第1章 宇宙怪獣の降る都市 ~その5~
まるで自分の手足のように扱う、という表現がある。乗り物や道具を自由自在に使いこなせて、はじめてそう言える。
わずかな時間で徐々にではあるが、和馬は斑鳩を自分の手足のように操れるようになりつつあった。まるで同化している気分だ。
そうなってくると、リーフの助言通り斑鳩目線のが都合がよい。普段、自分の体を動かす感覚の延長で斑鳩を操縦すればいいのである。
「飲み込みが速いわね。一条君の適正が優れているのかしら?」
「操縦が思ったより簡単で、機械のアシストが優秀なんだよ」
そうでなくては自動車の運転免許すら持っていない高校生には扱えないのだろう。
「それに何らかの力を感じる」
「それが銀河の力よ」
リーフは断言した。特に和馬からは強い力を感じる。この新葉学園の他の生徒とは明らかに違った。
「やはり来たか……」
件の門の前で斑鳩の肩をマリアの機体に捕まれた。
「何故、そうも易々と斑鳩を操縦出来る? 私でさえ、1月かかったというのに」
「そいつは企業秘密さ」
旨く説明出来ないだけなのだが、和馬はうそぶく。
「機体同士が触れることによって、音の振動が伝わり通信が出来るようになるのよ。直結通信ね、直結通信」
直結、の部分をリーフが過度に強調する。まさか、それを言いたいがために頼みもしない解説を始めたのか、コイツ。
「それなら接触通信じゃないのか?」
「うっ……。その通りだけど、ノリが悪いわね」
「あと解説は、糸電話と同じって付け加えないと」
振動で声を伝えるから原理は一緒である。
「一条君って、可愛くないわね」
「それこそ余計なお世話だ」
放っておいてもらおうか。
「また端末と話していたのか?」
「……企業秘密ということで」
「ブツブツ独り言を言っているみたいで、気持ち悪いぞ」
ふっと、マリアが微かに口元を緩めたのがわかった。和馬は羞恥心がこみ上がってくる。
「一条、門を開ける。少し待っててくれ」
ここでやっと斑鳩の肩が解放された。
「門を開ける?」
和馬は眉根を寄せた。
門を開けてしまって大丈夫なのか?
門を開けて新葉市に宇宙怪獣の侵入を許してしまったら……?
そんな至極真っ当な疑念を抱く。
「壁を飛び越える。銀河の力が本当にあるのなら、出来るハズだ!」
根拠などない。なんとなく可能な気がしたのだ。
和馬は壁から離れ、勢いよく助走をつけた。壁を飛び越えるイメージを頭の中で鮮明に描いた。浮かんだ像と現実をシンクロさせるべく、和馬は体の内からあふれんばかりに湧き出す力を爆発させた。
驚愕のあまりマリアは目を剥く。
「斑鳩が飛んでいる! 一条は銀河の力を使いこなせるのか」
マリアも銀河の力の存在は知っている。随分と前にスーパーコンピューターのリーフを調査する過程で、銀河の力(実際の名前はリーフの言うとおり違うのだが)に関する記述が発見されたからだ。
ただし、それが具体的にどのようなものかは謎のままである。それでいてグリップや斑鳩を使うことは可能なのだ。大体にして斑鳩には車でいうところの、ガソリンタンクのような燃料貯蔵庫が内蔵されていない。代わりに大きな石のようなモノが積まれていた。
「そんな未知の力をアイツは……」
跳躍ではなく飛翔。斑鳩を、いや銀河の力を自在に操る様をまざまざと見せつけられて、マリアは唇を噛んだ。およそ、自分に出来る芸当ではなかったからだ。
「さすがに一発で飛び越えるのは無理か」
壁の半ばを超えた辺りから勢いが衰えてきた。
「それでも大したものだけど。一条君、ここからどうするの?」
「なんだか随分と楽しそうだな」
「ここまで斑鳩を操れた人は初めてよ。私を作った星にもいなかったわ」
「そりゃまた、スケールの大きな話だ」
ここは期待に添えるとするか。それに結局飛び越えることに失敗したら、とても恥ずかしいし。
ほぼ垂直に建造されているバリケードの如き壁。その壁を蹴り、斑鳩を押し上げる推進力を得る。
一度、
二度、
三度、と。
ついに壁を飛び越え新葉市の外へと躍り出た。落下に伴う浮遊感と、体重が減少したかのような心地良さに和馬は身を委ねる。
そして、着地。それと同時に斑鳩はオートで両膝を大地に押し付け、衝撃のショックを逃がした後に直立不動の姿勢をとった。
「お見事!」
「本番はここからだけどな」
やっと舞台に上がったところだ。役者は和馬の斑鳩と2体の甲虫型の宇宙怪獣。はてさて、誰が一番うまく踊れることやら。
「やたらとデカいな。カブトムシとクワガタって」
虫の王者のゲームを和馬は連想してしまった。
「ちょっと待て!」
「どうかしたの?」
「さっきの幼虫が成獣になると、あんなサイズになるのか?」
遠目からでもわかる。斑鳩で見上げてしまう巨大さだ。
「幼虫から成獣へは、この星の人間の一生よりも長い時間がかかるみたいなのよ。宇宙◯し◯発見! ね」
「スーパー◯と◯君人形が欲しいところだな」
「ちゃんと欲しいところに欲しい突っ込みを入れてくれて、嬉しいわ」
このぶんだとリーフは日本のテレビ番組を網羅していそうだ。すぐそこまで甲虫型の宇宙怪獣が迫っているというのに、和馬とリーフは割合いのんびりしていた。
やがて斑鳩と2体の宇宙怪獣の相対距離が縮まる。
「何か武器は」
和馬が念じると斑鳩の右袖に相当する部位からグリップ状の物体がスライドし、五本の指でしっかりとそれを保持する。
斑鳩サイズのグリップ!
