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美湖ノート  作者: 柳橋美湖
ショートショート (一話完結の小説群)
3/31

いつもそばにおいてね、吸血鬼だけど

 ファーストキスは十三歳のときだった。

「あなたの青い瞳は素敵、高い鼻も、金色の巻き髪も。好き好き、大好き!」

「カミーラ、キスのおねだりかな?」

「そうよ。健康そうな唇が大好きなの」

 はじめておつきあいした彼とのキス。正直にいおう。このとき、私の頭のなかに、血をすすりたい、という欲望がわいていた。

彼の手が腰にまわる。

「カミーラ、愛してる」

 たぶん、私は微笑んでいたのだろう。

 彼は唇をよせてきた。

 レアステーキ、あるいは生ハム、いやいや、お寿司のネタのような、それを求める欲望が私にわいた。もやもやとする感覚。

 短く髪を切りそろえてきた彼。アスリートのように手足が長い。ちょっとニキビがあるのが残念だけれど、やっぱりいい。

「痛っ!」

 彼が目を閉じた。

 私は、「ごめん」という代わりに舌先で滲みだした血を舐めた。

「カミーラ、僕に近づいたのは、こ、これが目的だったの?」

 私は目をそむけ、コクンとうななずく。

 以来、キスはさせてもらえなくなり、けっきょくのところ、彼とは別れた。

 大学卒業後、夫となったのは、同じ「愛好者」だった。しかし三十歳を前に、二人の間に子供ができてところで、素敵な習慣を彼はやめてしまった。煙草をやめるみたいに。

 いま、フェイスブックで「献血協力者」を募集し、「そこ」に招いては呑ませていただいている。消毒した針を肩に刺し、そこから、にじみでてきた血をすするのだ。

 ニューヨークのオフィスビルのワンルームを借りて、そこで私は念願の診察医療所を開業した。

「――カミーラ先生。そこそこ、痛い。で、でも、あっ、あああっ、気持ちいい」

 暗黒街のダディー・六十五歳、常連患者様。……とても肩こりがひどいの。悪い血めっ、私が針でチクチクお仕置き。たっぷり吸いとっちゃうぞ!

 ドクター・カミーラ・クリニックは本日も大盛況。

     END

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