

 炊事、洗濯も全て子供達とその人達が協力して行っている。自立心を養う為に行わせている、それだけでは済まない事情がありそうだ。

 ミゲールの部屋に入るとパンハイムとルージュは椅子に座り、他の皆は立って話しを聞く姿勢を取る。

 「聞かなくても分かる。その子達を引き取ってほしいんだな」

 「うむ。異獣に村が襲われ生き残った子達じゃ。他の場所では引き取りを断られた故にここで面倒を見てやってほしいのだ」

 ミゲールは渋面を浮かべて顔を覆った。

 「あんたには本当に世話になってる。孤児院をこんなに立派にしてもらって、俺達も助けてもらった。けど、今のままでも運営はギリギリなんだ。助けてやりたいが、どうにもならないんだ」

 「いくら必要なんだ?」

 「今金を貰ってもいずれ無くなるだろう?俺達が望むのは安定した援助だ。あんただって、こっちの都合に合わせてティファレトに足を運べる訳じゃないだろう?」

 「・・・まあの」

 金とは無くなる物。生きる為に消費する物であり命の等価交換。収益も無しに生きられるのは完全自給自足か働かなくても暮らしていけるだけの資産を有している人に限られる。

 パンハイムも一度に渡せる金には限度がある。その程度では運営費で一月か、切り詰めても二月すぐに消えてしまう。

 「ねえ、都市から援助はしてもらえないの?ここはティファレトの孤児院なんでしょ?」

 「あんた、ネツクのルージュだな。ここはネツクとは違う。都市は援助なんてしてくれない。むしろ俺達、いや子供達が生きている事が気に食わなくて仕方ないんだ。

 援助してくれているのはハンター協会だ。それも微々たる額だけどな」

 「なあ、今なんて言ったんだ?」

 耳を疑う言葉だった。間違いだったと信じたい。

 ミゲールは呼び鈴を鳴らした。しばらくして松葉杖を突いた女性がやって来た。右足が欠損している。

 「ルーシア。その子達に孤児院の案内をしてやってくれないか?」

 「分かったわ。皆、行きましょう」

 何かいてはならない空気と自分達が話しの邪魔であると察して子供達はルーシアの後に付いて出ていった。

 「子供には聞かせられない話しなのね」

 「大体予想は付いてるだろ?ここは、醜いものをとにかく嫌うんだ」

 それはよくある事だ。綺麗な方が良い。洗礼された美しさに人は惹かれる。醜いものは気持ち悪いし近寄りたくない。それは誰しも抱く感情だ。

 「ただ嫌うのは誰でも同じだが、ここは違う。醜いものを徹底的に排除しようとするんだ。生まれた時から醜い子は例え我が子でも捨てられる。ここにいる子供達はそんな理由で親から捨てられた子供ばかりなんだ。

 ハンターの子供よりもそんな子が多いなんて、間違えてるよな」

 これは現実か?それとも悪趣味な演劇か?そんな幼稚で馬鹿みたいな理由で子供を捨てるなど、理解が及ばず頭が真っ白になってしまった。

 「信じられないよな。ティファレトのハンターは他所から連れてこられたハンターが大半でティファレト出身のハンターは一割程度だ。

 異獣ハンターがいないと都市の警護もままならないが、それでも都市の奴らは俺達の事を蔑みやがる。ほとんどの店だって利用させてもらえないんだ。格が下がる、汚れる、品質を疑われる、誰が守ってやっていると思っているんだが。だから協会の施設しか使用できなくて物凄くここは不便なんだ。

 外面は良くても中身は腐ってるんだよ」

 ミゲールは吐き捨てた。もし出来るのなら、当人達に唾を吐きつけてやりたい。

 「なんで、そんな風になるんだよ?」

 落ち着いていた。色々なものが臨界点を突破してむしろ冷静になっていた。

 「俺も詳しくは知らないが、異獣が出現し始めてから少しして変わったらしい。元々ここは美と芸術の都と呼ばれた国だったらしいが、何かがずれてこんな風に歪んだんだろうな。

 いずれにしてもあいつらは異獣よりも醜い奴らだよ。そんな理由で子供を捨てるなんて、人のする事じゃない」

 「でも、孤児院に預けているんですよね?」

 リンダは縋るような声で尋ねる。

 「生まれてくる子供が親の理想とする子供ばかりだと思うか?」

 「どう言う意味ですか?」

 こんなに心が寒々しくなるのは初めてだ。こんな感覚、味わいたくなかった。

 「醜い子供は捨てられるんだ。外にな。俺達が気づけば孤児院に引き取るんだが、奴ら醜い子供が生きているのが嫌らしくて俺達の目を盗んで捨てようとする。孤児院の子供達は捨てられた子供の半分かそれ以下しかいないんだよ」

 それを行うのは人間か?それとも獣畜か?

