第6章 新葉学園の一番長い日 ~その2~
「マリア先輩、あと1区画で最後です」
檜山は目を皿のようにして地図を眺めながら、報告を行う。
その姿がマリアには眩しかった。
「今年の1年は凄いな」
去年の今頃、自分はどうだったか?
ただモニター越しに戦いを傍観しているだけだった。そんな自分に比べて一条や檜山の積極性といったら……。
マリアは2人が眩しく見えるのも必然と思う。
「マリア先輩?」
「ん? ああ、すまない。行くとしよう」
感慨に耽っていたマリアが踵を返したとき、激しい揺れが襲った。
「北ゲートが突破されたのか!?」
マリアは副会長として一番危険だと思しき北ゲート付近の巡回を行っていたのだ。そこへトカゲ型の宇宙怪獣1体が、こちらへ迫りくる。
「いえ。1体だけですのでイレギュラーだと思われます、ハアハア……。たまたま防衛ラインをすり抜けたのかと。それでも、わたし達にとって絶体絶命の、ゼェゼェ……、ピンチには変わりありませんが」
状況を説明しながら、檜山は猛然とダッシュしていた。
マリアもそれに並走する。逃げ切れるものではないが、逃げないわけにはいかなかった。
トカゲ型の宇宙怪獣は仲間を殺戮されて怒り新党しているのか、2人を踏みつぶさんと猛り狂っている。
追い込まれながらもマリアは解せなかった。
宇宙怪獣にも知能や感情があるのか?
いつもなら壁を越えた宇宙怪獣は、真っ直ぐ新葉学園に向かっていた。それなのに、今はまるで仲間を殺された復讐を果たすかのごとく、2人を追い回している。
「…………?」
胸に疑問を抱くも、マリアはそれ以上の思考を進めることはしなかった。局面がそれを許してくれなかったのだ。
「私が囮になる。その隙に檜山さんは、近くのシェルターに逃げるんだ」
「嫌です! 最後まで諦めずに、2人で助かる方法を考えましょう!」
決死の覚悟のマリアを、檜山はキッと睨み返す。
だからといって、何か良い方法が浮かんでくるというわけでもないのだが。
「その通りだ。最後まで諦めるな!」
どこからともなく発せられた力強い声。
トカゲ型宇宙怪獣の足音が遠のいていく。振りかえれば長大な槍を携えた男が、なんと襲いかかっているではないか!
「成獣と生身でやりあうなんて……」
あまりの事に、マリアの声が途切れた。
掟破りにもほどがあった。頼もしいといえば、もちろん頼もしいが。
男はトカゲ型宇宙怪獣の、2本の左足を集中して攻撃しているようだ。
動きを完全に見切っているのか、素早い身のこなしで攻撃を躱すと躊躇なく飛び込んだ。その長大な槍を振るって、トカゲ型宇宙怪獣の左足に傷を負わせる。
そして、すぐさま離脱。
その一連の動作を繰り返し、男はついにトカゲ型宇宙怪獣を地に這わせることに成功する。2本の左足が体重を支えれなくなったのだ。
さらに男は抜け目なく頭部に突きを幾度も繰り出し、確実にトドメを刺した。
人間離れした精神力と強さだ。
あの戦い方で、よく精神が擦り切れてしまわないな。
マリアは体の芯から怖気がした。
それと同時に、なぜか初めて一条に会ったときのことを思い出していた。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
男が何者かは知らないが、自分たちを助けてくれたのは間違いない。
マリアは深々と頭を垂れた。
「お、おう……」
男は照れ臭そうにバリバリと頭を掻く。
ほったらかしで伸びてしまった髪を後ろで束ね、顎には無精ヒゲが生えている。見た目で判断する限り30代なんだろうが、マリアは正直その身なりはどうかと思う。
しかし、その強さは真実本物だった。
「あの、あなたは一体?」
誰なのか?
マリアは物凄く興味を魅かれた。
「いたあ! マリア先輩って、あれ。師匠、こんなところで何してるんですか?」
二階堂が手を振りながら、こちらへやってくる。
「こんの、バカ弟子があ! お前はホントに空気読めないんだな」
「ええっ!?」
男はひどく残念がっているが、二階堂は何が何やらサッパリだった。
「二階堂君の師匠ということは、一条の師匠でもあり、稲葉さんの親友でもある……?」
「上杉竜也だ。稲葉とは親友というよりは、腐れ縁だな」
「どうりで」
強いハズだ。マリアは括目した。
「せっかく、こんなに可愛い子達とお近づきになれたのに……」
「師匠。いい年齢してそんなこと言ってるから結婚できな……、ふごぉっ!」
どうやら二階堂の辞書には、口は災いの元が載っていないらしい。情け容赦の無い上杉の鉄拳が二階堂の頭に落ちた。
「このバカ弟子のことはどうでもいい。一条が危ない。助けてやってくれ」
頼む!
