番外編 マリアの恋 ~その3~
とにかく、話題を変えなくては!
「それとは違うんですが、悩み事があって」
決して間違ってはいない。私には悩み事がある。
あなたの事が好きです。
という極めて重大かつ、重要な悩みが。
「どんな?」
こちらの気持ちも知らず、先輩はどこかほっとして、気軽に気楽に聞いてきた。無理もないのだが。
「個人的なことなので、ちょっと……」
私は平静を装うのにやたらと苦労した。
「もしかして、彼氏の事とか?」
「彼氏なんていませんっ!!」
自分でもビックリするくらい大きな声で、私は反射的に答えていた。先輩も目を丸くしている。
「そっか、彼氏いないのか」
いち早く気を取り直した先輩は、やたらと嬉しそうだった。
「先輩こそ、彼女とかいないんですか?」
悔しかったのと、気になったのが半々で私は聞いてしまった。これで、
いる
と告げられたら、私は一体どんな顔をすればいいのだろう……?
「好きな子なら、いる」
先輩は私のことをじっと見つめて、言った。
心臓の鼓動が高鳴る。私は顔を真っ赤にして、どうすることも出来ないでいた。
夕日が窓から生徒会室に差し込む。先輩が好きな風景を目にすることの出来る時間帯だった。
「無理にとは言わないよ。出来たら、でいい」
先輩も相当に緊張しているようだ。ぎゅっと強く拳を握りしめている。
「俺と、付き合って欲しい」
決定的な一言が先輩から発せられた。
私の胸がドキリと跳ねる。
ずっと待ち望んでいた告白の言葉。
ただ、突然過ぎたのと喜びのあまり有頂天になり、私は固まってしまった。
それでもなけなしの勇気を振り絞って、
「は、はひ!」
と噛み気味だったが返事をした。
「はあ~っ! よかった。ありがとう、マリア」
ホッとして先輩の顔が緩む。私も気が抜けてイスにへたり込んでしまった。
互いに顔を合わせて私と先輩は笑い始めた。
そして、この日、私と先輩は恋人になった。
私は先輩と付き合い始めた。
だからといって、別段、なにか特別なことをしたわけではなかった。
そもそも先輩は生徒会長であるから、親族の訃報のような緊急の用件でもない限り、新葉市から外へ出ることは許されていない。
いつ、宇宙怪獣が現れるかわからないからだ。
新葉市に政令指定都市並みの施設が揃っている理由が、ここにある。生活するだけなら、わざわざ外に出る必要は全くなかった。
デートをするにも、新葉市の中で充分に要件を満たせることができた。
ただ、お互いに多忙な立場であったため、なかなかデートらしいデートをする暇がなかった。
私は別にそれでも構わなかった。学校に行けば先輩に会える。昼食の時間になれば学食で先輩と食事をとった(残念ながら私は檜山さんと違い、料理があまり得意ではない)。クラス委員の仕事が無いときは、生徒会室で先輩の仕事の手伝いをした。
夏休みも生徒会は忙しい。授業が無いだけで、それなりに業務があった。やはり私は先輩にくっついて、自分のやれることをしていた。
「時間とれなくて、ごめんな」
夏休みの閑散とした学食で、先輩は申し訳なさそうに謝る。
「そんな。別に気にしていません」
一緒にいられるだけで、私は満足だった。それに、やることはやっていたのだし……。
「……そっか」
どことなくよそよそしい、渇いた返事を先輩は寄越した。
こういうとき、私は不安になってしまう。
そんな2人が珍しく学校の外を並んで出歩いたのは、2学期が始まってほどなくしてからである。
新葉学園の近くにある神社で、縁日が行われるというので、
「マリアには珍しいと思うよ?」
先輩がしたり顔で誘ってくれたのだ。したり顔で。
私にとって日本という国は、ありとあらゆるものが物珍しかった。縁日というのは、その上をいくのだろうか?
「そうそう、これ着て欲しいんだ」
先輩に渡されたのは、浴衣だった。濃紺の布地に紅や橙の色をした金魚があしらってある。
私は数少ない普通に接してくれる生徒の朱宮遥に頼んで、着るのを手伝ってもらった。
「会長さんと、デートなの?」
「そうなる、のかな?」
「いいなあ」
その、いいなあ、が『会長さんと』にかかるのか、『デートなの?』にかかるのか微妙なニュアンスだった。
なので私はそのことには触れず、丁重に礼だけ述べて出掛けることにした。
そして今、神社の入り口で1人、佇んでいる。
通り過ぎる人が必ずと言っていいほど、私のことをじろじろと、あるいはチラチラと窺っていく。
この浴衣というのは、なにか特別な衣装なのだろうか?
私は妙な勘違いをしてしまう。
しかし、他にも浴衣を着た人は少なからずいた。
それなのに私だけ注目されるというのは、一体全体どういう事なのだろう?
「マリア、お待たせ」
先輩がやや足早にやってくる。
「まだ約束の時間まで15分ありますよ、先輩」
実は浮かれまくって私は約束の時間よりも、1時間も早く来てしまったのだが、それは内緒だ。
「いや、女の子を待たせたら駄目だろ」
「そういうものですか……?」
私は気恥ずかしくなった。
「それにしても、やはりというか、すごい似合ってるなあ」
「ありがとうございます」
「みんなが見てるぞ」
先輩はどこか誇らしげだった。
私には浴衣の良さが、さっぱりわからない。
ただ、よく似合っているから、周囲から視線の集中砲火を浴びるのは理解できた。
「とても、可愛いよ」
「……はい」
先輩のストレートな表現に、私は赤くなって俯いてしまった。
「マリア、これ」
先輩が手渡してくれたのは、リンゴ飴という縁日では定番の食べ物だった。リンゴの外側が雨でコーティングされており、私にはちょっと食べ辛かった。
先輩に目をやると、平気でバリバリやっていた。私も頑張って齧りついた。