 歪んでいる。狂っている。人間相手に殺意を抱いたのは、異獣ハンター人生で初めての経験だった。

 「人間じゃねえ」

 絞り出すような声には憤怒が宿っていた。

 ヒュームは全身が沸騰して湯気が出ていた。言葉が出ない。握り締めた拳から血が流れ滴り落ちている。

 「ああ、人間じゃない。都市長は何を考えているんだが」

 「・・・わしの説得にも耳を貸さん。都市長は変わり果ててしまった」

 パンハイムは深く溜め息をついて嘆いた。その声には哀れも籠っている。

 「パンハイム。あなた、都市長と知り合いなの?」

 「古い、友人じゃよ。ティファレトは世襲制での、代々同じ血族の者が都市長に就いておるのだ」

 「今の都市長からこうなったの?」

 「いや、昔からこうだったらしいぞ」

 二人共パンハイムに疑問の眼差しを向けるが素知らぬ顔で流された。

 「わしが都市長に掛け合い運営資金を融通してくれるように頼もう。それまで預かってもらえんか?」

 パンハイムは机の上に金を無造作に置いた。

 「まあ、それは構わないよ。期待しないで待ってるさ」

 今までも何度も同じ話しを持ち掛けて断られているのだ。今までの会話の流れから容易に想像がつく。

 「お主達はハンター協会に顔を出すと良い。わしはこのまま都市長に会いに行く」

 「分かったわ」

 異獣が蔓延るこの世界、人の交流はほとんどない。ハンター護衛の下商いをする商人ぐらいしか外に出たりはしない。故に各都市がどのような問題を抱えていても他人が知るすべも無ければ手を差し伸べてあげる事も出来ない。

 留まった水が腐っているのだ。このままでは何もかもが腐り死んでしまう。

 

                        *


 「ハンター協会までは俺が案内しよう。俺がいた方がスムーズに事が運ぶだろうしな」

 道中、都市の人達がゴミを見るような眼差しをミゲールに向ける。害虫、ねずみ、糞、それが道を歩いているのと同じ感覚なのだ。

 ヒュームは全身の筋肉を震わせて唸り声を上げている。さっきの話しを聞いてから一言も話せない程に腸が煮えくり返っている。

 「落ち着けヒューム」

 そう言って宥めるケンも、感情に身を委ねれば殴り掛かってしまう程に怒っていた。怒り散らすのではない静かな怒りだ。故に冷める事無く燃え続けている。

 「故郷に帰らないか不思議だろう?」

 「ああ」

 「あそこで働いている俺達に頼りはいないんだ。異獣ハンターは常に死が付き纏う。俺達は皆親が死んでるのさ。それにこの身体だ。故郷に戻ってもろくな仕事にありつけない。侘しい末路が目に見えるのさ。

 ハンター協会は俺達みたいに戦う事が出来なくなって働く事も難しい奴らに最低限の援助をしてくれる。だから生きてはいける」

 「それだけじゃないですよね」

 ミゲールは小さく笑った。

 「金だけ貰って生きるって言うのは死んでいるも同然だ。そんな俺達にパンハイムさんは声を掛けてくれた。「孤児院で働いてみないか?」ってな。

 ハンターだった頃は同情しても日々の暮らしが忙しくて手助けしてやる事が出来なかった。けど今の俺達ならそれが出来る。可哀想と思うのなら手を差し伸べるべきだろう?

 こんな俺達だからこそ出来る事もある。俺達はこの命ある限り、子供達に尽くすと決めているんだ」

 確固たる信念と決意。それを阻む現実の壁に苛立ち道を蹴った。

 「金だ。子供達の為には、あの子達を受け入れるには金がいるんだ」 

 「ハンターの人達はお金を貸してくれないんですか?」

 「返す当てもないし、融通する余裕も無いだろう。ハンターは何時その時がくるか分からない。だから必死に溜めようとするんだ。

 それを責めるなよ。俺達だって同じだったんだ」

 「・・・はい」

 どうにもこうにも、やるせない。

 程なくして異獣ハンター協会へと着いたが、その作りに唖然としてしまった。

 まるで古代の遺跡だ。白い石柱には精巧な渦巻き模様が彫られてあり、壁には人の心を惹き付ける絵まで彫られてある。入り口の扉は宝石で彩られており、脇の花壇には青や黒と言った色とりどりのバラが咲き誇っている。

