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異獣ハンター  作者: 港川レイジ
12/35

力無き者の末路

 ポルトを発って船に乗り込んだ。パンハイムはティファレトに商いに赴くそうなので護衛として同行する事となる。どの道ケセドに行けないのなら自分達に拒否権は無い。

「海ー!」

「すっげぇ!どうやって動いてるんだ!?」

「技術、凄い!」

三人共子供みたいにはしゃいでいる。周りの人達がその様子を見てクスクスと笑うも全く気付いていない。

「動くも何も異石を燃料に動てるのに」

離れた場所で恥ずかしそうにしつつも、ルージュも内心興奮していた。何しろ初めての海で初めての船だ。ああやって外聞を気にせず無邪気になれる三人が正直羨ましかった。

「かっかっかっ!若い内はああやって知って学ぶ喜びを得るのが大切じゃ!世界が広がるとは己の世界もまた広がると言う事。知識は無限の可能性をもたらしてくれるからのう」

パンハイムは椅子の上で胡坐をかいている。まんま孫の成長に喜ぶ好々爺だ。

「お前さんも自分に正直になったらきっと世界が広がると思うぞ」

「この歳であれはきついわよ」

色々な意味で現実とは残酷だ。

「しかし異玉はもったいなかったのう。ティファレトならばいくらでも高く買い取ってくれる相手はおるのだがのう」

あの後手に入れた異玉はポルトの異獣ハンター達にあげたのだ。代わりに街の護衛をしっかりすると約束させて。

「人を働かせるにはお金がいるのよ。少なくともしばらくはポルトも大丈夫でしょう」

「そうだの。しかし金とは、必要な場所に無く、必要でない場所に溢れるものだ」

パンハイムは虚しさと悲しさを滲ませる。

 「・・・私達がいくら頑張っても、それは変わらないのよね」

 

                       *


 船は一日で港町に着きその脚で町を出た。

 「少しは休んでいかないのかよ?」

 「時は金なり。余裕がある内はせっせと動かんとな!」

 「元気な年寄りね」

 輸送車に乗り込んで道なき道を進む。

 「パンハイムさん!周るんですかい!?」

 「当然。行ってくれ」

 「はいよ」

 輸送車は大きくカーブして草原を走ってゆく。

 「ちょっと、何処に行くつもり?」

 「近隣の村や町を巡って必要な物を売りさばくのだよ。特に稼ぎが少なく頼りの無い村はわしみたいな行商が命綱の事もある。

 人助けはハンターの役目じゃろう?」

 「それは、そうだけど」

 そう言われれば反対など出来ない。

 「わしは異石の商いもしていてな。異石のほとんどはマルクトに徴収されるが相応の金を積めばわしらのような商人にも卸してくれる。

 各都市には異石を燃料にする道具も多い。それに、輸送車の燃料で買ってもらえるからの」

 「パンハイムさんだけだよこんな事をするのは。輸送車は二台しかないけど、肩代わりしてくれるのと人助けで協力してるんだ」

 人の笑顔、感謝、喜び、それは何物にも代えがたい報酬であり充実感と達成感を得られる。微力でもそれに手助けをしたのなら自分の自信へと繋がるのだ。

 「でも、鞄が三つしかないですよ。この中に売れる物なんて本当に入っているんですか?」

 リンダの疑問は最もだ。商いをするにしては小さすぎる。精々一つの村で捌ける程度の品しか入らないだろう。

 「心配せんでも大丈夫だ」

 パンハイムは多くを語ろうとはしなかった。

 (何かしらねこの違和感。信用できるけど信用できない感じ)

 仲は良くなるが打ち解けられない。文化と価値観の違いでどうしても親密に慣れない民族同士、例えるならそれが一番近い感じだ。

 「あんたらパンハイムさんと知り合って浅いのかい?だったらきっと驚くよ」

 「何に驚くんだ?」

 「それは村に着いたらのお楽しみだな」

 だが、そのお楽しみを見せてもらう事は出来なかった。

 

                        *


 村には誰もいなかった。輸送車が傍にくれば村人は一様に怯える。それは異獣ハンターが乗っているからであり、異獣の脅威が間近にあるからだ。だから車の音がすると村人は家から飛び出してくるのが普通だ。

