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8話:進路調査

ピピピピッ、月曜日朝の6時だ。昨日は確か………進路希望調査票を書いていた。

回答は『特に決めていません』。去年もこんな感じだったし、大丈夫であろう。

しかし問題なのが担任が詠センセーであるということ、このまま出したらまずいのではないのか?と考えているうちに昨日は眠ってしまっていたのだろう。

机の上には目覚し時計と、進路希望調査票が置いてあった。そのまま机にもたれかかるようにして寝てしまっていたらしい。そのせいか、体のところどころが痛いような気がする。

「ふあー、目覚まし時計うるさいっての……」

寝ぼけまなこを擦りながらふらふらと俺の部屋から出てきた怜那。やっぱり朝は弱いらしい。

「ああ、おはよう」

普通に朝の挨拶をしている自分がいた。………いやいやいや! 待てよこの状況。

兄妹でもないのに一緒に暮らす男女? しかももう3日も一緒にいることになる。

これはナントカ罪で警察には捕まらないのだろうか? というか、もう友達を俺の家に呼べなくなってしまっているじゃないか! 悠斗にしたっていとこと言っても信じてもらえていない。

身の危険と精神の危険を感じる………。

「んあ? どうしたのよ。 さっさとご飯作ってよ」

「あ、ああ………」

週の初めからこんなことを考えていてはいけない。臨機応変で頑張っていくことにしよう。

まぁ、言い方変えたら行き当たりばったりなんだけども。


それにしても驚いたものだ。あっちの世界で3日も過ごしていたというのにこっちに戻ってきてみれば一日たった日曜日だったのだから。多少の時間のずれはあったが、素直にすごいと呟いていたのだ。

都合よすぎる時間的問題はなんとなくだがよかったと思う。

そう食事中に俺は思った。

「おかわりっ!」

「お前、朝からそんなに食って大丈夫か」

「余裕! ご飯をおかずにご飯を食べれるわ!」

それは負のスパイラル理論としか俺はとらえることが出来なかった。

「家計……大丈夫かな」

「そこっ! 何呟いてんのよ、別に私はそんなにあんたの生活を乱しているとは思わないわよ!」

「いや、もうその考えが腹ただしい」

「えなっ………べ、べつに食費ぐらい」

「その食費が問題なのです」

「なんかごめんなさい………」

口ではそういいながら茶碗を突き出してくる少女。これをなんと言えばいいのだろう。

貧乏神じゃなくてもう食神だな。しかも食いつくす方の。

どこぞのアニメや漫画じゃないんだから大食いキャラなんてやめろよな………。

しぶしぶ俺は茶碗を受け取り、炊飯器へと向かった。




「行ってくる」

「んあー」

「鍵は開けておくからな」

「んあー」

「変な奴が来ても開けるなよ。というか家から出るなよ」

俺にいらぬ疑いがかけられてしまう。……俺の台詞はセーフか?

