表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美湖ノート  作者: 柳橋美湖
運河ノ町の物語 (異性との友情)
17/31

003 桜狩り

     3 運河の町の桜狩り


 お見合い相手である造り酒屋の二男坊・三好洋クンと4回目のデートをしました。主に週末、レストランにゆくこともあれば、映画館にゆくこともありました。洋クンはけっこう真面目で、前回のデートでようやく手をつないでもらえた段階。この分では、たぶん、キスはあと2、3回先になるだろうと思います。

 3月の終わり、洋クンが、

「近場の名所でお花見をしよう」

 と、いいました。

 しかし、そんなときに、祖母の具合が悪くなり入院したという話になって、お見舞いに行くことになったのです。デートはもちろん中止。残念ですが仕方のないことです。

 会社にお休みを頂いて、市電と夜汽車を乗り継ぎ、運河の町に戻ったのでした。東京からだいぶ南に下った故郷は暖かく、1週間ばかり早く桜の花が咲いていました。

 商店街のある駅前ロータリーでタクシーを拾い、病院に駆けつけると、祖母は点滴はしていたものの、意外と元気で、自力で半身を起こし、

「友里、よくきたね」

 と声をかけてきました。

 さらに、付き添いの母、見舞いにきた父が2人して、照れたように舌をだし、

「洋クンとの関係は順調なようだな。それはそうと、友里の顔がみたくなったんだ」

 っていうものだから、当然、私は叱りましたよ。

「もう、お祖母ちゃんをダシにして!」

 祖母も頭を掻きながら、

「いやいや、私も会いたかったのさ」

 と笑っていましたけどね。


 休日はあっという間に過ぎ、東京に戻ろうとしたとき、迷惑をかけた会社の人たちにお土産を買ってあげようと、物産館に立ち寄りました。

 黒い瓦に白い壁、ショー・ウィンドウ。自動扉から中をくぐって、地元特産の煎餅とかを買おうと、棚を物色していると、むこうから声がしてきました。陽に焼けた顔。中学・高校時代の同級生で元野球部員の村上海斗がいたのです。

「おい、友里。10分後に花見の舟をだすんだ。時間あったら、乗っていけよ」

「う、うん」

 祖母の一件は拍子抜けで、デートどころか週末の予定のすべてが台無しです。はっきりいって、けっこう、ストレス度数が上がっていました。こんな調子で明日、会社にいったら、周囲の人たちに当たり散らしそう。ここは気分転換をすべきとき。そういうわけで、海斗の申し出を受けて舟に乗ったというわけです。

古風な舟の後ろで、竿を持った海斗は、練習の甲斐あって、前に乗せてもらったときより、だいぶ上手になっていました。

 お花見シーズンといえば稼ぎ時。乗客は私を混ぜて20人が乗っています。私は海斗に近い側にいましたから、ときどき、話をしてきます。

「友里、洋と結婚するだってな。幸せになれよ」

「えっ、知ってたの?」

「おいおい、ここをどこだと思っているんだ。ド田舎だぞ。数百メートル離れた家がご近所っていっているくらいだ。おまえたちの噂くらい、きかんでも、周りのお喋りババアが教えてくれるよ。……ま、いまだから白状するけどな。俺は、昔、おまえに惚れていた。いまでもちょっとは気がある。しかしまあ、そういうのも含めていい思い出になった」

 運河の岸辺に植えられた桜は、満開になっていて、なぜだかたまに吹く冷たい南風が、ふっ、と数枚の花びらを飛ばしていました。ちょっと舟の両横をみやれば、後方にV字の波をつくっていて、また前方の水面をみやれば、桜木が映り、蜜蜂が水仙の花の合間を飛び交っていて、そこを突然、燕たちが、U字に急降下・急上昇をして飛び去っていったのです。やがて鶯や蛙が鳴く中を、舟は運河から川の本流にでてゆきました。

 ――海斗は優しい。舟に乗せてくれたのは、彼なりの結婚祝いだったんだ。

 ここにきて、海斗のことが知りたくなってきました。…… 彼女とか、いるのだろうか。もしいたら彼も幸せになってほしい。

 私たちの会話はそこで止まりました。しかし充実した沈黙でした。

     了

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