幕間1
「うりゃあああ!!!」
掛け声とともに魔物に強烈な一撃が入る。魔物は断末魔の声を挙げて倒れた。
ここは魔物との戦いの最前線の一つ「東の明け」。魔導大隊の創った防衛陣が破られたため、防衛陣再作成のため、今回はここが主戦場の一つとなった。防衛陣は魔法で作られた壁のことだ。再設置には約二時間ほど必要なうえ、設置可能なのは魔脈がある場所のみだ。魔導大隊を護衛すること、魔脈の地まで敵を寄せ付けないことが今回の俺の任務の一つだ。
今日「東の明け」には、人族最強と言われるキュラがいる。彼女が戦場に立つと、皆の士気が一気に上がる。俺もその一人だ。彼女は人族であるにも関わらず、分け隔てなく真人の俺にも接してくれる。キュラという存在そのものが、すべての戦線を維持させているといっても過言ではないだろう。
コウライ様も前線に現れては莫大な戦果を挙げられるのだが、あの方は同じ真人にも『自分の戦いの邪魔をした』という理由で手を下すことがある。・・・場合によっては作戦そのものや戦線の崩壊すらある。
そういう意味では、あの方は戦線の維持では役に立たない。戦線の拡張(防衛陣の外での戦い)には絶大な力を発揮するのだが、戦闘狂のコウライ様が介入すると、俺たちはもちろんのこと、魔導大隊にすら危険が及ぶ恐れがある。そのため、今回の作戦には不参加だ。
それもあってか、防衛陣設置や防衛での彼女の存在はより大きくなる・・・のだが、今回はキュラの存在をもってしても戦線の維持は難しい状況にあった。
「ぎゃあああ」
「ぐぉ・・・」
そんな悲鳴を挙げて、味方がどんどんやられていく。・・・魔物の数がいつもより多すぎる。どうやら、今回の戦闘で「東の明け」を食い破ろうとしているようだ。
魔人王キースは別の戦線での指揮にあたっている。戦力の分散は正直好ましくないのだが、他の戦場を放っておくとそちらが食い破られる可能性があるとのことなので仕方が無い。
「ふっ!!」
気合を込めてキュラが魔物を両断する。が、その後ろから波のように魔物が押し寄せる。
「吹っ飛べぇぇ!!!」
魔力を込めて押し寄せてきた魔物を吹き飛ばした。俺は今回彼女を護衛する役の一人だ。真人ではあるが、彼女の存在が消えれば戦線の維持どころか、これからの士気にも関わる。前線の者にとってそれだけ、彼女の存在は大きい。だから、なんとしてでも生きて帰す必要がある。これがもう一つの俺の任務だ。
「っ・・・はぁ、はぁ・・・。キュラ様!少し後ろへお下がりください!!」
人族の護衛が彼女へ進言し、『そうです!』と周りの者たち(人族・魔族・真人族関係なく)が同調する。だが、
「皆が戦っているのに私だけ下がるわけにはいかん!!」
そう言って彼女は再び剣をふるい魔物を叩き切る。あらかた俺たちの前の魔物は倒したが、もう十秒もすれば新たな魔物の波が到着する。引くなら今しかないのだが、彼女は『今自分が退けば他の者が危ない』とその意見を一蹴した。
実際その通りだろう。以前彼女が怪我を負ったという誤報が流れただけで、一時戦線が崩壊しかけたことがあった。
さらに言えば、今回は絶対に退けない戦線なのだ。東の明けより後ろには町まで魔脈が一切ない。ここを抜かれると、待つのは町の防壁だけだ。
仲間の命、そして町のヒトの命。これが彼女が危険であるにも関わらず、退こうとしない理由だ。
『こうなれば・・・最悪・・・ここで・・・』
俺は覚悟を決めようとした・・・直後、ドンと音を立てて身の丈四メートルはあろうかという四足歩行の魔物が地面から現れた。
「しまった!」
皆がバランスを崩した。その瞬間、彼女は俺を踏み台にして大きく飛び上がり、その魔物の頭に剣を突き立てた。
「ヴォオオオ!!!!!」
ズンと音を立てて魔物は前脚の片膝を突いたが、まだ生きている。魔物は頭を大きく振ってキュラを頭から落とした。
「くそっ!浅かった!」
キュラの反応速度はさすがだった。だが、二時間近く戦い続けているためか、息が上がってきている。彼女だけでなく、俺も、周りの者もそうだ。疲労がたまっている。限界が近い。
「キュラ様!魔導大隊が前進しています!」
一か八か、危険を承知で魔導大隊が前線付近に出てきていた。これ以上長引くと、防衛陣の構築が難しいと判断してのことだろう。
東の明けの戦線を維持するため、皆が命を懸けていた。
その時だった。右翼側に赤黒い閃光が煌めいた。続いて大きな地響きがおこり、歓声があがる。
赤黒い閃光と皆の歓声。この二つであの方が現れたことが分かった。
