001 帰郷
1 運河の町
戦争が起きる少し前のことです。
単線レールには二両連結のローカル列車が走っています。駅長さん一人がいる木造平屋の駅舎改札で切符を渡して降りたところは運河のある町でした。駅は郊外にあります。そこから市役所がある東にむかって五分ほど歩いてゆくと、観光物産館というのがあり、裏っかわにはなぜだか船着き場がありました。
ホールの壁際には、物産品を並べた売店が並んでいるのですが、シーズンオフのためか店員は暇なようです。その中に、はっぴを羽織った鉢巻の若衆がいて、バスでくる団体さん相手に、船をだして運河巡りをするのだそうです。高校時代の級友・村上海斗は、物産館で働いていました。
「友里、久しぶりに会ったんだ。乗せてやるよ」
私の名前は南野友里。東京の女学校をでたあと、そのまま帰らずに、職業婦人をしています。
「え、いいの?」
「10銭」
「高い」
「けっこう重労働なんだ。ふつうは50銭。大出血サービスだよ。それにタダより高いもんはないっていうだろ?」
「引っかかるのよ、その最後の言葉が」
「勘ぐるじゃないよ、この変態娘」
「海斗、聞捨てならぬ、そこになおれ!」
海斗。名前の通りタコな奴で、運河の町の観光協会で働いています。櫂のついた和船を運河に浮かべ、観光客を乗せて名所を巡るとのことで、かきいれどきは三度。桜の季節、あやめの季節、紅葉の季節なのだとか。
運河の巾は3メートルといったところでしょうか。それほど大規模なものではありません。町を抜け、田園地帯を抜け、湿地を抜け、また町に戻ってゆくのですが、単純な往復ではなく、複雑に巡らされた水路網をぬってゆくのです。
運河沿いの桜や柳といった並木にはまだ葉がついていません。
古い街道に面したお屋敷には蔵が4つ並んでいます。そこの玄関はなんだか運河に面しているようでした。
「三好ん家か。県の重要文化財に指定されるみたいだぜ」
「なーんだ。国宝じゃないのか……」
「あほか。そんな、ほいほい国宝に登録されたら、ありがたみがなくなるってもんだ」
「それもそうね」
私と海斗はお腹を抱えて笑いました。
睡蓮は、まだまだ。
寒椿・水仙が、ちょぼちょぼ。
鴨の親子が、箱形に板で組まれた小舟の前を横切って行きます。
小春日和。
「さて、ここからは、今年からやるお試しコースだ」
繋がれた馬がいて、かいば桶の草を食べています。海斗は、
「馬に綱を引っ張ってもらって川の上流へ遡ってゆくんだ」
といったのです。
「おもしろそう!」
これなら部分的にはエキサイティングな川下りができる。今年からは季節の変わり目ごとに東京から帰ってきたいな。
しばらく帰っていないうちに、クラスメイトとかは、ほとんどいなくなっていましたけれど、やはり故郷でした。