お肉が食べたいので奴隷を買いました
肉だ。とにかく肉が食べたい。
俺はどんよりとした思いで食卓を見つめる。皿に並ぶのは鮮やかで、色とりどりの野菜たちだ。どこか馴染みの無い色合いのものも含め、すべて野菜で構成された、今日の夕飯である。
俺が住む、このオルフェリアの食生活にはすっかり飽き飽きしていた。なぜならこの町は菜食が中心で、肉というと野菜の添え物程度しか無いからだ。
俺がここに移り住んでまだ一月もたっていないが、なんともうすでに耐えきれない。野菜は確かに、とびきり美味しいのだが、タンパク質不足は否めなかった。しゃきしゃきとした小気味良い食感より、あの柔らかで、どこか固く、歯でかみきると肉汁の溢れる、そう。
肉が食べたい。
というわけで奴隷市場に俺はいる。
活きの良い食用肉がいることを期待して、少し奮発するつもりだ。
オルフェリアの加工肉はほとんどベーコンやらウインナーやら、野菜を主食とするにはうってつけだが肉を主食にするとなると物足りなさの強いものばかりだった。
なら今後、肉が食べたいときにいつでも使える生きた食用肉を求めた方がお得なのである。
幸い、俺には魔法の才能がある。治癒の魔法で使い潰し何度も利用できること前提で、肉自体の食事を制限してやればきっとうまい肉になるだろう。なってもらわなければ困るというものだ。
覚悟を決めて檻の中に目を向ける。ひとつひとつに札があり、食用肉と書かれたものを確認して、実物をしっかりと見る。
ここはやはり、スタンダードな牛にするべきだろうか。あちらの檻のミノタウロスは活きが良さそうだが筋肉質で固そうな肉である。ちらほらと豚や食用エルフもいるが、肉を食べる気ならば牛や食用人、ミナンシェ族が良いときく。
そうなれば結構高値だが、まあ育てること前提であれば問題ないだろう。性別はやはりメスが良いだろうか。だがメスは壊れやすいようだし、きっとうるさいだろうから、長期利用する前提ならオスか。子を持たれても管理が面倒だし。
そうしてじろじろ見聞し、一つの檻の前で足を止めた。説明文には特価!とデカデカと表示されている。
不死者か。
檻の向こうからこちらを見つめているのは、黒い髪の少年だった。そこそこ痩せ細っているものの、へんな筋肉もついていない。肥やすのは早そうである。
多種使用可、人、不死者、スキル持ち。文字は読めず、言葉はわかる。そしてなにより食用肉。
わりと広く用いれそうな奴隷である。
俺はつつ、と目線を下げる。……やはりそれなりに高い。予算の倍ぐらいする。
「おい」
とりあえず会話が成り立つか確認するべきか。食用肉としては会話が成り立たない方が罪悪なしに食べられるそうだが、こいつは会話が可能なせいだろう。不死者の癖に値引きのあとがある。
俺としてはしゃべれようがしゃべれまいがどちらでも良い。
俺は奴隷に目線を写して話しかける。
「……な、に?……何で、しょう、か」
「お前、どこ出身だ」
産地は大事である。少年はおずおずと、アナヤハと答えた。
オルフェリアの南に位置するアナヤハは緑が多く豊かな国だと聞くし、なら奴隷になる以前の食生活も安定していそうだ。
食事制限をするとなると、虫が主食だったりどこか固定の地でしかとれないものしか受け付けない輩だったら困る。
アナヤハは人の国だ。なら大抵は人の食い物で行けるはずだ。
「くそ、いい物件だな……」
予算の二倍。…………予算の、二倍か。
今後肉をこいつでとるとすると、うん、二倍は許容範囲内だろう。
「あー、よし。決めた」
不死者なら脳や心臓も食えるし、と判断して管理人にこいつでと指示をする。鍵を取り出している間に、そう言えばスキル持ちだったと奴隷を【鑑定】してみた。
持ちスキルは【被虐の騎士】【盾の契約】【苦痛耐性無効】【直感】だ。
何かこいつ、前世で悪いことでもしたのだろうか。食用肉としてはなかなか酷な気もするが、俺も高い金を払ってこいつを肉として買うのだ。仕方ない。