 それなのにこの村は誰一人飛び出してくる事は無かった。それどころか誰一人として外を歩いていない。

 「なんだあ?普段はもっと賑やかなんだが」

 「静かに」

 ルージュは運転手の頭を抑えつけた。

 「あれを見なさい。牛舎にも馬小屋にも鳥小屋にも動物が一匹もいないわ。これは明らかな異常よ」

 「異常って・・・異獣か?」

 運転手は震えた声で尋ねる。ルージュは無言で頷いた。

 振り返れば既に三人は鎧を身に付けている最中だった。

 「パンハイムさん。これは護衛の依頼ではないわ」

 「わかっとる。追加で金を払おう。日が浅いのならまだ無事でいる村人もおるかもしれん。どうか助けてやってくれ」

 額を床に付ける程深々と腰を曲げて嘆願する。

 「ルージュさん。そこまで言わせなくても」

 「やるって決まってるだろ?」

 「意思を確かめただけよ」

 少なくとも嘘偽りは無い。

 「そうね・・・護衛にヒュームとリンダが残って。ケンは私と村の捜索に行くわよ」

 「分かった。二人共頼んだぞ」

 「こっち、任せて」

 「気を付けてね」

 鎧を装備し武器を手に輸送車を降りた。

 農具はそのまま畑に放り出されてある。干されたままの洗濯物が縄の上ではためいている。まるで普通に生活していたのに突然、前触れも無く消えたかのようだ。

 「こんな事があり得るのか?」

 「あり得ないわ。これを見て」

 薪割りをしていたのだろう。脇には薪が積まれてある。不自然なのは斧が傍の木に食い込んでそのままになっている点だ。

 「おそらく、何かが現れて抵抗したのね」

 「異獣が現れたのなら・・・」

 ケンはかつての記憶が蘇り眉間に雷が走る。異獣に対する憎しみが湧き上がり無意識の内にジャマダハルを構えていた。

 「落ち着きなさい」

 軽く兜を叩かれてケンは少しだけ気が静まった。

 家の中は荒れていた。窓ガラスは割れていて何かと激しく争った形跡がある。昼食時に襲われたのだろう。食事が散らばって異臭を放ち始めていた。

 「ただの異獣じゃないわね。グルパウンドやグールなら、こんなに村が綺麗なままでは済まない。人を殺すのではなく襲う必要のある異獣ね」

 「それってもしかして」

 「半分以上そうだとは思っていたけど、予想が当たったわね」

 地面から何かが這い出てくる。それは邪悪な魔法により蘇った死者が墓から這い出てくるのを思わせる光景だ。

 しかしそれは死者ではない。人の姿をしているが、人ではない。動物だが、動物じゃない。

 肌も、身体も、全てが岩だ。頭だけが異様に長い。

 「まさかこの人達は」

 「この村の人達ね」

 その光景をヒュームとリンダも目の当たりにしていた。

 「あれって、人なの?」

 余りの光景にリンダは頭が真っ白になってしまった。

 「あれが、アブゾーラーに乗っ取られた人」

 説明しつつヒュームは地面に戦鎚を叩きつけた。鎧が震えている。怒りで筋肉が膨れ上がっているのだ。

 「なんてこった・・・ここにはほんの十日前に寄ったが、その時は変わりのない平和な村だった。それがこんな」

 異常に気付き運転手とパンハイムは輸送車を降りてきた。

 「こうなるのが、異獣。異獣は、滅多に村や町を襲わない。都市、街も、同じ。けど、襲われれば、一瞬で崩れる」

 「護衛のハンターがおらん村や町では襲われれば一溜まりもない」

 パンハイムは悲しげに首を振った。

 異獣ハンターとしてこれ程やるせなく、無力感を突き付けられる事は無い。自分達は何の為に存在しているのだと疑問を抱いてしまう。

 「なあ、村の人達は助かるのか?」

 「助からない。ああなったら、助からない」

 「アブゾーラーは生物の頭部に自身の分身を寄生させて操る異獣。一度寄生されればあのように身も心も変質してしまい人ではなくなってしまう。

 出来る事は、少しでも早く苦しみから解放してやる事だけじゃ」

 救いが無さすぎる。そして余りにも残酷だ。

 ケンは無残な姿へとなってしまった村人と家畜を目の当たりにして静かに立ち尽くしていた。

 「大丈夫?私がやろうか?」

 「いいや、やるさ」

 (怒りを通り越すと、むしろ落ち着くんだな)

