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第1章 宇宙怪獣の降る都市 ~その2~

「噂の宇宙怪獣とやらがどんなものか、楽しみだ」

 和馬は不敵にもニヤリと頬をゆがめる。

「変わっているわね……。あと10分ほどでやってくるわ」

「わかるのか?」

「私はメインコンピューターと繋がっているのよ? もうすぐ警報が鳴るわ」

「確かに、これは便利だな」

「警報を鳴らす命令はキーボード入力の端末から下されたんだけどね。それだと若干のタイムラグが生じちゃう」

 でも見えてないんじゃ、仕方ないわ。リーフはふうっと溜め息を吐く。タイピングよりも会話の方が速いことに議論の余地はない。なにより楽だと和馬は思う。

「まもなく宇宙怪獣が襲来します。市民のみなさんは速やかに最寄のシェルターに避難してください。繰り返します。まもなく……。」

 遠くで避難を呼びかけるアナウンスが聞こえる。

「最寄のシェルターって、どこだよ?」

 和馬は侮蔑気味の笑みを浮かべた。推測だが、これは逃げ遅れた人間に対するアナウンスだろう。新葉市に入ってからここまで、リーフ以外に誰とも出くわさなかったことに違和感があったのだ。

 この都市の人間には事前に避難勧告が通達されているのだろう。それでも逃げ遅れた人のために警報やアナウンスを流すのは、和馬から見て良心的に思える。

「さすがに本格的だな。大戦末期に空襲を受けていた頃の日本も、こんな雰囲気だったのかな」

 無論、最新鋭の機材やシステムは当時のものと比べるべくもない。

 和馬は実際のところ、かなり緊迫した状況に置かれていた。だが、その口振りはまるでハイキングを楽しむかのようである。

「B29による無差別爆撃ね」

「お。よく知ってるな」

「この星の太平洋という海に浮かんだ極東と呼ばれる小さな島の歴史は、ざっと目を通したわ」

 どうやって?

 とは聞かなかったが、和馬は何となく馬鹿にされている気がした。

「この国の傑作戦闘機である零式艦上戦闘機。その戦闘機の『ゼロ戦』という名称は戦後の漫画家がでっち上げたものであって、戦時中にそのような敵性語を使用していた人間は1人もいない。そのことも、ちゃあんと知っているわ」

「そ、そうなんだ……」

 和馬はやや冷やかな目を向けた。

 リーフと喋っていると話題こそ違えど、マニアック度で上杉やあのバカのことを思い出してしまい軽く脱力してしまう。

「私の事が見える人に会ったのは初めてだったから、ついついお喋りになっちゃって」

 空気を読んだのか、ごめんなさいとリーフは頭を垂れる。

「別に構わないけど。それにしてもホント、よく出来てるなぁ」

 これで機械なのか。和馬には生きているとしか思えない。全く恐れ入る。

「あなたからは、とても強い銀河の力を感じるわ。だから私の事が見えるのね」

 楽しげにリーフは舞うように飛ぶ。

「宇宙怪獣に銀河の力、か……」

 そのあまりにもあまりなネーミングセンスはさておき、和馬は持ち前の鋭い嗅覚でキナ臭さを感じていた。

 しかし、そこでじたばたしないのが一条和馬という少年である。慌てずにマイペースを貫く。新葉学園まで急ぐつもりは毛頭なかった。

「どうしてそんなに落ち着いていられるのかしら? 一条和馬君」

「どうして? と、聞かれてもなぁ」

 一瞬、自分の名前をそらで言われたことに対し和馬は警戒心を抱いたが、新葉市を制御しているコンピューターと繋がっているのなら知っていて当然だ。

 恐らく学生証をスキャンしたときに情報を登録したのだろう。

「ま、いろいろと危ない橋を渡ってきたからな」

「16歳の言葉とは思えないわね」

 リーフは腕を組み、ちょこんと首を傾けた。その振る舞いに和馬の心は和らぐ。

「貴様、そこで何をしている!?」

 唐突に凛とした声が和馬とリーフの会話に割り込んできた。気が緩んでいたところへ、上から怒鳴られた形になり和馬は気分を害された。

 簡単に言えばムカついたのだ。

 声のした方向へ顔を向けると、黒いツナギに身を包みヘルメットを脇に抱えた2人組がこちらへ真っ直ぐやってくる。

 ムカついている和馬が答えるハズがなかった。

「貴様、ね……」

 ただ、そう呟く。

 貴様ら、ではない。貴様、と1人称で呼ばれたことが和馬の意識を支配した。

 自分のことが他の人には見えない。リーフのその言葉は、どうやら本当らしい。

「避難勧告が出ているのに、なぜシェルターに行かない!」

 命令形の強い口調で言われ、和馬はますます苛立った。初対面の相手にこんな言い方されて腹の立たない人間がいるのだろうか?

 例えそれが金髪碧眼の外人、しかもとびきりの美女であったとしてもだ。

「迷子だからだよ」

 ぷ!

