霊感男のキラキラ信仰
学生の頃付き合っていた人で印象深い人物が数名いる。霊感男と種馬男あたりが披露するのに向いている奴らだ。今回は霊感男の話をしてみたい。
霊感男と出会ったのは大学三回生あたりの冬であった。禁煙運動が激しくなり始めた頃で二時間三時間通学する間の灰皿ポイントが主要駅くらいに限られ、私は毎日大阪梅田の喫煙所に通っていた。阪急とJRの連絡通路下のそこはビル風が吹きすさびライターの火が点きにくい。周りのオジサン連中と同じく火が点かない私はそこで着火に成功した男にターボライターを貸してくれと頼んだ。後の霊感男である。火を借りたことをきっかけに軽く話をすれば話のうまい人物だとわかったので次に会ったらどこかで座って話をしようと感じよく別れ、一月もしないうちに天王寺で再会した。運命とかそういう感じではなく相談相手のような形で交流を踏まえて。というか種馬男の酷さを話して親密になり交際が始まる。助けてくれよ、出来るだろ話術のうまさでーと泣きついた記憶があるかもしれない。
そんな霊感男の住まいは私の通う大学近くだったので私は家にあげてくれと頼んだ。二十歳そこそこでも出不精だった私はデートだからとウロウロしたくなかったので。最初は断られていたのだが繰り返してみると霊感男の家には同居人が二人いるという。一人はなんかキラキラした仕事をしている男で、もう一人はその男が上げた女性。男二人でルームシェアをはじめる時、霊感男の引越一週間ほどのタイムラグでそんなことになっていた。キラキラ男は国内国外問わず出張するので家賃やらの半額をもらうのに気が引けていたが、二人で一人分使ってくれるのでまぁいいかとこの体制になったらしい。同居人の彼女なら気にしないで良いかと言うと彼女じゃないし自分も関係をもったことがあるとか言い出す。面倒くさくなった私はもう二度と手を出さずキラキラには一生黙っとくようにといって無事出入りをするようになる。当時の私は黙っていれば問題なしとちょっとラリっていたのだ。
霊感男の仕事は夜のお仕事でおっぱいを出すお店の黒服さんだ。あまり私は気にしない。夜のお仕事というのは何故か幽霊話というのが話の引き出しとして存在しているらしく霊感男もモチネタを常に幾つも持っていた。非常階段に出る軍靴の足とか無数の手が追いかけてくるトンネルとか。オチも構成もうまいので結構ねだって聞いていたが、同居人のキラキラ男がでてくる話が幾つかあった。
同居人のキラキラは会社経営もしているらしく部下に坊主の息子がいる。その関係で霊感男はキラキラと一緒に坊主に会いにいったらしい。坊主はキラキラを見てすごく守られている一生幽霊みないと言い、霊感男には不幸になりたくなければキラキラから離れるなと滅茶苦茶念押しした。その後話をしてみると、キラキラだけはどこの心霊スポットに行っても何も感じず、霊感男はどこでも受信していてキラキラに触れたり声をかけられると霧散していたなんてことになった。霊感男はこれをかなり妄信していて、どんなに忙しくても月に一回は顔を合わせないとと言い実行している。私はあまり信じていないがプラシーボ効果の高さってのもあるしそれで不幸にならないならいいんじゃないかなと楽観。霊感男は一緒に住みだしてから運が良くなっているしこのまま昼の仕事に就くぞと転職もした。この時まで霊感男のキラキラ信仰はいい影響を与えていたのだ。
うん、この後このキラキラ信仰は悪い展開になる。
昼間の仕事に就いた霊感男は多忙を極めてしまい、場合によっては三日に一度しか帰宅できないことになる。キラキラも海外出張一ヶ月なんていうことも続きすれ違いがはじまった。私もおかげさまで接触が減っているのだが霊感男にとって重要なのはキラキラ教祖なのであまり気にされない。
