STaIrs
「よし、入ろうか……」
棈木さんが一歩、踏み出したが……。
「あの、本当に行くんですか?」
「もちろん! ここまで来たんだしね!」
まあ、鍵がかかってないし立ち入り禁止とも書いてない……ようだしな、問題は大きくないはずだけど……って、肩を叩かれる!
「こうなったら行くしかないよ、トキトークン!」
シイナさんだ、まあいまさら臆しててもしょうがないか……よし、行ってみよう……!
ドアの先の通路は10メートルほど続いてるな、それでその先は……右へと曲がってるらしい。なんだか自然と忍び足になるが……棈木さんが右折して姿を消した、少し急ぐか……。
「……おっ?」
通路を曲がった先に、エレベーター? すでに棈木さんがボタンを押している、ドアが開く……!
「へえ? 中間階にとまるのか」
なんだって? 操作パネルを見ると本当だ、各階の前にMがついてるな。
「どうしようか? とりあえずすぐ下にでも降りてみる?」
「そう……しましょうか」
みなでエレベーターで下へ……降りるが、中間階とは、いったいどんな場所に続いてるんだ? ドアが開く……。
「……うっ!」
なんだっ? ひらけた部屋に出たがあれは、あれらは……!
「サービス、ポール……!」
円柱状のロボットが……充電スタンド? のような機械に収まり、じっと並んでいる……。たくさんあるぞ、20台はあるな。
「どうにもサービスポールの基地みたいだね」
というかここも妙に薄暗いな、緑色のランプが各所で点々と光っている様子も……なんだか不気味だ、なにより勝手に入っていい場所にも思えない……。
「本当に、入ってよかったんでしょうか……?」
「まあ、いまさらだね」
棈木さんはあんまり意に介してない感じだが……。
「……どう思う?」
「ヤバイ」ウサチンだ「ダメなカンジ」
「えっ」シイナさんはのけぞる「いまいうのそれ?」
「まあ、戻った方が……」
……って、なにっ?
なんだっ?
どうした急にっ、音楽が……流れ始めたっ?
誰かのスマホ? いや違う、これは着信音とかじゃない、通路全体に響いてるぞっ……!
「あっ! エレベー……」
シイナさんが言い切らないうちにエレベーターが……上階へと消えていった……。
いや、ということは……!
「ヤバイ、誰かくるカモ」
……ってことだよなっ? 上で誰か動かしたんだ、もしかしたらなんらかの異変を察知して侵入者、ここではおれたちだ、探しにきたっ?
「これは……〝Nazareth / Love Hurts〟だ……」
棈木さんはひとりごちている、でもいまは動かないと! 見つかったらよくないことになるかもしれないぞ……!
いや、でもすでに監視カメラに映ってるか? 下手にあがくより素直に事情を説明した方がいい?
「こっちこっち……! 隠れないと……!」
シイナさんが奥の方で手まねきしている、でもここは……。
「行こう」
棈木さんだ、まじか、みんな奥へと進んでいく……!
「いえっ、待ってください、ここは深入りしないで事情を説明した方が……」
「でも、ここに来るまでに立入禁止の表記はなかった。いまなら一応の言い訳は成り立つんだよ。勘違いしたまま突き進めるのはもうこのタイミングしかないんだ」
ええっ……? わかって強行しようっていうのかっ?
「でっ、でも! この音楽とか……」
どう考えてもおかしくないかっ?
「はやくみんなー……!」シイナさんは飛び跳ねる「こっちこっち!」
「ほら、行こう!」
ああ、やはり二人はあえて進むつもりだ……!
ウサチンは? ため息をついている……。
「ああなったらとめられんのよ……」
「でも、やばくないかっ? なんだよこの音楽っ?」
「ヤバイですのぅ……」
ウサチンは諦めたかのようにとぼとぼ歩いていく、ああくそ、おれだけ戻るなんてこともできないし……!
「はやーく……! トキトークン……!」
ええい、くそっ、行くしかないかよ……!
追いつくとシイナさんはにんまりする……。
「大丈夫、もし管理の人とか追ってきても事情を話せばわかってくれるよ!」
いやいや、もはやそういう問題じゃないだろっ? おかしいじゃないか、なんでこんな急に洋楽が流れるんだよ? そう、警報とかの方がよほどマシじゃないかっ……?
