2.5.ベルは王女様②(閑話)
シャルル・ルビリエは17歳ながら機微に聡い人間であり、それでいて頭の回転も速いのだから、ただ真面目なだけが取り柄の王太子よりもずっと王座に相応しいと侍従のセルゲイは思っていた。
しかし当の本人は野心家どころか、どちらかといえば無精者で自由な第2王子の立場に満足していたし、多少のトラブルを人生のスパイスと楽しんでしまう困った性質は国のトップにふさわしくないことも分かっていた。
機微の聡さ故にリヴァベルの宝石を射止め、リヴァベル国に婿入りすることがどれだけの国益をもたらすかも分かっていたし、それを周りがどれだけ望んでいるかも知っていた。
王族としてやらねばならない仕事だが、もしこの試みが成功したならば、もはや自由な第2王子ではいられなくなる。シャルルは自分の自由を奪うかもしれないリヴァベルの宝石の来訪を正直疎ましく思っていた。
(たかだか14歳のガキによくもまぁあんなに群がって…)
少女の顔も見えない程の人だかりに入っていかねばならないことを思うと憂鬱さが増す。宝石だなんだとちやほやされて…恥の一つでもかいてしまえばいいのに と心の中で毒吐くが、視界の端に赤ワイン片手に鬼のような形相で人だかりを睨みつける侯爵令嬢はさすがに看過するわけにいかなかった。
よもや他国の姫君に嫉妬心など下らない理由でワインをかけたりはしないだろうが…いや、トラブルメーカーとして名高いあの令嬢ならやりかねない セルゲイに言いつけ、彼女に見張りをつけさせる。
(外交問題はごめん被るが…これは…何もしなくても自爆するだろうな)
姫君の足元から見えた赤い紐。おそらくは靴の装飾だろうが、本人も周りの人間もまったく気づいていない。自分で踏みつけて転倒すればさぞ大恥になるだろう。
そうだ、恥に震えているところに手を差しのべるのはどうだろう?窮地を救う王子など、夢見がちな14歳の少女が恋に落ちないわけがない。シャルル自身の嗜虐心を満たし、王族としての仕事もこなせて一石二鳥というやつではないか。
迅速にかけつけたと装えるよう、姫君の様子を伺う。今か今かと待っていると、ふと人垣の隙間から姫君が見えた。
見たこともない緑がかった美しい髪色にまず目を奪われ、次に不安を瞳に灯しながらも必死に慣れない外交をこなそうとしている健気な表情を認めた瞬間、シャルルの中に庇護欲…自分には到底持ち合わせていないと思っていた感情が湧き上がった。
気がつけば姫君に声をかけ、連れ出していた。紐を隠すように位置取るのもわすれずに。
ゲストのトラブルに備えて東屋に待機していたベテランメイドに姫君の支度を任せる。支度を終えた彼女は会場に戻ると言い出した。確かに、連れ出した時「話をしたい」と言ったのは靴紐を指摘するための口実だったが…また彼女の瞳に不安を灯させるのかと思うことも、自分との話をする気がなさそうなことも 気に食わなかった。
だからとっさに引き止めてしまったが、王族相手とあってか彼女は萎縮してしまった。そんな顔をさせたかったわけではないのに…
「シャルル様、きちんと言葉にしないと伝わりませんよ?ベル様が今にも緊張で倒れてしまわないか心配で休憩に連れ出したのだと。」
セルゲイの言葉は確かに合っているのだが…そんなシャルルらしくないことを素直に言う性質でもないと知っているくせに。
いや、そもそも打算を捨てて、姫君の失態を予防したことがシャルルらしくなかった。
(セルゲイめ…俺をからかっているつもりか?)
シャルル自身、何故自分らしくないことをしたのかもわからないだけでモヤモヤするのに、セルゲイのからかうような態度が拍車をかける。
「侍従のセルゲイと申します。シャルル様は王族らしくさも高貴なように振舞っていますが、本来そのような性質ではないのでご緊張なさらず。どうぞそこら辺の7つの男児とでもお話なさる気分でいて下さい」
とうとう堂々と馬鹿にされ、衝動のままに反論してしまう。
リヴァベルの宝石という大事な国賓の前でやらかしてしまったと気づいたのはセルゲイに一通り文句を言い返した後、こちらを見つめる真ん丸な瞳を見返した時だった。
「…何じっと見てや……こちらをご覧になられてどうされたんですか?」
棒読みにはなれど後半だけでも取り繕えたのはいっそ上出来だったと思う。
クスリと笑った姫君の笑顔に心がざわつくが、セルゲイまで笑っているのはいただけない。
(まるで俺の方がガキじゃないか…)
姫君はそんなシャルルのことを『絶海のオリヴァ』のようだと言う。
大胆で、勇敢で、そしてどこまでも自由に海と生きるオリヴァに何度憧れただろう…彼のように生きたいと何度願っただろう
(これは国益のためだ……国益のために仕方なく乗ってやっているだけだ…)
決して姫君の笑顔が見たいからなんて理由じゃない
決して一個人として彼女に良く思われたいからじゃない
心の中で理由付けしながら、オリヴァを気取って跪いた。
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「まぁあの宝石なら手に入れてやるのも悪くはねぇな」
就寝前の一時。
セルゲイにベルの印象を問われ、思ったままを答えたのだが
「あなたがその気なのは何よりですが、そうも尊大な態度では先方から断られてしまうかもしれませんよ?」
「あ?あー…リヴァベルは王族だろうと恋愛結婚するとかいうやつか…。恋愛するったって、それこそ姫様にふさわしい相手が俺くらいしかいねーだろ。この国じゃ俺より格上の貴族なんていねぇし、隣国のトパリオ国の上級貴族は姫様にとってジジイか赤ん坊しかいねぇ。第1大陸には貴族が婿を出す文化がそもそもねぇし」
何も焦ることはない。そう告げるシャルルにセルゲイは思わず溜息をついた
「はぁ…リヴァベルでは王族の結婚相手に身分は問われませんよ?」
「は?…嘘だろ?」
恋愛重視だとは分かっていたが、まさか王家に迎える身分を問わないとは、身分制度が厳格なルビリエの常識では考えられない。
「あなたが当初乗る気でなかったのは知っていましたが…ベル様の婿候補は全世界…それこそ隔の国も含めた全ての男性ですよ」
身分が問われないのならば、騎士に家令、俳優から果ては城下で流行りのパン屋の跡取り息子まで 女性が魅力的に思う男性などいくらでも思い当たる。
そう、例えば目の前のこの男。柔らかな桃色のくせ毛に大きな瞳を携えた彼の優しい雰囲気は女性にも人気が高い。
「…セルゲイ…つまりお前も?」
「私が2国の架け橋となるのも悪くありませんね」
「……お前なんてクビだ」
癒されスマイルと名高い笑みでセルゲイが言うものだから、シャルルはそっと毒吐いた。