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第2章 生徒会の副会長 ~その1~

 少女の碧い瞳が、教室のモニターを食い入るように見つめていた。

 モニターには現在行われている戦闘の様子が流れている。ゆるやかにではあるが、斑鳩の部隊が宇宙怪獣を駆逐していく。

 その中でも一際目を引く機体があった。陣頭指揮を執り、部隊の中心となっている斑鳩に搭乗しているのは少女の恋人である。

 自然、少女は恋人の機体を目で追う。恋人が活躍する都度、少女の長い金色の髪が揺らめく。

 戦いは終盤へと差し掛かった。いくつかの群れに別れていた宇宙怪獣が、ついに残り1群となったのだ。しかし、その群れの中にそれまで見たことのない姿の宇宙怪獣が潜んでいた。


 禍々しい竜の姿形をしていたのである。


 少女は不吉な予感がした。その予感通り、竜型の宇宙怪獣に次々と斑鳩は損壊させられていく。けれども恋人はさかんに周囲を叱咤激励し、自身も果敢に強襲をかけた。

 少女の胸がぎゅっと締め付けられる。

 その刹那、恋人の機体と竜型の宇宙怪獣が動きを止めた。正面から対峙しているのも関係無しに。

 そして恋人は決然と斑鳩を突進させた。

「あっ!」

 我知らず少女は息を呑んだ。

 斑鳩と竜型の宇宙怪獣は共に爆発四散した。相討ち覚悟の特攻だったのだ。

「先輩……」




「先輩……」

 そこでマリアは目を覚ました。マリアがただ『先輩』とだけ言う場合は、恋人のことを指している。他は◯◯先輩と、苗字を付けて区別していた。

「また、あのときの夢か」

 わずか半年ほど前の出来事。それはまさに悪夢だと言えた。マリアはしばらくショックで寝込んでしまったのだ。

 どうにか立ち直った後、長かった髪も切った。生徒会の副会長という新葉学園において重要なポストにも自分から立候補した。

 最愛の男性が死んでしまうを、指をくわえて見ていることしか出来なかった。

 悔やんでも悔やみきれるものではない。後悔しないと、自分の目の前では絶対に誰も死なせはしないと、マリアは人知れず誓ったのだ。

 それ以降、マリアの行動は積極的なものとなった……、ハズだった。




 2学期の始業式にマリアはクラスの一員として出席していた。ちらと教師陣の方へ目をやると、その中に一条が混ざっていた。始業式の後で自分のクラスへと連れて行かれるのだろう。

 うっ、とマリアは形の良い眉を微かにしかめた。一条が大あくびをしていたからだ。そのうえ思い切り伸びまでする。

 当然、周囲の教師が注意をするが、


 ああ!?


 一条は首を傾けながら片目を吊り上げ、あろうことか威嚇するのだ。教師の方が縮み上がってしまった。

 マリアの予想をはるかに上回る傍若無人ぶりだった。

 だが、それだけだろうか?


 何の実績も示せていない奴が、デカい顔をするな!


 そんなふうに挑発しているようにも映るのだ。マリアや岡崎に対しても、どことなくそんな空気を発していたように感じた。

 先輩なら、どのように対応するだろうか?

 マリアはいつもそのように思考してしまう。そのくせ今の新葉学園の有り様を見たら、きっと先輩は失望してしまうだろう。

 先輩のように如才なく生徒をまとめれていないからだ。先輩のように毅然と振る舞えない。

 マリアは己の不甲斐なさに歯を食いしばった。そして一条と目が合う。どうやら、ずっと眼差しを送っていたらしい。一条がこちらを見据えているのだ。そそくさとマリアは視線を外した。


……私は一条に期待しているのか?


 昨日出会ったばかりの人間に有り得ないことだと思う。しかし、あの強さは本物だった。自分にあの強さがあれば、先輩に顔向け出来るのに。

 そこまで考えて、マリアにとある妙案が閃いた。




「一条和馬です、よろしく」

 2学期の初日、教壇の上に立ち嫌味にならない程度に簡素な挨拶を行う。

 始業式を教員達と参列した後、20代半ばと教師にしては若い部類に入る坂本玲奈の引率で、和馬は1年D組の教室に連れてこられた。

 教室に入り初っ端の挨拶である。だが別に和馬は特に語ることがなかった。やれどこから来ただとか、やれ趣味は何だとかは一切省略した、味も素っ気もない挨拶。和馬にとってそれで十分だった。

 クラス全員の突き刺さる好奇の視線は痛痒にも感じないが、どことなく1年D組の教室全体がそわそわした落ち着かない空気を醸し出しているのを和馬は察した。

「それじゃあ、一条君。泉さんの隣の空いている席へ」

「はい」

 泉さんが誰かはわからないが、和馬は二つ返事で空いている席へ着席した。

「クラス委員の泉有希よ。よろしくね」

 早速、右隣の女子が声をかけてきた。この子が泉さんね。和馬は頭の中のメモ帳に記録する。

「こっちこそ、よろしく」

 ぎこちない笑みを浮かべながら、和馬は軽く会釈した。転校はお手の物とはいえ、内心ほっとする。これからしばらくこの席で生活するのだ。快適とは言わないまでも、無用な軋轢は避けたいのが人情だろう。

 生徒から親しみを込めて『れなちゃん』と呼ばれている担任坂本の司会で、本日のスケジュールの最終メニューであるロングホームルームはつつがなく進行した。和馬は連絡事項や注意事項を何となく記憶に留める。

「じゃあ、今日はこれでおしまいね」

 よく心得たもので、坂本のその言葉を合図に男子のクラス委員が号令をかけ本日は解散の運びとなった。

「昨日、一条君が2体の宇宙怪獣をやっつけたのは本当なの?」

 坂本が教室を立ち去ると同時に泉が和馬に向かって口を開く。気付けばクラス中の耳目が集まっている。

「本当なの?」

 泉が重ねて問い質す。どうやら1年D組の全員がその事を知りたくて、うずうずしていたらしい。教室がそわそわしていたのはそういう理由か。やれやれ、どこから情報が漏れたんだ?