片手で拝むように上杉は頭を下げた。
「そんな、一条くんが……」
檜山の顔が、さっと青ざめる。
「至急、檜山さんと二階堂君は格納庫へ向かい、出撃してくれ! 責任は私が取る」
指示を飛ばすマリアに迷いは欠片も無い。
手すきのパイロットは30人しかいなかったが、まだ斑鳩の機体数には余裕があった。2人ならやってくれるだろうと期待しての決断だ。
「あのぉ、マリア先輩」
「どうした、二階堂君?」
「リーフがここまで斑鳩を運んでくれるって言ってるんだけど」
ちなみに二階堂が見えているリーフは、一条の見えているのとは別の端末だ。端末同士、本体のスーパーコンピューターと繋がっている。当然、情報を共有していた。
だから、あなた『も』見えると言ったのだ。
「! 二階堂君にも見えているのか……。ならば直ちにここへ呼んでくれ」
自分には見えないことに苛立ちを覚えるも、マリアは表には出さない。
「任務、了解!」
マリアの命令に嬉々として従い、二階堂はリーフに二言三言話しかける。
傍目には何も無い空間に、ぶつくさ言っているようにしか見えない。
「3分かかるって」
それでも格納庫へ戻るよりは格段に早い。
「なあ、二階堂。あのお嬢ちゃん達と、一条はどんな関係なんだ?」
年甲斐もなく、上杉は興味津々といった面持ちだ。
「長髪にウェーブのかかった檜山さんは、一条に毎日弁当を作ってます」
「ほほぅ。ちゃんと青春をエンジョイしているじゃないか」
ここまでは、上杉は余裕を見せることが出来た。
「金髪碧眼のマリア先輩とは……、キスをしたそうです」
さらに突っ込んで2人は互いに全裸を見せ合った仲なのだが、二階堂が知る由もなかった。
「なぬう? なんて羨ましい……、じゃない。我が弟子ながら末恐ろしい奴だ」
「学園中が、その話題で持ち切りですよ」
はあっ。
二階堂が1つ、大きな溜め息を吐いた。
「二階堂にはそういうイベントは……、起きなさそうだな」
上杉は思案顔でそう結論付けた。ていうかイベントって。
「それが可愛い弟子に言う台詞かよ!?」
「お前は可愛くないから」
しょげかえっている二階堂に、上杉はあっさりトドメを刺した。
「まあ、一条には普通の学園生活を過ごさせてやりたかったしな」
目の前にいるバカとは違い、一条は勉強も出来るから尚更だ。
「お優しいんですね、上杉さん。そこでお願いがあるのですが、私の護衛をしていただけないでしょうか?」
「別に構わんよ。さすがに戦場では無力だろうからな」
即答だった。
多対多の中では、さすがに上杉でも力を発揮するのは難しい。1対1だから勝負になるのだ。
それにしてもマリアは20近くも年下なのに、スゴイ美貌だなと上杉は脱帽した。
「師匠。マリア先輩を襲ったら駄目で……、ぐえっ!」
いらんことを言う二階堂に、上杉は容赦の無い蹴りを叩きこんだ。どうやら出撃前に死んでしまう気配が濃厚だった。
「私を一条のように強くしてもらえるなら、その対価として、お相手するのも吝かではないが?」
マリアは微妙に浮かない顔で言ってみる。
「そいつは無理な相談だな。お前さんは一条にはなれないし、第一、喧嘩が強いとかそんな小手先の強さを求めているわけではないのだろう?」
上杉の本質を突いた言葉でマリアは、
ハッとさせられた。
目が醒めた。やっと気付いた。
「そうだ。私は、先輩のようになりたかったんだ……」
しみじみと、マリアはそう思う。
「さてと。巨大ロボットも来たようだし、こちらも行くとしよう。時間が惜しいのだろう?」
「はい!」
目的地へと馳せながら、マリアは尊敬の念を込めて上杉を見た。
「ですが、上杉さん」
「どうした?」
「身だしなみはキチンとした方がいいですよ? 女性はそういうトコ、目敏いですから」
「………………」
美人とはいえ、女子高生にそんなことを指摘され、上杉は言葉が無かった。