「はぁ、はぁ、来て・・・くれたか。」
彼女はホッとしたように額の汗をぬぐった。
「皆!!もうひと踏ん張りだ!!!意地を見せよぉぉぉ!!!!」
キュラもその歓声に負けじと声をあげた。
戦線にはキュラのほかにもう一人、士気を大きく上げる人物がいる。神出鬼没。いつ、なぜ現れるのか全く不明だが、その方が来てくれたようだ。
キィィィンと高い音を立てて、一筋の光が魔物の軍勢めがけて飛んでいく。飛んでいくのは赤黒い光に包まれた一本の矢。そして、その矢は一匹の魔物を貫き、さら奥へ奥へと魔物を貫きながら進んでいく。これだけで縦に数百匹はいるだろう魔物が声も挙げず絶命する。が、それだけではない。矢が引いていた赤黒い光が、貫いた魔物のさらに周りの魔物すら、骨も残さず焼き尽くしていく。魔物の軍勢(約一万ほどだろうか?それともまだ多いかもしれない)が一瞬のうちに消え、「ウオオオオオオ!!」という雄たけびとも歓声ともとれる声が戦場に響き渡る。
続いて二の矢、三の矢と次々に放っては魔物をまるで紙屑のように燃やし、一掃していく。俺たちの前にいた魔物の群れもその余波で遥か後方へと吹き飛んでいった。
四メートルはあるかという巨体の魔物ですらも・・・。
これがキュラと同様、戦線の士気を大きくあげる人物。『弓神』こと『アーゲル』の矢だ。アーゲルは全身に鎧を纏い、必ず四人の部下(?)とともに戦場に現れる。
アーゲルというのは本名ではない。彼もしくは彼女が名乗らないため、弓の神アーゲルから名をとってそう呼ばれている。
アーゲルは戦場に現れるなり数本の矢を放ち、魔物を一掃しては他の四人とともに消える。
四人のうち一人が杖を持っており、消える際に杖がほのかに光るため、四人のうち一人は魔人または真人だろうといわれている。
アーゲルについては魔人と真人の諜報部が探っているという噂がある。人族でも最近アーゲルを探ろうと上層部が部隊を動かしたという噂もある。上層部の連中は正体不明、目的不明のアーゲルに対し危機感を感じているらしい。しかし、俺たち前線組からすればアーゲルは味方だ。理由は簡単。いままでのアーゲルの攻撃で、俺たちヒトは一人も死亡していない。それだけで十分味方と呼ぶ理由になる。
「アーゲル!!アーゲル!!」
戦友たちが次々にアーゲルの名を呼び、アーゲルの活躍をたたえる。さらに一発。超ド級の一矢を放った後、アーゲルはチラリとキュラの方を見たかと思うと、いつものように消えた。最後の一矢の余波が収まり、しばし戦場に静寂が訪れた。キュラは、その静寂とチャンスを見過ごさなかった。
「アーゲルの創ったこの機を逃すなあぁぁ!!怪我を負ったもの、疲弊したものは後方の部隊と交代して戦線を押し上げろ!!防衛陣設置魔導大隊は防衛陣の設置にとりかかれ!!」
「おおおおお!!」
次々と声が上がり、後方の部隊が前線へと上がってくる。怪我を負ったものは傷の浅い者に背負われ、後方へと下がる。これで少し前線を押し上げることが出来る。
通常はまだまだ戦士としての練度が低いためにめったに前線に出ない予備大隊すら応援にきている。俺たち熟練の戦士が疲れただの言っていられる場合ではない。
「ひよっこどもに情けない姿見せるんじゃねえぞ!そして、ひよっこどもを死なせるな!」
前衛大隊の二番隊隊長ラングスが気合の入った掛け声をかける。あのおっさんもそろそろ歳だろうに、などとついニヤリとしてしまう。俺も気合が入るってもんだ。
「ラングスの言う通りだ!皆、予備大隊には頼らないつもりでいくぞ!」
彼女もそう掛け声をかける。全員の士気が一気に上がった。
まだまだひよっこに格好悪いところを見せられるかと。そして前線を維持して町を護るぞと。
それから時間にして十数分の死闘が繰り広げられた。体感だけだとさらに数時間戦ったような疲労感がある。正直かなり疲れた。もう戦いたくないと思うほどだ。
だが、勝った。ボロボロではあるが、無事防衛陣を作成し、そして陣のなかに撤退することが出来た。
犠牲は決して少なくなかったが、これでしばらくは魔物の襲撃を防ぐことが出来る。この間に態勢を立て直し、より戦線を上げる作戦が実行されることだろう。
ただ、ひとまず戦いは終わった。
・・・今日は、これで終わりだ。キュラ様も無事帰還したとの報告が入った。
俺は町に帰ると、勝利の宴もほどほどに共同の家に帰り、ソファーにドカリと倒れこんだ。
「ふぅ・・・。戦線の維持も楽じゃねぇなぁ・・・」
そう独り言ちて、俺は泥のように眠りについた。