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死の間際、勇者は何を望む

作者: 夜長マコト


 体が動かない。


 指一本動かすどころか、浅く息を吸い込むだけで全身が酷く痛む。

 どうにか瞼を持ち上げてみたが、視界に映る灰色の空は遠く霞んでいた。


 はは、どうやらオレの冒険はここでおしまいのようだ。


 立ち上がることは早々に諦めて、強ばった全身から力を抜いた。

 あらゆる場所から流れていく血が固い地面に広がる気配を他人事のように感じる。


「おお勇者よ。死んでしまうとはなさけない」


 死ぬ間際に聴覚が残るという話を聞いたことがある。

 こんな状況だというのに、近くで友人の軽口が聞こえて笑ってしまった。

 鈴のような声は体に染み込んで痛みを和らげるような気がした。


 笑った衝撃で込み上げていた血の塊が口からこぼれ落ちる。

 鉄錆のにおいが口に広がって不快だった。


 無様な死に際だ。

 勇者だと持ち上げられた挙げ句、四天王のひとりと相討ちとは。

 きっとあれは四天王の中でも最弱だったに違いない。


 先の戦闘を思い出して自省していると、灰色だけを映していた目に金色が揺れた。

 天に召されるまでの道が下りてきたようで、友人が覗き込んできたのだと気付くのにかなりの時間を要した。光を纏った髪が風に揺れている、のだろう。


「ねえ。お前は今、悔しい? お前をこんな風にしたやつに復讐したい?」


 天使のような顔をして悪魔のような言葉を口にする友人が尋ねてくる。

 霞んだ視界ではどんな表情をしているのかわからない。


 返事は出来そうにないが、無視をするとむくれる奴だから一応考える。

 元から回らない頭はもっと動きが悪い。


「散々こき使われて、こけにされて、ムカついてない?」


 どうだろう。

 確かに生まれた国も、オレを送り出した王様も、無理難題を押しつけてくる周辺の貴族も、ムカつきはする。

 でも、そのために振り絞る気力はなさそうだ。


 段々、痛みが遠のいていく。

 だからって、体をつつかないでほしい。安眠妨害だ。


「後悔はないわけ? こんな死に方迎えちゃってさあ」


 なんだかオレよりもオレの死に納得出来ない口ぶりだ。

 後悔……、後悔か。後悔なら、あるかもしれない。


「へえ。お前もそんな風に思うんだ。それは、どんなこと?」


 叶えてあげようか。

 顔が見えなくても、いつもみたいに満面の笑みで提案していることはわかる。

 友人は誰かの願いを叶えることが得意で、好きらしい。

 そして膨大な対価を巻き上げていくのだ。対価には何をとられるのかわかったものじゃない。金の時もあれば労働力の時もある。払えないのならば、さらに別のものを要求してくる。まさしく悪魔の所業だ。


 でも、最期に後悔して死ぬのは、嫌だなあ。


 対価を払えるか、わからないけど。

 最期くらい、自分のために願ってもいいだろうか。


「教えてよ。お前の願い。奇跡、起きるかもしれないでしょ」


 オレの、後悔は――。


「……あーあ。勇者よ、それを伝えずに死のうとするなんて、情けない」


 いよいよ薄れていく意識の中、そんな軽口が聞こえた気がした。





「遅い。お前はいつも起きるのが遅い」

「……は?」


 次に目を覚ますと、柔らかそうな頬を膨らませた友人が言った。

 いつも以上にキラキラした眩しい雰囲気を纏っている彼女に、一瞬天に召されたのかと思ったが、天国が昨夜泊まったオンボロの宿と同じ内装なのはいただけない。


 ……まさか、生きている?


 ボロボロのはずの腕を見れば、古傷まで綺麗さっぱりなくなっている。


「にぶちんめ。ボクが奇跡を起こしてあげたんだよ」


 パチンとしなやかな指から音が鳴る。

 すると、村に馴染む着古した服が今まで見たどんな貴族の服よりも美しく滑らかな、天使みたいな友人のために誂えられたような、白く輝く布地に変わった。


 見間違いかと目を擦ってみるが、そこに立っているのは紛れもなく天使だ。


「……常々天使みたいだとは思っていたが、本物だったのか」

「何度も言ってたでしょうが」


 友人は呆れたように頭を振ってから、まあいい、と微笑んだ。

 動き出した心臓が再度止まるくらいの衝撃が走る。隙間風の吹き抜く一室にいるはずなのに、天国にいるような心地だ。


「さあさあ、お前の後悔を晴らすために起こしたんだ。何か言うことは?」

「ありが、」

「違う。そんなありきたりな言葉のためじゃない」


 ビシッと指を突き立てられる。

 後悔を晴らすため。友人はそう言った。まさか。


「そのまさかだよ」


 さあ早く。友人は急かしてくる。


 オレの、後悔。

 晴れたならば死んでしまうのだろうか。その可能性は捨てきれない。


「オレは――」


 それでも、モヤモヤしたまま死ぬのでなければ、もう未練はない。

 友人の光溢れる目を見つめながら、伝えておくべきだった言葉を音に乗せる。


「ふふっ。バカだなあ。お前はこれから一生賭けてボクに対価を払うんだ。死ぬわけないでしょう」


 天使みたいな顔で悪魔みたいなことを言う友人――、いや、恋人に、一体どれだけの対価を払うことになるのだろう。


 なかったはずの未来を思って、オレは笑った。


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