あつまれアニマル商事
タイトルは某ゲームとは関係ありません。
「コンコンコン!」
思わず出てしまった鳴き声に、フロアの何人かがこちらを見る。とくに直属の上司である大神さんなんか、そのウルフヘアーが震える程の速度で首を振ってこっちを見てくる。――いかんばれちゃう!
「か、花粉症なんです! 今日ほら、風が強いし……」
思わず上げた声に、すぐ向かいの狐谷くんも、そうそうそうなんですよーとか言いながら相槌打ってるんだけど、動揺したのか、尻尾が椅子からずり落ちてるし、バンダナ巻いてごまかしてる隙間から三角の耳が出始めてるし! ――ステイ! 狐谷くん、ステイ! ばれちゃうから! 私たちが狐だってばれちゃうから!
ここアニマル商事は、私たちの実家……もとい住処の山からほど近い、のんびりとした町にある会社だ。人間に化ける練習を重ねて、そのまま人間社会で暮らす為には、まず社会人としてお金を稼がないといけない。そして仕送りで送ったお金で、いつか住処の山をまるまる買い取るというのが一族の目標である。――先は長いけど。
うちは両親狐だけど、狸山さんところはお父さんが人間だし、鶴羽田さんとこはお爺さんが人間だったりする。みんなして【ばけがく】を研鑽して、こうやって人間社会に溶け込む努力をしている。
でも、なんかいつも視線を感じる気がするのは、なんなんだろう?
掃除人の朝は早い。前日の各フロアのゴミ箱を空にし、そして床には丁寧に掃除機をかける。タイル張りの床は冷たい印象を受けるけれど、何故かやたらと抜け毛が多いこの建物では掃除がしやすく楽である。
そして建物全体の掃除が済むと、給湯室を定期的に見回ることとなる。それが掃除人をしている彼女の楽しみでもある。
何故かって? 給湯室にはゴミだけでなく、こぼれ話も沢山落ちているからだ。
「狐田ちゃんさー。花粉大丈夫?」
コーヒーを入れながら、同僚の兔野さんが聞いてくる。ちょっとギクッとしてロングスカートの中で尻尾が膨らみかけるけど、心の中で平常心と繰り返して落ち着ける。
「この時期辛いですよねぇー。大神さんにもすっごい見られちゃって恥ずかしいですよー」
「てか、大神さん。狐田ちゃんのこと、すっごい優しくしてるよね。ねぇなんか誘われたりしてないの?」
誘われるって、なんだろう。いつも厳しくも丁寧に指導してくれる大神さん。いい人だなぁとか、迷惑かけてないかなぁっていつも思ってるけど、私の前だとピリッと緊張してるんだよね。やっぱり初めての後輩指導って大変なんだろうなぁって思ってる。
「……鈍感……」
「えっ? 猫舌じゃないですよ。このくらいの熱さの方が……」
「コーヒーの話じゃなくって。大神さん、めっちゃ狐田ちゃんに気があるって」
「気? やる気?」
盛大にため息をつかれる。
「まぁ、なんというか最後はやる気だろうけど……ってまだ昼間だから。今日さランチ一緒に行ってきなよ。ここにちょうど良く割引券あるし」
そう言って兔野さんが渡してきたのは、ちょっとお洒落なレストランのランチの割引券。何故かそこにあったとか。そういえば掃除のおばさまと何かアイコンタクトしてたような。――まぁ行ってみたいところだったし、誘ってみようかな。お世話になってるし。
掃除人の楽しいお仕事のうちの一つ、コイバナである。兔野ちゃん情報により、大神さんと狐田さんの仲が程よく進展するように、給湯室にクーポン券を用意してある。狐田さんが去った後に兔野さんと思わずガッツポーズする。しかしそこに言葉はない。目だけでお互いに語るのみである。
【尊いわぁ……】
「あ、あの大神さん……」
「ん、狐田さん何かあった?」
ちょっと犬歯とか尖ってて、背も高いし肩幅の広いし、すごく野性味ある男性って感じでちょっと苦手なのだけど、実は優しいってここ数か月で分かっている上司の大神さん。自慢のウルフへアーがなびいてるのがかっこいい。
「あのこれ!」
「あの通りのお店もう出来てたんだ。それで?」
「ひゃい! ご、ご飯いきませんか!?」
「ひゃい!」
言っちゃったと恥ずかしくなってきたら、大神さんも赤面しておかしな声を上げた。二人して、しばらくひゃいひゃいしてたけど、お昼はご一緒できた。甘いの好きなの知らなかった。パフェちょっとシェアしちゃったし。会社に戻ってきたら兔野さんにすごく満面の笑顔で親指を立てられた。
「あれからどうなったのー。ねぇねぇ狐田ちゃんー」
「どうって、ご飯とか趣味が合うから定期的に出かけてますけど」
少し離れたところで掃除のおばさまが嬉しそうに窓を磨いている。あ、いつもありがとうございます。兔野さんもなんか嬉しそうだ。
「それってデートだよね!」
「いや、ただ一緒にご飯食べに行ったりとかしてるだけで……」
「甘い! 人、それをでぇとと呼ぶ! りぴーとあふたーみー! date!」
いきなりネィティブ発音が出てきた。とりあえず復唱すると満足げに肩を叩いてくる。
「いい、ちゃんと言葉にするのよ、嬉しいとか、楽しいとか、一緒にいたいとか!」
「えっ、あはい」
「というのを今日されましてね、ほんとなんなんでしょうね」
大神さんとイタリアンレストランで夕飯食べながらそんな話をしたら、頭を抱えられた。
「あのね狐田さん。俺は少なくともdateだと思ってるよ」
「発音ネィティブですね」
「たまに海外も行くからね、ってそうじゃなくて!」
「ひゃい!」
すごく改まって私を見つめてくる。あ、なんか強い肉食獣に捕捉された感じある。でも、ちょっと嫌じゃない感じ。自分でもよく分からない。
「デートだと思ってるから。好意があるから」
「私も楽しいですよ?」
「好きだから」
「ひゃい」
お酒のせいじゃなくて顔が真っ赤になるの分かる。尻尾スカートの中で自己主張開始。え、ちょっと今顔見られたくなんですけど、えっとこれなにこれ、この気持ちは……。
「恋してます。お付き合いしてもらえませんか」
大神さん泣きそうになってきてる。ちゃんと答えないと……でも、これちょー恥ずかしい。
「はい、私も……好きです……」
何故か店員さんや他のお客さんから拍手がなされた。ちょー恥ずかしい。尻尾で自分を包みたい。
掃除人の朝は早い。また一つカップルを成立させたとして、社長から労いの言葉をもらう。
「いつもありがとう。この人間社会に紛れる彼ら彼女らも、こうして寄り添う相手がいるというのは精神的に良いと思うんだ」
社長は、その豊かな獅子のたてがみをもふもふとなでる。それを見ながら掃除人は頬袋にナッツと、そして秘密を蓄える。
「結局、人間はほとんどいない会社だけど、程よくみんな社会に紛れてるし、売り上げもいいし、万々歳だね。でもオオカミと狐のカップルは新しいなぁ」
ニコニコしながら社長は今日も掃除人に礼を述べる。そう、これも職務のひとつなのだ。だがそんなことよりも、人の恋路を応援するって楽しい。そう、掃除人は気を抜くと回し車をまわしそうになるのを抑えて、今日も掃除とキューピッドな任務にいそしむのだった。
Twitterの140文字小説から、成長していったらこういう話になりました。