英雄
僕とキュラは同じ家に住んでいる。といっても同棲しているというわけではない。今、やっと魔物と互角に戦えるようになってきて住む場所も広がったとはいえ、あくまでも互角になっただけで戦いに勝利しているわけではない。追い返すのがやっとといった状況だ。そのため、キースやコウライなどの特別な者でないと自らの城や家というものは持てない。土地に余裕がないのだ。
それでも魔物との戦いに大きく貢献しているため、僕は家を、キュラは城を持つことができる。だが、僕らはそのような暮らしをしていない。他の人族の人々と同じ家に共同で暮らしている。理由は単純だ。一つ目は今住んでいる家が工房に近いこと。二つ目はこの家には義手や義足を使用している戦闘職の人が多く暮らしているからだ。ここに住むことで自分の義手や義足の感想をすぐに聞くことができ、それをフィードバックしてより良いものを造ることができる。
・・・というのはあくまで建前で、ぶっちゃけるとキュラと一緒に暮らしたいから。二人暮らしでもいいけど、キュラの家族とも仲良くしたいから一緒に暮らしている。
キュラは皆の前では気丈にふるまうが、本来は臆病で少し甘えたがりな性格をしている。ここにはキュラの両親も住んでいるためか、二人でいる時よりもより素がでている。
「たっだいまー!!」
「おかえりなさい」
キュラの挨拶に彼女のお母さんが出てくる。エプロン姿なのをみると、どうやら夕飯を作っているところらしい。この香りから想像するに、今日はカレーである。
「キュラちゃんお帰り!!」
今度は大柄で暑苦しいオッサンが出てくる。彼はキュラの父親だ。おじさんもエプロン姿である。キュラのお父さんはイカツイ顔をしている元軍属だ。ピンクのエプロンをつけて料理をするよりも、戦場で敵を料理する方が得意そうだ。実際二年前までは最前線で戦っていた一人だが、今は後進の育成に努めている。おじさんに鍛えられると若造でも半年で熟練の兵と同じようになるともっぱらの評判だ。その分きついらしいので僕は勘弁だけど・・・。
今日の夕飯当番はキュラの家族だ。ここには現在僕を含めて十四人が暮らしている。
キュラの両親と祖母が二人(父方と母方)、僕、戦闘職の四人に技師家族三人、そしてその見習いが一人だ。
今家にいるのはキュラの両親と・・・
「おっかえりーなさーい!!!!」
小さな塊が突進してきた。技師家族の一人息子『テンガ』だ。歳は九つ。キュラに憧れ戦闘職を目指しているが、両親からもキュラからも反対されている。
正直僕も反対だ。六歳から十五歳までのヒトが通う学校では、毎日勉学とともに戦闘訓練が行われているが、成績は最下位に近い。その一方で、技師の訓練では上位の成績を収めている。一度簡単な義手を造らせてみたが、なかなかのものだった。正直学校を卒業したらすぐ助手にしようと考えている。ご両親からは二つ返事で了承済みだ。
僕は今日も勧誘にいそしむことにした。
「ねえ、テンガ。卒業したら僕を手伝ってくれない?」
「や!!」
速攻で否定である。ことあるごとに勧誘しているが、なかなか折れない。義手作成の手伝いは楽しそうにやってくれるのに、なぜ断るのだろうかと毎回不思議でしょうがない。
「テンガ君。人形技師になりたくない理由でもあるの?」
「・・・だって、ダセーじゃんか・・・」
キュラの質問にテンガはつぶやくような声で答えた。
「もしかして、学校でなにかあったのかな?私でよければ聴くよ?」
キュラが優しく問いかけると、テンガはキュラを見た後、ちらちらとどこか申し訳なさそうに僕を見てくる。
「あっと・・・、そうだった。今日造った義足の最終調整をしないといけないんだった。ごめん、先に自分の部屋に行ってるね」
「え?・・・あ、そういえばそんなこと言ってたね!うん、先に行ってて!」
「おっと、私たちも夕飯の準備の途中だったわね!あなた、戻って準備しないと」
どうやらキュラも、キュラの両親も察してくれたようだ。テンガはキュラにだけにしか話したくなさそうだったので、ここはキュラに任せることにした。
「それで・・・、学校で何かあったの?」
