5話:群青の雌鳥
朝………?
すいません、昼に投稿です;
時は土曜日の8:00。すべての準備がそろい、鏡の別天地へ向かう時がきてしまった。
俺は準備という準備はしていないが怜那はなにやら忙しそうだった。
「何そんなびびってんのよ。まぁ、………確かに危険ではあるけど」
「お前には相手の緊張を和らげてやるという心遣いは持ち合わせていないのか?」
「だって本当のこと言っただけだよ!」
「あいあい、もういいや。早く行こうか」
「なにそれ! あんたがー!」
このままではいつものように話が進まない。だから俺は折れてみせる。
「悪かった。だから、早く行きましょう」
「なんか、善意が感じられないわね………いいわ。とりあえずこれ、みて」
怜那が突き出した手の平の上にはペンダントが乗っかっていた。
青い石のペンダント。中は空洞になっているらしく、鈍い光を見せていた。
「ペンダント………だよな。 で? これが?」
「通行石。あっちの世界に行くために必要なものなの」
「ふーん。じゃあこれがないと鏡に入れないって?」
「そういうこと、あとね………始めに言っておくけどあっちの世界で能力がないと大体死ぬわ」
「は?」
能力がないと死ぬ? なんじゃそりゃあ。そこらのSF物語でもそんなこと言ってた気がする。
んで、主人公はヤバめの能力開放しちゃうとか?
ありえない、馬鹿か。ここにきての王道パターンか?
「と、いうわけで。今回限りであんたを守ってあげる」
「女の子にそんなこといわれる俺ってなんなんだろうな」
「そんなこと言ってられないでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどな」
「能力については今度説明するわ。それでね。まだ言うことがあって」
そろそろ立っているのも疲れた。いつまで続くんだこれは?
パッと行ってササッと帰ってきたいんだがな。
「あっちの世界に行ったら、少なくても3日は戻れないから」
………こいつ、なんていった?
3日も戻れなかったら学校いけねーだろうが!
「おい、お前、3日も戻れなかったら学校いけねーだろうが!」
そっくりそのままの感想をぶつけてみた。
「そこのところは大丈夫よ。あっちの世界での3日はこっちの世界じゃ1日にも満たないから」
「都合よすぎないか?」
「知らないわよ。そういう風になってんだから」
「なんかさっきから会話の内容が薄すぎてならないような気がする」
「じゃあ行くわよ」
「シカトか」
少女はそういうと、ペンダントを首にかけ、洗面台に足をかけた。
スカートが短すぎて何か危険なことが起こっているような気がして鏡を見れなかった。
反射率100%というのも考えものだ。
「どうかした?」
「いや、何でもない。自分の中の悪魔的なものと戦ってる」
「ついにおかしくなったわね」
そういったまま、少女は動かない。
「なにしてんの?」
「え? 俺、何かすることあんのか?」
「手!」
少女は、刀をつかんでいないほうの右手を差し出した。
「手?」
「あんた馬鹿なの? 私しか通行石持ってないんだから一緒にいかないとあんたが通れないでしょ!」
「あ、ああ、………そういうこと」
まったく、鏡は直視できないし馬鹿にされるし行く前から散々だな。
開かれた少女の手を握る。
自分の手よりも冷たい気がする。そう思ったのは一瞬で、徐々に温かくなっていく。
温かさってもんはやっぱり必要だよな。核ミサイルは勘弁だけど。
「さぁ、いくわよっ!」
そういって頭から鏡に突っ込んでいく。
ずぶり、と少女が鏡に埋まっていく。それは実に奇妙なもので、もう行かなくても分かる気がしてきた。
俺はもう、おかしなことに踏み入れているんだということに。
気がつくと俺の腕はもう鏡に飲み込まれていて、肩へと迫ってくる。
「う、………なんか気持ちわりいな……」
────死ぬわ────
少女の言葉がこだました。
「……ちくしょう、どうにでもなれっ!」
思いっきり頭を鏡の中へと叩き込む。
ピシィン、という音とともに視界が黒に塗りつぶされ、重力感が無くなる。
落ちているのかも分からず進んでいるのかも分からない。
ただ、繋いだ手のぬくもりだけが伝わっていた。
視界の黒が崩れ去り、世界が見えてくる。しかしそれは想像を超えるものだった。
空の色は赤、雲の色は黒。自然の緑が存在するはずも無く、廃墟ばかりがただそこに群れていた。
「ちっ、はずれね。どうしてこうも運が悪いものかしらね」
少女は目を細めてあたりを見回し、可愛げな舌打ちをして言った。
「……着く場所ってランダムなんだな」
「あら、頭が回るわね。正解よ。だけど、褒めてる暇は無いわ走るわよ!」
