001 連休
【あらすじ】
東京にある会社でOLをしている鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。
お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。
最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。
北ノ町の物語
001 連休
2月末日、珍しく雪が降り、空はどんよりとした曇り空で、すぐに解けても、数日間、真冬日が続きました。
こないだ買った新しいカーペットは、ピンク色で、花の模様が入った、ちょっと楽しい気持ちになるようなもの。早速、敷いておいてよかった、とつくづく思いました。
家具は部屋の備え付けで、洋服ダンスには全身を映す鏡がはめ込んであり、私はいつも前に立って上着を羽織ります。肩でそろえたショートヘア、いつものようにブラウスとロングスカートに着替えます。
――OK!
それから、自転車置き場で、ママチャリのロックを解除してサドルに腰かけ職場に出かけるのです。
鈴木クロエ。それが私の名前。当時住んでいた部屋は、勤め先である世田谷にある会社オーナーの口利きで借りることができたアパートで、会社が住宅手当の大半をだしてくれたため光熱費くらいで済んでいました。
部屋から自転車で、朝8時30分に出勤し、夜6時30分に帰宅するということを繰り返していました。
緩やかな傾斜のある住宅街をペダルを漕いで行きます。私が出勤するころ、小学校前を通るともう学校は始まっていて、校舎からは軽快な音楽が聴こえてきます。
そこから中央分離帯と両サイドに歩道のある大通りに抜けると、とっくに散っていて青葉になっている桜の街路樹が目に飛び込んできます。通り面に面している三階建ての建設会社ビルが私の職場。私は事務をやっていました。
同僚たちとおの女子会のお誘いがあった金曜日、携帯電話に電話が入り、電車に飛び乗って、母のもとへ行きました。
真冬より、陽が少し伸びたのだけれども、それが一体なんだというのでしょう。西にむかう列車の行く先は、だんだんと大きな建物が少なくなり、住宅ばかりになり、山林の尾根にどうにかしがみつくという感じで、終点である峻厳な高尾山の山裾に開けた町・八王子に着くと、都心のような喧噪はすっかりなくって、息を潜めているみたい。ターミナルでタクシーを拾い、そこから、向った先は、実家ではなく、八王子にある総合病院。奔放な人生を歩んできた彼女は、最後の恋人に看取られて、いままさに息をひきとるところでした。
「クロエさん、君のお母さんから手紙を預かっている」
病室のベッドに横たわる母は酸素吸入器を鼻にあてられ弱い呼吸をしています。病魔に襲われ老婆のようにやつれている……というのにも関わらず、それに対する彼の献身は本物のようです。彼には妻と子がいましたが、別居していて、母とは2年、一緒に暮らしていました。
母が17歳のときにできちゃった結婚というものをして、私を生み、20歳のときにはもう別れて、別な男性と再婚。以来、結婚と離婚を繰り返しています。
父母の離婚後、実の父親といえば、一度も会ったことがありません。子供のとき、「すでに死んでいる」と、母にいい聞かされたのですが、実際、この人は、離婚から数年後に交通事故で亡くなっていたことを、最近知りました。
――私、天涯孤独になるのかしら?
そう考えると、目の前が急に真っ暗になり、唯一の肉親だった昏睡状態の母を前に、涙がポロポロこぼれ、震え止りません。
母はまだ40歳前。最後の恋人に出会うころ、病気に冒される数年前は、化粧すると20代後半といっても通用するほど綺麗にみえたもの。もちろん母たちとは離れて暮らしていたわけですが、ときたま訪ねることもありました。最近は数か月に1度というペースでしたけれど……。
私は手紙を開きました。
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「クロエへ、貴女にはお爺様がいます。それに叔父様がね。大したものはやれないけれど、私の部屋は残っているみたい。そこにあるものは遺産としてすべてあげる。お爺様の住所は別紙に書いてあります。母より」
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雛祭りの日に、母をその恋人と荼毘にふして送りました。
「困ったことがあったらいつでも電話してくれ。相談にのるよ」
彼はほんとうに母を愛してくれていたのでしょう。しかし、好意として聞きながらも、実際、それから再び会うことはありませんでした……。
葬儀の後、私は母から渡された祖父の住所に、手紙を書いてみました。すると、返事はすぐにやってきたのです。
同月初めに、郵便受けに手紙をみつけ、中を確かめてみました。
――お爺様?
しかしそうではありません。
「貴女のお爺様のご依頼を受けまして、失礼ながら貴方様の身元を確認させて戴きました。私は顧問弁護士の瀬名玲雄といいます。お爺様はすぐにでもお会いしたいとのことでしたが……」
返信を受け取った週の土曜日、弁護士の瀬名さんと待ち合わせをして、仔細を聞き、4月末の連休初日に、彼の案内で、祖父が住んでいる北ノ町へ向かう特急列車に乗ったというわけです。
待ち合わせ先は、上野駅構内にあるイタリアンレストラン。黒いスーツを着た背の高い瀬名さんは、案外若く30前というところです。書類を詰め込んだ鞄。大変礼儀正しく、世間話もしないではないのですが、プライベートな話題は一切しません。
――なんて重たい空気。なんだか、拷問みたい。
向いあった席で、会話に詰まると、私はキンドルの電子書籍を開いて読みました。このときほど役に立つものだと再認識したことはありません。
北ノ町の駅は古びたコンクリートでできていて、駅舎もくすんだ板壁。潮の匂いが風に運ばれてきます。せめぎ合う雲の合間から、どうにか射し込む数条の光。そんな空を、哀しげに鳴くカモメが宙を舞っていて、凧のようにもみえたのです。
駅をでると、無秩序に並んだ漁師町の入母屋屋根の木造家屋・家並みが続き、狭間にある狭い小路から、坂を登っていったところに、2階建ての洋館がぽつんと建っていました。
――周囲の軒並みとはそぐわないお屋敷だわ。
そこは牧師館だったところを、祖父が買い取って改装したのです。付き添って下さった、瀬名さんの話だと、お爺様の職業は彫刻家とのことでした。
高名になったとしても、芸術家が、創作だけで豪邸に住めるなどということはそんなにはないでしょう。この人もしかりで、地方財閥一族とかで、先代から受け継いだ株や国債の配当収入で暮らしているとのことです。
段屋根といって、小さなガラスが扇形にはめられた小窓をもつ玄関。それが特徴となる19世紀初頭・英国ジョージア王朝様式の洋館。老執事でもでてきそうな雰囲気の玄関扉を開いたのは、意外にも、仏頂面をした瀬名さんと、同じくらいの年齢・背格好をした男の人でした。
「クロエさんだね。始めまして。僕は鈴木浩、君のいとこだよ。よろしくね。お爺様は奥の工房部屋にいるんだ。案内するよ」
朗らかで、少し日焼けした顔は魅力的で、初対面というのもあって、私は思わず赤面する感じを覚えました。
いとこの案内で、私と弁護士の瀬名さんは、その部屋の前に歩いて行きました。
心臓が鼓動が急に早くなってきます。もう倒れそう。
「始めまして、お爺様……」
私がなんとか挨拶をしたとき、重厚な扉のむこう側でノミとハンマーで木彫していたその人が、とてもとても、ゆっくりと、振り向いたのです。
(つづく)