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慌ただしいリズムで硬質な足音が近づいてくる……! にっ、逃げないと……でも恐怖心で足がうまく動かない、というか足音を立てたくない、急ぐに急げない、バレてるのか追ってきてるのかわからない、音を立てたら本当に追ってくるかもしれないっ……?
「あっ、棈木さんっ?」
動かず上を見ている、なにが来るのか見たいんだろうけど……!
「行きましょうっ……ぜったいやばいですよっ……」
「……見えないな? 足音は聞こえるが……」
「行きましょうって……!」
ああもう、せっついてようやく動きだした、見える範疇にいたらやばいだろ、向こうからもこっちが見えるってことなんだから……!
シイナさんやウサチンは少し先んじている、
おれたちはあとを追いかける、
くそっ、勢いあまって転ぶなよおれ……!
なるべく急いで、慎重に下りてくだって、
……でも、いったいどこまで?
このまま……下り続けてもいいのか?
いったいどこまで続いてる……?
「ちょっ、ちょっと待った……!」
もうずいぶん下りた気がする、いったん確認しないと、ほんとうに追って来てるのかもわからないし……!
みないったん足を止めた……が、どうだ?
「……ウサチンどう? こっちへ来てる?」
「ウーン……遠くの足音は聞こえるけど……来てはない、と思う」
よかった、まいたのか、そもそもおれたちを追跡してるわけじゃなかったのか……。
でも新たな問題が発生した、おれたちは、勢いのままに階段をけっこう下ってしまった、ということだ……。
「……ここ、何階だろう? もしかして地下だったり……」
みんなは顔を見合わせる。
そう、階層表記がないとこういうことが起こるんだ。裏を返せば、やはりこの階段は普段使いするものじゃないってことになる。
「地下には……」シイナさんだ「映画館やジムとかあったと思うけど……」
映画館……上手くいけば人通りの多いところへ出られそうだが……。
「ともかく」ウサチンだ「そろそろこの階段から出ようよ、次のドアからでもさ」
そうだな、それがいいだろう。
……そうは思うけど……?
あれっ……?
こんなときに限ってドアが見当たらないな……。
「なくない?」シイナさんだ「急にドア、なくなっちゃった」
かといって上には戻りたくない……し、水は低きに流れるってやつなのか、次のドアを探せばこそ、また階段を下りていってしまう……。
まずいな、もうかなり下ってるぞ、このままじゃ……。
「あっ?」
あっ? なに、どうした?
シイナさんとウサチン、立ち止まってる、その先は……。
「ええっ?」
なにっ? そんなバカな、なぜ……!
……なぜっ、土の地面がっ……?
「竣工が」棈木さんだ「終わって、いない……?」
そう、そうだ、どうして終わってないんだ?
土ってことはここはまだ掘ってる途中? だとしたら排土が邪魔になるだろ、上に建てた後じゃ効率が悪すぎる……!
「まだ、道が続いているな……どうする?」
ど、どうするだって? まさか、まだ行く気か?
「いや、さすがにこれ以上は……」
「ああ、危険ではあるね」
崩れて生き埋めになる可能性もゼロじゃない……。
「なのでここからは僕だけだ。ちょっとだけ見てくるよ」
ええ……?
まじでいってんのこの人?
「わ、私も行きたい!」シイナさんだっ?「この先、すごいものがありそうな気がする……!」
いやいやまてまて、好奇心旺盛にもほどがあるだろ!
「むしろなにもないんじゃ? つくってる最中なんだろうし」
理屈の上ではむしろそうじゃないか。
そもそも最中ってのがおかしいけど……。
「なんか……この先」ウサチンだ?「スゲー、音が、ヘン……」
……ヘンってなんだ? もう変なことばかりだが……。
「まあまあ」棈木さんだ「危ないかもしれないから、ともかく僕が先に様子を見てくるよ。もし大丈夫そうだったらみんなで行ってみよう」
「ええー? ずっるーい!」
「君らは動くなよ」
ああ、さっさと先へ行ってしまった……が? ものの数分で戻ってきた。
やっぱりなんにもなかったか?
「……どうでした?」
いちおう聞いてみたけど……棈木さんの顔色はすぐれない……?