キュラはケージの姿が見えなくなったのを確認して再び尋ねた。テンガは一度振り返り、キュラだけになったのを確認してから小さな声で話し始めた。
簡単にいうと、魔人族と真人族の子達から『直接戦わない技師という職業はかっこ悪い』というようなことを言われたとのことだった。
今、戦場では魔物でも傷をつけにくいナンク鉱石を使った鎧や義手・義足が活躍している。魔法が使えるようになる魔核石を埋め込んだ鎧や義手・義足は作成の難易度が跳ね上がるうえに、高額なためあまり出回っていないが、ナンク鉱石の加工技術は少しずつ広がってきている。このおかげで死傷者が激減しているのだが、問題はこの鉱石に関係しているようだ。
魔人族や真人族にも戦闘以外の職種はある。町に防壁を常に張っているのは戦闘に参加しない魔人族であり、真人族にも職人はいる。だが、急激に成長し、生存率をあげたのは人族の技師だ。
このことが魔人族や真人族は気に食わないらしい。人王が出現しないにも関わらず、人族の活躍が増していることが原因だ。そして、この軋轢が子どもたちの間にも広まっているのだ。
「やっぱり王の存在が必要なのかな・・・」
「・・・王の存在だけで変わるものじゃないと思う・・・」
そう、王が出てきても一度生まれた軋轢はそう簡単には埋まらない。魔人・真人族の考え方はもちろん、人族の考え方も変わらなければ・・・。このことはキュラ自身もわかっているのだが、それでも何とかしたいという気持ちからでた言葉だろう。
ただ、王というものの存在によって、新たな考え方や見方が出てくる可能性はあると思うのだが・・・。
「・・・そもそも王ってどんな存在なのかな?」
「そこなんだよ。結局『人王』っていう定義が良くわからないんだよなぁ」
人族が待ち望んでいる人王。これがなんなのか、誰もわかっていない(そもそも論で言うと、存在するのかすら不明だ)。人族を率いるリーダーと考えるならキュラが人王であることに誰も異論はないだろう。しかし、彼女にはキースやコウライのような特別な力はない。そのため、他の種族からはキュラは人王ではないとされている。
一方で、前線に出ているヒト(種族は関係なく)からは英雄と呼ばれ尊敬されている。彼女は幾度となく種族の垣根を超え、ヒトを救っているからだ。表には出せないだけで、彼女を慕っている魔人や真人も決して少なくない。
「ねえ、ケージって『人形』技師なんだよね?」
「そうだけど・・・それがどうかした?」
「人王って、一人じゃないとダメなのかな?」
「・・・どういう意味?」
「人形に力を貸してもらうの。人族は周りに直接的な影響を与えるものがなるんじゃなくて、複数人のとびぬけた力を持ったものが王なんだってするの!」
「うぅぅん?さすがにキースもコウライも納得しないと思うんだけど・・・」
「あいつらのことなんてどーでもいいのよ。みんなが認めれば!私のことを王だって言う人もいるくらいなんだよ?だったら人王は複数いるってことにすればいいんじゃない?そして、私と協力して戦果をあげれば認めてもらえるでしょ!そこで人形だってバラせば人王には戦闘職と援護職の二つの面があるって説明できるのよ?そうなれば人族の立場も、技師の立場も良くなるわよ」
したり顔で胸を張るキュラ。かなり強引な感じもするが、そう悪くもない気もする。
「そうだね。それやってみよう!戦線復帰は遅れるかもだけど・・・ちょっと明日からいろいろ調べてみるよ」
これからの方針が少し決まったことで、少しだけ気持ちが楽になった。相談ができる人がいるっていうのはいいなぁなんて思いながら、キュラと別れて布団へと入った。
・・・さすがに結婚してもいないのに、両親のいる家で同じベッドに入ることはできない。
「王の話もだけど、結婚の話もしときたいなぁ。でももうちょっと落ち着いてからにしよう。戦いのさなかの結婚話って死亡フラグっぽいし・・・」
そんなことを一人ごちながら瞼をとじると、一気に世界の音が聞こえない世界へと落ちていった。
ちなみに、この時の僕のセリフは翌日、現実のものとなる。