40話:笑う嗤う哂う
予定より約10分遅れの更新です、スイマセン。
残り6話となりました。物語も佳境です。
次回の更新は、8/18となります。
「れーちゃん、れいやん。大丈夫かな………」
誰に言うでもなくそう呟く。呟いたのは大丈夫だと信じるためか、信じたいがためか。
走りながらでも考えは頭の中にぐるぐると回る。考えないようにすることができないし、それを止めようとはしない。
守る人がいるから。みんなが大切な宝物だから、そのために私は前に立っているのだから。
私がこの世界に足を踏み入れた理由。それは簡単だった、あっちの世界に居場所がないから。
こっちの世界に踏み入れる数々の理由の大半はあっちの世界に居場所がないこと、だ。
現実である元のあるべき世界に捨てられた者はこの世界に魅かれる。
それは何か絶対的な力で、言い換えるならば運命という力で。
まぁ、れいやんみいたいな特殊なケースもあるのだけれども。
暗い廊下はまだまだ続く。走る足音は自分のものとリツカ帝国のリク、それと騎士たちのものだ。
がちゃがちゃと鳴る鎧に重い足音。騎士たちのスピードは落ちない。すごいスタミナだと素直に感心する。
そこで突然、横を走っていたリクが足を止めた。
「っ……とうしたの? りっくん?」
自分も足を止めて問いかけるが、リクは応えない。それはニックネームに文句があるのではなく、後ろを走る騎士に目をやっていた。
「…………」
ガシン、と足を止めて騎士たちが荒い息を吐きながらも声を発する。
「ど、……どうされましたかリク様……?」
「………いや、なんでもない」
怪訝そうに何度も後ろを振り返ってから、再び歩きだそうとした時。
一人の男が上方から騎士に切りかかっていた。
「ぬ、むっ!」
「はぁっ!」
男と騎士の二人が鍔迫り合いを始める。狭い廊下に剣を打ち付け会う音と、困惑が広がる。
「今の気配は……これか」
なんの問題もないかのようにリクがぼそぼそと呟く。
「ちょ、りっくん。どうするの!?」
「この狭い通路では援護することもできないだろう」
「冷静に分析してる場合じゃないよ! お、押されてるよ」
「……両方とも燃やすというのか?」
「そうじゃないけどさ………」
そう言っているうちに騎士の剣が飛ばされ、蹴倒される。
「うぐっ………」
「ふっ、………弱い。それも決定事項か……」
男がそう呟き、もっていた剣を放り捨てる。その男の右目には眼帯がしてあった。
男は、腕を横振りし、後方にいた騎士をまとめて奥に吹き飛ばす。狭い通路の中では回避することもできず、闇の奥へと沈んでいった。
「お前………は、廻折研究室員なんだろうな。いつの間に間合いまで………」
男は私たちの進行方向へいつの間にか移動していて、不敵な笑みを浮かべていた。
リクと男が相対する。時間が止まるような感覚に襲われ、めまいさえも起こりそうになる。
それは男が持つ特有の空気なのか、居心地が悪い。
すっ、と男は息を吸って言葉を発した。
「俺は廻折研究室研究員、風見鶏慶太。室長より侵入者を抹殺しろって命令が出てるからな」
「だから、どうした?」
「まぁ、やっちゃうってことだ。お前は俺に触れられずに死ぬ。これは決定事項だ」
「………そうか」
りっくんのスイッチが入ったような気がした。
「群青の雌鳥統率役。お前は先に行ってろ、こいつは俺がやる」
「なんだいりっくん、その統率役ってのは………そんでどーしてそんなベタな台詞吐くのん?」
「いいから行ってろって………いいから」
多少うんざりしたような声音でそう言いながらリクは一歩踏み出す。
「ここは通さねぇ。決定事項だ」
対して風見鶏も一歩踏み出す。狭い通路は一人が立ちふさがるだけで通れなくなる。
「……だって。りっくん、私を先に行かせてくれるんだったら隙つくってねー」
とりあえずはリクの後方に待機することにする。
風見鶏は何もせずにただ突っ立っているだけ。
「さっき言ったよな、『お前は俺に触れられずに死ぬ』って」
「言ったが? ここに居る人間にとっての決定事項だ。俺には触れられない」
「そうか、じゃあ──────────」
リクが言葉を切り終えたときその座標にはすでにリクの姿はなく、灯花でも目で追い切れなかった。
