バカ大学生創一シリーズ番外①~友人の遠野くん~
この話は創一が主人公ではありません。
創一の友人、『遠野くん』の話です。
この度、目出度いことに、この俺に好きな女性ができた。
なにが目出度いのか?
俺は非常に堅物且つ朴念仁で、また、硬派で通っている男だからだ。
勿論それは周囲の評判に過ぎず、それなりに女性には興味がある。現に気の置けない仲間内では『ムッツリガッツリ助平』という、公言は憚られる称号を得ている。
そんな俺故に、生身の女性に恋をするというのは些か敷居が高い──そんなハードルを超えて俺の心を奪う女性が現れたのだ。
これは目出度いことだ。
むしろ目出度い以外のナニモノでもない。
しかしながら、俺は初心者である。
恋愛初心者である。
──君をずっと見ていた。
俺は頭を抱えた。
コレはヤベェ。完全にストーカーではないか。
恋文なるものを書こうとして、カッコつけて書き出した文がこれである。
カッコつけて書き出した文がコレとか、カッコ悪いにも程がある。
俺が恋愛初心者なのは生身の女性であるからなので、『じゃあまずは生身でないとこから』と思い、ラブレターを書いてみたのだが。
(いや、これは仕方ないかもしれない)
俺はラブレターも初心者なのだ。
そもそも手紙自体初心者である。
今まで年賀状くらいしか書いたことなどないから気が付かなかったが、これで己に文才がないのはよく分かった。
こういうとき、どうするべきか。
「……よし、パクろう」
俺はパクることにした。パクりが良くないとかは、ラブレターに関しては適用されない理屈である。ここは思う存分パクるべきだ。何故ならラブレター初心者なのだから。全ての始まりは模倣から……これぞ世界の真理であろう。
だが、流石に彼女の好きなアーティストの曲の歌詞をそのまま持ってくるとかは、避けたい。
非常に安直であり、上手くいくならまだしも下手すると失笑。それどころか怒らせる可能性すらある。
かと言って俺の好きなアーティストの曲の歌詞をそのまま使用するとかは無謀極まりない。
何故なら俺の好きなアーティストは某デスメタルバンドだからだ。
いくら好きだからと言って「俺に跪け、このイベリコ雌豚」などという歌詞をラブレターに引用するとか、狂っているとしか思えない。
大体にして俺は、どちらかというならばM気質なのだ。
その為、軽蔑の眼差しで見られることには吝かではない。ちょっぴりゾクゾクしちゃうとか、そんな気持ちも無きにしも非ず。
しかし、ただ単に引かれた場合はキツい。
『勘違い変態ドS野郎』という類の社会的にもM的にも不名誉なあだ名を付けられてしまうに違いないのだ。
……あれ?それはそれでご褒美なような?
いやいやまだ高校一年生、あと二年ちょっともそれが続くとなると、俺にはまだ敷居の高いプレイであると言える。まだ恋愛的にもM的にも初心者の俺は、まずは好きな人に軽く罵られるところから始めたい。
となると、軽く罵ってくれるような文面がいいのだろうか。
「いや、違うだろ!?」
俺は盛大なノリツッコミと共に、机に額を打ち付ける。
今は己の性癖を追求している訳では無く、ラブレターを書いているはずだ。
しかも歌詞をパクるのは何処に行ったんだ。
「ええい、歌詞をパクるのはやめだ!」
我にかえった俺はスマホを取り出した。
そもそも俺は非常に堅物且つ朴念仁で、また、硬派で通っている男。
と、見られているハズの男……だと思う、多分。
そんな周囲の評判だと思われていたものにも、些か疑問を感じ始めてきたが、とりあえずは信じることにする。
俺のキャラに寄せていくのならば、愛の詩なんて甘いモノに非ず。
俺は俺のキャラらしく、哲学者や高名な著者などのそれっぽい言葉から引用させていただくことにした。
硬派キャラとか言ってっけど、ラブレターを書くためにググる俺の行為は非常に軟派であると言える。真実の俺とは一体何者か……それこそがまさに哲学な気もしないでもないが、そんなことはどうでもいいのである。
俺は『哲学』『名言』『恋愛』でググってみた。
人間の叡智とは素晴らしい。
スマホとGoogleとギガと充電があれば、人類の歩みは容易く俺のモノである。ラリー・ ペイジと、もう一人(名前が思い出せない)、ありがとう。
「……コレだ!」
真面目に恋をする男は、恋人の前では困惑したり拙劣であり、愛嬌もろくにないものである。──カント
硬派っぽい上に可愛らしい男心。
しかも『カント』。超有名。