 襲ってくる村人を砕き、粉々にする。僅かでも身体の形を保っていれば動いて襲ってくる。容赦してはいけない。躊躇ってはいけない。彼らはもう人ではないのだ。岩の手で、爪で、容赦なく命を奪おうとする異獣なのだ。ならば人を守る為に、倒さなければいけない。

 それが、異獣へと貶められた村人の救いにもなる。

 半分を倒すと踵を返して逃げ出した。無論逃がすなどあり得ない。銃で撃ち抜き砕くも足の速い家畜には逃げられる。

 「逃げた先にいるんでしょうね」

 物置小屋の前に家畜達は陣取り、開かれた扉の向こうにアブゾーラーが出迎えてくれていた。まるで侵入者を前にした王のような場面だ。

 「こいつはただの岩か。粉々に砕いてやる」

 銃ではなく、この手で塵になるまで砕く。拳を握り固める。

 こちらが攻撃するよりも先に家畜達は一斉にアブゾーラーに飛び掛かった。家畜達の身体が少しずつ砕けていき次第に人の形を成していく。

 やがて現れたのは身の丈五メートルは超えるであろう岩の巨人だ。顔の部分に単眼巨人だとでも主張でもしているのかアブゾーラーが収まっている。

 「見掛け倒しだよな」

 「私達にとってはね。普通の人からすれば、絶望的な相手よ」

 拳を大きく構えて勢いよく振り下ろす。だが拳は二人に当たるよりも前に砕けて塵となった。アブゾーラーが攻撃するよりも先にルージュが機関銃で本体ごと撃ち抜いたのだ。

 「残念だけど、そんな丸見えの弱点を狙わない方が無理よ」

 「そもそも鉄でも意味が無いし、せめて身体の中に隠せよな」

 それは馬鹿にしている。何故なら異獣には弱点を克服する発想に至らないからだ。

 どんなに虚を突いても所詮は岩。鉄ならまだしも、岩ならば敵にすらならない。

 だからこそやるせない。歯痒くて堪らない。ハンターが一人でもいてくれたのなら村の人達が死ぬ事は無かったのだ。

 地面には異石が落ちていた。ルージュが拾い上げて握り締める。

 「生存者を捜索するわよ」

 「・・・ああ」

 今は感情に振り回されている時ではない。そんな事は後でいくらでもすれば良い。今は己の役割を果たすのだ。

 「リンダ!あなたはこっちに来て生存者の捜索を手伝って!ヒュームは護衛を続けて!」

 「今行きます!」

 「分かった」

 一軒一軒調べて周る。誰もいない。声を上げて呼んでも返事はない。時間が経つ事に追い詰められ苦しくなっていく。

 「少し良いかの?」

 何時の間にかパンハイムが村の中に入っていた。運転手とヒュームも一緒だ。

 「何か、知ってる事あるみたい。俺、護衛だから、一緒に来た」

 「離れるなんて出来ませんからね」

 運転手は引きつった笑みを浮かべていた。あんなものを目の当たりにしたのだ。恐怖しない訳が無い。

 「この村には地下に食糧庫があるんじゃ。あそこは岩で締め切られとるから外から声も聞こえにくい。もし人がいるのならそこしかなかろう」

 「場所は?」

 「こっちじゃ」

 村で一際大きな家、おそらく村長宅の隣に土でカモフラージュされた石扉が地面に埋まっていた。鍵が掛かっているがそれはケンのジャマダハルで壊し、ヒュームが石扉を開けた。

 「誰かいる!?いたら返事をして!」

 銃を構えて少し待つと「誰?」とか細い声が返ってきた。

 「私達は異獣ハンターよ!異獣はもう倒したわ!」

 複数の人の声がする。少しの間を置いて一人の少女が上がってきた。リンダと同じ年頃の女の子だ。

 怯えた表情でケン達を見つめる。異獣ハンターとはほとんど縁のない生活を送っていたのだ。それに加えて地下に隠れ潜み何時襲われるか分からない極限状態だったのだ。重圧な鎧を身に付けた集団に恐怖するのは当然だ。