 「なんの冗談よこれ?」

 笑ってしまう。こんなのは漫才のネタでしかない。

 花の世話をしているのは明らかにハンターだ。壁も柱も何人ものハンターが綺麗に磨いている。

 「なんでハンターがこんな事をしてるんだ?」

 「ハンターならハンター協会の管理は自分でしろとさ」 

 ミゲールは忌々し気に吐き捨てた。ハンター達は何処となく助けを求めるような眼差しを向けてくるが、流石に今はどうしょうもない。

 これだけでも相当の衝撃だが、本当の驚きはハンター協会に入ってからだ。中で行われている光景に四人は我が目を疑った。

 「なんじゃありゃあ」

 十人の異獣ハンターに対して他の異獣ハンター達がまるで召使のように甲斐甲斐しく世話をしていた。肩を揉み靴を磨きマニュキュアを塗り紅茶を運ぶ。

 一目でお貴族だと判断できるハンター達は優雅に談笑している。見目は良いのだが、異獣ハンター協会の受け付け前でする事ではない。それなのに誰も気にせず堂々としている様は感心すらしてしまう。

 彼らの世話をするハンター達は誰も彼も硬い笑みを浮かべてうんざりだと目で語っていた。こんな事をする為にハンターになった訳ではないのだ。

 「おや」

 お貴族ハンター達は四人に気づき値踏みするように視線を投げかけてくる。小声で言葉を交わすと絵に描いたような美男子がルージュにだけ声を掛けてきた。

 「ようこそティファレトの異獣ハンター協会支部に。ネツクのルージュさんですね」

 「そうよ」

 営業スマイルで返した。

 「私はハイハンターフォールミド。ご案内いたしますよ」

 「あなたがハイハンター?」

 十年現役で実績を積み重ねたハンターにのみ与えられる称号が、ピアニストのような綺麗な手と外仕事とは一切無縁のくすみの無い白い肌をした美麗な男に与えられるはずがない。

