勇者と魔王と学生時代
爽やかな朝、とはいい難い、夏の朝。
今日も学校には生徒たちが集まっています。
もう少しで夏休みということもあり、浮き足立つ...と言うことはテストも近いために無いものの、それでもやはり、僅かながら落ち着かない雰囲気が漂っていました。
がらり、とドアが開き、また一人生徒が教室へやってきました。
その少年は、一際目を引くブロンドの髪に、透き通るような青い瞳をした美少年です。
好奇心旺盛な年頃であるが故に髪を染める生徒も見られますが、それでもその少年の髪は染めたようなものでは決してなく、それは自然な美しさを放って居ました。
少年は、教室を見回したりはせず、まっすぐと自分の席に向かい、隣の本を読む少年に片手を挙げて如何にも気安く言いました。
「おはよー」「おぉ、おはよう!」
その席の隣にはこれまた見事な銀の長い髪を後ろでくくった赤い目の美少年が笑顔で応えます。
こちらも、この色は天然であるらしく、この二人が並ぶと、この黒や茶色の髪色ばかりの教室の中で、非常に浮いた色をしていました。
それでも、今更この色を気にする生徒はもういません。
これがこの教室のいつもの風景だからです。
金色の少年は、銀色の少年に訪ねます。
「なぁ、何読んでるんだ?」
銀色の少年は応えます。
「世界征服虎の巻。爺さんがこれ覚えろってさ。」
それを聞いた金色の少年はうわ、と顔を歪めて憐れんだ様な顔で言います。
「魔王って大変なんだなー...スゲーめんどくさそう。」
それを聞いた魔王と呼ばれた銀色の少年は苦笑いをして本を閉じ、頬を掻きます。
「まぁなー、正直めんどくさいな。でも、それは勇者のお前も一緒だろ?」
そう、勇者と呼ばれた少年は苦笑いをして鞄から“世界救済虎の巻”と言う一冊の本を取り出して魔王の少年に見せます。
「はは、せーかい...。」
少し疲れた風の彼に、わかるよ、と笑って言います。
「お互い大変だよな。」「全くだ!」
ははは、と朗らかに笑うふたりは、何を隠そう、現代における未来の勇者と魔王なのでした。
しかし、二人は争う様子もなく、仲良く相反する虎の巻を捲り始めます。
それから15分もの時間が過ぎた頃、扉の開く音と共に、おはよーう、と気だるい男性の声が聞こえます。
程なくしてホームルームの始まりを告げる鐘が鳴り、生徒たちは静かになります。
「きりーつ、れい、ちゃくせーき」
なんともやる気のない声と共に生徒たちは礼をして再び席につく、という流れ作業。
これから、彼らにとっては長い一日の始まりでした。
ーーーーーーーーーーーー
「おい!竹下!お前なにケータイなんかやってんだ!」
少々年を召した教師の声が飛びます。
その、しわがれた声は年を感じさせるものでしたが、昨今の教師には無い迫力があります。
竹下少年はやべ、と小さく漏らし、ケータイを机にしまうも遅く、あっという間にずかずかと近づいてきた教師にケータイを取り上げられてしまいました。
「これは没収だ!!学校に不要物をもってくるな、と校則にあるだろう!!」
「うわっ!...今時スマホ持ってない方がレアだろ!!返せよ!」
竹下少年は教師に噛み付きますが、教師はその嗄れた声を上げます。
「授業中にこんな事をしているお前が一番悪いだろう。放課後、職員室まで取りに来なさい。」
そう言って教師は無慈悲にもつかつか黒板に戻ってしまいます。
げぇ、と竹下少年はうなだれます。
『バカだな、竹下も。没収魔で有名な高崎先生の授業だぞ?』
『まぁ仕方ないんじゃないか?他のやつはテレパシーなんて使えないしな。』
勇者と魔王は密かに目線を合わせて小さく笑い合いました。
『確かにな。魔法って今の時代、使えるやつって殆ど居ないんだっけ。』
『大魔導師が魔法を封じたらしいからな。かつて魔族と呼ばれた魔王の眷属も、今となっては普通の人間とさほど変わらないらしい。』