あきらかに不気味だ、でもシイナさんと棈木さんは好奇心が勝ってしまったらしい、薄暗い通路をどんどん先へと進んでいく……!
「これは……」
通路の先はまた大部屋だ、パイプや操作盤が並ぶ……ここは機械室だな、こんなところへ入ってしまっていい……わけもないよな、音楽はいつの間にか止まっている……。
……というか、誰かが駆けつけてくる気配はない、らしい……? 正直さっさと誰かが来て止めてほしいくらいなんだけど……。
いろんな機械が脈動を続けてる……けど、ひと気もないようだ。けっこう道が入り組んでるし、ちゃんと来た道を戻れるのか……?
「……あまりこんなところをうろつくのは……。誰も追ってこないようだし、いまのうちに戻った方が……」
「あっ、あれ……!」
シイナさんだ、ひしめくパイプの間にある出口? を指さしている。ドアが開きっぱなしになってるな、その先は明るそうだ?
「いや、あの……」
響く機械音のせいで聞こえてないのか、みんなどんどん先へと行っちゃうな、戻るならいまのうちだと思うんだけど……。
それにあのドアの先、機械室の奥にはいったいなにが……っと? なんだ?
出るとここは……階段の、踊り場だ? 上下に階段がのびている……。
「ここって……」シイナさんだ「非常階段?」
ああ……たしかに、上下にずっと階段が続いてるな。
そうかもしれない……よかった、ここから各階に戻れるか。
「たしかに……」棈木さんは頷く「なるほどなぁ、こういう構造になってるのか」
下手に戻って人とばったりなんてのも嫌だし、ちょうどよかったのかもしれないな。
「じゃ、行こうぜ」ウサチンがいち早く降りていく「見つからんうちにさ」
そうだな、さっさと降りよう……とは思うけど、どうにも気になるな。あそこの機械室……なんでドアが開けっぱなしだったんだ? 閉め忘れにしたって不用心すぎないか?
「トキトークン、どうしたの?」シイナさんが振り返る「ほら下にドアがあるよ」
……ああ、下の踊り場にドアが見える。なるほど、あそこから居住フロアの方へ出られるんだろうな。
「あ、開く開く」シイナさんはドアの先をのぞく「通路があるよ、あのドアの先がフロアなんじゃないかな」
見ると、たしかに普通の通路がまっすぐのびてるな。突き当たりに両開きのドアがある。
「まあ、そうだろうな……」うん? 棈木さんがため息をついた「けっきょくなんてことなかったろ? そんなもんさ……」
ええ……なんにもなかったことにガッカリしたの?
そこはほっとするところだろうに……。
「でもちょっとはドキドキを楽しめたんじゃないかい? とくに時任くんはさ」
それは……そうですけどねぇ……!
はあ、まったくこの人は……。
「ええ……ええ! 正直びびってましたよ……!」
棈木さんは笑い、
「ははは、想像力がそうさせるんだよ。一見して異様に思えても裏では単なる業務が行なわれているだけなんてザラさ。でも想像力が活発なうちはミステリーを楽しめる。だからこういう冒険はやめられないんだよね」
うーん、この人も変わってるなぁ……。
……でも、変わってるといえば……。
あの音楽の謎はまだ解けてない……。
「じゃあ、このまま降りましょうか」シイナさんだ「ここの向かいにある喫茶店らしきもの……気になりません?」
うん? 棈木さん、こんどは苦笑いだ。
「あ、ああ……まあ、いい店だとは思うよ……」
「えっ、知ってるんですか? じゃあ行ってみましょう!」
三人はわいわいと階段を降りていく……ので、あとに続くが……。
でも……なんだろう? なにか、おかしくないか?
音楽のことだけじゃない、なにかが……。
「どしたー?」ウサチンだ「さっさとズラかるぜー?」
「ああ、うん……」
……うん?
いや、待て、やっぱり変だぞ……?
戻ってたしかめよう、踊り場のドアだ!
「やっぱり……!」
……思ったとおりだ、そこにはシンプルな真っ白いドアだけがある。
それだけが、ある……。
おかしい、おかしいだろ? あれが住居フロアへと続くドアなら、いや、そもそもここが非常階段ならだ、階層を示す数字の表記がないとならないだろ、もともとは8階にいたんだから、あそこには7階とかって示すなにかがないと……。
いや、もっと下か? 下の踊り場にはあるか?