「は? え?」
少女は背を向けるとそのまま走り出していってしまった。
「走る………運が悪い……これって……?」
要するに、危険だということ。
誰かに見られている気がして後ろを振り向く。
あるのは瓦礫の山とソレに寄り添う廃虚のみ。そこには誰もいるはずがないのだが。
嫌な感じがしたので、少女のあとを追って走ることにした。
運動不足、筋力不足、スタミナ不足。
体力に関する単語が並べられて脳内を巡る。
少し運動が出来るからって調子に乗っていたかもしれない。
所詮やっていたのは狭いコートで動き回る球技。長距離は得意じゃない。
ああ、そうだよな。結局人間ってのは頭と体力なのか。
いつの時代においてもそうだろう。戦争なんかがいい例だ。
いかに相手を叩き潰すか。力を使って潰そう。頭を使って戦術を練ろう。
頭と体、だろうな。
「あんた、大丈夫なの?」
少女は涼しい顔をして、訊いてくる。
「はっ、はっ………心配ない…はず。 というか、どこまで走る気だ……」
「あそこよ」
少女が指差したのは何の変哲も無いただの木。
特に他の木とは変わっているとは思えない………だけど。
「もうすぐだからがんばりなさいよ。チンタラしてたら来ちゃうから」
何がだ! と訊く力も無く。ただ首を縦に振るだけだった。
それにしても速い。少女が、だ。
足にはそんなに筋肉が付いているとは思えない。それでも速すぎるのだ。
くそ、男子高校生がなんてざまだ。
こんなことなら部活をやっておけばよかった、と思う。
目標の木が近づいてきた。
少女は木の根元に走り寄って屈みこむと、鎖のようなものを引いた。
ジャラララララという音が聞こえたと思うと、鎖につながったコンクリートの蓋のような物が開いた。
「この中よ」
短く言うと、階段になっているのかカツカツと音を立てて怜那は下に降りていった。
俺もその後に続くことにする。
驚いた。そこは床、天井、壁までもが人口で作られたもの、コンクリートではない何か。
つまり地下があったというわけだ。
おそらくここの全体図はドーム型の地下隠れ家みたいなものになっているのだろう。
ところどころに白い電球らしきものがつけられており、どこまでも明るい。
そして─────人がいる。会話が聞こえる。
今思ってみれば核シェルターのようなものかもしれない。
「ここは、私たちの属する集団の隠れアジトみたいなものよ」
「集団? 属する? アジト? 何が」
息が乱れていて、いまいち内容が伝わらない。いや、もうここにきた時点で俺は混乱している。
「そうね。ここはもう安全だから安心して説明できるわね」
少女はその辺に積み重ねてあった木箱を2つ並べると、「座って」と俺を促した。
「この世界はね、4つの集団────チームって言ったほうが分かりやすいのかしら、があるの。」
「ふうん、4つの集団ね……」
「それで私が所属しているのは『群青の雌鳥』まぁ、ここは一部でしかないんだけどね。で、他3つとは……まぁ、敵対関係にあるの」
「なんか、分かりやすいな」
「互いが互いにいがみ合ってる感じ。で、さっき危険だ、て言ったのは他の集団の領地、ううん。その集団がよくいる地域だったからなのよ」
「他の集団の地域に踏み込むことはダメなのか?」
「そんな事は無いけど、やっぱりそいつらにとっては他の集団が自分たちの周りをうろついてたら腹が立つでしょ? で、他の3つの集団のことだけど、ここまでついてきてる?」
「あ、ああ………」
RPGなどのゲームにたとえて考えると整理しやすい。要するにゲームのような定理の世界か。
しかしそこにいる人間は、ゲームの村人のように決まった言葉だけを発するものではない。
そこらから聞こえてくる自由な会話。みんな意思を持っていて生きている。
そして、大きく4つの集団に別れており、互いに敵対している。怜那はその中の群青の雌鳥という集団の一員だということだ。
「で、説明するけど、他の3つのうちの1つ。『赫逢騎士領団』の一人がさっきいた場所に居るはずなの。それで、奴らはただ戦うことを目的の中心にした奴らなの」
「パターン的な存在だな」
「あんた相槌の打ちかた下手ね」
うぐ。
し、仕方ないだろう。人の話を聞くのは苦手なんだ。よりによってこんな非現実的なこと。
「まぁ、いいわ。 他にも『リツカ帝国』『廻折研究室』この2つがあるの」
「これで終わりか? 」
「いいえ。まだ能力について話すことがあるんだけど……それは今度にしましょう。とりあえず挨拶ぐらいしておかなきゃね。灯花さんにね」
怜那はそう言うと木箱から立ち上がり、ドーム中心部にある建物に向かって歩き出した。