 「おお、ネルケではないか!無事だったか」

 「パンハイム、さん?」

 見知った人を見て緊張がほぐれたのかその場に崩れ落ちた。

 「辛かったじゃろうに。もう大丈夫じゃ」

 パンハイムは優しく抱き締めてその背を撫でる。

 「地下に子供達が・・・」

 「皆鎧を脱いで。こんな格好じゃ怖がるわ。

 運転手さん。鎧を車まで運んでもらえる?」

 「任せてくれよ」

 地下にいた子供達は全部で四人。泣きはらしたのか瞼が赤く腫れている。極限状態にあった為か初めは怯えていたがルージュとリンダが宥めると気を許してくれた。

 (惨いものじゃ。わしが覚えている限りでは、子供達は十人はおったと言うのに)

 残りの子供がどうなったのか言うまでもない。それに手を掛けてしまったケンとルージュの心境を慮り口には出さなかった。

 子供達を外に連れ出すと誰もいない村の有様に酷いショックを受けていた。岩となった村人はアブゾーラーが死ぬと共に塵となって消えてしまった。

 「皆、何処?」

 「父さんと母さんは?」

 こんな時どんな声を掛けてあげれば良いのかリンダには分からなかった。いざと言う時に何も出来ない自分は余りにも無力だ。

 「皆異獣にやられた。もう、誰もいない」

 残酷な事実をケンは何の躊躇も無く告げた。リンダもルージュも仰天するが、ただ一人ヒュームだけは動じていなかった。

 「嘘、嘘だ!そんな事無い!」

 子供の一人が泣きながら怒りを露わにして怒鳴る。

 「ヒューム」

 「うん。皆、行こう」

 ヒュームは皆を連れたって村の中を周り出した。誰一人もヒュームを怖がらない。誰かが生きている。家族が、友達が生きている。そう信じているから。

 「ケン、いきなりそんな事を言うなんて」

 「流石に酷よ。現実をいきなり突き付けられても受け入れられない。下手をすれば心に大きな傷を残すだけでは済まない。壊れてしまうわ」

 「それでも、現実は変えられない」

 ケンは空を見上げた。

 「僕も同じだ。ベンに助けられた時、ベンに村の皆を助けてって訴えた。けどベンは、村の皆はもう死んだって言った。

 信じなかった。信じられなかった。僕はベンを殴った。けど、それからは落ち着いていた。

 現実を突き付けられれば確かに辛い。泣いて、喚いて、当たり散らす。けど、それで良いんだ。だって、現実は現実で変わらない。優しい言葉で濁しても、後になればなる程心に受けた傷は深く抉られる。あり得ない希望と存在しない可能性を望んで毎日を過ごすなんて、それこそ残酷じゃないか?」

 「でも、だからって」

 「皆もう分かっているんだよ。でも現実を受け入れられないだけなんだ。そうだろ?大切な人達が死んだなんて、信じられる訳が無い・・・」

 悲しく寂し気な言葉に返す言葉は無かった。経験が持つ言葉の重みは確かな真実味を抱く。

 希望の分だけ絶望も深まる。可能性を抱き続けるのは鎖で身体を締め付けられる拷問に値する。それが望めるものならば問題などない。それが初めから存在しないものならば、うやむやにせず断ち切るべきだ。

 「あなたの言う事は正しいは。その上で訊くけど、あなたは今のあの子達にそれが最良の選択だと分かった上で告げたの?」

 「ルージュさん。あなただって分かっているだろう?皆、アブゾーラーに襲われる光景を目の当たりにしたんだ。何日も閉じこもって、誰も助けに来なかった。それだけで充分現実は突き付けられている。

 それでもまだ生きているかもしれないなんて思っている。言葉を濁せばこれからも思い続ける。そして苦しみ続ける。

 分かっていても振り切れないんだ。誰かが断ち切ってやらないと駄目なんだ」

 厳しい言葉は思いやりの裏返し。例え辛くとも、現実は目の前に存在する。目を背けていれば現実はより大きく膨れ上がり、凶悪な牙と爪を持つ獣となり自身を食らうだろう。現実と向き合うのは早い方が良いのだ。

