風が~
息が耳元にかかって、くすぐったく、感じるとするじゃない。それって、抱きしめられていないと無理な距離だよね。そういう場合って、彼の身長は私より頭ひとつ以上高くないと、不自然かも。
幸いなことにマコトは、そういうタイプだった。ジャケットもパンツもジーンズでスニーカーを履いている。煙草を吸うのがちょっと嫌なところ。それ以外は満点だな。ヨイショ。
「レン、降りるぞ」マコトがいった。
「うん」私が答えた。
地下鉄改札口を降りて、地下街を通り抜け、階段を昇る。ああ、やっぱり、太陽はいいなあ。柔らかな風が吹いている。それはまあ、街路樹に緑こそないけど。
日曜日。今日の私は、黒いシャツにカーキ色の短いパンツ、黒いタイツとシューズを履いている。決して、おそろいというわけじゃない。というか、デートで二人がおそろいの服になった試しなんか、一度もあったこともない。
外に出るとスクランブル交差点になった。谷間になった白と銀色のビル街。しばらく、車の行き交う音、ときたまクラクションが鳴らされる。やがて、シグナルは青になった。ぴよぴょ、とヒヨコのような誘導音が鳴って、誘われるかのように、私たちは、人群れの波に乗って歩き出す。
衣料店のショーウインドウをのぞき込む私。マコトはベンチに座って、煙草を吸いだした。彼との間が空いた瞬間を、友達にみられたことがあって、「あんたたち喧嘩しているの?」って訊かれた。「ぜんぜん、そんなことないよ」もちろんそう答えた。笑ったつもりだけれど、素敵な笑窪ができたかなあ。
それから、また、二人は歩き出す。
楽器店の前を通る、今度は、マコトが動かない。
私は、店の隅に置かれた黒い椅子に腰掛けて、鞄からiPodを取り出し、音楽を聴きだした。
けっきょく、マコトは、何も買わない。
私たちは店をでた。何気にマコトが手を握る。そして二人は手をつないで歩く。
パラソルのあるテーブルと椅子が置かれた遊歩道。横から甘い、いい匂いがしてきた。洋菓子店だ。若いパテシエが、花崗岩でできた板の上で生チョコを練っているのがガラス越しに見えた。
「ね、あそこ、寄ろう」私は手を引っ張る。
「おいおい」マコトは照れた顔になる。
END