カントはドイツの哲学者である。
彼の方の出身がドイツだというのは初めて知った俺ですら、名前は知っている。
『哲学=なんか賢いっぽい』……これが馬鹿丸出しのイメージであったとしても、そんなことは些細な問題。
そこら辺の小汚いオッサンが吐いた名言よりも、有名な哲学者のカントが吐いた言葉だという事実は、もっともらしい説得力を持つことは間違いないのだ。ビバ権威主義。
俺はこれを引用し、ラブレターを書くことに決めた。しかし手紙初心者である俺は、再び詰まってしまった。
そう、『他、何を書いたらいいんだ』問題である。
なまじ名言を使っているだけに、他の部分が馬鹿丸出しの訳にはいかないだろう。それにどうせなら『なんて賢い人! 素敵! 抱いて!!』みたいな理知的な文を書きたいものだ。
「…………ハードルが高い!」
自らハードルを上げてしまったのは、青少年の都合のいい妄想からであることは間違いないのだが、その時の俺には最早正常な判断は下せなくなっていた。
何故ならば時刻は深夜二時を回っていたのだ。
ラブレター初心者である俺だが、志半ばにして次に回すことは許されぬ謎の逼迫感に襲われたあげく、無理矢理論文調に整えた(※賢さアピール)手紙を完成させた。
完成した時には空は既に白んでいた。
朝日が眩しい。
しかし、まだ時間がある為少しでも眠ることにした。
──それが良くなかった。
「ふぉおぉぉぉぉ!!!! マジ?! こんな時間!?」
目が覚めたら遅刻ギリギリだった俺は、今朝方書き終えたラブレターを忘れて学校へと走ってしまったのだ。
しかも、机の上に広げた状態で。
もう授業どころではない。
彼女以上に気になる女性ができてしまった。
そう、オカンである。
オカンに見られたら死ねる。精神的に。
学校が終わった俺はダッシュで家に帰った。
睡眠時間は授業中に確保したので万全である。
今の俺はウサイン・ボルトを超え、009の島村ジョーの如く加速装置を発動している。心の中で。
部屋は変わりがなかった。
だが俺は、再び冷静な状態で己の書いたラブレターと対峙し、驚愕し……破り捨てた。
ただただ回りくどいだけの、何が書きたいのか非常にわかりにくい文であった。
「はっ! ウッカリ破り捨ててしまったが、あの手紙の問題点を抽出し、それを参考に新たな手紙を書くべきでは……!?」
そう思った俺は、再び便箋を取り出し、まずは時候の挨拶から始めてみたところで……いよいよ俺にラブレターが向いていないことに気付いて筆を折った。
薄々気付いていたんだが、確信した。
そしてカントは正しかった。
恋人ではないが、彼女(好きな人)の前では困惑したり拙劣であり、愛嬌もろくにない俺は視界に入ることなく、彼女は恋人を作ってしまった。
苦い想い出だ。
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──現在21になった俺は、某大学に通っている。
「遠野くん! 根岸に彼女ができたんだ!!」
「創一……なんで俺にそれを言う?」
「これで仲間内で『年齢=彼女いない歴』は俺らだけだよ?! もっと焦れよ! 俺はこんなにも焦っているのに!!」
大学で仲良くなった創一はアホの子である。
俺もさして頭は良くないが、コイツは性格から馬鹿なのだ。きっとなんの悩みもないに違いない。精々『今日の昼は何を食べるか』とかに違いない。
「焦ったって仕方ないだろ? まず好きな人を作らないとな」
「俺は俺を好いてくれる女子なら好きになれる! 多分!! できれば可愛くて優しくて巨乳なら最高!!」
「理想が高いのか低いのかハッキリしろ」
俺は大学進学にあたり、悩んだ末、文学部にした。
どちらかというと理系の俺が何故文学部に進んだか……それはあのラブレターが原因であるが、それは俺だけの秘密だ。
そして今、もうひとつ秘密がある。
「今日の昼はなんにしようかな……」
やっぱりそう悩む創一を誘い、学食へ向かうと──今日も元気に彼女が働いていた。
学食アルバイト、千家さん。(27)
これが俺の秘密……気になる女性だが、誰にも話していない。
マスクをしているのでほぼ目しか見えないが、切れ長の目に睨まれると堪らない。つい定食の小鉢を長考してしまう。
「早くしなさいよグズ!」と罵られたい。
カントはやっぱり正しく、俺は未だに彼女の前では変な動きをしてしまう。
だが、この気持ちを手紙にしたため、彼女に渡す日が来るかは……今のところ謎でしかない。