「……どっ、どうしたんですか?」
棈木さんはうなり、
「……が、あった」
「はい?」
「あながあった……」
あなが、穴があった? そりゃあ掘ってるんだからあるだろうけど……。
「信じられないくらい大きな穴だ……。底も見えないほどの……」
大きな……?
「そ、それってどのくらい……?」
棈木さんは踵を返し、手招きするが……。
ああ、こうなったら行くしかない、行ってみよう……。
「ほおー」シイナさんは頭上を見回す「崩落はなさそう?」
ああ……まあ、骨組みと網でしっかりと補強、防護されているな、落盤などの危険はあまりなさそうだ。それに簡易だけど照明も設置されている。
「待った……」棈木さんが手を出してくる「いいか、僕より前に出ちゃいけないよ。絶対にだ」
それで、この先に穴があるって……?
ああ、奥にひときわ明るく照らされてる一帯があるようだ、注意を喚起する派手な看板がロープで吊るされてるな。
「慎重に動くんだよ、命にかかわるから」
だから大きな穴があるんだろ? それはわかって……。
わかって……?
「ううっ……おおおっ……?」
……ああっ、穴がある……!
ある、あるが……!
でかい……! あまりにも……!
直径にして……100メートルすらゆうに超えているぞっ……?
バカな、こんな……!
「こ、こんな……! ありえない……!」
ありえない、ありえるはずがない、あってはならない……!
「ヤバヤバヤバ……!」
ウサチンが数歩、あとずさる……!
「なんだこの音……!」
「お、奥に足場あるよ、降りられるかも……?」
シイナさん、先へと進もうとして棈木さんに止められる……!
「駄目だ、あれは掘られたものじゃない、これ以上は近づくな」
もちろんそうだ、わざわざこんな穴を掘る意味がわからない……!
「しかしなんだこれは? 建設中に発見されたのか? これほど巨大なプロジェクトだ、中止はできなかった……?」
……そ、そんなことが?
いや……おかしい気がする……。
おれにはもちろん、専門知識があるわけじゃないが……。
「……ボ、ボーリングによる地盤調査だけでは発見できなかったとしても……これほど大質量の建造物を建てるんですよ……空洞の有無を確認するため、超音波などをも駆使して調べるのが普通、だと思います……」
棈木さんはおれを見やり、
「そう、そうだね、たしかにそう……。でも、そうなると……」
知っていて建てたことになる……。
「えっ、そんなこと、あるの?」シイナさんだ「こんなにでっかい穴があるところに?」
「用途はある」棈木さんは穴をにらむ「……例えば、ごみ捨てのためとか……」
ごみ、だって……?
「え、え? なぜそうなるんです?」
「シティには最新型の浄水システムがあると聞く。地下水はもちろん、雨水、川の水、大気からも水分を効率よく抽出できるらしい。つまり、地方公共団体や同種の企業を通さず、完全に独立して水源を確保することができるんだ」
へえ……? そ、そうなのか……。
「君たちは水道代をどこに払ってるか知ってるかい? 支払い方法は口座からの引き落とし?」
「え、ええ……」
公共料金はたしか……シティなんとかっていう会社に一括して支払う形になってたと思う……。母さんが料金プランを見て「安いねぇ!」って驚いてたな……。
「独自の発電システムもあるそうでね、なかでも羽吹テクノロジーの最新技術で、圧力をかけると電流が生じる塗料があるらしいんだけど、それがここで採用されているって噂だ」
と、塗料で発電……?
「もちろんそれだけでは大したものじゃないだろうけど……噂によれば……」
な、なんです……?
「……いや、それにね、シティマネーって知ってるかい?」
シティマネー……?
「シティ内に限り使用できる貨幣みたいなものだよ」
そんなものが……?
「あったっけ……?」
シイナさんは首をかしげる……。
ウサチンは……いつの間にか、遠くにいる?
耳を、押さえている……。
「さっきの質問に答えよう。ごみ捨てのためといったのはこの大穴がごみ処理場として都合がいいからだが、なんのための都合かといえばこのシティを独立した社会にするためだ」
独立した、社会……。
そ、それはそれですごいけど……?
「戻ろう」唐突に、棈木さんは道を戻っていく「大収穫だ、これはとんでもないプロジェクトかもしれない」
「えっ、ちょっと……!」
戻るのはいいけど、いったいなんの話だったんだ……?
それにウサチンだ、様子が変だぞ?