 ぶっきらぼうな和馬の返事にリーフが肩を震わせている。別にあながち間違いでもない。

「この金髪の美人、マリアさんっていうの。生徒会の副会長よ」

 耳元でリーフが囁く。わかった、と和馬は軽くアゴを引いた。口にするのはまずい。

「ならば最寄のシェルターまで案内する。ついて来い」

 怪訝な顔をしながらも、マリアは和馬の身の安全のために動こうとしているようだ。

 そんな刺々しい風情じゃなければ、好感を持てるのに。なんだかとても残念な気分だった。

「気持ちはありがたいが、宇宙怪獣とどう戦うのか興味あるから遠慮するよ」

 やんわりと和馬はマリアの提案を撥ね退け、学園へ向けて歩行を再開しようとした。そもそもシェルターへ避難する気があるなら、最初からリーフに聞いている。

「何を馬鹿な事を言っている。すでに対空砲火が始まっているんだぞ! こちらの指示に従え」

 マリアは有無を言わさぬ口調で怒りも露わに和馬に詰め寄った。

「あ、本当だ」

 露骨に気の抜けた返事を和馬はした。

 振り向けば確かに複数の高層建築物から砲塔が生え、天に向かって火を噴いていた。新葉市に入ってすぐの場所に高い建物が軒を連ねていたのはこのためか。

「でも大丈夫だから、お構いなく」

 ひらひらと右手を振って、和馬は足早にこの場を去ろうとする。マリアの言っていることなど馬耳東風だ。

「いい加減にしろ! こっちも暇じゃないんだ。大人しく副会長の言う事を聞け!!」

 のらりくらりと決して首を縦に振らない和馬に対して、それまでマリアに付き従っていただけの男が業を煮やしたようだ。

 両腕を伸ばし和馬の胸倉を掴む。巨漢なため迫力満点だ。

「よせ、岡崎!」

「こういう輩は腕ずくで言う事を聞かせるしかないんです」

 岡崎は和馬の身体を持ち上げる。もう両足が地面に着かない状態だ。

「へえ。言う事を聞かない奴には暴力を振るうんだ。いやはや何ともご立派な考え方だなあ」

 けれど和馬は微塵も委縮したりなどせず、平然と軽口を叩いてみせた。

 瞬間、マリアの表情が曇ったように思えた。

「生意気な口を。その鼻っ柱をへし折ってやる!」

 冷静に考えれば、今はこんなことをしている状況ではないハズだ。しかし、岡崎は一方的に暴力を振るえる快感に酔っていた。

「やってみろよ」

 その刹那、和馬の顔色が凍てついたものへと変貌を遂げた。

 岡崎の両手首を握り締め、あらんかぎりの圧力をかける。


 みしみしみし……。


 骨が圧縮される嫌な音が鳴る。時間にして1分も経っていないだろう。

「なっ……。ぐ、ああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」

 ペキ! という乾いた物音がした途端、岡崎は和馬の胸倉から手を離し両膝を地面に落とした。

 誰の目にも勝敗は明らかだった。

「うっ」

 思わずマリアは息を詰まらせた。和馬が容赦なく高速の膝蹴りを岡崎の顔面に浴びせたからである。

 予想していなかったのか、まともにもらった岡崎は鼻が陥没し気を失ってしまう。

「鼻っ柱をへし折られたのは、そっちの方だったな」

 舐めてかかるからそうなる。そこに同情の入る余地など、ない。

「ここまでする必要があったのか!?」

 マリアが口を尖らせて和馬を睨めつけた。

「そちらから仕掛けておいて、それ?」

 和馬は最初から放っておいて欲しい旨を、それとなく主張していた。なのに無理やり言う事を聞かせようとしたのはマリア達だ。

 しかも最終的には腕力に訴えておいて、その言い草はないんじゃないか?

 自分勝手、いや自己中心的にもほどがある。

 それに……。

「岡崎君の方を、真剣に止めるべきだったんじゃないか?」

 止めはしたものの、結局は岡崎のしたいがままにさせた。和馬が荒事に慣れていなかったら、どうなっていたのだろうか?

 和馬の問いかけに、マリアは碧い瞳を閉じた。

 何か忸怩たるものがある。和馬は鋭い嗅覚で直感したが、どうでもいいことだった。

 マリアは和馬から顔を背け、気絶している岡崎の状態をしゃがみ込んで確認する。和馬も何とはなしにそちらへ目を向けた。

「ん、これは?」

 岡崎の腰のベルトに数本のグリップが吊るされていた。そのうちの1本を強引に引き千切り、しげしげと観察する。

「そのグリップには銀河の石のレプリカが埋め込まれているの」

 リーフは和馬にそっと耳打ちした。今度は銀河の石ときたか。

「ネーミングセンスが壊滅的だな」

「ひっど~い! 人をバカにして」

「いや、リーフは人じゃないだろう……」

 ふてたリーフを見る和馬の目が冷めたものとなる。

「そ、そうだけど。あなた達の言葉だと銀河の石としか表現できないんだから、仕方ないじゃない」

「ま、変に気取った名前よりはマシかな」

 カタカナでは意味が分からない単語も、漢字にすれば想像はつくのだ。

「そう! わかりやすさ重視なのよ」

「誰に向かって言っているんだ……?」

 あらぬ方角へ指をさして叫んでいるリーフに対し、和馬はどう反応していいのかわからなかった。

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