 「・・・優しいだけじゃ人は救えない。ベンの教え、分かっているわね」

 それだけでは無い。それだけでは済まない。それは指摘しなかった。

 子供達の慟哭が村に響き渡った。天を貫く程の慟哭は聞く者の胸を締め付けた。息が苦しくなる。

 「今は辛かろう。だが必ず立ち直る。お主がそうであったようにな」

 「そう願おう」

 ケンは自分の手の平を見つめた。血に塗れた自分の手が映る。

 今話した事は、自分にも言い聞かせていた。希望も可能性も捨て去った。現実は受け入れた。それなのにまだ、縋りつこうとする自分がいる。

 (違うって分かっているのに、僕は・・・)

 どれだけ言い聞かせても納得しない自分がいる。人間、大切な人が何処かで生きていると思い続けてしまうのだ。


                        *


 子供達は地面を殴り、ヒュームを責めた。「どうして助けてくれなかったの!?」と。

 異獣ハンターは異獣から人を救う。例え辺境の村であってもそれは認知されている。助けてくれる人が助けてくれなかった。だから怒るのだ。

 ヒュームはただ「ごめん」と謝り続ける事しか出来なかった。

 「皆、この人達はあたし達を助けてくれたのよ」

 「けど、お姉ちゃん!」

 「お願い・・・」

 ネルケは瞳に涙を溜めていた。本当は泣きたいのだ。それでも年長者として年下の子達の為にしっかりしなければならない思いで耐えている。

 ネルケの気持ちは分からずとも察した子供達はヒュームを責めるのをやめた。

 ややあって五人がこちらにやって来た。

 「ヒューム。子供達の準備を手伝うわよ」

 「準備?」

 「何処か別の町か村で受け入れてもらわないと、この子達は生きていけないわ。生き延びたのだから生きないと」

 「そうだね」

 ルージュは子供達の前にしゃがみ込んで優しく微笑んだ。

 「辛いだろうけど、皆のお家から着替えや必要な物を集めてほしいの。私達も手伝うわ」

 子供達は無言で頷いた。

 「ちょっと待て!」

 その中で一人の子供がケンを指さして叫んだ。

 「お前、俺を異獣ハンターにしろ!」

 「ロナルド!突然何言うの!?」

 「俺は戦う!もうこんな事が起きない為に!俺に戦う力があったら皆を守れたんだ!」

 震える事しか出来なかった。怯える事しか出来なかった。守ってもらうだけの自分が情けなくて、弱くて許せなかった。

 「少し待ってろ」

 ケンは輸送車に向かうとしばらくして鎧を着こんで戻ってきた。

 「ほら」

 ロナルドに銃を手渡した。

 「この引き金を引くと弾が出る。間違って自分を撃つなよ」

 「これが、異獣を殺す武器・・・」

 くれたのかと思った。しかし違った。

ケンは少し離れた場所に仁王立ちになる。

 「撃ってみろ」

 「え?」

 そんな事を言われるとは思いもよらず間の抜けた顔を浮かべてしまう。

 「ケン!?何言ってる!?」

 止めに入ろうとするリンダをヒュームが掴んで止めた。

 「大丈夫」

 「けど」

 「あれは、見定める為」

 とても真剣な顔だ。何か深い意味があるのだろう。だからと言って放っておけない。

 「ルージュさん」

 「鎧を着ているし、万が一も無いわ。皆、離れて!」

 子供達、特にネルケは不安そうな面持ちを浮かべるもパンハイムに軽く肩を叩かれた。

 「男は男を視る為に試練を与えるものだ。思いだけでは成り立たん。心構えも必要じゃ。二人に万が一はないから心配せずともよいぞ」

 「・・・はい」

 もう見届けるしかない。自分達の中でロナルドが一番、怒りを抱いていた。

 銃を持ったのは初めてだ。こわごわと握り締めると唇を噛んで銃を撃った。

 銃弾は鎧に命中して高い金属音を上げる。ケンは全力で踏ん張ったので後ろに倒れる事は無かった。鎧には軽い凹みが出来ている。

 「撃ったぞ!これで俺は異獣ハンターになれるんだな!?」

 ケンはロナルドから銃を取った。力を込めて、剝ぎ取るように。

 「お前はハンターにはなれない」

 「何でだよ!?撃っただろ!?」

 「お前が憎いのは人なのか?」

 ロナルドは言葉に窮した。

 撃った。鎧を着こんでいたとは言え、人相手に殺せる道具で攻撃してしまった。

