34話:三脚崩壊
更新完了です!
そろそろ終わりに近づいてきましたね……
次の更新は、7/13となる予定です。
そこにはすでに何もなく、ただ茫然と少女は立っていた。
長くここに居過ぎたせいだろうか、完全に記憶を取り戻し錯乱して赫逢騎士領団の人員を叩き潰してしまった。しかし、二人ほど取り逃がしてしまったが。
とはいったもの、片方の女の人の方はこの組織に属していたのではないと判断できたし、もう片方の確か階位一のトモは空間移動の能力でどこかへと行ってしった。
追おうと思えば息をすることのように簡単だったが、今はその気が起きない。
自分のことで思いだしたこと。
それは自分は『鍵』に対する『箱』であること、そして名前は愛無であること………。
思えば自分のことを何故あいむと呼んでいるのか引っかかるときがあったのだ。
本当に名前で呼んでいるとは、思いもしなかった。
最後にこの能力のこと。『絶望』その名の通りに全てを消しさるための能力。
そしてその絶望は、相手にだけで収まらずに自分にも帰って来る。
戦っている間はほとんど意識がない。どこか他人の身体のようで、それをその視点で自分がただぼうっと眺めているだけのような感覚になるのだ。
だからこそ、戦いを拒否することはできない。
能力に呪われているのだ。
絶望。その名の通りに誰にでも無差別に絶望を与えるもの。
そんなものはいらなかった。かといって、この世界の『定義』を捨てることはできない。
それは愛した人の財産なのだから─────。
昔に無くした愛の欠片だから────────。
決して捨てることはできない。それは大切なものだったから。
ありえなかった。いや、正確に言うと起こったことを脳が否定している。
そんなことがあるはずがないと、少なからず頭の中で予想していた動きだったはずなのに。いつの間にかそんな問題は度外視していた。
作戦は一時中断、その旨を伝えなければならない。
宙に通信用魔方陣を展開させ、しゃべりかける。
「作戦は失敗した。例の『絶望』が動いたわ、そちらにもどるから誤解は解いておいて」
≪りょーかい、お前も馬鹿だなぁ。結局こんな大掛かりなことしなくても赫騎士領団は潰せたってのに≫
「いいでしょ、別に。それにれいやんの能力も解放されたっぽいし、廻折研究室とのパイプ役の葉絡にもひと泡吹かせてあげられたしね」
≪ああ、そいつなら殺しちまったけどいいよな? ≫
「構わないわ、まったく………。そんなことより、れーちゃんに代わってくれるかしら?」
≪あー、そいつは無理だな。お前に会いにそっちに行ったはずだ≫
むしろ楽しんでいるかのような颯鬼の言動に少しばかり腹が立った。
そこで何か文句を言ってやろうと再び口を開こうとしたとき、自分の後ろに『絶望』ほどではないが、大きな存在があることに気がついた。
すぐに危険だと判断した灯花は、魔方陣を解体し視界の良好な砂漠の一角に立つ。
辺りには廃ビルがいくつか立ち並ぶだけで、他に変わったところはない。
ただ、いつもに増して月が青白く光っていることだけが気がかりだった。
「灯花………そうか、キリカが解放されつつあることを寸前に悟っていたのか」
そこに現れたのはトモだった。おそらくあの混乱の中、空間移動で逃げ切ってきたのだろう。
「だったら、どうしたの?」
「スパイか」
悪びれずに言った私に対してトモは残念そうにうつむいて言った。
「まぁ、そういうことになるのかな」
「そうか、じゃあ殺してもかまわないんだな」
「赫逢騎士領団は壊滅したのに掃除役をまだ続けるつもり? もういいんじゃないの?」
「いや、確かにあの時点ではお前が呼びかけようがみんな死んでいただろう。しかし、お前が来てからだ。それ以前は何もなかったのに対してお前が来てからキリカの暴走が始まった。それは今お前が持つ『鍵』によるものだと俺は思う。それにキリカは『箱』だったからな。どうせ赫逢騎士領団が死んだのなら、今ここでそれを開けてみてもいいと思う俺がいる。この世界の真理を知れるんだろ?そういうわけで、『鍵』をもらうために殺す、スパイだから殺すというのはまぁ、………建前だ」
