シーサイド
椰子の木の植え込みのむこうに鉛色の空が望める。晴れていれば海はエメラルドグリーンだっただろう。パーキングに車は少ない。離れたところにバスが一台停まっているだけだ。
親友の奈緒美と私は、年末休暇を利用して、「南の島」にやってきた。
アスファルトは温かな雨で濡れている。そこに大の字になって、寝ころんだ私。折り畳み式の傘を開いて横に立っていた直子は呆れ顔だ。
「そんなことしたって、彼はこないって!」
奈緒美は事情を知っている。
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一昨年前、やはり私たち二人はここを訪ねた。卒業旅行だ。
ハーフパンツを履いた私たちが、波打ち際ではしゃいでいた時、急に高波と強い潮のひきがあって、水平線を背にしていた私は、沖に流されてしまった。岸側にいた奈緒美はかろうじて踏みとどまることができ、泣き叫んで近くにいた人に助けを求めていた。
あがく。
海水を飲んでしまう。
それでいて心のどこかで、温かな海の底で身体を横たえたいとも感じていた。
手足が動かなくなって身体が沈んで行く。
そのときだ。背後から脇の下に誰かの手がさし込まれ、身体がどんどん浮上してゆくのを感じた。私は彼に助けられた。亜麻色の髪をした青年で、長身なのだけれども筋肉質というよりは細身という感じ。肌は焼けている。海中で何度もこちらをみたのを覚えている。
海岸にたどり着く前に私は気を失っていたらしい。しかし、その直前に、彼が、
「ふう、なかなかの困ったチャンだったよ」
といったのを記憶している。
ふたたび意識を取り戻した私は、近くの診療所のベッドで身体を横たえていた。点滴を腕に打たれていたのだ。ベッドの横でずっと付き添ってくれていた奈緒美に私は命の恩人の名前をきいた。しかしその人は名のらずに帰ったという。
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なんとなく。なんとなくだ。大六感ってたぐいのものだろう、できるだけあのときの状況を再現してみる。砂浜じゃなくて、ここの駐車場でだ。「南の島」といえども、シーズンオフのクリスマスは遊泳期間から外れている。ハーフパンツにTシャツ姿の私は親友の呆れ顔をよそにずっと大の字になっていた。
するとだ、けたたましくクラクションが四方から鳴り響いていた。
東京からきた団体さんを乗せたバスだ。
「おい、お嬢、危ないぞ!」
運転手さんたちの怒声が飛ぶ。
窓から客たちが私をのぞきこむ。
そのなかに……。
彼はいなかった。
「なにやってのよ、あんたったら、まったく」
ついに奈緒子がキレた。
「ごめん」
私がうなだれる。
彼との再会はなかった。
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夕方、雨がやんだ。
私は、あのとき介抱してくれた医師や看護師にご挨拶とお礼をいいに、あの診療所に行った。
なんだかんだいって奈緒美をつきあってくれた。
海岸を見下ろした丘の上にある。オレンジ色の屋根、白い壁、ハイビスカスの鉢植えが玄関先にある。そこに彼は立っていた。
「あれ……」
亜麻色の髪の青年は診療所の医師になっていた。着任する直前に、就職先である島を視察にきていたのだという。
奈緒子が、さっき私がした駐車場での行動を彼に話した。余計なことをいうイケナイ子。
私は怒ってみせた。
END