 「異獣ハンターが殺すのは異獣だけだ。僕達の扱う武器は容易く人を殺す事が出来る。それを人に向けて撃てる奴は、異獣ハンターにはなれない」

 「お前は、違うのかよ?」

 「僕は撃たなかったよ。僕が憎いのは、異獣だけだ」

 ロナルドは自分の犯したとんでもない事にがっくりと項垂れた。

 「異獣と戦うのは異獣ハンターだけじゃない。ハンターを支える人達もまた異獣と戦っているんだ。自分に出来る事で戦っていけばいいさ」

 「それって、なんだよ?」

 「自分で見つけるんだよ」

 ベンとは違う。ロナルドに道を示してやる事は出来ない。出来るのは背中を教えてやる事だけだ。

 ロナルドは今までとは違う力のこもった面持ちになる。

 「これで、良かったの?」

 「良かった。もし、放っておいたら、ロナルド勝手に、ハンターになってた。けど、異獣ハンターも、憎んでる。取り返しのつかない事、してたかもしれない」

 「ケンはロナルドに自分の憎しみを教えてあげたのよ。これであの子は自分が人を憎んでいた事に気づけた。後は自分自身の問題よ。

 乗り越えられれば異獣ハンターになっても問題ないかもね」

 恨みも憎しみもそれを与えた相手にだけ向けるものだ。周囲に振り撒いて迷惑を掛けるなど絶対にあってはならない。

 パンハイムはその様子に満足そうに頷いていた。


                        *


 部屋の中に鈍い音が響く。床に倒れるスミレの頬は赤く染まり口から一筋の血を流していた。それでも苦悶の声一つ上げず表情も変わらない。

 「役立たずが。兵を死なせたうえに任務を失敗するとは、見下げ果てたわ」

 エターナ軍に帰還したコウとスミレは報告の為にビカースの部屋を訪れていた。本来はこう一人で赴くつもりだったが将軍がスミレも連れてくるように命じたので同行させた。そして部屋に入ればいきなり殴り飛ばされたのだ。

 「将軍!何をなさるのですか!?」

 不意打ちでまさかこんな事をするとは思ってもおらずスミレを庇う事も出来なかった。スミレを助け起こしつつ打擲した理由を問うた。

 「助けてやった恩を忘れ任務をしくじる愚者に教育してやったまで。コウが見込んだ者と期待をしてみればこのざまだ。期待外れも甚だしい」

 「申し訳ございません」

 「その上ネツクに我々の行いであると明かしてしまうとは、呆れ果てて言葉もでん。任務を達成しているのならばまだしも、ここまでの失態を重ねるとは、どうやら貴様は軍人を子供の遊びと勘違いしているようだな」

 腰の剣に手を掛けようとしたところでコウが「お待ちください!」と割って入った。

 「作戦の指揮官は私です!隊、そして部下の失態は全て私のミス、彼らに責任はありません!罰するならば私を!」

 将軍は目を細め、目にも止まらぬ速さで剣を抜くとコウの顎に当てた。

 「コウよ。私はこう考える。失態とは全ての者の責任であり誰か一人だけの失態ではないと。任務を果たせずに終わった小娘も、お前も断ずるつもりだ。如何にお前が有能な指揮官であったとしても、私の息子であったとしても、軍としての在り方を保つ為に罰する。

 最近は気が緩んでいたのではないか?改めて軍の厳しさを見に染み込ませてやろう」

 「・・・は!」

 「貴様達の罰については明朝伝える。それまでは、覚悟を固めておくのだな。

 もう出ていけ」

 ビカースは剣を鞘に納めると窓から外を眺めた。マルクトを一望できる高所から二人に見えない位置で拳を握り固め口角を釣り上げた。

 「将軍、赤い星に関しては如何なさるおつもりですか?それに七つの鐘に関してはどう対処為されるのですか?」

 「それを貴様が知る必要はない。これからは私が全軍の指揮をとる。お前は罰を終えた後、しばらく謹慎していろ」

 「ならば、一つだけお教えください。あなたは、赤い星を、リンダを手に入れて何をなさると言うのですか?」

 「人の世を創るのだ。煌々と輝く永久に続く人の世を。異獣を抹消し、秩序ある世界を創り上げる。

 兵たちはその大義の為に死したのだ。奴らの死は決して無駄ではない」

 「秩序ある世界?それは、我々が掲げる理念なのですか?」

 「無論だ。コウよ、世界は乱れていると思わんか?