ある日霊感男から電話が入る。第一声がキラキラと会っていないせいだ……。落ち込む彼氏に続きを促した私は偉いと思う。キラキラと会っていないのに、夜の仕事の時の後輩と遊んだそうだ。勿論私は不参加なのでふぅーんと相槌。続いて翌日後輩君は逮捕されたという。そしてキラキラと会ってないからだと締める。わけがわからないよ。尋問の結果、後輩君は未成年時代に酷いことをしていて、とある物が発見されてその日に捕まっただけだった。全然キラキラ関係ないし、後輩君にドン引きする。けれど霊感男は自分が不幸発生装置だと思いこんでいるのでその効果だとのたまった。どう考えても関わりたくないタイプの後輩君に引け目を感じて擁護する。この時、この人アカンという気持ちと放り出したらヤバイやろという気持ちが湧いてしまい直ぐに別れることにはならなかった。今考えると自分を大事に主に私、なんて思えるのだが若かったとしかいえない。
しばらく小まめに電話したり顔を出したりしてマシになってきた頃、多分ゴールデンウィークあけだったと思う。私はあのシェアハウスに遊びに向かっていた。家の位置はわかるのだが霊感男はそこそこマメなので駅から歩きでも送迎してくれる。いつものように電話をかけて、駅ついたよと報せたがまったく返事が返ってこない。忙しかったから爆睡しているのか、受信料払ってさんに捕まったのか。返事がないからと待っていても好転はしないだろうと予想して一人で向かうことにした。
連休明けの住宅街は基本的に閑散としている。時期も時期なので半袖シャツには汗が滲むがまだ蝉は鳴いていない。そんな誰もいない暑い中で全身真っ黒コートつきの男二人が現れた。叫んでも誰も助けに来なさそうな場所で怪しすぎる人物とすれ違う私は携帯電話のアドレス帳を霊感男にしたまま握り締める。なんとか普通を装いすれ違ったらその電話が揺れた。
「あーちょも(私の名前)? ごめんけど一人で来てもらってもいい?」
相手は霊感男だった。
「もう向かってるよ。ていうかさ、すっごい怪しい人達がおったんやけど」
「大丈夫? やっぱり行こうか?」
「もうすれ違ったからええよ。こんな暑いのに真っ黒なコートに喪服着てたよ。コートいらんよね? コスプレ? 実は正装ってああしないといけないのん?」
「あー……ちょも、それ刑事さんや」
滅多に走らない私が走り、シェアハウスに到着してすぐ玄関窓を閉め切った。
「どういうこと?」
「うん」
「とりあえず容疑者はあなたではないんよね?」
「うん。容疑者は不明」
「被害者は?」
「○○ちゃん……」
この家の住人だった。その日の朝に同居人女性が殺害された状態で発見されたという報せと最近の生活や対人関係を聞きに黒尽くめの刑事さんがここに来たのだ。
頭がくらくらした。何その劇場型人生。そりゃ不幸発生装置だと思い込むわな。帰宅したらこの事件は全国放送レベルになっていたのだが事件自体は割愛する。霊感男はずっと忙しくてキラキラに会わなかったせいだと嘆いていたのが本題だ。
正直なところ二十年くらいしか生きていなかった私にはこういう事件だとか事故っていうのはディスプレイを通して接触する話だとしか認識していなかった。にも関わらずこの男の周りで半年もしないうちに別々の二件で警察が動いている。キラキラと接触しない私は霊感男の説は信じないが類は友を呼ぶ。事件に関わる人間関係ってそういうタイプばかりで固まっているんじゃないかと思えた。スピリチュアルな話抜きで次に巻き込まれるのは私かもしれないと警戒するには十分である。
何度も何度も話を聞いて慰めて気分転換を繰り返し持ち直させた。転職してキラキラともっと一緒にいるというのも応援した。落ち着いた頃を見計らって別れた。そのまま放り出して霊感男が犯罪に走ると怖かったからである。
心霊スポットに行けば何かが見える彼。キラキラといれれば幸せな彼。当時三十路前だったのだが今も何かが見えているのだろうか。キラキラ信仰さえなければ話がうまくて軽くて良い人だった。たまに思い出しては元気に生きているだろうかと心配になる。もう何年も前の話だ。当時の彼の年齢付近にいる私には未だに幽霊も見えなければ事件の香りも以降嗅いではいない。