「……ウサチン、大丈夫?」
「ウウ、スゲー……キモチワルイオト……」
音が、気持ち悪い?
まあ、かすかに……地鳴りみたいな音は聞こえるけど……。
「と、とにかく行こう」
「ウゥ……」
気分が悪そうなウサチンの背中を押して階段を上る上る、とにかくドアを見つけてここじゃない場所に出ないとならない。
……でも、さっきのこともあってか上るのは怖いな、怪しい足音なんかは聞こえてこないけど……。
「あったぞ、こっちだ」
……ああ、ようやくか、けっこう上ったな、疲れちゃったよ……。みんなも息が荒い、ほんとずいぶんと下ってしまってたんだな……。
踊り場にはドアが、棈木さんはその先を覗き込む。
「……大丈夫だ、いける」
通路の先にもまたドアがある。そういえばあれも開くものなのか……って、なんだっ? 音楽、また鳴り始めたっ……?
「これは」シイナさんだ「『Madeon / The City』だ……」
また洋楽か……ポップな曲調のせいか、驚いたものの恐怖心はさほどわいてこないな。
「わざと泳がせたのかもね」ふと、棈木さんがそういった「さあ、いこう」
眼前のドアはたやすく開く。その先は金属とコンクリートの寒々とした空間だ、中央に大型のエレベーター、周囲には工事に使いそうな用具や機械などが置いてある。
このエレベーター、勝手に使っていいものには思えないがいまさらか。さっさと1階へのボタンを押してしまった棈木さんをとがめる声はない。
「さて、ちゃんと着くかな?」
棈木さんが不吉なことをいう。エレベーターは順調に上へと向かってるらしいけど、この先も変な場所なら……なんかもう、諦めだな……。
……さあ、着いたらしいぞ、鬼が出るか蛇が出るか……!
「ここは……!」
……なんか乗る前と似た部屋だな? ここにもたくさんの用具があるぞ、台車やら三角コーンやら、ようは物置か。
まあ作業エレベーターのようだしここまではいい。問題はあの金属ドアの先だ……っと、シイナさんが先んじて開いた。
「おおー! 戻ってきたー!」
……ああ、よかった。みなに続いて出ると……ここは玄関ホール間を繋ぐ通路らしい、少し先にたくさんの人影が見える!
「オオ……」ウサチンだ「戻ってこれたか……」
「ああ……なんとかね……。気分はどう?」
「もう大丈夫、カモ」
しかし実際、けっこうな冒険だったな……。
なんかどっと疲れてきた……。
「とりあえず、出ようか」
棈木さんがさっさと歩いていく、でもまた外へ?
引っ越し騒ぎの人混みをかき分けて出ると……ああ、風が気持ちいいな……!
「ところで時任君、気づいたかい? おそらくあの穴は……」
えっ……あの大穴……?
棈木さんはじっと駐車場の方を見ているが……。
「まさか……?」
「そうだと思う。あの穴はたぶん、駐車場の真下にあるんじゃないかな」
まじか? そんな……。
「陥没したら」ウサチンだ「とんでもないことになる、カモ……」
「だから立体じゃないのかな?」シイナさんだ「万が一のとき全滅するもんね」
全滅……いや、たしかそうだ。リスクの分散という意味なら平面的に使用した方がいい……いいが、
「そもそもなんでそんなリスクを? ごみ捨て場説が正しくてもあまりに……」
「そうだよね」シイナさんだ「人命に関わる大問題だと思うんだけど。世間に知れたら大騒ぎだよ」
「他言しないようにね」棈木さんだ?「これは4人だけの秘密にしよう」
え、いや、しかし……。
「でも、もし……」
「理屈に合わない。どうして僕たちは呼ばれたんだろう?」
どうして……か。
たしかにそうだ、おれたちはたぶん、招かれた。あの音楽も、謎の二足歩行に追い立てられて穴を見つけたのもおそらく偶然じゃない。
「不思議と敵意はさ、感じないんだよね」棈木さんだ「そう、シティとの関係を壊したくないんだ。みんなはどう思う?」
どうだろう、どうなのか……。
シティとの、この巨大建造物との関係……。
「まあ、この件はおいおい話そう。さて行こうか」
行く……?
「あの、どこへ……?」
「行きたいんじゃないの? あの喫茶店」
ああ……。
なんかそういう話あったね……。