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第4章 暗雲、垂れ込めて ~その3~

「一条君が優しいからって、そこに付け込んではいけないわ。気を付けて下さいね、マリア副会長」

 わざと丁寧な口調で泉は告げた。

 すっかりとしょげかえって、マリアは教室から退場する。

 泉は最後まで嫌な女を演じ続けた。

「実際嫌な女よね、私」

 自嘲の笑みを浮かべながら、泉は独りごちる。

「姉御ナイスです!」

 教室中に拍手が起こった。

「姉御言うな!」

 同級生なのに! 泉は不服である。

「ねえねえ、みんなでカラオケでも行かない?」

「賛成! 行く行く」

 女子の提案に男子が即、飛びついた。

「姉御も行こうよ」

 先ほどから泉のことを姉御と呼ぶ男子が誘ってくる。そういうのは苦手なのだが、新葉市に住んでいる以上、明日があるかわからない。

 ならば楽しむときは楽しむべきだと、ここの生徒は心得ているのだ。

「わかったわ」

 ちょうど4対4で男女比も同じになるし、と泉は誘いを受けることにした。




 夕暮れ時の公園。

 中央にある噴水が視界に入るベンチに、和馬と檜山は肩を寄せ合って腰掛けている。

 かれこれ2人は30分ほど、まったりとした時を過ごしていた。


 やはり、こういう時間は必要なのだ。


 そんな事を和馬はのほほんと考えていた。

 数刻後、2人に破局が訪れるなどとは露ほども知らずに。

「あんな事があったけど、ここへやって来てよかった」

 無防備な顔をさらして檜山は和馬に、そっともたれかかる。

「一条くん。この街の人って、みんな一生懸命生きてると思わない?」

 檜山は上目遣いで和馬を見つめる。

「確かに、そうだね……」

 心臓がバクバクするのを押し隠し、和馬は同意した。

 若い人が多く、戦場となる都市に住んでいるのだ。行動に積極性が出るのは、必然の結果と言えよう。

「中学校までぼんやり生きてて、ずっとこんな生活が続いていくのかなって思ってた。わたしには周りの人達が、惰性で生きているようにしか見えなくて」

 檜山は自分の身を和馬に預けた。

 ぎこちないながらも、和馬は檜山の身体を抱きかかえた。息がかかってしまいそうなほど、お互いの顔が至近距離になる。

「確かに、戦うのは怖い。でも、だからこそこの街の人達は、1日1日を大事に生きているのよ」

「檜山さん……」

 いつになく饒舌な檜山に、和馬は目をしばたたいた。

「わたしは活気に満ち溢れた、この新葉市が大好き」

 檜山は身も心も委ねるように目を瞑る。

 ここまで、自分にその身を預けてしまう檜山に、和馬はどう応えていいのか思いあぐねてしまう。


 自分は相応しくない。


 過去の己の境遇から、どうしても和馬は普通に恋愛が出来るハズがないと思い込んでしまう。たった1人であちこちを放浪せざるを得なかった、あの苦しくて惨めな日々。

 一生、拭い去ることが出来ない忌まわしい記憶だ。

「一条くん、どうしたの?」

 その声で無為な思惟にふけっていた和馬の意識が、現実に引き戻された。檜山が心配そうな顔をしている。

「ご、ごめん……」

「ううん、いいの。ただ、とても辛そうだったから」

「辛そう、か」

 確かに檜山の言う通り、辛い、身を切るような出来事を思い出していた。こんな可愛い子が腕の中にいるというのに、だ。

「あ。ひょっとしてマリア先輩のこと考えてた、とか?」

「ないない。それはないよ」

 和馬は鼻先で笑い飛ばした。それならマリアの方を誘っている。

「でも、キスはしたんでしょ?」

 これには虚を突かれた。うっ、と和馬は喉を詰まらす。

「しかも生徒会室で」

「あ、ああ……」

 強引にされたのであるが、したのは事実だ。

 そして学園のアイドルとキスをして、噂にならないハズがなかった。

「じゃあ……」

 檜山は顎を突き出し、目を閉じる。