「まあ、たまたまだよ。偶然かな」

 とりあえず和馬は無難な答えを選択した。

「嘘ばっかり。自分から首を突っ込んだくせに」

 ぎくり。聞き覚えのある声が、背後からした。振り向いてはいけない。和馬以外の生徒にはリーフの姿は見えていないのだ。

「偶然、ねえ……」

 泉が含みを持たせた目になるが、そんなこと和馬はどうでもよかった。一刻も早くこの場を離れたい。その一心で自分の部屋へ帰る言い訳を探した。

「ごめん。昨日来たばかりで、まだ荷物を片付けてないんだ」

 我ながら上手い口実だ。和馬は席を立った。

「そっか。じゃあ、また明日ね」

 バイバイと泉が手を振る。和馬も軽く手を振り返し、さっと席を離れた。教室内の人気がガクンと無くなっていく。和馬にとっては都合が良かった。

「リーフ、てめえ」

 誰も見ていないことを確認し、低音な声で凄んでみせた。目つきが尋常でない。

「ひいいっ! ご、ごめんなさい。そんなに怒ることないでしょ?」

 震え上がってリーフは何処かへと飛び去ってしまった。

「全く……、ん?」

 さて本当に帰ろうとした和馬に、再び緊張が走った。教室を出た辺りに人だかりが出来ていたからだ。教室の人気が無くなったのは、このせいか。

 持ち前の鋭い嗅覚が、警戒のシグナルを告げていた……。




 ロングホームルームが終了するや否や、マリアは断固とした足取りで1年D組の教室を目指した。すれ違う生徒が男女を問わず振り向くが、それはいつものことだ。悠々と前進する。

 マリアが1年D組の教室に到着したとき、ちょうどロングホームルームが終わったところだった。

「間に合ったか」

 いっときすると1年D組の生徒が次々に教室から吐き出される。マリアを遠巻きに拝顔しようとする生徒で人だかりが出来てしまうが、まさか追い払うわけにもいかないので放置するしかない。

 なかなか目当ての生徒は出てこなかった。

「何をしている……?」

 仕方なしにマリアは教室を覗き込んだ。

「一条!」

 勘が鋭いのか、人だかりを避けたのか、マリアが待ち構えているのとは反対側の出入口から帰ろうとしたようだ。

「あ~、マリアさんか……」

 一条は露骨に嫌悪感丸出しな面持ちとなる。

「私は2年だぞ? マリア先輩と呼べ」

「1つしか違わないじゃないか」

 そのことに何の意味がある?

 一条の態度は雄弁にそう語っていた。

「むぅ」

 確かに、昨日の凄まじい戦闘を見せつけられては何も言い返せない。マリアはただ見守っていただけだ。

「まあいい。一条、行くぞ」

 マリアは気を取り直して一条の腕を掴み、強引に引っ張ろうとした。

「はあ? 何言ってんの?」

「私がこの学園を案内してやる」

 マリアがそう口にした途端、周囲が一斉にどよめいた。近寄りがたいが人目を惹く美人で、学園のアイドル直々のお誘いだ。たいがいの男子生徒なら、まず間違いなく有頂天になってしまうだろう。

「いらん。余計なお世話だ」

 にべもない一条だった。空気が凍りつく。マリアのファンは何事か囁き合いながら、お互いの体を肘でつついている。

 マリアもさすがに心外だった。

「私の誘いを断るとは、女に興味が無いのか?」

 あまりこういうのは得意ではないが、マリアは目いっぱい誘惑するような微笑を顔に湛えてみせた。

「ああ。相手の都合を考えない、自己中な女に興味は無いね」

「自己中? 私がか?」

「遠慮しているのに、強引に従わせようとしてるじゃないか。2回目だぞ?」

「き、昨日のあれは、しょうがないだろう」

 思わぬところからマリアは痛打を浴びた。戦闘中で気が急いていたのだ。

「部屋の荷をほどかないといけないから」

 そう言って一条はこちらに背中を向けて去ろうとする。

「ま、待て!」

 マリアは慌てふためいて一条の腕にぎゅっとしがみついた。

「気分を害したのなら謝る。すまない。詫び、というわけでもないが食事でも奢らせてくれ。な?」

 腕を離さず上目遣いでマリアは懇願した。学園の案内だろうが、食事だろうが一条に話を聞いてもらえればいいのである。

「お、奢ってくれるなら、別に、メシくらい、付き合って、も、いいかな……?」

 真っ赤になっているのを隠すかのように、一条は顔を背けた。

 しかし、心臓が早鐘のように鳴っているのが腕からマリアに伝わってくる。

「よし! では早速学食へ行くとしよう」

 面白かったので、マリアはこのままの態勢で学生食堂へ直行した。

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