003 桜狩り
3 運河の町の桜狩り
お見合い相手である造り酒屋の二男坊・三好洋クンと4回目のデートをしました。主に週末、レストランにゆくこともあれば、映画館にゆくこともありました。洋クンはけっこう真面目で、前回のデートでようやく手をつないでもらえた段階。この分では、たぶん、キスはあと2、3回先になるだろうと思います。
3月の終わり、洋クンが、
「近場の名所でお花見をしよう」
と、いいました。
しかし、そんなときに、祖母の具合が悪くなり入院したという話になって、お見舞いに行くことになったのです。デートはもちろん中止。残念ですが仕方のないことです。
会社にお休みを頂いて、市電と夜汽車を乗り継ぎ、運河の町に戻ったのでした。東京からだいぶ南に下った故郷は暖かく、1週間ばかり早く桜の花が咲いていました。
商店街のある駅前ロータリーでタクシーを拾い、病院に駆けつけると、祖母は点滴はしていたものの、意外と元気で、自力で半身を起こし、
「友里、よくきたね」
と声をかけてきました。
さらに、付き添いの母、見舞いにきた父が2人して、照れたように舌をだし、
「洋クンとの関係は順調なようだな。それはそうと、友里の顔がみたくなったんだ」
っていうものだから、当然、私は叱りましたよ。
「もう、お祖母ちゃんをダシにして!」
祖母も頭を掻きながら、
「いやいや、私も会いたかったのさ」
と笑っていましたけどね。
休日はあっという間に過ぎ、東京に戻ろうとしたとき、迷惑をかけた会社の人たちにお土産を買ってあげようと、物産館に立ち寄りました。
黒い瓦に白い壁、ショー・ウィンドウ。自動扉から中をくぐって、地元特産の煎餅とかを買おうと、棚を物色していると、むこうから声がしてきました。陽に焼けた顔。中学・高校時代の同級生で元野球部員の村上海斗がいたのです。
「おい、友里。10分後に花見の舟をだすんだ。時間あったら、乗っていけよ」
「う、うん」
祖母の一件は拍子抜けで、デートどころか週末の予定のすべてが台無しです。はっきりいって、けっこう、ストレス度数が上がっていました。こんな調子で明日、会社にいったら、周囲の人たちに当たり散らしそう。ここは気分転換をすべきとき。そういうわけで、海斗の申し出を受けて舟に乗ったというわけです。
古風な舟の後ろで、竿を持った海斗は、練習の甲斐あって、前に乗せてもらったときより、だいぶ上手になっていました。
お花見シーズンといえば稼ぎ時。乗客は私を混ぜて20人が乗っています。私は海斗に近い側にいましたから、ときどき、話をしてきます。
「友里、洋と結婚するだってな。幸せになれよ」
「えっ、知ってたの?」
「おいおい、ここをどこだと思っているんだ。ド田舎だぞ。数百メートル離れた家がご近所っていっているくらいだ。おまえたちの噂くらい、きかんでも、周りのお喋りババアが教えてくれるよ。……ま、いまだから白状するけどな。俺は、昔、おまえに惚れていた。いまでもちょっとは気がある。しかしまあ、そういうのも含めていい思い出になった」
運河の岸辺に植えられた桜は、満開になっていて、なぜだかたまに吹く冷たい南風が、ふっ、と数枚の花びらを飛ばしていました。ちょっと舟の両横をみやれば、後方にV字の波をつくっていて、また前方の水面をみやれば、桜木が映り、蜜蜂が水仙の花の合間を飛び交っていて、そこを突然、燕たちが、U字に急降下・急上昇をして飛び去っていったのです。やがて鶯や蛙が鳴く中を、舟は運河から川の本流にでてゆきました。
――海斗は優しい。舟に乗せてくれたのは、彼なりの結婚祝いだったんだ。
ここにきて、海斗のことが知りたくなってきました。…… 彼女とか、いるのだろうか。もしいたら彼も幸せになってほしい。
私たちの会話はそこで止まりました。しかし充実した沈黙でした。
了