『へぇー...。』
二人は黒板を見ながら、勇者はシャープペンを回し、魔王は消しゴムを転がします。
『まぁ、魔法が使えたところでなんの役に立つんだって話だけどな。』
『はは、確かにな。それこそ大魔導師並みの魔法が使えるならいざ知らず、火をおこしたり氷を出したりなんて、機械使ったほうが簡単だからなぁ。』
勇者は前を向いたまま遠い目をしました。
それは、黒板を通り越し、彼方を見ています。
『だいたい、剣だの魔法だのより、ピストルとかマシンガンの方が誰でも使えていいよな。』
『そうだね。訓練は必要だと思うけど、魔法みたいに才能に大きく左右されたりしないしな。でも、』
魔王は苦笑いを浮べながら言いました。
『そんなの、使えても使わない方が良いよ。戦争なんて、しない方が良いに決まってる。』
勇者は少し驚いて…彼もまた苦笑いを浮かべました。
『違いない、が、それ魔王のセリフかよ。』
ふふ、とつい笑いを零した勇者に、魔王は眉をひそめてむっと口を尖らせました。
『時代は変わってるんだ。戦争ばかりが世界征服の方法とは限らないだろ。
要は世界を掌握できれば良いんだからな!』
その力説に、勇者は笑いながら…それでも少し困った様な顔をしてから、シャープペンを持ち直し、ノートを取り始めます。
『あー、そりゃ困ったな。そうなったら俺はどうやって世界を救えばいいんだよ。』
『俺に対抗しするとか?』
『平和的にやってんのに、邪魔なんて出来るかよ。っと、そろそろノート取らないと消されっぞ。』
あ、と小さく漏らして魔王は慌ててノートに写し出します。
それを横目で見ながら、勇者は少し難しい顔をしました。
しかし、それ以降は話しかける事も無く、時間は過ぎてゆくのでした。
ーーーーーーーー
放課後の学校の屋上で、銀色の髪が生ぬるい風に遊んでいます。
ごろりと横になった彼の目には、青い空に、白い雲が呑気に漂っています。
彼は徐ろに読み掛けの虎の巻を手に取り、自然に読み始めます。
『...魔王第6ヶ条の4、邪魔をする者は皆殺し。』
すると、かたん、と言う軽い鉄の音と共に勇者が屋上に現れました。
「うっス。」「うん。」
お互い軽い様子で言葉を交わし、勇者は魔王と付かず離れずの場所に座ります。
そうして、ペットボトルのお茶を煽ったあと、がさがさと折り目の付かないように仕舞われた虎の巻を取り出すと、壁に寄りかかりながらそれを捲り始めます。
それから、暫くは会話もなく、ただ風がゆっくりと通り抜けるだけでした。
雲はそれに合わせて浮かび、時々少し傾いた太陽を隠しては、気まぐれに通り過ぎます。
「なぁ、」「うん?」
その時でした。
魔王は上半身を起こし、徐ろにそちらを見ると虎の巻を捲る勇者に話しかけます。
「この勉強って、なんの役に立つんだろうな。」
少し眉を潜めた彼の顔を、また風がなでてゆきます。
折り目の付かないように大切にされた虎の巻から顔を上げた勇者はきょとんとしました。
「さぁな。でもよ、...」
彼もまたそう言われて、少しの間を置いて再び口を開きました。
「きっと、何かの役には立つんだとは思うし、学んでおいて損は無いんじゃね?
......よく分かんねーけど。」
勇者は苦笑いをしながら、俺もこれが丸々役に立つとは思ってねーよ、と続けています。
それを聞いた魔王もまた少し考えて、
「ふぅん、」
と言ったっきり、会話は一旦途切れました。
魔王は徐ろに空を見上げます。
青い空は毎日違う筈なのに、いつもと同じ青色をしています。
彼にとっても、今日も空はそんな色だったのです。
「平和だな。」「そうだな。」
顔を上げた二人は、同じ空を眺めながら、彼方に流れてゆく白い雲をいつまでも見ていました。
季節外れで申し訳ありません。