持前の嗅覚からそう判断し、グリップを斑鳩の両手で握り締めさせた。意識を集中すると、やはり青白い刀身が顕現する。
「一条君!」
「わかってるよ」
巨大カブトムシがその自慢の角で、突きを繰り出そうしていた。その攻撃が、和馬の目には何故か緩慢に映った。
さっと機体をよじらせるだけの、一切の無駄を省いた動作だけで躱してしまう。
やはり和馬は気付かなかった。今度は一緒に乗り込んでいるリーフもわからなかった。微々たる距離だが超高速で移動していたことに。
攻撃後の隙だらけな場面を和馬が見逃すハズがなかった。一気に集中を高め、巨大カブトムシの片側の足を3本とも根元から切断する。
「……強力、過ぎるな」
想像を絶する威力に、和馬は戦慄した。まさか成獣、それも甲殻で包まれているのに足を切り落とせるとは思っていなかったのだ。
無論、それは和馬だから可能な芸当であった。
戦いはまだ終わっていない。巨大クワガタが横合いから襲いかかってくる。
「南無三!」
和馬はすぐさま頭から前方へ飛び、肩から前転をして距離を取り態勢を立て直した。
「うあ……」
思わず目を逸らしてしまいそうになった。巨大クワガタが頭部のハサミで巨大カブトムシをバラバラにしていたのだ。
巨大クワガタは存分に解体し満足したのか、ハサミを和馬の方へと向ける。和馬も正面から受けて立つ。ほどほどの速度で互いに接近し、両者の間は狭まる……。
ガツっ!!
勢いよく巨大クワガタのハサミが閉じられた。
「一条っ!」
聞こえていないことを承知でマリアは叫んだ。和馬の機体が真っ二つに切り裂かれた、かに見えたからだ。
しかし、そうではなかった。
和馬はハサミが閉じられるギリギリでスライディングをし、巨大クワガタの腹の下へと滑り込んだ。半ば無意識のうちに青白い刀をどてっ腹に差し込んでいた。そのまま腹を引き裂きながら滑り続け、停止することなく巨大クワガタの下を通過した。
ずず~ん、と巨大クワガタの巨体が大地に沈む。
「スゴイわ!」
「確か、他に3体いるんじゃなかったか?」
「大丈夫よ。そっちも終わったみたい」
「そうか」
「1人で2体もやっつけるなんて、こんなの初めてよ」
リーフは興奮を抑えきれない様子だ。
「なあ、リーフ。いくつか質問があるんだが、いいか?」
「何よ? あらたまって」
「斑鳩が兵器として利用されないために、高校生の年代でしか扱えないのと新葉市周辺数キロでしか稼働出来ないのは、まあわかる」
「……うん」
リーフは和馬の勘の良さに舌を巻いた。そのように設定したのはリーフの本体である。
「地球の兵器じゃ通用しないのか?」
現在、斑鳩はオートで帰投している最中だ。ヘッドギアもはずしている。
「全く効果がないわけじゃないんだけど、う~ん……」
対空砲火で宇宙怪獣の落下点をずらしたりは出来る。
「日本にいる由緒正しい怪獣のゴ◯ラだって、通常兵器で倒すのは難しいじゃない? それと同じ理屈よ」
「あれは映画なんだが」
「そうなの? 通常兵器で倒すのが困難だから、自◯隊が機械のゴ◯ラを作ったりするのよ」
例えが下手過ぎるし、知識が偏り過ぎていた。
「……効率の問題なのはわかった」
だからといって、子供たちだけを戦わせることが正しいとは思えないが。
「戦闘に巻き込まれてロボットに乗り込むのは王道パターンだ! とか師匠やあのバカなら言いそうだな」
そして羨ましがるだろう。和馬は肩の力を抜いた。
「一条君の師匠かあ。相当器の大きい人か、相当な変人ね」
図星である。正確にはその両方だ。
「どうしてわかった?」
「だって一条君の師匠でしょ?」
したり顔でリーフは答えた。和馬は二の句が継げられない。
さっさと風呂でも入って、和馬はゆっくり休みたかった。だが、何かを忘れているような……?
「あっ! 転入の手続きが終わってない」
「ご愁傷さま」
「くそ」
和馬にどっと疲労が襲ってきたのは言うまでもない。
第1章のあとがきと、次章の予告です。
恐らく全体の5分の1が終わったのかな?
一応完成した物語を大幅に加筆、修正しているだけなのでそこそこのペースで投稿出来ています。面白くはなってないかもしれませんが、読みやすくはなっているハズ。
んが、第2章はあまりにヒドイので全面的に書き直します。だから投稿のペースが相当落ちます。読者のみなさま、管理人さま、申し訳ないです。