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珈琲の香りと共に。  作者: 芦谷虎太郎
1/5

1杯目。

 改札を出て最初に目についたのはケーキ屋だった。白くて明るい外装から、見るからに華やかな印象を受けた。新作の知らせが入口の横に張り出されている。ケーキを買う予定もないし、食べたかったわけではなかったが、私はその店の扉を開けた。ただなんとなく。本当になんとなくだった。扉を開けた瞬間、今までの空気の中にはなかった甘い香りが出迎える。明るい店内に、聞きなれないメロディ、それらが作り出す空間はまるで別世界のようだった。店内を見渡すと、まわりの棚にはマドレーヌやクッキーの入ったプレゼント用のセットが飾られていた。私も何度かもらったことのある物もある。ちょっとした手土産にはよく選ばれるものなのだろう。ショーウィンドーの中には色とりどりの可愛らしいケーキたちが並べられていた。少しだけワクワクする。定番のショートケーキにモンブラン、その他季節限定のものにプリンなど、見ているだけで楽しかった。どんな魔法を使えばこんなにも可愛らしいものが作れるのだそう。自分には到底できない代物だった。私に出来ることと言ったら、この作品にお金を払い、残さず食べることくらいだ。どれくらい悩んだだろう。こうもたくさんの種類が並べられているとすぐには決められない。私の悪いところだ。見れば見るほどあれもこれもとついつい欲張ってしまう。できることならここにある全てのケーキも買って帰りたいくらいだ。こういう性格のことを優柔不断というのだろう。


「すみません。モンブランとかぼちゃのケーキをひとつずつ」

「はい、かしこまりました」


 若い店員がふたつのケーキを手早く箱に詰め、お間違いないですかと見せてくれた。不愛想に返事をして支払いを済ませた。またお待ちしておりますと笑顔で言った店員に、会釈だけ返して店を出る。接客業特有のあの嘘くさい笑顔を、どうも好きになれなかった。あの若い店員もしたくて笑顔でいるわけではないことは重々把握していた。営業スマイルといやつだ。店員も大変だなと、軽く思った。

 帰宅者たちで駅前が賑わう。私と入れ違いにケーキ屋に入っていったスーツ姿の男性は、少し気恥ずかしそうにホールケーキを指さしていた。誰かの誕生日だろうか、それとも今流行りのスイーツ男子というやつだろうか。ホールケーキをひとりで食べるというのなら、讃えるほどの勇者だ。

 改めて今手に入れた箱を眺める。店にいるときのようなワクワク感は、すでに消えてしまっていた。店に入る前よりも、外の空気は少しだけ冷たかった。

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