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第1章 宇宙怪獣の降る都市

「地球防衛学園の新葉学園、地球防衛都市の新葉市、か」

 新葉学園は新葉市に存在している。当然、和馬は新葉市に赴く。

 199X年、地球の極東と呼ばれる弓状列島に隕石が落ちた。

 新葉市は、そこに建造された都市である。

 数年後に宇宙怪獣がその地に襲来することが、まるでわかっていたかのように……。




 ヒッチハイカーさながら、各地の中学や高校を転々としてきた和馬にとって、新しい学校で送る新しい生活というものに対して、特に感慨が湧くということはない。

 しかし、これには度胆を抜かれた。

 新葉市は対宇宙怪獣の最前線拠点であるとともに、人口100万を超える大都市でもある。下手な政令指定都市よりも機能が充実していた。

 ただ戦いをするだけの場ではない。

 学校はもとより、劇場などの娯楽施設や病院、消防、そして田畑で農業まで行われている。

 その大都市が、ぐるりとバリケードのごとき巨大な壁で囲われているのだ。

 頭の中に中国の三国志時代の都市や小田原城などが浮かんだ。あくまでイメージだが。

 和馬はバスで新葉市にやってきたのだが、道中は非常に退屈した。

 もともと海だった場所を埋め立てて建てられた都市のせいか、遠目に海岸線が見えるだけで他には何もない道を、バスは延々と走り続けた。

 さらにバスに乗り込んだ街からは信号が1つもなく、ノンストップだったにも関わらず到着まで相当な時間を要した。


 陸の孤島。


 新葉市はそう表現するに相応しかった。

 和馬の心は高揚した。新葉市を囲っている壁に目をやれば、所々に凹みが出来ている。それに地面にも巨大な穴が空いていた。


 戦いの傷跡。


 一目瞭然だった。どうしてこんな辺鄙な場所に建てられたのか、新葉市の周囲に何もないのか。

 それを和馬は早くも理解した。




 新葉市に入るには、街を囲っている高い壁をよじ登らなくてはならない、ということはない。出入口となっている門が数キロごとに設置されている。

 空港にある金属探知機のような枠をくぐり、次いで駅の自動改札そのものといったゲートに学生証(これだけは上杉から事前に渡されていた)をかざして新葉市に足を踏み入れる。

 これといって守衛に見とがめられることもなく、和馬はなんだか拍子抜けしてしまった。

 もっとも学生証を持っていなかったら、こんなにあっさりと通してくれなかっただろう。和馬と同じバスに乗っていた他の客は、それなりに物々しいチェックを受けていたからだ。

 宇宙怪獣から地球を守っている新葉市が、得体の知れない人間の侵入を許してしまっては沽券に関わる。というのは上杉から聞いた話だ。

 バタバタしている、というよりは慌ただしく何かの準備をしている守衛の1人を捕まえ、和馬は新葉学園までの道を教えてもらった。

「遠いな……」

 場所はすぐにわかった。新葉市に入ってしばらく歩くと小高い丘の上にある、それらしき建物が目に入った。

「少し行くと見える、丘の上の建物がそうだよ」

 守衛の言ったことが正しければ、あれが目指す新葉学園だろう。

 門を超えてすぐ目に付かなかったのは、壁付近には多くの高層建築物が軒を連ねていたからだ。そのせいで視界を塞がれていたのである。

 くそ暑い中、和馬は新葉学園に向かって歩き続けた。訪れたばかりで交通機関の知識は皆無だ。汗だくになるが、どうしようもない。

 それに和馬は他にも大きな問題を抱えていた。

 驚くなかれ。なんと妖精、正確にはピクシーか。上杉がよく見ていたアニメに出てきた、なんたらフェ◯リ◯によく似ていた。

 それが新葉市に1歩足を踏み入れた途端、こつ然と姿を現したのだ。

 挙句、

「やっぱりこの人も私のことが見えないのかなぁ?」

 などと耳元で囁かれては気味が悪いことこの上ない。この人にも見えない、ということは自分以外には他の誰にも見えていないんじゃないのか?

