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第3章 好敵手、現る!? ~その3~

「一条、今日は檜山さんの弁当ではないのか? 珍しいな」

 見目麗しい微笑を湛えながらマリアは二階堂にチラリと目を向けた。

「こちらは一条の……、知り合いか?」

 友達、という単語を使うことに抵抗があったようだ。

「一応、そういうことになるのか」

 和馬も友達とは言わない。それにしても二階堂はしまりの無さすぎる顔をしていた。みっともないので和馬は脇腹を肘で突いた。

「いたっ……」

 はっと我に返り、二階堂はしゃんとした。

「に、二階堂大河と言います」

 それでもマリアを前にして体がカッチカチだ。

「マリア・ウェハースだ」

「は、はい」

 すっとマリアが差し出した右手を、二階堂が両手で掴んでしまう。

「おい!」

 和馬が注意を促す。握手会じゃないんだからな。

「す、すいません。つい……」

「いや、いい」

 気にするな、とマリアは手で制した。

「では一条、今日の帰りも頼む」

 そう言い残すとマリアは2人の前から立ち去った。

「やっぱり今日もか」

 マリアの後ろ姿を見送りながら、和馬は小さく息を吐く。

「えらい美人だなあ。どういう知り合いなんだ?」

「どう、と言われても。うまく説明できん」

「じゃあいいや。どうせ大した仲じゃないんだろう」

 キスした! キスした仲だよ!