言い終わった瞬間。私の隣にいた彼は太刀を薙ぐ。
空気中の酸素を起爆剤として使い、視界を奪って守りに転ずる。しかし転がった先には彼がすでに剣を振り下ろすところだった。
これも太刀周辺の酸素を爆発させて軌道をずらす。
地面に突き刺さった太刀は一瞬にして再びトモの手の中へ戻り、それを横に一閃。
大きな爆発を起こして距離をとる私に対してそれを回り込むかのようにして着地点に彼はいる。
がっ、とこめかみを柄で殴られ、遠くへ吹き飛ばされる。
「今の戦いの中、俺は2回お前を殺すことができたかのように見せかけた」
「っ………」
痛みをこらえながらも相手を見据える。
「一度目はお前が俺の振り下ろした太刀の軌道をずらした時。俺が太刀の座標空間を変えれば確実にお前の頭を切り裂けていた。二度目はついさっき、これは気付くだろうが俺はあえて柄で殴った」
太刀を空間に消して彼は言う。
「俺の範囲領域………ってどっちも同じ意味だがな、それの中のものであればほとんどの場所に飛ばせる。流石に人の体内とかにはできないがな、だから──────」
彼は続ける。
「俺には勝てないって、解った?」
柄にもない仕事に俺はうんざりしつつもこれも作戦のため、灯花の言われたとおりに今群青の雌鳥に居る奴の身に状況を説明してやる。
「あー、なんだ。とりあえず根本的なことから話すが、灯花は裏切っちゃいねぇ。あれは赫逢騎士領団を潰すための作戦の一つだ」
周囲に前とは違ったざわめきが起きる、それに加えて安堵の声が混じっている。
「だから安心しろってことだ、それに─────────」
「ちょっと待て」
集団の中から一人がこちらに歩み寄ってくる。知らない奴だった。とはいっても俺はこの群青の雌鳥に居る奴のほとんどが知らない奴なんだが。
「んだよ?」
「じゃあ何故灯花さんは葉絡副団長を殺そうとしたんだ? どうして鍵を盗んだ? 番人だった俺の仲間を殺したんだよ!」
どうやら鍵の番人だった奴はこの男の知り合いだったらしい。
だからどうした、とは思うがここは本当のことを伝えてやろう。
「葉絡は廻折研究室のスパイ、番人を殺したんもそいつだ。『鍵』を盗んだのはこの作戦を遂行させるための必要過程だった。灯花がいない間に『鍵』盗まれても意味ないだろ? とくに葉絡がいたってのによ」
「嘘だっ、俺は信じないぞ! こいつは嘘をついているんだ!」
男は大声を張り上げて周りの人間に呼びかける。全くなんなのだろうか、めんどくさいから殺してもかまわないだろうか。
「俺がここで嘘をつくメリットなんてあんのかよ」
「そ、それは………いや! こいつも灯花と同じスパイなんだ!」
なにもかもが疑心暗鬼か、もう面倒だな。
とりあえず伝えたことは伝えたし、下がろうかと思い周りをざっと見渡す。
周り?
ちょっと待て、群青の雌鳥ってのはこんなに人数が少なかったか? それ以前の問題だ、ここには30人程度しかいない。
それに見たことのない奴らばかりだ、頭の片隅に残っている群青の雌鳥の奴らの少しの顔とどれも合わない。
「狩暗さんっ!」
大ホール入り口付近に大量の人が押し寄せていた、しかし何らかの結界によってこちらに入れなくなっている。あれが仲間だ。
そうか、これはこういうことか。
「ふふ…………ははははっ」
男が狂ったように笑い出す。
「ここに忍び込むのも簡単だったな、作戦?そんなものを立てなくとも廻折研究室が全部壊すというのに」
「なるほどなぁ、廻折研究室か。それなら理解できるな。赫逢騎士領団は壊滅、リツカ帝国ももうボロボロだしな。お前ら、なかなか優位に立ってんじゃねーの?」
「そのお前の言葉に付け加えよう、群青の雌鳥も今ここで俺たちの手に落ちる」
30人の廻折研究室の者たちは一斉に臨戦態勢にはいる。
その時自分から殺気がわき出るのを押えることができなかった。
「俺が倒せたら群青の雌鳥は落ちるわな」
颯鬼は自らの手を黒く染め上げてそう言った。