 和馬は努めて平静を装った。

 妖精が見えていることを悟られてはいけない。いらぬ厄介事に巻き込まれるのは面倒だし、なにより正気を疑われそうだ。

 和馬は素知らぬ顔で歩みを進める。

 新葉学園に着くまで、それなりに時間を食いそうだ。視界に捉えているため予測も容易だ。

「それにしても暑いな」

 今日は8月31日。暑いのも当然だった。

 本日中に手続を済ませれば2学期の初日から登校出来る。そう配慮して上杉は急かしたのだろう。ギリギリまで忘れていた、という可能性も否定出来ないが。

 和馬はカバンから特にお気に入りであるボルビックレモンのペットボトルを取り出し、一息入れる。タバコではないが、一服する感じだ。

 当たり前だが和馬はタバコは吸わない。上杉にしても武術を生業にしているため、体に害を及ぼすものは一切やらない。

 だが、これがいけなかった。つい、気が緩んで蚊やハエを追い払うかのように手で振り払ってしまったのである。

 ずっと和馬にまとわりついていた妖精を。

 これはもう、習性といっていい。目の前をウロチョロされては誰だって和馬と同じ行動を取るだろう。むしろ今までよく我慢した方だ。

 振り払った手が妖精に触れたとき、和馬はぎょっとした。ほんの数瞬のことだが画像のようにノイズが走り、ぐにゃりと容姿がブレたのだ。

「あ~っ! やっぱり見えてたんだ!! 何回か目が合ったような気がしたし」

「ちっ」

「なによ! その舌打ち」

 その妖精は小さな顔をむくれさせた。その女の子っぽい仕草に和馬は目を細める。

「あ、女の子なんだ」

「今頃なの? まあ、性別があればの話なんだけど」

 ひっかかる物言いだが和馬は別に気にする風でもなく、

「何かロクでもないことに巻き込まれそうな予感が……」

 別の懸念を抱く。これまで煩わされていた懸案が、最近になって一応の解決を見たところである。ここで新たな災厄に見舞われたら目も当てられない。

「大丈夫よ。別に1時間おきに事件が発生したり、地図の刺青を彫って脱獄したり、飛行機が謎の島に墜落してサバイバル生活を送ったり、未来からロボット兵士が送られてきたり、ファッション誌の編集長のアシスタントに採用されたりしないから、安心して」

「全く安心できん!!」

 和馬は慄いた。何故この妖精もどきは海外ドラマに精通しているのだ?

 かえって不安が増長してしまうではないか。

 ちなみに和馬は海外ドラマが嫌いではない。というか好きな部類の趣味に入る。よく上杉がアニメのDVDを買ってきて(しかもBOXで買いやがる)、

「和馬、見よ見よ」

 実にご満悦な顔で鑑賞を勧めてくるのである。見よ見よじゃないって。

 そういうときに決まって海外ドラマのDVDが付いてくるのだ。和馬がそちらに興味をそそられると、

「そっちは友人に借りた」

 面白くもなさげに告げたものである。上杉には他にも弟子がいて、その中にアニメ好きな奴がいるんだから、そいつと観ればいいのに……。

 あと友達いるんだ。

 思わず口に出したら間違いなく半殺しの目に合いそうな感想を抱いたが、それ以来和馬は上杉の目を盗んでは海外ドラマを堪能していた。

「俺は不思議な力の宿る島でサバイバル生活を送るのが好きかなぁ」

「あれ時間旅行までしちゃうわよね」

「そうそう。それに登場人物が思わぬ場所で絡んでいるのも見ごたえあるな」

 和馬は楽しそうに相槌を打つ。自分の好きな話題だと饒舌になるのはどうしてだろう?

「えっと、挨拶がまだだったわね。私はリーフ。新葉学園という場所に設置されている……、そう! コンピューターという言い方がしっくりくるわね。その端末だと思ってもらえばいいわ」

「端末、ねぇ」

 こんな会話のやり取りをしていて端末と言われても、和馬の方はしっくりこない。

「キーボードで入力するより、口で言った方が楽でしょ?」

「その通りだが、特定の人間にしか見えないんじゃ意味無いな」

「うっ。突っ込みキツいわね」

 突っ込みがキツ過ぎたのか、リーフは器用にもホバリングしながらよろめく。そのはずみで電柱にぶつかってしまい、再びノイズが入り姿がブレた。

「あなた達の言葉だと、この姿は立体映像なの!」

 照れ隠し、なのだろうかリーフは声を張り上げた。

「それでノイズが入る訳か、なるほど」

 グラフィックが秀逸なアニメやゲームから、そのまま飛び出してきたかのような綺麗な立体映像である。

「えへん。スゴイでしょう?」

 右手の人差し指でリーフは鼻をこする。こいつは本当に立体映像なのかと和馬は疑ってしまう。

「それより、こんなにのんびりしてていいの? もうすぐあなた達がいうところの、宇宙怪獣がやってくるんだけど」

「えっ?」

 突然の宣告に和馬はもう少しで、


 聞いてないよ!


 息の長いお笑いトリオの突っ込みを思い切り入れてしまうところだった。

「守衛さん達は教えてくれなかったの?」

 言われて、門にいた人間は皆一様に追われるように何かの準備をしていた事に和馬は思い至る。避難するための撤収作業をしていたのだろう。

「何も聞いてない」

 しかし、和馬はケロッとしたものだった。こちらが尋ねてもいない事を、わざわざ親切に教えてくれる大人などいない。そのことを、これまでの経験から十分に承知していたからだ。

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