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第10話 自分がわからない魔王!

 アンドレアスはエルフ姉妹を自室へと連れ込んでいた。占領地という事もあるのだろうが、デスクにベット、それから応接の為だろう、テーブルとそれを囲む様に左右に置かれた長いソファーが二つ置かれた。必要最低限の物しかない殺風景な部屋だった。


 ここまで連れて来る道中、多くの者と擦れ違うという難題があった。特にアンドレアスがエルフを連れているという事もあり、多くの者が口を開こうとした。だが、アンドレアスはその全てを鬼の形相で、黙らせるという力技で乗り切っていた。


 誰にも声を掛けられる事無く、部屋へと着いたアンドレアスは考える。さてどうしたものかと? エルフの姉妹は恐怖と絶望からだろう。その表情は暗く、怯えた様子が伺えた。姉妹は身を寄せ合い縮こまっていた。


 まずは傷を治してやろうと考え、アンドレアスは妹の方に声を掛けた。


「こちらに来い、傷を治してやろう」


 声を掛けるが、姉妹は先程までよりも強く身を寄せ合い、警戒心を強め動こうとはしない。


(やれやれ、まあそうだろうな。こうなるとは思っていた。面倒な)


 アンドレアスは心の中でそう呟くと、自ら姉妹へと近づいた。アンドレアスに怯え、後ずさる姉妹。まるでアンドレアスが姉妹を追い詰めているかの様な状況に。


(どうしちまったんだ俺は。幼女のエルフを回復してやろうと考えて事が既に信じられないが、それ以上に追い詰めているかの様なこの状況を、悪いことをしていると感じている事が信じがたい)


 自分の物とは到底思えない感情に振り回され、アンドレアスは疲弊していた。心身共に最強だと自負していたアンドレアスだが、その実、心はそうではなかった。彼は全てが自分の中で完結していた為、強くはあったのだろう。迷ったり疑う事もさらには悩みもなく、その心は揺らぐことがないのだから。その上、強い肉体に恵まれ、我慢や挫折もすることないが故に、その意思は曲がる事無い、その心を最強と言っても良いものだったのかもしれない。


 しかし、その心の中に生まれた新たな感情の前ではあまりに無力だった。新たに生まれた感情で心が揺らぎ、初めて感じる迷いと悩み。それを制御する術をアンドレアスは持ち合わせていないのだから。


 アンドレアスは謎の罪悪感を感じながらもエルフ姉妹を追い詰めた。恐怖から姉妹は寄せ合い目をつぶる。瞳を閉じ震える姉妹にアンドレアスは回復魔法をかけた。掛け終えたアンドレアスは、姉妹から少し離れ、


「終わったぞ」


と終わったことを告げた。


 エルフの姉妹は瞳を開け驚く。先ほどまで傷だらけだった、妹の傷が無くなっていた。何故そんな事をするのかと警戒した様子でアンドレアスを見る。目が合ったアンドレアスは、出来るだけ怖がらせない様に笑みを浮べた。だが、普段から邪悪な笑みしか浮べないアンドレアスだ。浮かべた笑みは当然邪悪なものだった。


 見事に邪悪な笑みを炸裂させ、警戒されるアンドレアス。エルフの姉妹の引きつった表情に。


(気を使ってやってるのに、なんなんだその顔は? 理解できん)


 初めて真剣にエルフの様子を窺うアンドレアス。怯えているのだろうという事は分かる。だが、その心が理解できずに頭を抱えていた。


 アンドレアスはこのまま立ったまま話すなんだと、座る様に手を差し伸べ、ソファーへと誘導するように言う。


「まあ、なんだ。座れ」


 アンドレアスの言葉に姉妹は戸惑い見せるが、指示に従ったがいいと感じたのだろう。姉は妹の手を引き、ソファーへと座る。アンドレアスは姉妹が据わるのを確認すると、その対面のソファーへ掛けた。


「私は名はアンドレアス。お前たちの名は?」


 紳士的な態度で姉妹に尋ねるアンドレアス。妹が答えていいのか分からず姉の顔を見る。姉は少し考え。


「私はエリス。妹がアリスです」


 名を聞いたアンドレアスは安心させる様に言った。


「エリスとアリスか、いい名だ。とりあえず、君たちに危害を加えるつもりは無い事を伝えておこう」


 安心させる様に穏やかな声で笑みを浮べるアンドレアス。


「も、目的は何なんですか?」


 覚悟を決め絞り出されたエリスの言葉。安心する様、笑みを浮べたにも関わらず、返って来た疑いの言葉。だがそれも仕方ないだろう。彼はアンドレアスだ。その浮かべた笑みは悪巧みをする様な邪悪なものだったのだから。


 疑われても笑みを崩さないアンドレアス。そんなアンドレアスだが、実は突然の眩暈に襲われた様な気がした。


(目的だと!? そんなものがあるなら俺が知りたいくらいだ! 一体俺は何しているんだ!? 俺は俺の事が分からないんだ! 俺はどうしちまったんだ……誰か教えてくれッ!)


 表情では分からないものの、その精神は不安定なものだった。顔に出さないのは魔王としてのプライドである。


「まあ、突然言われて信用できないというのは道理だな」


と言い、余裕を見せるアンドレアス。しかし、内心がボロボロなアンドレアスは、


「それで、なぜアルテールに?」


とアホな事を尋ねる。当然、エリスとアリスは魔王軍に連れて来られたのであって、決して自らの意思で来たわけではない。誰のせいかと言えばアンドレアスである。幼いエリスとアリスでさえ、その名前と今までの魔の者たち対応などでアンドレアスが魔王だと気づけないバカではない。


 目の前にいるのは、あの悪名高き魔王アンドレアスなのだ。魔の者たちを力で支配し、人族の領土を侵略し始めた張本人である。既に人族の領土の3分の1を侵略し数多くの死者と捕虜、難民を生み出していた。エリスとアリスも漏れなくその犠牲者だ。だがそんな人族の領土の3分の1を侵略する様な相手に、エリスとアリスがあなたのせいですと言えるはずもなく。何も答えずにジト目でアンドレアスを見る。 


 始めは、なんだその目はと疑問を抱くアンドレアスだが、すぐにハッと気づく。


(アッ! 俺か、俺が原因だったか。不味ったな)


 バカな事を尋ねたと、アンドレアスは俺は魔王なんだ。しっかりしろと弱った自分を励ました。だが、その場に出来た気まずい空気。続く無言に耐えかねたアンドレアスは。


「そうだ! 腹が減ったであろう。そうだ、そうに違いない! 待っておれ、すぐに運ばせよう」


 一人で話し、一人で納得して逃げる様に部屋を後にしたアンドレアス。これこそがある意味ではアンドレアスとって初めての敗走だつたのかもしれない。

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