38話:廻折研究室室長
7/28日に更新予定だった38話を更新しました。
実はいまだに夏休みが始まっていないのです;
言い訳ですスミマセン゜・。(。/□\。)。・
群青の雌鳥のアジトに帰ってきて、驚いたことがあった。
それは俺が知らなかっただけで他のみんなには灯花さんのことについて伝わっていたからだった。それを知らされたのもついさっきだというのに、この状況の飲み込みの早さがとてもじゃないが尊敬に値すると俺は思った。確かに、灯花さんが裏切るなんてことはないとみんなが信じていたのなら、それも簡単なことだったのかもしれない。
帰ってきてすぐに大歓声、その大声に俺たちは驚いたものだ。
どうやら颯鬼は始めから全てを知っていたようで、完璧に任務を遂行させるために誰にも洩らさなかったのだそうだ。
怜那も俺も、ちゃんとした事情をしっかりと聞けたことによって安堵のため息を漏らした。
が、しかし。問題は別に発生した。
絶望の、もといキリカの復活。それによって当初の目的であった赫逢騎士領団の殲滅は手を出すまでもなく完了したが、大きな問題が残ってしまった。
リツカ帝国は現在復興中、赫逢騎士領団は死滅、廻折研究室はいまだに謎のまま。
今、まともに戦えそうな組織はこの群青の雌鳥と廻折研究室である。
絶望を止めるには全組織の協力があったとしてもできるかどうかは怪しいものである。それに、彼女が『棺』である以上。この世界の真理はそこに隠されているわけで、誰もが知りたいと願うであろう、独占欲というものが湧き上がるだろう。それゆえに協力は不可能に近い。
それでは、どうするのか。
『鍵』をもっているので、アドバンテージはこちらにあるとは思う。
なのだが。
「廻折研究室の精鋭部隊が動いたらしい。絶望の中から『棺』を引きずりだすつもりらしい」
集団に紛れて一人の男が言った。感知型の能力なのだろうか、目を瞑って耳をふさいでいる。
「絶望から『棺』を取り出す!? 連中何考えてんの、無理に決まってるでしょ!?」
灯花さんが驚いたように目を見開いて言う。その言葉の中には他にも意味が含まれていそうだった。
そんなことを考えていた時、くいくいと袖を引っ張られた。
「どうした、怜那?」
「あの、さ。………私、キリカと一回打ち合ったことがあったでしょ?」
簡単に思い出せる。あれはゴールデンウィークの時の話だったな。
「あの時はキリカ、普通の女の子で………いや、普通よりちょっと気が弱いような女の子でそんな変わったところのない女の子だったのに。………どうしてこんなことになってるの?」
今にも泣きだしそうだった。
そうか、それほどまでにお前はキリカのことを気にかけていたのか。
そして連鎖するように、俺のケータイが鳴った。
俺は驚愕した。
驚きすぎてケータイを取り落してしまった。
ついいつものように電話に出ようと俺はしたのだ、でもそれはおかしい。
この世界で電話など鳴ったことがなかったから。俺はずっと使えないと思っていた。そのようなものだと思っていた。それにディスプレイに表示されたかけてきた相手の名前、それは姉貴だった。
「ど、どうしたの?あんた」
怜那が顔を覗き込んでくる。俺はその時一つの可能性が頭の中に浮かんでいた。
現実世界で姉貴にかけても通じない。だけどどうだ? この世界ではあちらからかかってきている。
それに今姉貴は失踪、という扱いを受けている。それはそうだ、現実世界から突然いなくなったのだから。そう考えるとしたら、そう考えるとしたのならば。
出てくる可能性は一つ。
「姉貴は今………この世界に居るかもしれない」
怜那の驚いた顔だけが俺の脳裏に焼きついた。
「もしもし~? あっ、玲夜? よかったー繋がって。だってあんたずっと圏外やら言われててさぁ」
『あ、姉貴………』
久しぶりに聞いた向こうの声は実に緊迫したものであった。何かあったのだろうか?
