2.ベルは王女様②
14歳ともなると、王族としてベルも外交の場に駆り出されるようになった。
ここで初めてリヴァベル王国に政略結婚を否定していることに感謝した。世にも珍しいリヴァベルの宝石の価値はベルが思っていた以上で、各国の大使から「ぜひ我が国に訪問を!」と要請されるのは毎度のこと。それに加えて、まるでベルにあてがうかのように各国の王子や上位貴族と交流することが多くなった。みな一様にベルを褒め甘い言葉をかけてくる様子はいっそ滑稽とも思えた。
「ベル様は宝石の名に恥じぬほどお美しいですね」
これはたしか伯爵子息だったろうか…
「ベル様、我が国の歌謡劇はご覧になられましたか?我が領地の自慢の舞台ですのでよろしければ私がご案内を…」
これはたしか…公爵家の次男だったはず
(国賓として恥じない招待客にならなきゃいけない…疲れるなんて言ってはならないわ)
外遊初参戦となる第2大陸、ルビリエ国でのお花見パーティーは特に気疲れした。国家の重鎮と貴公子に囲まれ、令嬢たちの嫉妬混じりの視線を浴びる。いつかは華麗に振る舞えるのかもしれないが、それはまだ初参加の今ではない。緊張感が体中に張り付いて、気を抜けば動けなくなってしまいそうだった。
「お初にお目にかかります。シャルル・ルビリエと申します。もしよろしければ、第2王子の私に暫し貴方とお話するお時間をいただけないでしょうか?」
人垣を割って声をかけてきたのは小麦色の健康的な肌に翠の瞳、長く伸ばした金髪を後ろで束ねた美しい青年だった。
さすがに相手が第2王子とあっては、臣下の貴族たちも引かざる負えないのだろう ベルの周りの人だかりが消えると、シャルルが小さな声で呟いた。
「お気づきでないようでしたが、靴紐が解けて地面についていますよ。あちらにメイドを控えさせてますので移動しましょう。足元に気をつけて」
見れば確かにドレスの裾から、ミュールの編み上げの赤い紐が垂れていた。
(これを踏んで転んでしまったら…とんだ大失態になってしまうところだったわ)
会場端の東屋でメイドに編み上げを直してもらい、シャルル王子にお礼を言って会場に戻ろうとすると「私とお話を、と言ったでしょう」と王子に止められる。
靴紐を直すためだけの方便だと思っていたのだが…
上級貴族との社交が一段落したと思ったら息つくまもなく王子との社交になるなんて…強い緊張感と不安が帰ってくる…
「シャルル様、きちんと言葉にしないと伝わりませんよ?ベル様が今にも緊張で倒れてしまわないか心配で休憩に連れ出したのだと。」
「セルゲイっ…」
柔らかな空気を纏った青年がティーセットを片手にやってきた。桃色の髪が彼の持つ柔らかな雰囲気をより強調しているように思えた。
「侍従のセルゲイと申します。シャルル様は王族らしくさも高貴なように振舞っていますが、本来そのような性質ではないのでご緊張なさらず。どうぞそこら辺の7つの男児とでもお話なさる気分でいて下さい」
「7つの男児ってお前!」
仕える主に対してずいぶんと失礼な物言いだが、半ば反射的に不満を顕にセルゲイに食ってかかるシャルルには、なるほど確かに先ほどまでのような高貴さはない。というか…
「…何じっと見てや……こちらをご覧になられてどうされたんですか?」
後半棒読みながらも言い直す様子にベルもセルゲイも笑ってしまう。
「ごめんなさい…まるで【絶海のオリヴァ】のようだと思って…」
絶海のオリヴァとはルビリエ国発祥の冒険譚であり、主人公の海賊はシャルルと同じく小麦の肌に金の髪、ワイルドな性格をしているものの時として貴族のように振る舞うことが得意な男だった。
「ベル様は海賊の話なんて読まれるんですか?」
「とても好きな話なんです。その…もし失礼でなければ先ほどのように話していただけるとまるでオリヴァと会話できるようで嬉しいのですが…」
これは不敬にあたってしまうだろうか。物語の登場人物と会話したつもりになりたいなんて子供と思われてしまうだろうか。
「お姫様のお望みとあらば喜んで」
ベルに跪いて答えるその様は、王子様らしい気品に溢れるものだったが、物語の中でオリヴァが姫君に跪くシーンを再現したものだとすぐに分かったベルにはもう初外遊の恐ろしい緊張など微塵もなくなっていた。