実際には移動した、のだろうがその姿を目で追えないとなると、消えたと同意義となる。おそらく、ただ走って移動したのではなく、自身の能力を応用したのだろう。
ドゥ、と風見鶏の腹部にリクの拳が突き刺さる。
胃液まき散らしてその場に倒れこんだ風見鶏から目を離さずにリクは言った。
「言われた通りにやったからな。さっさと進め」
「りっくんは………まぁ、こいつと戦うんだよねぇ。こんな狭いところでごくろーさま。追いついてきた頃には全部終わってると思うからゆっくりきてもいーよ」
そう残してその場を去った。本当なら倒れているこの男に向かって炎球でもぶちかますところだが、なによりもリクがやる気だったのでやめておいた。
それよりも自分は自分でやることがある。この先に進んで廻折研究室室長を止めること。
闇が深くなるにつれて自分の鼓動の音が鮮明に聞こえるようになる。こんなにも早く鳴っていたのかと驚く暇さえない。今はただ、走り続ける。
「同期なんだからさぁ………抜け駆けはいけないよね」
そう呟いてさらに灯花は走るスピードを上げた。
大海原瑠璃子は笑っていた。何が楽しくて笑っているのか知らないが、ただ笑っていた。
どうして笑っているんだい? と問われたことがあった。その時はなんて答えただろう。
ただ、笑いが止まらない。自分でその行動を制御することができない。
可笑しい、可笑しい、嗚呼可笑しい。
勝手に歪むこの口元が可笑しい。
勝手に音を鳴らすこの喉が可笑しい。
勝手に軋んでいくこの視界が可笑しい。
そして────────────────ここに這いつくばっている奴らが可笑しい。
「きゃははははははっ、あはははははっ!」
彼女は身体の倍ほどの槌を片手で軽々とまわしていた。
あれがこの身体に叩きつけられたらひとたまりもないだろう。まず即死だと考えられる。
しかし身体は動かない。上から押し付けられるようにして動けない。
いや、これは地面に引っ張られているのか?
だとしたら能力は重力操作系。接近戦の騎士や怜那ではかなり戦いにくい相手だ。
そうであれば自分が何とかしなくてはいけないのだが、上手くいくか………?
怜那や颯鬼は言っていた。魔眼の力を。
もし、俺が出来るなら───────。
「あはっ、あはっ………はぅ。………殺すわ」
唐突に笑い終えた大海原は、頭上で槌を高速回転させ、こちらに近づいてくる。
「さーて、と。だれからやろうかなー、………ん、あなたね。なんだか眼が反抗的だから」
これでいよいよ逃げられなくなった。指し示されたのは俺だ、やるしかない。
俺は可能な限り重い頭を動かして、下に向けた。
「あははははっ、命乞い? 残念だけど駆逐しないとねー。あなたの仲間たちにもあったら先に逝ったって伝えておいてあげるよー。じゃあね♪」
槌が振り下がる瞬間、身体は自由を取り戻した。
迫りくる槌を転がって横に回避するも、地面を破壊した石の飛礫が俺の背を打った。
「ぐっ。………がっ」
「っ!?」
能力が解除された瞬間、怜那は抜刀済みの太刀を大海原に浴びせる。
ズバン、と赤が宙を舞って彼女はよろよろと後退する。
「な………んで? 私の『重力の反逆』が…?」
後退しながらも目はまだ光を失っていなかった。こいつはまだやるつもりだ。
「能力を殺してやった………いや、消滅させたというべきか。どちらにしてもできてよかった」
今のところ眼には異常がない。これは使いこなせるようになったということか?
「ふぅ………ん。魔眼ね、そっちに転移したの」
「それはどういうことだ?」
「さぁねー。室長が言ってたことをちらっと聞いただけだからねー。それよりさぁ、アンタ殺しったくってたまんないんですけどお!」
ドン、と彼女の周りの地面が凹みギリギリとこの部屋を支えている柱を痛めつける。
「私? あんたなんかに倒されるほど柔じゃないわよ。それに刀と槌って武器としてどちらが強いか決めたかったところなの」
少女同士の間で火花が散りあう。いつの間にかおいてけぼりになった俺は隙を窺いつつ、部屋の奥を凝視していた。
「じゃ、決闘っていうのかなー。あはっ、あはははははははっ。笑いが止まるまで相手してよね?」
「望むところよっ、あんたなんかには負けない」
幾本かある柱の一つが崩れた時、彼女たちは同時に肉迫していた。