『今、どこに居るんだ? 失踪したとか警察の人から聞いて大変だったんだぞ!?』
なるほど、それでか。姉が突然いなくなったことに驚いたのか、可愛い奴め。
そう、軽口をたたけるのもここまでだった。
「今はねー、ちょっと秘密かな? 特別なお仕事が片付いたらそっちいくからさ。心配しないでよ」
『姉貴、どこにいるんだ?』
その声は緊迫した、というより不安を絞り出したかのような声だった。
ただ、いなくなった姉を思ってではない。それ以上のなにか。
「だ、だから。心配しなくても大丈夫だからさ」
『姉貴、鏡の別天地に居たりしねぇよな………?』
一瞬、玲夜が何を言っているのか分からなかった。
どうして一般人である玲夜からそんな言葉が出てくるのか。
そんなものの答えは一つしかない。こちら側に居るから、だ。
今回電話が繋がったのも、鏡の別天地に玲夜がいるときに私がかけたから。
どうして電話がつながったのか、と言った問題は頭にはなかった。
気がつけば携帯の通話終了ボタンを押し、携帯の電源を切っていた。
そして問題がまた一つ増えることとなる。
「もう、………姉弟そろって何やってんだか………」
自嘲気味に彼女は笑った。
罪悪感から解放されることはない。それはずっと自らを蝕み続ける枷のようなもの。
切っても切れない、離れない。
全てが終わったころ自分はどうしているのだろうか。またこの荒野を眺め続けるだけなのだろうか。
それにしても。
自分がこんなことを考えているのは何故なんだろうか。
元は自我など存在していなかったはずなのに、彼が私に植え与えたものだっただろうか?
いや、違ったはずだ。彼がいなくなって、廻折研究室に連れられて、封印という手で付け加えられたものだった気がする。記憶を取り戻したが、まだ曖昧な部分が多い。
何故彼はいなくなったのか。
この世界の『真理』とは一体どういうものだったのか。
分からない、でも分からないままじゃいけない。
そんなとき、よく通る声が木霊した。
「ここ、に居たのか。絶望、ずいぶんと長い間隠れてたんじゃないのか?」
声のした方向を振り返るが、誰もいない。
この目に映らず声を発することができるとすれば………魔方陣しか考えられない。
「僕、のことは覚えているのかな?いや、忘れたくても忘れられないかもね?」
声には聞き覚えがあった。ただ、懐かしいというよりも嫌悪感が先に溢れてくるのはなぜなのだろう。
魔方陣、それはただ宙に浮いていた。
挑発するかのように隠しもせずに浮いていた、それもキリカの後方で。
「招待するよ、絶望。その魔方陣は移動用にもできている」
立ちあがってその魔方陣を視る。
罠、だったとしても愛無にはなんら効果はない。
ためらいもなく魔方陣に入る。視界が白く塗りつぶされ、身体が浮遊する感覚に襲われる。
次に視界が開けた時は、見たことのある場所だった。
始まり、の、場所。
そして一瞬で悟った、先ほどまでの会話の相手のことを。
祭壇のような作りの壇上には男が一人飾られた椅子に座っている。その後ろにはすごく大きなステンドグラスがはめ込まれている。
「僕は科学者だけどね、こういうのも嫌いじゃないよ。しかし、魔方陣は別だけどね」
こんな調子の軽い言葉も今の愛無にはダメージを与えられるものだった。
「さ、て。久しぶり、でいいのかな? 愛無、いや絶望?」
能力を展開させて時空を歪め、その切れ目から存在しないはずの可視光線を放出する。
音速を超えたそれは壇上に座っている男めがけて吸い込まれていく。
しかし、男は微動だにしない。ただ椅子に座って頬杖をついているだけだ。
ズピャアアアアアンと甲高い音が響き渡り、辺りは白煙に包まれる。
「能力は、相変わらずだね」
白煙の中から声がする。
男は絶望を前にして生きているのだ。
白煙が徐々に薄くなり、その姿が確認できるようになる。
男の座っていた椅子は粉々になっていたが、彼には傷一つついてはいなかった。
「これは僕と君の相性を表しているのかな? だとしたら面白いよね」
男が言い終わった後、キリカの後ろのドアが開き、初老の男が入ってくる。歪んだ笑みが一層気味を悪くさせていた。
「おやおや……派手な再開ですね、室長? それはそうとこんなに近くで絶望を見ることができるとは………」
その初老の男は興奮しているのか、頬が紅潮していた。
「ああ、教授。このタイミングで入ってくるだなんて自殺行為にも考え方ってものがあるよ」
教授、と呼ばれた初老の男は目を見開いていた。
それは室長からの言葉への行動であり、愛無が放った攻撃とは全く関係がなかった。
肉片が当たりに飛び散った。それほどの力が愛無にあるのに対して壇上の男、室長は全く傷ついていない。
「いいね、いいね、この能力。相手が強いほどに効力があるんだからね!」
廻折研究室室長は巨大なステンドグラスを背に手を広げて言った。
「能力名、『能力無』。能力が無い故に相手からの能力も一切受け付けない」
─────────────選ばれし者、だよ