 「もしかして、お仲間もハイハンター?」

 「ええ、そうですよ」

 誇らしげに、自分を見せびらかすように身体を大きく見せるが、ルージュは激しい憤りを抱いた。

 「さあどうぞ、こちらです。そのような汚らわしい者共と一緒におられたら美しいあなたが穢れてしま」

 言葉を遮りルージュはフォールミドの首を片手で締め上げそのまま持ち上げた。フォールミドは驚きに目を丸くして仲間達は仰天した。

 「この程度も振り解けないでハイハンター?馬鹿にするのもいい加減にして。この称号は、命を懸けて異獣と戦う者にのみ与えられる名誉。私達の最高の誉よ。

 最初からバレてるのよ張りぼてさん。それとも、その称号が相応しい身体にしてあげましょうか?」

 その笑みに心の底から恐怖した。

 本当はこんな事をしてはいけない。しかし今まで聞かされた話しと自分達の誇りを穢された事に遂に我慢が限界を超えてしまった。

 「貴様!その手を放せ!」

 「わたくし達を誰だと思っているの!?」

 「今すぐ離さないとただでは済まさんぞ!」

 束になってもルージュには敵わない。それでも権威がある為か怯む事無く凄み脅しに掛かる。あるいは、力の差すら気づいていないのかもしれない。

 ルージュは離す気は無かったが他のハンター達が「やめてくれ」と顔で訴えてきたのでその手を離した。フォールミドは尻から床に落ち首を抑えて苦しそうにしている。

 「野蛮人はこれだから。多少見目は良くても中身が伴わなければ意味が無い好例ですね」

 如何にもお高く留まったお嬢様が小馬鹿にしてくる。ルージュは鼻を鳴らした。

 「その言葉、そっくりそのまま返すわよ。張りぼてのハンターさん。その手に持つのはフォークとナイフだけじゃないの?」

 「わたくし達のような美しき者がハンターになる事そのものが異獣ハンターにとっての名誉なのですよ?それすらも分からないのですか?」

 「ふんぞり返って他人任せ。成果を掠め取るような卑怯者がハンターになって名誉?私には理解できない話しね」

 勿論ケン達にも到底理解できないし、理解したくも無い。

 「そこまで言うのならここの流儀を教えてあげましょう。わたくし達に逆らうとどうなるか、よく覚えておきなさい」

 お嬢様が腕を上げると周りのハンター達が一斉に武器を構えて五人を取り囲んだ。

 「ど、どうして!?なんで!?」

 リンダは激しく狼狽え、ヒュームも動揺していた。

 「何となく予想がつくよ。皆、懐を握られているんだよな」

 ケンの言葉に誰も彼も「そうだ」と視線で訴えてきた。

 「ここに来るまで立ち寄った村や町で言われたよ。ハンターが仕事をしていないから異獣が増えたって。僕達も沢山の異獣に襲われた。きっと、異獣に襲われて滅びた村や町は僕達が知るよりも沢山あるんだろうな」

 罪悪感が滲みでる。異獣ハンターとしての仕事をろくに果たせず意味の無い召使の真似事をさせられている。どうにかしたくとも、懐を握られては逆らう事が出来ない。

 「本当に今のままで良いのか?異獣ハンターなのに、人が苦しんでいるのを助けなくて良いのか?人の未来を異獣に奪われて黙っていられるのか!?

 正しい事をすれば良い。僕なら絶対にそうしている」

 人とは正しいと思う事をしたくとも、立場、金銭、家族、上下関係などあらゆるものに縛られてそれが出来ない。そして異にそぐわない事をさせられる事もままある。

 そんな状況で何時までも自分を押し殺していたら限界を迎えるか、爆発するかのどちらかだ。

 「くだらない。醜い貧民がどれだけ死のうが知った事か。良いか?異獣とは英雄に倒されてこそ意味がある。英雄が倒す異獣は強大でなければ駄目なんだ。

 分かるか?凡百の異獣など我々が相手にする価値も無い」

 言葉の途中で傍に立っていたハンターがフォールミドの顔面をぶん殴った。鈍い音と共にお貴族が吹っ飛び床を転がった。

 「いい加減にしろ・・・何時までも何時までも・・・」

 誰も彼も、現状に納得していない。鬱憤はとうに限界を迎えていた。

 そして堰は決壊した。ハンター達は武器をお貴族達に向ける。

 「あなた達、自分が何をしているのか分かっているの!?」

 「このような狼藉許されると思っているのか!?」

 「全員都市から叩きだしてやる!今更謝っても許されると思うな!」

 もう止まらない。止める気も無い。リンダだけは「どうにか止めないと」と思うも困惑するばかりでどうする事も出来なかった。

 「待て!」

 協会内に鋭い声が走った。

 二人の傍仕えに支えられて、立つ事すら出来ない程に衰えた老人がどうにか足を動かしてホール内に歩いてきた。

 「今すぐこのバカ騒ぎを止めろ!全員で手当てをするんだ!でなければ・・・!」

 老人は激しく咳き込んで喀血した。

 「支部長!」

 「早く・・・手当をするんだ・・・」

 ハンター達は武器を降ろし、お貴族達も流石に怒鳴り散らす事は無かった。

 

                     *

 

 殴り飛ばされたフォールミドは応急手当の後使用人達に担がれて家へと帰った。たった一発殴り飛ばされただけで気絶するなんて、異獣ハンターが聞いて呆れてしまう。

 他のお貴族達はひとまず家へ帰って行った。ただ、この後にとんでもない事が起きるとハンター達は予期しているのか一様に沈鬱な面持ちを浮かべていた。

 老人はベッドの上に横になり、見た事も無い器具を傍仕えが取り付けていく。細いチューブが幾本も身体に繋がっている。

 「久しぶりだな支部長。まだ元気そうで良かったよ」

 「元気だと?このざまでよく言うわ」

 苦悶を滲ませるも笑みを返した。

 「あんなにデカい声が出せるなら、まだやっていける」

 支部長は険しい表情を浮かべミゲールを睨んだ。

 「何故、止めなかった?」

 「・・・悪い。俺だって、同じなんだよ」

 「不味い事になるぞ」

 「あの、話しの途中で申し訳ないけど、少し良いかしら?」

 ルージュは支部長に目を落とした。

 「そうか、挨拶がまだだったな。わしがティファレトの異獣ハンター協会の支部長だ」

 「・・・どうして?」

 とても支部長が務まる身ではない。今すぐにでも引退すべき有様だ。

 「八十を超えても、わしは引退など出来んのだ」

 「八十・・・?」

 全員信じられないと驚きの表情を浮かべる。

 この世界、平均寿命は六十歳前後だ。ハンターなら四十歳辺りで引退する。ベンは五十一歳で未だ現役だがそれは非常に稀な例だ。ハンターは引退後蓄えた資産で穏やかな余生を過ごすか、その年代でも働ける仕事に就くか、このように協会の役職に就くかの一つだ。