 そう声高に叫びたかったが、和馬は懸命に自制した。

「超学園ラブストーリーに発展しそうな予感が……」

「全くしねえな」

 変な妄想を和馬はバッサリ斬り捨てる。あれやこれやと反駁する二階堂を全く取り合わず食堂へ直行した。




 カニチャーハン中心の中華セットを和馬は注文した。二階堂のせいで時間を喰ってしまい、なかなか空席が見つからない。

「ん? あそこは……」

 目に付いたのは学生食堂に隣接していたラウンジだ。観葉植物で区切られ、半円形の間取りをしている。瀟洒な白い丸テーブルが余裕を持って配置されていた。

 安い長テーブルを連ねただけの学食とは随分な違いだ。大きな採光ガラスから一望出来る景観も素晴らしい。

 そんな場所があったとは和馬は知らなかった。初日に訪れたときには、マリアがさっさと席を選んでしまったせいもある。

 見るからに居心地良さげなスポットなのだが、人影はまばらだった。

「一条、一緒に食おうぜ!」

 いつのまにか近寄ってきた二階堂の誘いに、和馬は返事を渋った。はっきり言って一緒に食べたくない。

「お。そこガラガラじゃないか」

 二階堂がにんまり笑ってラウンジへ突撃した。

 どうしてそんなにいい場所が空いているのか、毛ほども疑問に思わないらしい。だが、仮にその理由に気付いたとしても、二階堂は同じ行動を取っただろう。

 何故なら和馬以上に、そういう部分には無頓着な男だからだ。

「はいはい」

 一緒に昼を食べることに気乗りはしないが、和馬は便乗した。

 予想通り周囲から嫌悪感丸出しな視線を浴びるが、そんなものはどこ吹く風だ。よりによって二階堂はラウンジど真ん中の円卓に腰掛ける。

 いやはや天晴な奴だ。

 和馬は感心しながら隣の席を選ぶ。対面はさすがに無理だ。

「やっぱりラーメンか」

「ああ。トッピング全盛りだぞ」

「俺も初日、それにしたんだよ……」

「あっははははは! さすが同じ人を師と仰ぐもの同士だな」

 このバカに同類と思われる以上に、和馬にとって不愉快なことはなかった。

「ご一緒して、よろしいかな?」

 ふいに、頭の上から声がした。

 どことなく茫洋とした、それでいてインテリ然とした雰囲気を持つ、そんな男が2人を見下ろしていた。眼鏡の奥からは小さいが、鋭い眼光が放たれていた。

「別に、構わないよ」

「では、お相伴にあずかるとしよう」

 その男は和馬の正面にゆったりと着座した。

 たったそれだけのことで、自分に用があると和馬は即座に察しがついた。

 他にいくつも空席がある中、わざわざ和馬の正面の席を選ぶ理由が他には考えられない。今日転入してきたばかりの二階堂に用事がある、というのも変だ。

「一条の知り合いか?」

「いや、全くもって知り合いじゃない」

「はっ。なんだそりゃ」

 恐ろしい速さで丼を空にした二階堂が吐き捨てた。

 知り合いではないため、和馬としては正面の男が話を切り出してくるのを待つしかない。

「まずは、一条君には礼を言わせてもらおうか」

 ありがとう。男は深々と頭を垂れた。

「初対面、だよね?」

 目の前に座っている男の正体を和馬は知っていた。檜山のときと違って今度こそ間違いなく初対面である。

 ただ、礼を言われる理由の目星はついていた。

「彼らには、我々も手を焼かされていてね」

「その件だったら、礼を言われる筋合いはない。あいつらが単純にムカついただけだ」

 それに、と和馬は付け加える。

「礼を言わなければならないのは、俺の方だ」

「何故かね?」

「俺がここを退学にならずに済んだのは、あんたのおかげなんだろう? 新刻要にいときかなめ、生徒会長さん」

 和馬は意味ありげな視線を新刻に送る。この学園で新刻のことを知らないのは、今日、学園に着いたばかりの隣にいるバカくらいだ。

「生徒会長だったのか」

 ふうん、とさして関心が無いようだ。さすが。

「いくらなんでも手回しが良すぎる」

 大演習場で起きた一件への対応が、だ。すぐ次の日に岡崎達5人が退学処分になっていたときは、いくら和馬でも少なからぬ驚きがあった。

 事前に準備していたのでなければ、説明がつかない。

「君は全て計算尽くで行動したのだと、私は思ったんだがね」

 ずれた眼鏡を片手で直し、新刻はその理由を語る。

「生徒達の溜まっていた不満を解消した上で、彼ら以外の者には類が及ばないよう仕向けてくれたのだろう?」

「それは買いかぶりだ」

 仕返しさせてやりたかったのと、なんやかんや言っても、やはりマリアが気になった。それだけだ。

 理不尽に虐げられる気持ちが、和馬には痛いほど理解できるからだ。

「単に彼らを退学にするだけでは、他の生徒達は納得出来ないだろうからね」

「退学させるだけなら簡単に出来た。そう聞こえたんだが?」

「そのように受け取ってもらって、構わないよ」

 和馬と新刻は互いに目を合わせて含み笑いを漏らした。

 事実、岡崎達は宇宙怪獣と戦うために必要とされていたのに、新刻は拘泥せずお払い箱にしている。

「退学させるだけでは、そのうち生徒達の不満の矛先が生徒会に向いてしまう。それでは困るのでね」

 新刻の見解は正しい。和馬は生徒会にも切れ者がいると嗅ぎ取った。

「しかし、一条君のおかげで我々生徒会にも覚悟があることを、生徒達に示すことが出来た」

「生徒会ではなく、マリア先輩が、だろう?」

「それも、否定しないよ」

 キラン、と新刻の眼鏡が光ったように見えた。

 生徒会がどうなろうが和馬の知ったことではなかったので、少々不本意ではある。

「退学させるための、手伝いをしてしまったか」

「天啓に思えたよ」

「そりゃ、言い過ぎだ」

「そうかね? ともかくこんなチャンスを与えてくれた一条君を退学させるわけにはいかない。そんな事をしたら、今度は我々が標的になってしまう……」

「だから俺は、ここを辞めさせられるハズがない。そう考えたと?」

「違うかね?」

 とても愉快そうな顔をして、新刻は和馬を値踏みするような目で見る。

「それこそ、買いかぶり過ぎというものだ」

「ふむ。私の勘違いだったか。いずれにせよ、1人で宇宙怪獣を2体も撃破することの出来る逸材を失うわけにはいかんよ」

 ほくほく顔で、新刻は箸を進めた。

「早速、生徒会に目え付けられてんだな」

 バカなくせに、二階堂が当を得た発言をした。

「ここの生徒会は評判が良くないんだよ」

「はっきりと言ってくれるね」

 新刻は苦笑した。本人も自覚しているようだ。

 岡崎達の例を持ち出すまでもなく、マリアも高慢だし、斑鳩に搭乗した際のオペレーターにしても鼻につく舌端だった。

「新刻会長、ここにいたんですか?」

 その聞き覚えのある声に、和馬の思索が中断させられた。

「朱宮君。何かあったのかね?」

 新刻は女子生徒であっても、君を付けて呼ぶようだ。

「いえ、特に問題はありませんけど……」

 語尾を濁しつつも、さりげなく朱宮は新刻の隣の席に腰を落ち着けた。

 朱宮遥。生徒会の書記を努めている。やはり、リーフは役に立つ。

 あのときのオペレーターであることに、即思い至ったが和馬は知らん顔をした。

「あ~っ! あなた達、どうしてここで食事しているの?」

 非難と不快とが入り混じった目をし、朱宮は罵倒した。

 二階堂はこちらを見て、どういうことだ? と目で訴えていた。

「このラウンジは生徒会のメンバーが、斑鳩のパイロットしか利用してはいけないのよ!」

 2人が黙っているのをいいことに、朱宮はさらに激しく弾劾する。

 また特別扱いか。それが増長する生徒を生み出す温床になっていることが、どうしてわからないのか?

 和馬は腹の中で毒づくが、しばらく静観を決め込む。

「朱宮君、やめたまえ」

「いいえ言わせてもらいます。そちらの一条という生徒は勝手に斑鳩を操縦したり、好き勝手に暴れまわったおかげで、生徒会は今とても大変なのよ!?」

……エライ言われようだな。

 朱宮はまるで親の仇でもとるかのごとき勢いだった。

 さて、どうしようか?

 まあ、こちらの正当性を主張すれば大人しくなるだろう。しかし、それだと何だか……。

 和馬が慮っている間も、朱宮の口撃は止まない。

 だが痺れを切らして、


 ばしゃっ!!


 と朱宮の顔面にコップの水をぶちまけた。

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