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美湖ノート  作者: 柳橋美湖
ショートショート (一話完結の小説群)
2/31

鎌倉海岸

 紫苑しおんと出会ったのはさほど有名でもない学校の坂道だった。

 どういうわけだか、同じ時間に横をあるいている。

 ときどきランチタイムでテーブルの横に坐っているときもあった。

 友達数人がいて話し込んでいるときもあれば一人のときもあった。

 逆にこっちが級友男子だらけのときもあった。

 そのうちに、むこうが切り出してくる。

「ねえ、こんど、デートしない?」

 顔をみて半年、会話をするようになって三ヶ月。もちろん僕は彼女に好意をもっていたし、断る理由なんてなかった。

「どこへゆこうか?」

「きまっているじゃない。鎌倉よ」

 鎌倉?

 江ノ電に乗って、紫陽花あじさいが咲いている駅の近くを歩いて、僕らは名刹をまわった。

 どこぞのなんとか寺は、北条だれとかが創建し、そんでもって、名僧のだれとか、執権のなんとかと交流し、和歌を交換した。

 教科書にものっていないようなことをよくも調べてきたもんだ。就職試験とかにはまったく役にはたたぬだろうに。

 僕はあきれ返った。

 それからも僕たちは鎌倉から江ノ島あたりをリュックを背負い歩き回った。

 冬はちょっと嫌だったけれど、彼女は風のない日を、よくもまあ、みつけだして、僕の腕を引っ張った。

 散策のついでに寄った、という形。でも、実は、「御予約の玲志様ですね」

 という女将おかみの言葉から、周到に仕組んでいたことがわかった。

 抱いたというよりは、素っ裸にひんむかれたというべきだ。

 寝台の毛布を乱したまま、紫苑が僕の胸に頬を寄せる。

「ねえ、玲志れいじ君。私たち結婚する運命にあるのよ。来週、パパに会ってね」

 パパ? 子供みたいないいまわし。あるいは愛人が歳の離れた男をよぶいいまわしだ。そのあたりが鼻につくのだけれど、彼女と一つとなったことで、もはや術中にはまっていた。

「あなたって、田舎の造り酒屋の二男坊。お兄さんは結婚なされて後を継がれる。あなたは学年トップだけれど、ゆくところがないんでしょ? パパに、あなたのこと、話しておいた。会いたいっていっていたわよ」

 彼女の実家はちょっとした会社で、外国高級ブランド物をディスカウントする大きな店舗を郊外に五つもっていた。

 つまり紫苑は、婿養子にきてくれそうな二男坊を探していた。家格もそれなりで、成績もまずまず。彼女と父親にとって、僕はうってつけのタイプだったわけだ。

「その困ったような顔がいいの。あなたは敵をつくらない。仕事もそこそこできる。いいと思うわ」

 ほめているのだが、そういうものいいは、なんだか好きではない。探偵を雇って僕の身辺調査をし、手ごろな種馬をみつけたというわけか? しかし惚れた者の弱みというもので、僕は彼女を受け入れ、御意の召すままに、軽井沢のチャペルが近くにあるホテルで式を挙げることになる。

 逆玉の若造だ。幹部とか同期といった周囲がいろいろと意地悪な質問やら仕事をよこす。 だが、「次回の会議までには資料を熟読させていただきます」と答え、実際にそれをやった。そういう姿勢を繰り返す。すると、いつの間にか、敵はいなくなくなり、協力的になった。

 紫苑はというと、旅行ばかりしていた。

「ニューヨークにいった、ウィーンにいった、パリに三ヶ月滞在します」

 なんてこともざらだったのだけれども、そういう生き物だということで腹もたたない。

 御察しの通り、彼女は本気で画家になる気でいたようだ。

 僕は種馬というよりは、彼女が道楽をするための、実務担当者にされたようだ。

 舅が亡くなり、そのまま僕は社長になる。

 それから十年くらい経った。接待の関係で利用する銀座のマダムと関係をもつようになった。僕よりも少し若く独身だ。結婚を迫る様子もなく、たまの逢瀬を嗜むというところが気に入ったのだ。

 あるとき、紫苑は、空港から戻ってきた彼女はあいさつもせぬまま部屋に閉じこもった。

 それが一ヶ月続いた。

 寝室は酒臭く、リビングは煙草の匂いがする。

「私さ、やっぱり、才能がないみたい。子供をつくるには遅すぎるし。ねえ、別れない? もう私なんか見捨てていいわ。社長の地位ならそのまんまあげるわ。私には月々食べる分だけ、振り込んでくれればいい。そうね、どっか、ちぃっちゃいヨーロッパの国にでもいっているから……」

 何年ぶりだろう、僕は紫苑を裸にして、両の乳房をみた。

 酔いが回って、もう眠っている。

 次の日、鎌倉海岸を臨んだ宿をとっておいた。そうそう、江ノ電の駅に降り、リュックを背負って、名刹を回る。続きはそのあとだ。

     END


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