 七十を超えて生きる人など滅多にいない。八十ともなれば歴史に名を残す程の長寿である。

 「何故支部長から身を引かないのか、知りたい顔だな」

 「是非、聞きたいわ」

 「お前達も見ただろう。あれがこのハンター支部の現状だ。

 都市長の送り込んだエセハンター共に良いようにされている。奴らが依頼を選り好みするせいで、ほとんどの依頼が果たせずに積み重なっているのだ」

 「他のハンターがいるだろ?どうして受けないんだ?」

 「名誉と栄光は美しき者にのみある」

 支部長は口からげろを吐くような面持ちで吐き捨てた。

 「都市長のせいでハンター達は奴らの使用人にならざるを得ないんだ。英雄譚や物語のように、強大な異獣だけを狙って戦う。無論戦うのは本物のハンターだけで、奴らは後ろで優雅にお茶会だ。そして止めだけを刺す。

 それでもわしが普通の依頼を受けさせている。月にたった四つだけだけどな。自分が情けない・・・」

 「何言ってるんだ。支部長がいてくれるからここのハンター協会は協会でいられるんだ。都市長も支部長に対しては強く出られない。もし支部長がいなくなったら、ハンター協会は間違いなく撤去される」

 「おい、何言ってるんだ?嘘だろ!?」

 ケンは勢いのままミゲールに掴み掛かった。

 「都市長はそもそも異獣ハンターを嫌っているんだ。歴代の都市長もそうだ。関わり合いなんて絶対にしないし、何度も消そうと手をだそうとしてきた。

 異獣ハンターがいなくなったら都市は勿論、近隣の村や町も終わりなのに、何を考えているのかこっちが知りたいぐらいだ」

 金の亡者。異獣ハンターは人からそう罵られ後ろ指を指される事もある。実際それは間違っていない。生きるにも戦うにも金がいる。だから実りの良い依頼を優先的に受ける。嫌われてもそれは致し方の無い事だ。それに、嫌われていても何時か分かってくれる時がくる。

 だが、そこまで徹底的に嫌う人は初めてだ。ただ嫌うだけではそこまではいかない。恨みや怒りが無いとそこまで嫌うなどあり得ない。

 「そこまでになっているなんて。それで、あなたはその道具で生き永らえているの?」

 「ああ」

 「支部長はかつて異結晶クラスの異獣を討伐した実績がある。ネツクをはじめとした各都市から称賛されて強い影響力を持っているんだ。支部長が声を掛ければネツクやビナーが動くし、何かあれば反感を買う。特にネツクは近隣都市だから手出しされたくは無いだろうな。あのベンもいるんだ。

 これは、全部エターナ軍から買った医療道具だよ。どう言う原理なのかさっぱりだけど、これのお陰で支部長はどうにか命を繋いでいるんだ。ここを守る為に」

 「協会が無くなってはならん。わし達は、人々の為に必要なのだ」

 とっくに死んでいるはずの命を無理矢理伸ばしている。それはどれだけの苦痛であろうか?どれだけ苦しいのであろうか?この会話の中で、支部長は玉のような汗を流し苦悶の表情を浮かべている。ただ話すだけでも辛いのだ。

 「都市長には今パンハイムが会いに行ってるけど、この事を話しに行ったのね」

 「もう何度も訴えてるよ。けど、無理だろうな。何度も駄目だった」

 「パンハイムさん、頑張ってる。俺達も、頑張る。依頼、受ける!」

 ヒュームは息まきグッと気合を入れた。

 「草抜きの二人か。噂は聞いているぞ。ただ、今は大人しくしてくれ。この後が大変なんだ。今は休ませてくれ」

 二人が依頼を受けたとなるとただでさえ拗れている問題がより拗れてしまう。

 「けど」

 「ヒューム。僕達は余所者なんだ。ここは支部長の言う事を聞こう」

 「・・・うん」

 

                      *


 美しい作りの屋敷、美しく咲き誇る花壇の花々、美しい銅像、美しい庭、美しい噴水。屋敷の中に入れば美しい絵画、美しい絨毯、美しいシャンデリア、美しい装飾が出迎えてくれる。どれもこれも本当に美しい。感性の無い人でも心惹かれるであろう物で埋め尽くされている。