しかし……気だるい返事しか返ってこんな。流石にむかつくな。

「おーい、いってらっしゃいの一言もないのかー?」

「はやく行け」

グサッとこれは深くに入った。

カクカクと機械的な動きでドアを閉め、半歩下がって身をひるがえす。

そのままエレベーターまで向かった。

と、ボタンを押すとちょうどエレベーターが止まった。もしかしたら上から人が乗ってきたのかもしれない。ただそれだけ思って、エレベータに乗った。

そして、すでに搭乗していた先客と目が合う。

天川莉瑚………だった。

同じ身長ぐらいのロングヘアーの幼馴染の元彼女。

成績優秀で、容姿も可愛い部類に入る。

俺は固まったまま動けなかった。ウィーンと自動ドアが閉まり、エレベーターは下降していく。

エレベーターに2人俺と莉瑚。もう朝からこれはなんなんだ、何かの陰謀か。

会話はない。聞こえるのは無機質な機会音だけ。3階から1階までだというのにエレベーターはまだつかない。

お、重すぎる。この空気は俺に重すぎる。

正直涙目で、彼女に背を向ける。き、今日もツイていないのかもしれない。

朝の星座占いでは1位だった気がするのに………もう信じねぇよ。

だんだん俺が憂鬱になってくのに対し、エレベーターがちーんと音を鳴らした。

一階に着いたのだ。

俺は真っ先に降りて、莉瑚に気づかれない程度に早足で、マンションのエントランスから出た。

つまりは、逃げた。


「れいくん………」

エントランスには消えそうなか細い声だけが響いた。






「な、なんだこれは、悪夢なのか……あの空間を作ったのは神か! 神でさえ俺をっ……」

早足で歩きながらもぶつぶつと怨念のように言葉を漏らす俺、根本的に精神が弱い。

今なら軽く一回は死ねるかもしれない。これをおかずにご飯10杯ほどヤケ食いできそうだ。

負の連鎖から逃れられない俺は、一度公園に行くことにした。


ブランコには先客。もちろん御崎悠斗だ。

「おっす、玲夜。朝から死にそうな顔してんね。 エスカレーターで莉瑚ちゃんと2人きりになっちゃった感じですか? 神様の悪戯的な?」

「…………」

その通りだが悠斗。エスカレーターではない、エレベーターだ。バカ丸出しだぞ。

「うお! まじかよ、そりゃ朝からこの公園に来たくなるのも分かるよ~」

そういって隣のブランコを指す。どうやら 座れよ、と言いたいらしい。

「ほら、見ろって……あそこには小学生だ。どうやら友達を待っているらしいぞ? 3人で仲良くな?ああ、楽しそうだ。あんな純粋なころ俺たちにもあったのかなぁ?」

何がいいたいのかわからないがとりあえず慰めていると受け取っておこう。

「あー、このあいだのばかなおにいちゃんだー」

そのうちの一人の小学生が言った。

「んだとこらぁ! 俺はバカじゃねー!」

そうやって小学生相手にムキになるのがバカなんです。何故それに気がつかないのか。答えはバカだから。

「だって、サッカーでキーパーやってるのに手を使わないんだぜー」

「なにぃ!? サッカーは足でやるもんだろうが!」

そこまでバカか!? ありえんだろ普通!