 いくら鈍い和馬でも、ここまで露骨な態度を取られたら、さすがに何を求めているのかわかった。

 そして、マリアのときとは違い冗談では済まされないことも。

 だからこそ、ハッキリとしておかなければならない話があった。

「檜山さんは、どうして新葉学園に来たの? 教えて欲しいな」

 柔らかい声音ではあるが、和馬の真剣味を帯びた目を見て檜山は大事な話なのだと理解した。

「ちょっと恥ずかしいんだけど、こういう所って知らなくて……。普通に受験したの。独り暮らしもしてみたかったし」

 罰が悪いのか檜山は目を伏せる。

 新葉学園の学力レベルは意外だが高い。年に数人は赤門合格者が出てしまうレベルだ。私立の大学であれば、新葉学園の生徒というだけで便宜が図られる。だが国公立はそうはいかない。

 それなのに日本最難関と言われる大学の合格者が出るのだ。普通に受験してしまうのもむべなるかな。

 実際、檜山のようにそうと知らずに入学する生徒はかなりの数に上る。

 斑鳩に乗りさえしなければ、いやパイロットであっても命を落とすのは極めてレアなケースだ。そのことが世間で広く認知されていた。

 そうでなければ子供達を戦わせるなど、大問題に発展している……、ハズだと和馬は信じたい。

「そういう一条くんは、どうしてここへ?」

「あ~……」

 いざ話そうとすると、噴水や空や地面に視線を泳がせ和馬は落ち着かない。

 特殊な事情で和馬は新葉学園にやってきたのだ。同じような生徒はそれなりにいる。学園の機能を維持するために、あるていど生徒の数が必要だからだ。

 交通事故よりも死亡率が低いとはいえ、戦場に我が子を送りたがる親がいるわけがなかった。例え将来、様々な有利になる特典があるといえども。

「檜山さんのことを大切に思っているから白状するけど、俺が新葉学園に来たのは……」

 それを吐露することに、和馬は気が進まなかった。それでも檜山に伝えなければならない。大事に思っているからこそ、自分という人間のことを知っておいてもらう必要があった。

「……両親の借金のせいなんだ」

「えっ?」

「多額の借金をこさえて夜逃げしてね。その借金のカタとして、新葉学園に転入したんだ。帳消しにするという条件で。ま、平たく言えば金で買われたんだ」

 胸に溜まった淀みを吐き出し、和馬は投げやりな笑みを浮かべた。

「うそ……、でしょ? そんな……」

 檜山の表情が取り繕いようもなくひび割れる。そのつぶらな瞳に浮かんだ拒絶の色を見てとり、


 やっぱりか。


 和馬は大きく深呼吸をし、あきらめた。

 そのつぶらな瞳に自分はさぞ、醜く映っていることだろう。

 何をしても無駄なことは百も承知だった。だから声を大にして言い訳したり、みっともなく足掻いたりもしない。


 いつものことだから。


 ヤクザや借金取りが教室にまで乗り込んできたあと、和馬の事を友達と呼んでいた連中は一斉に手の平を返し、教員はまるで腫れ物に触れるかのように扱い、違う学校に移るよう説得してきた。

 何もかもあきらめてしまえば、傷つかずに済む。

 今回も同じことだった。

 和馬は感情を押し殺し、表面上は穏やかな物腰でいた。

「鍵返して。もう必要ないだろうから」

「あっ!」

 数日前には宝物に見えた鍵が、今は汚物に見えるのか檜山は粗雑に突き返してきた。

「あの、わたし、これで……」

 残酷にも丁寧に一礼し、檜山は逃げるように駆け出し、瞬く間に視界から消えた。

 和馬は全ての色が抜け落ちた顔でくらい目を地面に落とし、いつまでもベンチに留まりつづけた……。

 第4章あとがき、および第5章の予告。


 アクションシーンが皆無なのに、文章が下手すぎですね。まあ、素人の書くものなので、勘弁してください。

 第5章は妄想が爆発しております。

 決して、引かないように……。

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