 しかし調和はされていない。とにかく美しい物を集めて屋敷を彩っている。故に美しいが美しくない。

 「もっと美しく・・・美しくしないと・・・」

 屋敷で最も美しい部屋に都市長はいた。

 女性としての理想を全て詰め込んだ身体だ。くびれた腰、スラリとした長い足、豊満な胸、大きなお尻、朝露に濡れているような艶やかな髪、染みも皴も一つも無い潤った肌、芸術品を思わせる高い鼻、宝石のように白い歯は素晴らしく歯並びが良い。

 絶世の美女。そのはずだった。

 「ウェヌス。お主は相変わらず、変わらんな」

 その声に神経を尖らせていたウェヌスは瞬時に振り返った。何時の間にか部屋にパンハイムがいた。

 「何処から入ったの!?」

 「大分前にの。使用人の声すら耳に届かんとは。お前が声を聞けるようになるまで待っておったんじゃよ」

 その顔は憔悴しきっていた。頬は窪み目には隈が出来ている。

 過呼吸のように荒く息をしている。

 「何しに来たのよ?また同じ事を言いに来たの?」

 「・・・のうウェヌスよ。もし、変われるとしたらお主は変わるか?」

 「何よ?私は変わらない。私は永遠に美しいのよ!」

 自らの胸に手を当て美しさを誇示するも、パンハイムは哀れみのこもった眼差しを向けるだけだ。

 「殻に閉じこもるのはやめるのだ。お主も気づいておるだろう?赤い星が落ちてきた」

 「やめて!」

 ヒステリーの如く叫び花瓶を投げつけた。壁に当たり派手な音を立てて割れる。

 「何も訊かせないで!それに関する話しはしないで!」

 耳を塞ぎ、目をきつく閉じ、身を丸めて震えている。

 「・・・分かった。では用件だけを二つ告げよう。一つ、孤児院にもっと援助をしてやってほしい。そもそも孤児院の管理は都市の役目なのだぞ」

 「美しくなる為にお金はあるのよ。醜い奴らの為に使うお金なんて無い!」

 眉間に皴を寄せるも努めて落ち着いた、温和な口調を保った。

 「二つ、ハンター協会の改善だ。あれでは」

 「その話しはやめろ!」

 耳をつんざく金切りに声が部屋に響く。

 ウェヌスは涙目で睨む。

 「あんなの、あんなものは潰してやる!この都市から、あれに関係する全てを消してやる!」

 「そんな事をすれば都市の人々もお前も死んでしまうぞ!それ程までに怯えるのはお前も気づいているのだろう!?

 このままではいかんのだ。どうか」

 「帰れ!」 

 今度はナイフを投げつけてきた。ナイフはパンハイムの耳を裂き壁に突き刺さった。

 もう話しは出来そうにない。だが、今回は簡単に引き下がる訳にいかない。

 「人の為に在る。それがわしらの役目じゃろう?恐れるのは分かる。わしも恐ろしい。恐れていても良い。だが、己の存在意義だけは見失わんでくれ。

 人の為に成すべき事をしてくれ。少しで良い。孤児院の援助、ハンター協会の改善を」

 部屋の中に銃声が響いた。ウェヌスの手に銃が握られており、パンハイムの足元に穴が空いている。

 「あなたに私の気持ちなんて分かるはずが無い!もう考えたくもない!もう見たくもない!私は関わらない!!」

 悲鳴を上げて狂乱しつつ銃を乱射する。彫像が砕け絵画に穴が空く。そして一発もパンハイムには当たらなかった。

 「ウェヌス」

 歩み寄ろうとするパンハイムに対し、ウェヌスは手をかざした。

 「それ以上近づけば、殺す・・・!」

 問答無用に手を下さないのは最後の理性が残っているからだ。

 パンハイムは嘆息した。

 「どうかよく考えておいてくれ。少なくとも、今のままでは破滅してしまうぞ」

 そう言い残しパンハイムは部屋を出た。

 ウェヌスは震えたまま立ち尽くし、しばらくしてどうにか震えは止まった。しかし心は乱れたままだ。

 「嫌よ・・・あんな悍ましいものは存在しては駄目・・・入り込んだら駄目・・・もっと、美しくしないと・・・。

 華麗に、美麗に、可憐に、佳麗に、明媚に、秀麗に、綺麗に、他の追随を許さない美しい都市にしないと!」

 泣き笑いが部屋に響く。空虚な狂った笑い声が何時までも響いていた。


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