35話:朝と夜
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※サブタイトルを修正しました
30人全員があらかじめ決められていたかのように動き、人だけでの魔方陣が完成する。
人と人を結ぶような形で光の線が引かれ、徐々に魔方陣が目に見えてくる。
それは煌々ときらめき始め、今にも何かが起こりそうな予感がした。
男は笑う。
「30人をも動員するこの魔方陣は何人たりとも防ぐことはできん。ふはははは、廻折研究室が生み出したこの爆撃用魔方陣を今!」
男があざわらう様子を颯鬼はただ見ていた。その表情から受け取れる感情は『退屈』そのものだった。
「魔方陣? なんでんなもんでちまちま戦おうとするんだよ、まったくつまんえねぇ」
颯鬼はため息をつき、魔方陣へと自ら歩み寄る。
そして、その黒く染め上げた両手で引き千切った。
バラバラになった魔方陣は決壊し、淡い光を噴射して消えた。
その様子颯鬼以外はただ眺めているだけだった。
光が舞うその奥には純粋に殺しを楽しもうとする颯鬼の顔があった。
「なに………が、貴様………」
ようやく声を発した男は、自分が今どんな状況に居るのか理解するのに戸惑っていた。
しかし、颯鬼の一声によって十を理解する。
「あ?ただ引き千切っただけだろ? 何に驚いているのか知らねぇが、ちゃんとっかかってこいよ」
肩口まで黒く鋭くコ-ティングした両腕を構えて近くに居る者から切り裂いていく。
顔、腹部、脚、腕、背、後頭部。
彼が動くたびに残像であるかのように血飛沫が追って動く。
何物も抵抗せずに、いや抵抗できずに倒されていく。それは一方的な狩りだった。
残り数人となったところで颯鬼は動きを停止させる。
リーダー格である男はただ茫然とそれを眺めているだけだった。
「くふ、………ははははははは。そうか」
男は愉快だと言わんばかりに笑う、何かを確信したように。
「お前は………最悪な5つの能力の一つ………『悪魔力』を持っているのか………ははははは、これまで出会ったこともなかったのだがな」
「単純にして最強、これほど使いやすい能力なんてねぇな。他に確認されただけでも『絶望』、『魔眼』もあるがな」
最悪な5つの能力。
それはこの世界で発動された最悪の能力を5つあげたもの。
最悪というのは例えるなら神のような力を振りかざすといったところだ。しかし、その神は魔神の方であったのだが。
「さぁて、残り数人で何ができるのかなぁ」
颯鬼は戦いにおいては悪か善か判別がつかなくなる時がある。
暴走しているわけではないのだが、戦いという場面において颯鬼は興奮を押えきれないのだ。
ゆえに、どちらかの判断がとりにくくなる。
一緒に戦っていても、襲われるのではないかと不安感が積もる。
そんなことは絶対にないのだが、その殺気は味方さえも不安にさせる。
「何ができる………か、舐めるなよ。廻折研究室は死体さえも利用するっ!」
男がそう唱えた瞬間に、何らかの法則によって規則正しく並べられていた死体。いや、わざとその場で死んだ者たちを結んで新たな魔方陣が形成される。そして発動。その間、約1秒。
地面からレーザーのようなものが大量に噴出して颯鬼を襲った。
「怜那っ!」
前方を走る怜那を発見した。
赤い砂の砂漠の上を足を取られそうになりながらもすすむその姿は能力を使うことさえも忘れている。
それほどまでに混乱し、困惑し、頭の中がぐちゃぐちゃになっているんだろう。
不意にその小さな背中がいつも以上に小さく見えた。
危なっかしくて、一人だけではとても行動させられない幼い子供のように。
呼びかけたことに対しての返事はない。分っていた、別に期待などしていない。
「怜那! 少し落ち着け」
肩を掴んで引きとめるが、止まろうとはしない。
「怜那っ、聞け!」
「うっさい!」