「ど、どうしたのトキトークン?」
シイナさんたちを追い越す、いくつか踊り場を通りすぎる。
「ちょっとちょっと、どうしたのっ?」
だが、やはり、やはりだ……! どこにも7階という文字は見当たらない……!
「どうしたんだい?」棈木さんが追いついてきた「そんなに焦らなくても」
いや、やばい気がするぞ……。
「……おかしいんです」
「おかしい?」
「階層表記がない……」
その言葉で棈木さんの表情が変わる。
「そんな? ……いや、たしかに、見なかったような?」
「なーに、どうしたのトキトークン?」
シイナさんとウサチンも追いついてきた。
「この辺りのドアには階層を示す表記がないんだ。おれたちはいま何階にいる?」
「……えっ?」シイナさんは首をかしげる「……それって、重要なこと?」
「もちろんだ」棈木さんだ「いま何階にいるのかわからないなんてよくないよ、災害時にはとくに、これほどの規模の建造物では……」
ウサチンは辺りを見回す。
「じゃあ、この階段って……?」
……そういうことになるよな。
階段は、どこまでも続いている……。
「えっと……」シイナさんだ「どうしよう……?」
「どうって……」そこにドアがあるしな「いったん出てたしかめないと」
「そうしてみる……?」
「ちょっと、待った……!」
ウサチンが口元に指を立てている、なんだ、どうしたんだ?
足音が聞こえるとか……?
じっと耳を済ますと、たしかに聞こえてくる……。
上の方から、さっきの音楽が……。
「あれって……」ウサチンは小声になる「……なに?」
「す、好きなんじゃない……?」シイナさんだ「整備士さんとかが……」
「でも、誰もいなかったじゃん……」
「たまたま離れてただけとか……いたけどお互いに見えなかったとか……」
「ウーン……」ウサチンは腕を組んでうなる「そうだとイイナ……」
……でも、個人的に音楽を楽しむならイヤホンとか持ち込みのオーディオ機器とか……そういうので聞くよな?
でもあの音楽はたぶん、室内備えつけのスピーカーから聞こえていた……。
「と、とにかく」シイナさんはドアの前に立つ「いったんここから出てみようか?」
「あれ?」ウサチンだ「なんか音が……」
シイナさんが近場のドアを開けてのぞく……が、すぐに閉める。
「ど、どうしたの?」
シイナさんが……変な笑顔を浮かべた?
「……なんかくる」
……なんかくる?
なんか……来るって?
「なんかって……?」
「なんか来てるぅうう……!」
ななっ、なんかってなんだよっ?
ウサチンがソデを引っ張ってくる、なんかってなんだ、勢いのまま階段を降りる、みんなして跳ぶように降りていくっ……!
降りておりて……! なんかってなんだっ? どこまで降りる、いや続くんだこの階段はっ……?
「まった、みんな待つんだっ……!」
ああ、棈木さんが……制止を、促す……!
はああ……どれだけ降りた、どこまで降りたんだ……?
「……静かに」
おれたちは、一転して沈黙をつづける……。
頭上をうかがう……が、なんの音も、聞こえない……。
痛いほどの静寂……。
遠くからまた、あの曲が聞こえてくる気がする……。
「どうやら」棈木さんだ「まいたようだね……」
ああ、逃げきった? か……。
いや、というか、
「シイナさん……」これは聞いとかないと「なんかって、なに……?」
シイナさんは肩をすくめて「わかんない……!」
「わかんないってなんだよ……!」ウサチンだ「わかるように説明しろ……!」
「二足歩行だったぁ……」
なんだその言い回し……? 二足歩行って、暗に人間じゃないっていってるように聞こえるぞ……!
「……ヤバイ」ウサチンだ、なにがっ?「マタ足音が聞こえるヨンッ……」
ウサチン、押すおすおれの背中を押してくるっ……!
「ちょっ、ちょっと……!」
そのときドアが開いた、ような音っ……?
上だ、上から……!
聞こえる、足音、硬質、違うっ? 人のリズムじゃないっ……?
降りてくるぞっ……!