第1章 宇宙怪獣の降る都市 ~その4~
リーフの声をマリアに届けるには通訳が必要だった。そして、それはどんだけ考えたって和馬の役割である。
「リーフが言うには2体の宇宙怪獣が、斑鳩? の戦線をすり抜けて新葉市へ向かっているとのことだ」
まあ、大体でいいだろう。
「馬鹿者どもが!」
物凄い形相で吐き捨てると、マリアは踵を返して一目散に新葉学園を目がけて駆け出す。止める暇もなかった。
「あっ。斑鳩なら呼べるのに」
「なあリーフ。その斑鳩っていうのは何だ?」
和馬はマリアを追いかけつつ、リーフに疑問を投げかけた。
「巨大人型ロボットよ」
非常に簡潔な答えが返ってくる。
巨大人型ロボット。
その意味を頭の中で咀嚼するのに、和馬はたっぷり数分を要した。
「は?」
咀嚼したらしたらで、悪い冗談としか思えなかった。巨大人型ロボット。なんじゃ、そら!?
「嘘は吐いてないわよ」
「確かに嘘を吐く必要がないな」
和馬はそう結論付け、頭の中を切り替える。
「よし、リーフ。そのイカだかタコだか何でもいいや。さっさと呼んでしまえ!」
「イ、カ、ル、ガ、よ! 斑鳩!!」
「意味が伝われば、それでいいんだよ。当たり前だが俺の機体もな」
必死になっている少年が、そこにはいた。放っておけばいいのに、そう出来ない自分が和馬はおかしかった。
「なにをムキになっているんだろうなあ、俺……」
「もしかして惚れちゃったとか? マリアさんは学園のアイドルだもの、無理もないわ」
いひひ、とリーフはいやらしい笑い方をする。ホント、こいつは。
「確かに美人だが」
和馬は苦笑した。
「今の、この状況が楽しいのかもしれない」
「やっぱり、おかしな人ね」
「自分でも、そう思うよ」
先ほどと同じやりとりをし、やはり和馬は先ほどと同じ自嘲気味な笑みを浮かべる。
自分の意思で行動している実感が、和馬にはあった。それも明確に。
これまでの一方的で選択肢の無かった、ただ眺めていただけの人生とは違う。選んだ人生を生きる。
それは素晴らしいことだ。
和馬の胸は否が応にも高鳴るのであった。
「あ。来たわよ」
「ほあ~。本当に巨大ロボットだ。師匠やあのバカが見たら泣いて喜びそうだな」
その異形に圧倒されたのか、和馬は間抜けな声を発してしまった。
斑鳩と呼ばれる巨大ロボットの第1印象は、まさに巨人そのものだった。白を基調に間接部分などは黒やグレーの色彩が施されている。非常にシンプルなカラーリングだ。
全長7、8メートルといったところか。
「こんなスマートな機体で自重が支えられるのか?」
ここまで人型である必要があるのか?
そんな疑問が浮かんでしまうほどスリムなのである。悪い言い方をすれば華奢で、いまいち頼りない。
「鋭いところを突いてくるわね。一条君はロボット工学の知識でもあるの?」
「いや、全然。師匠にこれでもかと観させられたロボットアニメに、ここまで線の細い機体は出てこなかったから」
「どういうアプローチの仕方よ!」
リーフは信じられないものを見るような目つきをする。
「人間相手なら、人型なのも意味がある気がするが……」
人型という威容に圧力を与える効果もあるだろう。現に和馬も目に見えない抑圧を感じていた。
「そこはほら、乗ってみればわかるわよ」
お気楽にリーフは小さな手で、和馬の肩をバンバン叩く。
「自転車に乗るのとは違うんだから」
本当にリーフはスーパーコンピューターなのか、疑わしくなってきた。
「貴様、一体どういうことだ。何故、有人操作の斑鳩がここにある?」
斑鳩が現れた時点で走るのを止めたマリアが、その碧い瞳をぱちくりさせている。
「貴様貴様って。一条和馬という名前があるんだが」
「……すまない、一条」
「別にいいじゃない。わざわざ戻る手間が省けたんだから」
いちいち説明するのも億劫だった。
「何故2体ある?」
「もちろん俺が乗るから」
すでに和馬は、片膝を地面について駐機姿勢を保っている斑鳩の背中に取り付いていた。背中が観音開きとなっているのだ。
「待て! 登録されていない人間が斑鳩に乗ってはいけないと、規則で決められている」
「え? なんだって? 聞こえない?」
わざとらしく右耳に右手を添えて、和馬は聞こえていないフリをしてコクピットへと滑り込んだ。
「切羽詰っているだろう状況下で、規則もなにもないだろうに」
鼻で笑いながら和馬はシートに腰掛ける。背中のハッチが閉じるとともに、内部照明が点灯した。次いで正面のかなり広範囲な部分が明滅した後、メッセージと何かの説明図が浮かび上がる。
「へぇ~。これが全部モニターなのか。何々? シートベルトを着用してください……。そ、そうだな」