絞り出したかのような声で精一杯に叫ぶ。痛々しい声だった。
「うるさい………灯花さんはそんな、違う。絶対、違うから!」
俺はもう見ていられなかった。
焦点の定まっていない目、震えている身体、いつものような強気の怜那では無い。
「なんなのよあんたっ………。邪魔するの? 灯花さんが裏切ったから? 裏切ってなんかいない、信じてない奴なんてみんな敵だ!」
病んでいた。大事な人が裏切ったことに対しての反動で。
怜那は刀を抜いてこちらを向いて構える。そこにいつもの覇気はない。
この状態であれば誰であってもねじ伏せることができるだろう。
そして俺の心は思っていた。俺がここに居る理由。
「信じてないんだったら、あんたも敵だ──────」
「お前、危なっかしいよ」
俺は怜那を抱き寄せた。
「危なっかしくて見てられない。今にも壊れそうだよ」
「っ、…………あんたに………何が、分かるってのよ……」
怜那は手から刀を落とし、膝をつく。それに合わせて俺もしゃがむ。
「分かる。今のお前を一人で行かせられないってことは分かる」
「…………うっ、うぇぇぇぇっ。 うえぇぇぇぇぇぇん」
泣き崩れた怜那を強く抱きしめ、俺はもう一度強く心に誓うのであった。
リツカ帝国は復興に向かってた。群青の雌鳥から回復能力の持ち主が来てくれたこともあるし、リクの怪我が治って指揮をとるようになってくれたこともある。
しかし、姫はいない。廻折研究室の連中につれて行かれたからである。
あの時に何も出来なかった俺たちに、悔しさを覚えるだけだった。
力の差が歴然としていた戦い。リクに頼りっきりだったという状態。
それが今回のような結果を招いたのだ。それに今はこの世界が乱れている。
赫逢騎士領団が『絶望』によって全滅。リツカ帝国は大打撃を受け、群青の雌鳥はまだ正常だが、今は廻折研究室が優位に立っているのではないかと考えられる。
リツカ帝国はただ平和に暮らしていられればそれでよかったのに、それでよかったのに。
たった一つの出来事でこんなありさまだ。
これではあまりにも酷いではないか。それに今一番心に傷を負っているのはリクではないのだろうか。
そんな状況でこのリツカ帝国はやっていけるのだろうか。いや、やっていかなければならないのだ。
「ちょっとそこのおにーさん」
考え事に没頭していたせいか、近づいてくる者の気配に気付かなかった。
目を開くとそこにはどこかで見たことのあるような女性が立っていた。いや、誰かに似ていると表現するべきか。
「どうかされましたか」
「いや、あのね。ここってリツカ帝国であってるんだよね? 」
「そうですが………あなたは?」
「名乗るほどの者じゃないんですよ。……あ、これ一回言ってみたかったんですよね!」
「あ、はぁ………」
「リツカ帝国ならいいんです。あとそれと、どこか食べ物をいただけるところってありませんか?」
女性は綺麗な顔立ちをしていた。それも子供のような無邪気な笑顔を浮かべているので人によく気に入られそうな雰囲気を出している。
「ちょうどそこの角にありますよ、今はちょっとボロボロですけどね」
「あー、これは戦争の後ですか?」
「そのようなものです。廻折研究室のものが攻め入ってきましてね」
「廻折研究室………ですか。………ああ、道を教えてくださってありがとうございます。では」
女性は立ち去ろうと背を向ける。その背中に思わず声をかけていた。
「あなたと………どこかでお会いになったことはありませんか?」
女性は少し驚いたような顔になって、そしてにっこり笑った。
「ナンパの方法が古いですよ、おにーさん。それに会ったことはないと思います。私、初めてここに来ましたし」
それでも何か引っかかった。
「名前だけなら教えてもいいかな? ………私は────」
女性は太陽のようなまぶしい笑顔でこうった。
「私の名前は、音城。──────音城朝陽です」