「いやいや、違うんだよ坊や達。お兄さんはハンデで手を使わなかったんだよ」

「手使わなくたっておにいちゃんはぼくたちに勝てないよー」

「よっしゃ、やっかこらぁ! ボールもってこい!」

「おにーちゃん………学校は?」

そんな悠斗を放っておいて俺は学校へと歩みを進めた。






「ほう、私は金曜日に言ったはずだがな、進路希望調査票は土日の間で書いて持ってこいと」

「はい………言ってました」

ちなみにここは職員室。朝のホームルームが終わってから詠センセーに呼び出された。

話の内容は進路希望調査票についてだった。

「あの、書いてはいたんですけど、……机の上に忘れてきちゃって……」

「そんな言い訳はいい。私の仕事が面倒になるだろうが! どうしてくれんだ!」

胸倉を捕まれた。詠センセー、それはあんまりです……。

「すっ、すい、すいません」

「さて、どうしてくれんのかな?」

「職員室の……清掃をします」

「そうだな。放課後に2人でやってろ」

「2人………?」

そういうと詠センセーは、ああと頷いて、言った。

俺はてっきり悠斗の名前が出ると思っていたんだが、それはまったく予想の外れたものだった。

「天川莉瑚と仲良く掃除してな。終わったら私に言いにくるんだぞ。まったく………天川まで忘れるとはな……どうしたものか」

本日2度目の難関が放課後俺にやってきそうだった。

「先生。次の授業特別教室ですよ」

詠センセーの使い走りが現れた。畜生……無難に推薦受験の基盤作りやがって……。

そんな眼で睨む俺にびくっと震えたそいつだったが、無視してセンセーについて行った。

しばらく俺はそこに突っ立っていた。いや、立っていることしかできなかった。

ちなみに詠センセーは理科の授業を担当している先生である。






放課後、俺はバケツと雑巾を持って職員室へと来ていた。先にもう莉瑚の姿があった。

相手もこちらに目線を合わせようとしない。やっぱり嫌われたのだろうか。嫌いになったから振った。

そんなこともあるのだろう。

振られた理由については問い詰めていないため、俺は良く知らない。俺以外も知らないだろう。きっと、知っているのは、思っているのは莉瑚本人だけだろう。

「よし、とりあえず音城玲夜は床の雑巾がけ。天川莉瑚は私を手伝え」

そうってセンセーは莉瑚を自分のデスクの前に連れて行った。

なんだ、別に二人っきりって訳じゃないんだな。それはそれで安心した。

とりあえずバケツを持って廊下にでる。すぐ近くの洗面所で水を汲んでおく。

それにしたって莉瑚が忘れ物か、あいつにしてはすごく珍しいことだと思う。

俺が見てきた中で、あいつが忘れ物をしたのは小学生のころだけだったような気がする。

しかも重要な進路希望調査票を、だ。出す日は金曜日でもよかったはずだ。もらったその次の日に出す、

莉瑚ならそうするはずだ。

まぁ、そんなこと考えてても何も変わることなんてない。

バケツの水が八分目まで行ったところで水を止める。バケツを片手に職員室へと戻る。

雑巾がけスタート。高校ではモップで拭いてはいおしまい、だからたまにはこういうのもいいかもしれない。先生方の机が所狭しと並んでいるので、雑巾がけをしていると、巨大迷路に迷い込んだような

感覚になる。

「おっと、ごめんねぇ。君、掃除かい? わざわざありがとうねぇ」

頭上から教頭先生の声が聞こえてきた。

「あ、いえ。奉仕活動の一環ですので」

これは詠センセーに言えと命令されている。受け答えまで用意しているとは流石面倒くさがり屋の詠センセーだ。

「おい、音城。手が止まっているぞ。なんだ?疲れたからセンセーにマッサージでもしもらいたいという遠まわしの要求か?」

「いえ、全然違います」

「なんだ。面白くない……」

このセンセーは本当に何者なのだろうか。まったくもってつかめない。

面白さを求めて発言してるっぽいし………。

雑巾がけを再びスタートしたところ、アンティークを思わせる茶色のドアが目の前に現れた。

「校長室か」

そういえばこの高校の校長をいまだに見たことがない。集会時の挨拶もいつも教頭がやっているし。

詠センセーに聞くと「長期出張で、ハー○ード大学に行っている」などと返されたこともある。

嘘臭い。それにしたってどうしたもんかなぁ。生徒が校長の顔をほとんど覚えていないっておかしいんじゃないのか?

そんなことを考えつつも、雑巾がけを終えた。





下駄箱で小さな声を聞いた気がした。いや聞こえた。間違いなく。

後ろを振り向くと、莉瑚がそこにいた。

いきなりの登場にわけがわからなくなって頭が一瞬にして真っ白になる。足が知らぬ間に動かなくなっている。

なんと情けないんだ。

「れいくん。最近………何かおかしくない……?」

突然の切り出しにやっぱり頭がおかしくなる。久しぶりに喋ったのだが、どうしてこうなるのだろう。

もっと前は、自然に話せてた気がするんだけど。とりあえず平然を装い話をすることにした。

「お、俺が………か? べ、べ、別におかしくはないと思う……よ?」

「おかしいよ、れいくん。だって進路希望調査票を忘れるなんてれいくんらしくないし、それに遅刻だってしたことなかったのに。この間は………」

俯いて顔を見ないようにしているため、莉瑚がいまどんな顔をしているのかは分からない。そして俺は声が震えている。いかんな、これは。

「お前だっておかしくないか? 進路希望調査票みたいな重要なものを忘れてくるなんて」

何とか落ち着いたみたいだ。

「そ、それは………たまたま、うっかりしてたの。そんなことより、最近れいくんがおかしいって、周りのみんなも言ってて、それがもしかして私が──────」

「違う」

その言葉は自分から出たものとは思えないくらい冷たかった。

しかし取り繕うことも撤回することも出来ず、俺はただ言うしかなかった。

「おかしくなんかなってないよ」

まったくやさしくない言葉だった。そのまま踵を返し、俺は歩き出した。

今朝と同じように、逃げるようにして。


おかしくなった、なんてそんな風に思われたくなくて言ってみたけど。

それは結局莉瑚を傷つけるだけで。

俺は明らかに病んでいたんだ。どうしようもなく病んでいて、疲れていたのかもしれない。

心が弱い。そんなこと分かってるつもりだけど。どうしようもない。

だって俺はひねくれているから。またそうやって逃げるのだから。




─────ちくしょう。













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