 ホドは欲と栄光に溺れ、ティファレトは美しさと言う世迷い事に狂っている。ケセドの七つの鐘など人類にとって害悪であり混沌の象徴と言っても過言ではない。異獣による脅威が存在しているにも関わらず未だにかつての暮らしに拘る愚者も数多に存在する。

 それらを正す秩序を我々が成すのだ。そして秩序の元人間の安寧たる楽園を創造する、それこそが我々の役目だ」

 ビカースの主張は間違っていない。現実はその通りなのだ。

 「ならば、その信念、目標を兵士には語らぬのですか?」

 「何故語る必要がある?皆、同じ意志の元エターナに集いし者達であろう?」

 否定はしない。しかし、秩序で人の世を成す、その目的は初めて聞いた。

 話せない理由ではない。初めて聞いたがエターナの目指す目的の延長線上だ。何故語らないのか?本当にそう思っているからだろうか?

 「もう下がれ。これ以上無駄な時間を取らせるな」

 「・・・失礼いたします」

 二人は一礼すると部屋を出た。

 「大丈夫か、スミレ」

 「私は平気です。それよりも、私のせいでコウ様が罰せられるなんて」

 「なに、お前は知らないだろうが昔の私は問題児でね。色々と悪事をしては罰せられたものさ。大した事は無いよ」

 「罪の意識を抱く必要はない」コウの気持ちが伝わってきて心がとても軽くなった。

 「むしろ、私の方こそ済まない。私のミスでスミレを罰するような事になってしまって」

 「そのような事は」

 しかし、スミレも違和感を抱き言葉が出なかった。それはコウも同様だ。

 (我々がネツクに赴いたのは赤い星が落ちた都市で最も調査が行いやすいからだ。ケセドは余所者が入り込める都市ではなく、最後の一つは何処に落ちたのか所在が知れない。赤い星がどのような人になったのか判明するまで調査するにはネツクしかなかった。

 リンダが赤い星だと判明し将軍に連絡をした際に、即刻捕えよと命じられた。私は依頼で外に出た時と狙うのが得策だと進言したが聴き入られなかった。故にこの結果を招いてしまった。それとも、如何なる状況であろうとも完璧に任務を果たすのが軍人だと言うのか?

 ・・・そんな理不尽があって堪るか。早急に捕えなければならないような状況ではなかったはずだ。以前の父ならばあのような命令は下さなかったはず。

父の変化、赤い星が関係しているとしか思えん)

 コウは扉の向こうにいる父親が、別人に映っていた。

 「コウ様。私はコウ様にご迷惑をおかけしてしまいました」

 黙ったままのコウから威圧感を感じスミレは頭を下げて謝った。

 「お前が謝る事は何も無い。全ては私の失態だ。それに巻き込んでしまい、私の方こそ済まなかったな」

 自分の圧でスミレを怖がらせていた事に気づき、気を抜いて温和な笑みを浮かべた。

 「・・・コウ様はこれから動けなくなると思います。お調べになるのでしたら、私をお使いください」

 「お前の武器は破壊され修繕には時間が掛かる。それに処罰を受けた後では身体が辛いだろう。無理をする必要は無い」

 「コウ様があそこから私を助けてくれなかったら、今も私はゴミの中で生きていたんです。コウ様の為ならば、私はこの身を捧げ続けます」

 「スミレ。君は人だ。自由だ。どうか、私に縛られず命を大切にしてくれ」

 「全て私の意思です。それに、処罰を受けたぐらいで音を上げていては軍人は務まりませんから」

 気丈な振る舞い、毅然とした面持ち。それが精一杯背伸びをして自分の役に立とうとする気持であるとコウは気付いている。だからこそ、辛い目にあってほしくなかった。だが、それは軍人としての在り方に反する事になる。

 (スミレ、すまない)

 彼女が望めばまた任務に駆り出されるだろう。それを止める権利は自分には無い。他人の意思を束縛したくはない。

 そんな時に傍で支えてあげられない自分が只々許せなかった。


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