そうしてふと確認すると、【盾の契約】が使用されている。このスキルは一人決めたヤツの悪意や攻撃をスキル保持者が代わりに受けるというものだ。特徴としてはスキル保持者が死ぬか契約が切れるまで持続するということ。つまり死ぬまで庇うってヤツである。
そしてこいつは不死者であり、死は訪れないわけだ。確実に守りたいヤツ一人は一生守れるのだから便利なことである。
さて、そんな便利なスキルを誰に使っているかが問題だ。これからこいつの主人、持ち主は俺なのだから、俺に使わせるのも良いだろう。
「管理人、そいつの準備ができるまで、他を見てくる。」
にこにこ顔の管理人は嬉しげにはいよ、と答えた。
奴隷がなにか焦った顔をしているが、無視する。どうやら【直感】で嫌な予感がしているらしい。つまりこいつは自覚をもってスキルを使っているのだ。俄然興味が湧いてきた。
この奴隷市場にいながら、【盾の契約】を使うメリットなんてほとほと無いからだ。
俺はスキル、【集団履歴】を使い、ラインをたどる。
うっすらとしたラインが可視化され、ほそぼそと延びていく。進む先はこの奴隷市場でもっとも大きな広場、要は高級奴隷市場に【盾の契約】の契約者はいるらしかった。
高級奴隷は替えの聞かないワンオフスキル持ちや、種族的に貴重なもの、肉体や精神的に優れたもの、前歴の特殊なものが並ぶ場で、もちろん値段も食用肉に比べれば倍々だ。
その中の一番控えめな檻に、少女がいた。固そうな真っ白な髪に柔らかそうな真っ白な肌。瞳は蝶の羽のような透き通った青で、どこか冷たさを感じる風貌。札には奇跡の少女、と書かれている。
なになに、何をしても傷がつかず、犯されず、触れることすら叶わない、神に愛された……。
どう考えても、この少女が【盾の契約】の契約者だった。
大方、あの少年が惚れたなりなんなり、ということらしい。ふむふむ、と眺める。確かに容姿は優れている。スキル持ちとのことなので、早速【鑑定】してみると。
【破壊者の喜び】【なすりつけ】【加虐者】【鳥籠の持ち主】……と、すごいスキルの並びが目に飛び込んできた。殺意のかたまりみたいなスキル構成だ。
そもそもスキルは保持者の才能に起因する。目覚めやすいスキルは、その者がもともと優れている分野ということだ。この少女はつまり、本来圧倒的な強者側に立っていてはじめて真価を発揮するのだ。
「なぁ、あんた」
勿体ないことこの上ない。この少女は蹂躙される側ではなく、する側の存在だ。それが奴隷に堕ちているとなれば、全く才能の無駄遣いである。
「あっちにいる黒髪の食用肉を知っているか」
俺がそう呟くと、少女は恨みというには腐りすぎている瞳で俺を睨む。きれいな容姿のせいか、その瞳だけ浮き彫りとなって異様さを増している。
「俺、あいつを買ったんだけど」
「死ね」
この世すべての呪詛をばらまくみたいな速攻の死ねだ。
悪くない。
むしろ良い。こういうヤツは好きだ。
肉を買いに来たのに、余計な出費がかさみそうだ。
いや、とりあえず肉は買えたから良いとしよう。金はケチらなきゃあるにはあるし、少年を肉として育てる上でこの少女を脅しに使えば良さそうでもある。まぁ、主人は俺なのだから、いなくても問題ないが。
「あんたも一緒に買ってやる」
「……」
「その代わり、俺に付き合え。お前を育ててやるから、お前のやりたいことをやってみろ。それが見たい」
殺意の高そうな返事がくる前に、管理人を呼んでさっさと購入手続きを済ませた。
それと一緒に先程購入した少年が檻の前まで連れられてやって来る。少年は、少女を見て小さく「あ、」と声を出した。表情が一瞬明るくなり、それからちらりと俺を見たので、いい人っぽくウィンクをしておいた。信頼させて損はないだろ。家畜に話しかけたり、歌を聴かせることで肉がうまくなるらしいし。
「とりあえず、今日からよろしくな」
返事の無い独り言を発して、二人の子どもを連れて帰る。
食用肉用の鎖はタグがついていて、一発でこの奴隷が食用だとわかる。ちなみに少女のつけている戦闘用奴隷の鎖は銀の色だ。お陰で不躾に見てくる視線もない。
良い買い物をした気分で、ジャラジャラと鎖をならすのだった。