車に乗ったことがあるのか、ないのか和馬は覚えていない。シートベルトを着用するのに、もたついてしまった。
「お次はっと」
「一条君は私が見えるんだから私が説明するわ。ヘッドギアを装着して」
「……なんでいるんだ?」
露骨に和馬は鬱陶しげな表情を浮かべた。
「私の扱い、ひどくない?」
「あ~、ヘッドギアってこれかあ」
誤魔化すようにリーフが指し示したヘッドギアなる物を頭からかぶった。すっぽりと両目まで覆われてしまう。
「うあっ!」
急に目の前に外の映像が至近距離で映る。それがいやに高い視点なのだ。
「ちょ。これ、このロボットの目線じゃないか」
「そうよ。斑鳩の両目にはカメラが内蔵されていて、そこからの映像よ」
「怖いって」
それはそうだろう。全長8メートルからの眺めである。
「これはいいや」
迷わず和馬はヘッドギアを頭から外した。
「ちょっと、どうして外しちゃうの?」
「高所恐怖症だからだよ」
嘘だけど。ただ、高くて怖かったのは本当だ。モニターは斑鳩の腹部からの眺めだった。こちらなら問題無い。
「いいから、もう1度ヘッドギアを装着して」
「え~?」
「あなたなら、出来るわ」
「…………」
師匠やあのバカならリーフの台詞に喜びそうだったが、和馬は無言でヘッドギアを再び装着した。
「リーフさん、怖いっす」
「行くわよ~」
「何をっ!?」
和馬はびくっと体を強張らせたのと同時に、頭の中へ大量の情報が流れ込んでくる。
「大丈夫なのか、これ?」
まぎれもなく地球よりも進歩したテクノロジーなのだろう。
「大丈夫よ。私を作った星の人たちには、なんの副作用もなかったみたいだから」
「……の、ようだな」
それもまた、頭の中に注がれている情報に含まれていた。
「終わったわ」
わずか1、2分のことだった。大量といっても文庫1冊程度のものだ。とはいえ、それが圧縮して短時間で脳に入ってきたのだから、和馬の意識はやや朦朧としていた。
「少し落ち着けば、問題無さそうだな」
「一条君は慣れていないものね。もっと多くの情報を注入する人もいたし」
「テスト勉強とか、助かりそうだな」
「なんていうか、一条君はそういう悪巧みが得意なのはわかったわ」
「悪巧みて」
軽口を叩きながらも、和馬は斑鳩を自然に動かしていた。頭に流れ込んできたのは、斑鳩の操縦方法だ。この状態で、それ以外はあり得ないわけだが。
「こちらは生徒会室。名前と学年、クラスを答えなさい。勝手に斑鳩を操縦するのは規則違反なのよ」
突如として通信が入った。こういう場合、モニターに相手が映るのを和馬は先ほど知った。和馬がヘッドギアを外しても、今回リーフは何も言わない。
「マリアさんと同じこと言うなあ」
「マリア副会長の指示を無視したの?」
「まあ、そうなる。飛び入り参加だ。そういうサプライズがあった方が、何かと楽しいだろ?」
「ちょっと、サプライズって。今すぐ斑鳩から降りなさい!」
最初から非難するような口調だったが、それが命令系へと進化してしまった。
「そんなカッカしなさんな。いちご牛乳飲め! いちご牛乳。」
火に油を注ぐにもほどがあった。
「わ、笑わせないで」
リーフが小さな体をプルプルと震わせて、吹き出すのを堪えていた。
「いい加減にしなさいっ!!」
頭に血が上ったのか、映像の相手がヒステリックに怒鳴りだす。周囲の目などお構いなしだ。
「そろそろ目的地に到着する。通信、切るぞ」
しかし和馬はそよと受け流し、
「リーフ、切って切って」
一方的に通信を終わらせようとする。
原則的に、作戦司令室からの通信は斑鳩の側からは切れないようになっている。例外的に通信を傍受され、戦闘が不利に陥りそうな場合に限り切断が可能なのだ。
そして、それはリーフのような端末の力を借りる必要があった。これも先ほどヘッドギアから情報を入手したからこその業だ。
「いいのかしら?」
そうは言っても、リーフはきちんきちんと通信回線を遮断してしまう。和馬がどういう立ち回りを見せるのか、興味があったからだ。
それは目の前の戦闘だけのことを指しているのではない。
斑鳩での無断出撃という規則違反に対する処罰。生徒会役員の印象を著しく損ねてしまったことへの対処。
そして学園に巣食う格差という根深い問題。
恐らく一条和馬という少年は、それらの懸案事項に真っ向から対決していくハズだ。
リーフにはそれがわかる。そして、それを楽しみにしている自分がいた。
地球よりも遥かに進んだ文明を持った星で開発されたスーパーコンピューターのリーフ。その性能は地球人からすれば、甚だ非常識なものだった。